瑞稀の季節

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御成街道

1日目終了(早いよ)

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 それにしても、藤崎古道はあっという間に終わっちゃった。
これで今日のスケジュールは終わりというけれど、船橋駅から津田沼駅の先に来ただけだよ。
総武線の駅3つ分だよ。

これじゃあまりと言えばあまりなので、もう少し掘り下げてみようか。
しかも私達が足を引っ張っているみたいだし。

「社長、昔の人はなんでこんな道通ったんですかねぇ。わざわざ坂道通らなくても、平らな道はなかったんですか?」
「ん?いくつか簡単な推測は出来るよ。ここが里道(りどう)、つまり里の人が日常的に使っていた道だとしたら、ここが峠だったからだろう。」

峠?
大袈裟だなぁ。

「先生、質問です。」
「はい、葛城さん。」
「社長、お忘れかもしれませんが私も葛城さんですよ。」
「名刺を忘れたので、葛城理沙くんのお姉さんとしか分かりません。」

酷い人だけど、他人にあまり興味を持たないのは社長がお義父さんから受け継いじゃった一大欠点なのですよ。
なかなか人に興味を持ちません。
顔も名前も覚えません。
だから私がいるんです。
私の裏メモには、仕事でお知り合いになった方を、わざとその人に言えない渾名をつけてます。
私が覚えないとなりませんからね。

「山の上と下が峠とは、昔から教わって来ていますけど。いまいちピンとこないんですが。」

おい、中学校教諭免許所持者。
情けなかねぇか?
あ、でも確かに説明しろと言われると、深く考えたことないや。

「そうですね。それなら先ず、山という漢字を思い浮かべて下さい。」
「はい。」
「3本の縦線と1本の横線で構成されていますね。」
「はい。」
「その横線が峠です。」

腕を組んで首を傾げたお姉ちゃんは、しばらくしてウンウンと頷き始めた。

「そっか。漢字を山の形のイラストに戻すとわかりやすいですねぇ。」
うん。私も一発でわかった。
もしかして、ウチの社長はお姉ちゃんよりも学校の先生に向いているかも。

「で、私の質問は?なんで山に道作ったの?」
「うん。先ずGoogle MAPを見ると、この先に池が見える。つまりここは古くから湧水の地だったんだろう。台地の麓にはよく水が湧く。そして水に近いところには、人間だけでなく生物は集まるから、自然と道は出来るよ。」

社長の言葉に慌ててスマホで検索すると、確かにこの道はこの先で細長い池にぶつかるね。

「それに御成街道は当時の国家事業だったので、人夫を動員する事が出来た。この辺りは台地の端でもあるので、高低差は結構あったのかもね。この辺の御成街道は切り通しだったのかもしれない。」 
「切り通し?なんかこう、千枚通しでぐりぐりやるような?社長を。」
「出来れば千枚通しで僕に穴開けないで欲しいな。」
「出来ればなんですね。次は善処しますね。」
「貴女達、プレイがマニアック過ぎない?」

おや、破廉恥の方は洒落が通じないらしい。

「例えば今、君が新しく道路工事をしているとして、進路に高さ3メートル、奥行き5メートル、長さ500メートルの丘が障害物としてあったら君はどうする?」
「むむむむ。高さが3メートルしか無かったらトンネル掘れないし、長さが500メートルあったら迂回出来ない。から、丘を崩しますね。ダイナマイトで。」
「理沙、貴女の感性はどうしてそう、男らしいの?小林旭なの?」

漢なお姉ちゃんに言われたくないぞ。
あと、小林旭って誰?

「ダイナマイトが150トン。」

社長は何を口ずさんでいるの?

「そ、必要最小限に丘を崩すわな。それが切り通し。地形にもよるからトンネル掘りと使い分けるわけだ。場合によってはメンテナンスまで考えないとね。」

 ………

「さて、昼飯でも食べて帰るか。」
 
社長がまるで映画でも観に来たような軽さで言い出すもんだから、お姉ちゃんが慌て出した。
 
「いやいや。まだ早すぎますよ。原稿に書く材料足らないでしょう。」
「とは言ってもねぇ。例えば泉麻人や久住昌之は現代を歩く事で、歴史の残り滓をピックアップしていくけど、僕は過去を歩いているから、時代にそぐわない史跡には触れないと決めているんだ。」

これはあらかじめお姉ちゃんに言ってある。
社長は完成系を脳内にビジュアルで組み立てるので、要らない物は容赦なく取捨選択している。

「この先は何もなくなるからなぁ。ここからなら君達の家まで1時間で帰せるし、なんならその後に1人で歩くよ。」
「なりませんわ。」

な、なりませんわ?
時々発動するお姉ちゃんの「お嬢様スキル」。
前にも話したけれど、ウチはお父さんが高給取りなだけで、何処をどう切り取っても一般庶民だ。
お母さんなんか茨城の農家出身だ。
送ってもらう蓮根と干し芋は美味しいぞ。
事務所のホットサンドメーカーで焼いて、冷たい緑茶で頂くと、ちびとヒロがお座りしてお溢れを待ってるぞ。

「今晩、お泊りになると申しておいた筈です。」
「とは言ってもねぇ。」

ボリボリ頭を掻く社長。
社長は髪の毛が太くて多いので、天然パーマの人並みに髪型という物が作れない。
スーパーハードのヘアスプレーをひと瓶使っても、半日も持たずにストレートに落ちる。
そうなると整髪剤のベタベタが気になるので、そのままお風呂行き。
1月も経つとビートルズが蛍原徹かと見間違うマッシュルームが頭に乗る事になる。(バナナマン日村勇紀は私的にはあり得ない)
なので床屋では毎月ばっさり空いているけど、2週間も経つと時々頭皮が痒くなるらしい。

私が時々覗いてみるけど、頭垢の類いは一切ないし、むしろ男のくせに頭の中からフルーツの匂いがするから、不潔性とは縁遠い乾燥肌とかの痒みなんだろう。
なんだこの、良い匂い。

「行きつけの床屋で使っているシャンプーを譲って貰ってるだけだよ。」
「どうやったら床屋さんと、そんな縁故が出来るんですか?」
「単にジモティだから、理容師が小学の同級生なだけ。」
これはまた、随分とミニマムな人脈だった。

「ということで、私は編集部から予算を預かっているんですのよ。」
「昨日の今日で?」
「経費用の共有口座を持っているので。法人カードも有りますし。こんな事もあろうかとが必要な仕事なので。」
「…イデ隊員ですか?」

誰です?その人?

★  ★  ★
 
という事で。
その場で今晩泊まれるお宿をお姉ちゃんが検索、予約した。

「今季ね。紫綬褒章を受賞した方の著作がたまたま当社から出版されてまして。当初計画していた予算達成が大幅に早まったのと、再販したシリーズの売上が順調だったおかげで、経費の消化も順調に遅れまして。期末が押し迫ったのに大量に余っているから、お前たくさん使ってこいと言われまして。」

国立大学の研究室か、お役所かな?

「葛城さん、貴女、正式な異動は来月からでしょ?なんで異動先の経費を使えるのよ?」
「逆を言えば、自由に動けるのも経費を使えるのも、私しかいないんです。社全体に使ってない経費が浮き上がっているので、部署ごとに領収書の奪い合いなんです。」

だったらさっきの、ファミマの100,000円を…って、そんな状況でもいち早く断られたなぁ。
そもそもコンビニで切った領収書にしては額が大き過ぎる。
監査入りそうだし。

「来季に回せば良いだけでしょうに。」
「当然そうしますけど、前期も結構な額を繰上計上しているので、なるべく使って減らせと。会社から予算経費を節減されるよりはいいから。と、上より命令されていますのよ。」

おほほほっとか笑い出しそうだな。

「この半日だけでも、今後のプロジェクト進行に当たって炙り出したい事が見えましたし、美味しいご飯をを食べて打ち合わせしましょ。」
「はぁ。」

おぉ。屁理屈お化け(おバカ)の社長をお姉ちゃんが言い負かした。
凄い。
……というか、この先が全く読めない社長としては、出来るだけ自費で経費を賄うつもりだったんだろうなぁ。
出版不況って、何処の日本だよ。

★  ★  ★

ついでに、と言って、社長は車でその先まで御成街道を走らせてくれた。
因みに我が車には大量の乾麺と、レジの後ろに箱だけ並んでいる御贈答品が山になってたりする。

なかなか動かない在庫で、本部からノルマが設定されている商品が捌ける事は嬉しいらしく、結構なオマケをしてくれたので60,000円ちょっとで済んだ。
ちょっと嬉しい。

「なるほど。確かに社長目線で言うと、この先はしばらく面白味には欠けますね。時々歩道が消えるから歩行者には危険ですし。」
「江戸を出て初日に船橋御殿で1泊。この先の御茶屋御殿で1泊、そして東金御殿に到着。籠か騎馬から知らないけれど、片道2泊3日の行程だね。今なら車で、下道を使ってもせいぜい3時間だよ。」

あ、なんか初めて、この旅の全貌が見えた気がする。
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