瑞稀の季節

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御成街道

宴会

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「むううう、凄いな。」
この旅館の食事は部屋食みたい。
個人的にはすっかり落ち着いて、普段はあまり見ないテレビなんかを見て寛いでいる中を、わざわざ食堂や大広間まで出かけるのは面倒くさいから、部屋食は大歓迎だ。
ついでに、お姉ちゃんの会社の取引先だから旅館さんは心得ていても、他のお客さんからすれば若い男女3人という、勘繰ればいくらでも勘繰れる妖しい組み合わせだしね。
 
というわけで。
「失礼致します。」
の声と共に、仲居さん達かわちゃわちゃ晩御飯を運んで来た。

うわぁ、伊勢海老の頭がコッチを見ているお吸い物。
舟盛りに乗る鯛は口がぱくぱくして、まだ生きているよう。
これ、ワカメじゃ無く岩海苔か。

そして牡蠣。
生牡蠣はポン酢で頂いて、更には小さな七輪で出汁醤油を垂らしながら焼く焼き牡蠣が別にある。
こっちは小鍋立てのすき焼きかぁ。
うわうわ、まだ衣の油がぴちぴち言ってる天ぷらは塩で食べるのね。
あとこれこれ、鯨。
尾の身にベーコンに、竜田揚げ。
さすがは房総、鯨が食べられる!

我が家でも夏休みなんかは家族旅行で色々なところで旅館ご飯を食べるけど、ここまで豪華なご飯は初めてだ。

「美味しそうね。はい、先生。」
「ありがとう。」

いかにも旅館ご飯的な小さなお櫃から、小ぶりのお茶碗でみんなのご飯をお姉ちゃんがよそってくれてるんだけど。
浴衣の袂を畳みながら社長にお茶碗を渡す仕草が、実の妹から見ても綺麗で色っぽい。
また腕の白さはなんなのよ。
いつも思うけど、同じ遺伝子なのかなぁ。
さっきの温泉でも、ほんのり全身桜色に染まってた肌に比べて、私の肌は常に平常運転だ。

そんなお姉ちゃんと、こんな料理を前にしてもまったくの平常運転の社長も………、まぁそんな無感動なのも社長か。

「こんな良いもん喰わせてたんだ。」

寄稿者さんの缶詰(監禁)部屋(←悪化してる)として契約していると漏らした出版社編集部員が、物騒な感想を漏らした事は聞かなかった事にしてあげる。
姉妹の優しさだね。

★  ★  ★ 

総乃寒菊って書いてある瓶が卓上にある。しかも生酒だって。
普通のお酒とどう違うんだろ。
寒菊って言うお酒は千葉の銘酒ブランドらしく、お姉ちゃんが御燗をしながら説明にいとまがない。
呑兵衛だからなぁ、ウチのお姉ちゃん。
酒に詳しい若い女性ってどうなんだって話はともかく。

社長は呑まないわけではない。
お付き合いで頂く事もあるし、秘書としてはそう言う宴席に出て人脈を拡げて貰う面では、むしろ賛成・推奨している。

ただし、そう言った酒,タバコなどの嗜好品をまったく必要としない人でもある。
事務所の冷蔵庫には、一応「ほろよい」の「白いサワー」缶が常に冷えているし。
(殆ど減っている様子は無いけど)
多分、たまにする徹夜仕事の後でナイトキャップ代わりに呑んでいるんだろう。

どちらかと言うと、おつまみにする「干物」を食べる方が目的で、それはまぁお茶やドクターペッパーよりも、ジュースみたいなお酒でもリキュールの方が似合うだろう。
だってコンビニのスルメとかでなく、わざわざ小田原から取り寄せた真鰯の開きをグリルで焼いてるもん。
腹骨まで美味しく食べられる干物は、何も知らない高校生には衝撃的だったよ。

私はまぁ、まだ18歳なので一応呑まない。
私に呑ますのは、酔っ払って調子に乗った時のお父さんくらいで、そこら辺は社長もお姉ちゃんも真面目でまともだ。

「人様の娘さんをお預かりしているわけだから、迂闊な真似はしませんよ。」
とは言う社長。
飲酒以外には、結構18歳の人様の娘さんに迂闊な真似をしている(されている)気もするけど、それは私も求めている共犯者なので、文句は言わない。言えない。

「そろそろ結婚・出産を考えないとならないんだから、まだ育ち切っていないのに身体に悪い事させるわけにもいかないでしょ。」
とはお姉ちゃん。
お姉ちゃんこそ結婚・出産を考えないとならないのに。
ならないのに。
ならないのに………。

はい、もう酔っ払い始めました。

お姉ちゃんは呑兵衛だけど、決してお酒は強くない。
あまり良い酔い方もしない。(よいよいの重複が口と脳にちょっと楽しい)
なので普段は舐める程度だし、ましてや今は社長をもてなすホスト(ホステス)の役だ。

「旨いな、この酒。」

私生活では日本酒はまず呑まない社長が、お猪口の中身を二度見しているくらいだから、多分相当美味しいんだろう。

お姉ちゃんが、日本海海戦(海鮮料理に掛けました)のバルチック艦隊並みに、開戦(海鮮料理に、以下略)当初に轟沈したのは、多分会食(海鮮に掛けられなかった)相手が妹と妹婿だからだろうな。
だって、美味しそうな料理はあらかた先に片付け終わってる。
これはわざとだ。

社長は食が細くて、88回迄とは行かないにしてもしっかりと噛む人だし、私はそんな社長のお酌をしたり、社長の蟹殻を剥いたり、空いたお皿をまとめたりしながら食べているので、2人ともじっくりと頂いているのだ。

まぁ、泥酔すると言っても、私が知っているのはすぐ寝ちゃう姿だけで、彼氏さんと呑む時までは責任持てません。
一応、覚悟して下さいね。
見た事もない彼氏さん。
日本拳法有段者が暴れ出しても、私は実の妹として責任を取る気は更々ありませんから。

「しかし、反省会をするんじゃなかったのかな。このお姉ちゃんは。」
「まぁ、まだ8時前だし。その前には正気に戻るんじゃない?」
社長は呑気だ。

まぁ、そんな事よりも。
お姉ちゃんが放棄した御燗をもう1合だけやり直して、社長にお酌をしよっと。
今の私には、そっちの方が、なんだか凄い幸せだから。

………

浴衣の裾を根元まではだけさせているお姉ちゃんを社長に見せるわけにもいかないので(パンツが見えてるし)、まずは宴席の終わった卓を部屋の隅っこに片付けた。

次の間にもう布団は敷いてあるから、ぐるぐる転がしてお姉ちゃんを隣まで追っ払った。襖で結界を張る事にした。
泥酔したお姉ちゃんは、このくらいじゃ起きないのだ。

私は改めて、今日撮影した写真をサムネイルアップする作業に取り掛かる。
どうやら本当に、私も寄稿しないとならないみたいなので、頭の中でざっくり文章とレイアウトをまとめないとならない。
こういう時に、ビジュアルを想像して段取りをつける社長のやり方は参考になるね。

その、今日の分の原稿を既に書き終えている社長は、畳に寝っころがって見守りカメラを通して、うさぎのヒロに話しかけている。

普段、実家に帰宅する社長の事務所の夜は、ヒロが1人でお留守番をしているわけだけど。
時々こうやって社長はヒロに話しかけているんです。
ヒロも慣れたもので、ケージの直ぐ側に設置してあるカメラに向かって「ちぃちぃ」鳴いて返事をしている。
可愛いなぁ。
ちびは今頃、お義母さんの側でお腹を出して寝ているだろう。


「社長、明日はどうされますか?」
「そうだね。歩く企画と言いながら全然歩いていないし、いっそ御茶屋御殿から東金まで歩くのもいいけど、呑んじゃったからな。」
「?明日までには醒めるんじゃないんですか?」
「僕は結構残ってしまう方なんだよ。勿論アルコールチェックに引っかからないと思うけど、御茶屋御殿までも朝から結構走るからね。君達を乗せているし、ギリギリまでチェックアウトを遅らせようと思っているんだ。」

そういえば、社長のモコにはアルコールチェック機が積んである。
そっくりな機械も並んでいるけど、そっちは、バッテリーチェッカーと言ってバッテリーの充電度を測る物だとか。
車って面倒なんだね。

「でしたら、先ずは訪れるべき史跡をリストアップします…してありますね。」
段取り大好き社長は、そこら辺は抜かりない。
フォルダーを開いたら、幾つかの寺社と城址がリンクと一緒に貼られてるいた。

そしたら私はどうしよう。
しばらく明後日を見つめたのちに、史跡近辺のコインパーキングの検索に入った。

社長は数枚の領収書を整理して、付箋と一緒にダイソーで買ったクリアポーチにしまっている。

普段はのんびりチンタラしている私達も、するべき仕事はちゃんとしてから、のんびりチンタラしているのだ。

本来なら一番この場を仕切るべきお姉ちゃんが起きてくる前に、ちゃっちゃと終わらせてしまった。

仲井さんが晩御飯の残骸を引き取ってくれたので、お茶を飲みながら綺麗になった座卓と掘り炬燵でしばらく社長とお話しを楽しむ事にしよう。

「布団がそのまんま3つ並んでいるんですけど。どうしましょう。」
しかも泥酔お姉ちゃんがそのうち2つを既に占領してるよ。
「僕はこっちで寝るからいいよ。枕だけくれ。」
「……はい。」

このモードの社長は、別にいじけているわけでも自虐的になっているわけでもない。

本当に、自称婚約者とその姉と同じ部屋で殆ど雑魚寝になる事を倫理観上好ましくないと考えているだけだ。
女性に我慢を強いたりする事を嫌っているだけだ。

多分衝立で区切られていたとしても、別室に1人で寝るだろう。

この人がこうだから、この人を理解できる人が必要になる。
まったくもう。
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