瑞稀の季節

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陸前浜街道

入学式

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全裸お茶会に誘おうとして失敗した次の日。
進学先の女子短大の入学式があった。

と言っても、校舎は高校と同じ敷地内だし、同級生はそのまま持ち上がりなので、何の緊張感もない。
短大からの新入生さんは、多分それなりに緊張はしてるんだろうね。
だって、新品の短大制服(OL風の地味なスーツ)着てるくせに、スカートでハイキックの演舞をしているピンクパンツ丸見え三田村さん(空手2段)や、スーツに野球帽というミス頓珍漢なソフトボール部所属(高校時代県4強チームのエース)が4月1日に決まって、もう練習に励んでいる楓さんの珍妙な姿を、恐々と遠巻きに見ているもん。

私は大人しく制服を着込んで、サークル呼び込みが喧しい中庭をとことこ歩いている。
式典に一緒に並んだ友達は先輩達を見比べているわけで。

「理沙はサークルやらんの?」
「バイトで忙しいからなぁ。」
「バイト?この限られた青春時代をバイトて消費するんか?」

うっさいわ。
私に取っちゃ、永久就職先なんじゃ。
青春時代どころか人生を丸々捧げとるわ。

「ね、理沙。それって例の男?」
「例かどうかは知らないけど、必死こいて口説き落とした男だよ。」
「いいなぁ。やっぱさ、私ら周り女ばっかで男っ気無いじゃん。どうやって知り合ったのさ。」
「そこらへんは、まあ、色々と。」
「エッチぃ事はしたの?」
「そこらへんも、まぁ、色々と。でも昨日風呂上がりに全裸で飛び出したけど、相手にされませんでした。」

「………あぁ、まぁ。頑張れ。」
「人のおっぱいを見て納得すんな。あと慰めるなや!」

などなど話し、(事務所の倉庫で見つけたイベント台本より抜粋でございます。ハイエースの松本さんが、うちの社長は舞台脚本も書いてると聞いたので探してみたら、トマト祭りの司会台本まで書いてやがった。)結局北極南極放送局、いつもとなんら変わらない馬鹿話を友達としただけで入学式を終わらせた。

オリエンテーリングは明日からだし、サークルに入る暇があったら、事務所に詰めていたい私なので、今日もさっさと出勤することになる。

家族?
中高大エスカレーター式学校の式典になんか来ないよ。
なので家なんか寄らずに、いざ行かん我が愛しき人よ。

★  ★  ★

その愛しき人は、ポメラニアンのちびとミックスうさぎのヒロに埋もれて昼寝をしていた。

なんだかなぁ、もう。(阿藤海風)

PCを覗いて見ると、4月から始めた週刊誌のコラム連載を、既に6月分まで入稿した形跡がある。

昨日まで「脇」に関わってた筈だけどなぁ。
しかし、よくそんなコラムのネタがある物だ。
原稿を読んで見ると、これまた時事ネタを丁寧に外した、いつでも使えるコラムになっている。
この人の頭の中には、どれだけの種が詰まっているんだろう。
秘書としては、あまり無駄遣いをしないで欲しいかもしれない。

さて。
入学式で貰った紅白饅頭は、社長が起きてから食べよう。
とりあえず、コーヒーメーカーを動かそう。
牛乳はまだあったかな?

………

だからなんで、お姉ちゃんが来るの?
お饅頭、2個しか無いんだよ。

「そこ?」
「大切なとこですよ社長。夫婦和合の為には夫婦で分け合うんです。例え実の姉と言っても、譲れないものは譲れません。」
「あの、理沙?私は別に理沙のお饅頭を食べに来たわけではありませんよ。」

和室でポメラニアンとミックスうさぎに埋もれてている社長に会う為に、お姉ちゃんは正座をしている。
スカートが短め膝上のタイトスカートなので、社長が覗き込めば丸見えになるけど、社長の顔はヒロが座布団にしている。

昨日、パンツを脱いでヒョコヒョコ社長の前に出てきた私が言えた義理じゃないけど、私の周りはパンツの守備が甘い女性ばかりだ。
しかもこの男、女性のパンツに大した価値を持っていない。
けしからん!

……よく考えたら(よく考えなくても)私達がおかしいな。
女ばかりの女社会で生きてきた上、この社長、私達の警戒心を無意識で根こそぎ奪い取ってやがる。

………

「…今月の街道が決定しました。」
「なんでお姉ちゃんが伝えに来てるの?」

この企画の担当は、あくまでも月刊誌の南さんで、お姉ちゃんはサブのネット展開担当だったはず。

「さっき辞令がおりました。''脇''の実践担当として、兎にも角にも同行しなさいと。」
「むぅん。」

社長の口は、ちびがペロペロ舐めているので、ちゃんとした返事が出来ない。
というか、取引先の女性編集者に会う姿じゃありません。

まぁ、台所で「午後の紅茶・ストレートティー」をグラスに注いでいたら、知らないうちにお姉ちゃんが上がり込んでいたわけで。
どっちが無作法かと言うと、情け無い話だけど、お姉ちゃんだと思います。
めっ!

「理沙が居るから、こんなに遠慮なしに動いているんだけど?」
「私の所為かい!」
「あと、先生は私が来てもピクリともしませんが。」
「裸になっても、どこもピクリともしないよ。」
「貴女達、どんな付き合いしてんのよ。」

昨日、実験済みだしね。
実践の姉。
実験の妹。
生贄の男。

変なトリオが成立してる。

………

「原因は、先生が付けたオマケです。」

さすがにいつまでも和室で、寝転んだり正座したりしてる会社は無いので、お姉ちゃんを促して応接の方に移動した。
仕事明けの社長は、欠伸を噛み殺しながら頭をコリコリかいている。
頭が痒いのは、いつもの社長。

社長には成分無調整牛乳でカフェオレにして、お姉ちゃんには普通にスジャータと角砂糖。

「あぁ、もうバレたんだ。」
「おかげ様で。なんか私のだらしが無さも全部社内に響き渡りました。」
「責任は取れないよ。理沙くんで手一杯だし。」
「結婚しなさいとは言いませんよ。貴女は理沙のものだから。」
「僕は別に、誰のものでも無いよ。」

何その、モテ男みたいなキャッチコピー。

「ん?井森美幸を知らないのか。」
「社長、あまり変なこと言える空気じゃないと思います。」
「理沙、大丈夫。私が一番変な女な事は自覚してるから。」

寝起きが絶望的に悪い以外は、ちゃんとしているから洒落になっているとは思いますが。

「いえ。私の寝起きが悪いのは、知っている人は知っています。南さんが大爆笑しながら、K社のビルから飛んで来ましたし。」

K社のオフィスとお姉ちゃんの編集部は、中央線で2駅離れていた筈だけど。
南さん、そんな距離も、新雑誌創刊の準備も放り投げて、お姉ちゃんに会いに行ったのか。
つまりは、例のコメンタリーの許可を貰いに。

「相当な上層部まで話(と原稿)が通っていたもの。私が断れることなんか出来なくなっていました。」
「あれを商品化したいって言ったのは、南さんと葛城さんとこの編集部長だったからなぁ。むしろ僕の方が驚いた。」
「私と理沙と先生の阿呆っぷりに、私も驚きましたよ。」

あ、これ。
お姉ちゃん、怒ってないな。
社長もそれを見抜いて、掘り下げているんだ。

「というかですね。私達の気の抜けた、その割にアカデミックな話が面白いからと、予算が付きました。1つの旅で、先生と理沙の原稿料の他に毎回50万円。」
「……葛城さんの会社は大丈夫なのか?特に頭が。」
「作家と編集者が1つのテーマで馬鹿話をして、それを書籍化することは珍しくありませんから。」
「あぁ、桜庭一樹とか恩田陸とか。」
「あちらは基本的にミステリーの話ですし、それゆえに話しもディープになりがちで、注釈もうるさくなりがちですが、私達のはネット形態ですから、いくらでも深くも浅くも出来ます。」
「脇街道を?」
「ええ。大学で知り合った郷土史の先生や歴史学者が、先生や理沙の原稿に更に注釈を寄稿したいと、仰ってくださいまして。だから、ネット原稿の方は複層的に清く正しく馬鹿馬鹿しく展開しようと、話が広がりました。」
「はあ。」

社長が呆れてる。
だよねぇ。
南さんに、新雑誌創刊の企画を相談されて、眠い目を擦りながら「歩く」って言ったら、本人の知らないところて広がり続けてるし。

少しイタズラしたら、それも企画として付随してるし。

ま、それが社長の仕事なんだけど。


「で、今月の街道が決まりました。陸前浜街道はいかがでしょうか?」


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