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12 クロード

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 夜、一人の食事を寂しく思いながら済ませたユナは、湯あみも済ませナイトドレスに着替えた。アイラが部屋から出て行くと、主寝室へと繋がるドアの前でうろうろと忙しない動きをしてしまう。
 ロイドが戻ってきたら、先日同様に同じベッドで一夜を過ごすと約束してしまっているのだ。今になって恥ずかしさが募ってきてしまい、座っていることが出来ないでいる。

 だが、約束をしてしまった以上、反故にすることは出来ない。
 悩み、考えるが、落ち着くことが出来ず扉の前を行ったり来たりしていた。そんな時、主寝室側から扉がノックされる。

「――ユナ、いるか」

 聞こえてきたのは、優しいテノールの声。紛れもなくロイドの声だった。
 いつ帰って来たのか疑問に感じたが、再びノックされ、慌てて扉に近付きドアノブに手を掛けた。

「何でしょうか、ロイド様」

 開けたドアから覗く彼は今しがた帰って来たばかりなのか、軍服のままだ。ロイドはユナの姿を確認すると、安心するように息を吐いた。

「食事をとってくる。それまで、部屋に居てくれ」
 手を引かれ、主寝室へと誘われる。ベッドに腰掛けさせられ、肩に手を添えられた。視線を上げ彼の表情を伺うと、ロイドは小さく口角を上げている。

「……すぐに戻る」
  静かに立ち上がり、彼は部屋から出て行った。後ろ姿を見ながら、紅潮する頬を冷まそうと両手を頬に押し付けた。



 暫くの間、ベッドに仰向けになり物思いに耽る。
 昼間ゼルストから聞いた話……もしかすると、連日ロイド様が魘されていたことと何か関係があるかもしれない。でも、どういった繋がりがあるのか……。ごろりと寝返りをうち、悩みだす。
 ベッドからは、彼の付けるシトラス系のさっぱりとした香りが漂う。匂いを嗅いでいると、彼に包み込まれているように錯覚してしまう。
 自然と、香りを堪能していると表情が緩んだ。

「待たせた」

 背後から掛けられた声に勢いよく飛び起きた。

「い、いえっ、大丈夫です!」

 驚きに心臓がばくばくと大きく脈打つ。彼に見られていなかっただろうかと気恥ずかしくなり、顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

「……どうした」
「何でもありませんわ! ええ!」
 先程までシーツに顔を埋めていたことを誤魔化そうとするユナに首を傾げながら、ロイドはベッドに歩み寄った。ベッドの隅に寄ると、彼は早々にベッドへ潜った。
 疲れているのだろうか? 彼の行動を見ながら、自身も布団に潜る。


「あの、質問してもよろしいでしょうか?」

 布団に入って早々、背を向けながら、彼に言葉を投げかける。

「なんだ」

 こんなことを聞いても良いのか悩むが、意を決し疑問を口にした。

「……失礼を承知で聞かせてください。その、連日魘されていたのは、クロード様が関係しているのでしょうか?」

 瞬間、ロイドは勢いよく起き上がり、ユナの肩を掴み振り向かせる。睨み付けてくる彼の雰囲気は凍えるように冷たく、空色の瞳は氷のように思えた。

「兄のこと、どこで聞いた」
 怒りを押し殺したような低い声に、背筋が凍り付く。
「ぜ、ゼルストさんから……」

 震える声で何とか言葉を発すると、彼は肩から手を離してくれた。

「すみません……余計なことをお伺いしてしまって」

 彼を怒らせてしまったことに罪悪感が込み上げ、俯きながら上体を起こす。謝罪すると、ロイドは深く溜息を吐きこちらに背を向け布団に潜った。

「……兄は体が弱かった」

 沈黙を破るように、ロイドが言葉を紡ぎ出す。

「時期後継者にもなれないだろうと言われ、代わりに私がこの家を継ぐことになった。父の厳しい修練にも耐え、兄の分も頑張られなと……。だが、一度だけ兄に言われたことがあった。『どうして、私のように健康に生まれなかったのか』と」

 ただただ、じっと彼の言葉に耳を傾ける。彼のことをもっと知りたい。そう思ったから。

「その言葉を言われて暫くし、兄はなくなった。それからだ。兄の命日が近付く度に、夢に魘されるのは」
「夢、ですか?」
「ああ。自分が継ぐ筈だったのだと、恨めしそうに兄の影が追いかけてきて、私を追い詰めるんだ」

 夢の内容を告げると、ロイドは自身を嘲笑するかのように笑った。
「笑えるだろう? 軍部でも冷徹とまで言われる人間が、こんなちっぽけな夢ごときで魘されるなど」
 
 自信をあざけ嗤うかのような彼に、「そんなことはないです」と否定する。

「ロイド様、考え過ぎです。クロード様は絶対、そのような意味であなた様に仰ったとは思えません。誰だって、人を羨ましがります。ですが、それがロイド様の心の傷となっているのでしたら、私が側におります」

 背を向けるロイドの肩に手を添え、はっきりと意思表示すると、彼の肩が小さく跳ねた。ゆっくりと起き上がり、俯いたまま振り返る。

「……君は、どうしてそこまでする?」
「私達は夫婦です。夫婦ならば、共に苦しみも共有してもいいと、私は思います」

 自身の考えを告げると、ロイドは俯いたまま小さく笑った。顔を上げ視線が交わるが、先程のような冷たさはなかった。

「……なら君は、毎月こうして同じ褥で寝てくれるとでも?」

 口角を上げそう切り出すロイドに、ユナはハッとする。そうだ、毎月この様に魘されているとなると、その度に同じベッドで何日も共にしなければならないのだ。想像し、次第に頬が赤くなる。

「気にするな。冗談だ」
「いいえ! 一度すると決めた以上、実行します!」

 これには予想だにしていなかったのか、ロイドが目を瞬かせた。

「ただその……は、恥ずかしいので、慣れるまでは互いに背を向けさせてください……」
 羞恥に頬を染め目を逸らし、小さな声で囁く。そんなユナに、ロイドは肩を震わせ笑いを堪えていた。

「もう、ロイド様! こちらは真剣に考えてますのよ!」

 頬を更に赤く染め抗議するが、彼は「済まない」と言いながらも小さく笑っていた。
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