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第二章 婚約者編
第八話 誘い②
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恐る恐る、命令通りにイシュトさんの横に腰をかけた僕は、相手方の様子を窺いながら不躾にならない程度にフィン様を観察する。
フリードリヒ様の方が体格は良いけれど、そうはいっても体格差があると言うほどの差はない。しっかりと鍛えられた肉体は、僕よりもずっと頑強だ。この国にいると、どちらかといえば筋肉質だと思っていた自分が貧弱に感じられるけれど、多分この国の人が基本的に縦にも横にも大きいんだろう。
雰囲気的には、フリードリヒ様よりはやや柔和……といった印象ではある。フリードリヒ様はどちらかといえば堂々としていて俺様感が出ている人だけれど、この方はそういう前に出る感じはしないので、大人しいという評価は嘘ではないんだろう。
けれど……気が弱いとか、内向的とかそういうタイプでは絶対にないだろうなと、僕は初対面ですぐに直感する。少なくとも、僕みたいな系統ではないのは断言出来た。
「あの、改めまして……トーマと申します」
どんな会話をしていいのか分からず、とりあえず無難にそう名乗る僕の声は多分震えていたに違いない。だけど、フィン様はそんな僕にくすりと笑うと、そんなに硬くならないで良いんだよ? と続けた。
「物々しい装いでこちらにお邪魔してしまったから緊張させてしまったかな。ごめんね。でも、僕にはフリードリヒに接するみたいにしてくれてかまわないよ。なんなら名前もフィンと呼び捨てで良いし、敬語もいらない」
(む、無理……!)
僕は内心でそう叫んだ。そんなことを希望されても困る。
見れば、フィン様の話に後ろの騎士たちも表情をやや引きつらせていた。
騎士たちも僕に対して今の所は敵意は抱いていないみたいだけれど、さすがに僕みたいな奴がフィン様にそんな風な態度を取ったら、諫めざるをえない。短気とかそういうことではなく、正常な感覚だ。明らかにフィン様の提案の方が異常だといえる。
アルテミス帝国よりはお国柄的には大分おおらかとはいえ、いくらなんでも王族にため口を聞くなんてありえない筈だ。
正直なところ今すぐにでも逃げたい。
……と、そう強くそう思った僕だったが、イシュトさんを含めてこの娼館の人には色々とお世話になっている。
命を取るというように非道なことをするような王家ではないとは聞いてはいるが、さすがにこのまま僕が逃げたらイシュトさんたちが責任を取らされることになるかもしれないと思うと逃げることはできない。
(そもそも逃げた所ですぐに捕まるだろうし……)
「……っ、あの、さすがにそれは……あまり好ましくないかと」
「えぇ? フリードリヒとはすごく仲良くしているみたいなのに私とは駄目なのかい?」
なんとか絞り出すようにそう言うが、フィン様は僕の返答が不満だったらしい。僕は笑顔が引きつりそうになりながらも、何とか「すみません」と謝る。想像していたよりも、色々と喰えない人だなと思いながら愛想笑いを浮かべる僕に、フィン様はにこりと満面の笑みを見せた。
だけど――。
「君が賢明な人で良かった」
「……っ」
フィン様が浮かべていた笑みは、次の瞬間に跡形もなく消えていた。
先ほどまでの柔和さなど、微塵も感じられない鋭い目で僕を見るフィン様に、僕は思わず固まる。フィン様が纏う雰囲気は、先ほどとはうって変わってどこか周囲を威圧すような威風堂々としたものへと変わっていた。
その変化に部屋の空気が一気に凍り付く中、フィン様は優雅な仕草で足を組むとため息を吐く。
「フリードリヒが言う通り、君はちゃんとした人のようだ。あんなデカいなりをして、フリードリヒは変なところで純情だからね、また騙されているのではないかと心配だったんだけれど……少なくともそうではなさそうだ。まぁ、見た感じで何となく悪い子ではないとは思ってはいたけれどね」
どこか満足そうな笑みを浮かべるフィン様の様子に、僕はやや顔を引き攣らせながら、やっとそこで気づいた。今までのフィン様の僕への言葉はすべて、本心からのものではなかったんだろうということに。
つまり、僕は試されていたというわけだ。
「……フリードリヒ様は」
「ああ、勘違いしないでくれ。フリードリヒは別に今回の件には何も噛んでいないよ。私がここに来たのは勝手な独断だし、あいつには勿論許可を取ってはいない。あいつに言えば、間違いなく怒り狂って私を足止めしただろう。君を試したと知ったら、もしかしたら殴られるかもしれないな」
まだ何も言っていないのに、フィン様は僕の話を遮った。僕としては、最初からフリードリヒ様がこんな茶番を仕組むとは思っていなかったので、僕がフリードリヒ様のことを疑っている様な言い方は不快だ。
だけど、相手はフリードリヒ様のお兄様であって、今まで聞いていた話から察するに、フリードリヒ様にとっては悪いお兄さんではないことは分かっている。どちらかといえば、弟を心配した結果、こうして僕にコンタクトを取ったんだろうし……。
「……フリードリヒ様がなんて僕は全く思っていません。フリードリヒ様は僕にとても良くしてくれていますし、万が一、貴方を紹介するという話ならちゃんと僕に話してくれるはずです」
「……話に聞いていたよりも、しっかりしているな」
僕がはっきりとそう言うと、フィン様は少し驚いた様子で目を瞬いた。
フリードリヒ様の方が体格は良いけれど、そうはいっても体格差があると言うほどの差はない。しっかりと鍛えられた肉体は、僕よりもずっと頑強だ。この国にいると、どちらかといえば筋肉質だと思っていた自分が貧弱に感じられるけれど、多分この国の人が基本的に縦にも横にも大きいんだろう。
雰囲気的には、フリードリヒ様よりはやや柔和……といった印象ではある。フリードリヒ様はどちらかといえば堂々としていて俺様感が出ている人だけれど、この方はそういう前に出る感じはしないので、大人しいという評価は嘘ではないんだろう。
けれど……気が弱いとか、内向的とかそういうタイプでは絶対にないだろうなと、僕は初対面ですぐに直感する。少なくとも、僕みたいな系統ではないのは断言出来た。
「あの、改めまして……トーマと申します」
どんな会話をしていいのか分からず、とりあえず無難にそう名乗る僕の声は多分震えていたに違いない。だけど、フィン様はそんな僕にくすりと笑うと、そんなに硬くならないで良いんだよ? と続けた。
「物々しい装いでこちらにお邪魔してしまったから緊張させてしまったかな。ごめんね。でも、僕にはフリードリヒに接するみたいにしてくれてかまわないよ。なんなら名前もフィンと呼び捨てで良いし、敬語もいらない」
(む、無理……!)
僕は内心でそう叫んだ。そんなことを希望されても困る。
見れば、フィン様の話に後ろの騎士たちも表情をやや引きつらせていた。
騎士たちも僕に対して今の所は敵意は抱いていないみたいだけれど、さすがに僕みたいな奴がフィン様にそんな風な態度を取ったら、諫めざるをえない。短気とかそういうことではなく、正常な感覚だ。明らかにフィン様の提案の方が異常だといえる。
アルテミス帝国よりはお国柄的には大分おおらかとはいえ、いくらなんでも王族にため口を聞くなんてありえない筈だ。
正直なところ今すぐにでも逃げたい。
……と、そう強くそう思った僕だったが、イシュトさんを含めてこの娼館の人には色々とお世話になっている。
命を取るというように非道なことをするような王家ではないとは聞いてはいるが、さすがにこのまま僕が逃げたらイシュトさんたちが責任を取らされることになるかもしれないと思うと逃げることはできない。
(そもそも逃げた所ですぐに捕まるだろうし……)
「……っ、あの、さすがにそれは……あまり好ましくないかと」
「えぇ? フリードリヒとはすごく仲良くしているみたいなのに私とは駄目なのかい?」
なんとか絞り出すようにそう言うが、フィン様は僕の返答が不満だったらしい。僕は笑顔が引きつりそうになりながらも、何とか「すみません」と謝る。想像していたよりも、色々と喰えない人だなと思いながら愛想笑いを浮かべる僕に、フィン様はにこりと満面の笑みを見せた。
だけど――。
「君が賢明な人で良かった」
「……っ」
フィン様が浮かべていた笑みは、次の瞬間に跡形もなく消えていた。
先ほどまでの柔和さなど、微塵も感じられない鋭い目で僕を見るフィン様に、僕は思わず固まる。フィン様が纏う雰囲気は、先ほどとはうって変わってどこか周囲を威圧すような威風堂々としたものへと変わっていた。
その変化に部屋の空気が一気に凍り付く中、フィン様は優雅な仕草で足を組むとため息を吐く。
「フリードリヒが言う通り、君はちゃんとした人のようだ。あんなデカいなりをして、フリードリヒは変なところで純情だからね、また騙されているのではないかと心配だったんだけれど……少なくともそうではなさそうだ。まぁ、見た感じで何となく悪い子ではないとは思ってはいたけれどね」
どこか満足そうな笑みを浮かべるフィン様の様子に、僕はやや顔を引き攣らせながら、やっとそこで気づいた。今までのフィン様の僕への言葉はすべて、本心からのものではなかったんだろうということに。
つまり、僕は試されていたというわけだ。
「……フリードリヒ様は」
「ああ、勘違いしないでくれ。フリードリヒは別に今回の件には何も噛んでいないよ。私がここに来たのは勝手な独断だし、あいつには勿論許可を取ってはいない。あいつに言えば、間違いなく怒り狂って私を足止めしただろう。君を試したと知ったら、もしかしたら殴られるかもしれないな」
まだ何も言っていないのに、フィン様は僕の話を遮った。僕としては、最初からフリードリヒ様がこんな茶番を仕組むとは思っていなかったので、僕がフリードリヒ様のことを疑っている様な言い方は不快だ。
だけど、相手はフリードリヒ様のお兄様であって、今まで聞いていた話から察するに、フリードリヒ様にとっては悪いお兄さんではないことは分かっている。どちらかといえば、弟を心配した結果、こうして僕にコンタクトを取ったんだろうし……。
「……フリードリヒ様がなんて僕は全く思っていません。フリードリヒ様は僕にとても良くしてくれていますし、万が一、貴方を紹介するという話ならちゃんと僕に話してくれるはずです」
「……話に聞いていたよりも、しっかりしているな」
僕がはっきりとそう言うと、フィン様は少し驚いた様子で目を瞬いた。
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