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3章 わかたれた道
わかれ道
しおりを挟む『戦場が自分の居場所なんて、嘘よ。
顔を見れば分かるわ』
泣きそうな顔で語気を強めるメルルーシェに背を向けて眠った翌日。
薬を飲んだのにも関わらずメルルーシェは発熱し、朝から部屋でスーミェとユンリーが慌ただしく動き回っていた。
「おかしいわ…体内の魔力が減り続けてるようですね。
まるで何かに吸い取られてるみたいに…」
「縁起でもないこと言うんじゃないよ。嫌なことを思い出す。
この子は違うさ、あの子のときと様子が違う」
出入口でふたりのやり取りに耳を澄ましながら、メルルーシェの顔色を伺う。
赤らんだ顔は苦しそうで、膨らんだ胸がいつもより速く上下していた。
「邪魔だよラミスカ。
ヤックとクラバト、あとモルフリドを取ってきな。薬棚にあるはずだ」
出口を通り過ぎようとしたユンリーが、ラミスカを見上げて籠を押し付けると、熱した小鍋に乾燥した何かを振りかけて混ぜ始めた。
薬棚に向かうと、入口の扉の鈴が鳴り響いて誰かが入ってきた。
服の丈が短くなったせいで軸が剥き出しの右脚が見えないように身体を左に向ける。
声から察するに常飲薬を取りに来た町人のようだった。慌ただしくスーミェが受付へと向かって対応を始める。
事故の後アルスベルが取り急ぎ用意してくれた右の義脚は、無骨な金属の魔具軸を腿で固定するだけの簡易義脚だったが、それが予想外の方向に助かることになった。
脚の長さや腿回りの太さが毎日変わっていたのだろうが、毎朝腿に取り付けると自動的に長さを調整して固定するため、ラミスカは急成長する身体に不便を感じることがなかった。
薬棚の名札を確認し、上の段からモルフリドを取るために梯子をかけて左足で踏み出してから、上段に梯子を使わなくても届くことに気が付いた。
(昨日よりも背が伸びている。)
モルフリドの引き出しを取り出して 花が液体に浸かった瓶と乾燥したものを見比べる。
どちらを使うか分からなかったので引き出しごと抱えて、ヤックとクラバトもひと房分ほどを籠に入れる。
独特な臭いに顔をしかめながらユンリーの元へと戻る。ユンリーはモルフリドをじっと見つめて、瓶の方を手にして後は元に戻すようにとラミスカを追い払った。
乾燥したモルフリドの花が入った引き出しを手に薬棚に引き返す。
ふわっと懐かしい香りが鼻をくすぐって廊下で足を止める。
スーミェが客と話す声が、頭の遠くで聞こえているようにくぐもって聞こえる。
(どこかで嗅いだ匂いだ。)
匂いを探すように視線をさ迷わせるも、薬草の騒々しい臭いにかき消される。ふと自分の手を嗅ぐと一瞬懐かしい香りがした。
手元の引き出しに視線を落として、微量のモルフリドの入った引き出しに顔を埋めると、風が身体を吹き抜けていくように懐かしい感覚に襲われる。
酷く痛む頭に、身体を動かすこともままならなかったこと。
柔らかな腕に拾い上げられたこと。
くぐもって聞こえる声は柔らかい女の、メルルーシェの声だった。
胸に抱かれて泉に浸かったこと。
反射的に元の魔力を取り戻そうと、自分の中に入ってきた魔力を吸い上げたこと。
『おかしいわ…体内の魔力が減り続けてるようですね。
まるで何かに吸い取られてるみたいに…』
先ほどスーミェが呟いた言葉を思い出した。
ラミスカは今まで疑問に感じていたこと、魔力について調べた沢山の内容が、頭の中でぴったりとはまっていくように感じた。
母と子の魔力遺伝、魔力の共有についての研究書。自分の変わった髪色。
赤子は母親の魔力を色濃く受け継ぎ、母体から継続的に魔力を吸収すること。
ラミスカは赤子の頃にメルルーシェの魔力を吸い上げて、身体を一部作り変えた。ラミスカの魔力はメルルーシェの魔力と繋がりを持っている。
ーーー自分こそがメルルーシェの魔力を、吸い上げている元凶かもしれない。
手に持っていた籠が音を立てて廊下に転がった。客を帰したスーミェが不思議そうな顔をして散った花と引き出しを拾い上げた。
「ラミスカ君大丈夫?」
「いや、それをお願い。少し外に出る」
まず行くべきはアルスベルの元だ。
“もうすぐ着脱しなくても良い脚が完成するからそれまでの繋ぎ”とアルスベルが言っていた。今すぐに完成品を受け取る必要がある。
人目を避けるように裏を通りながら魔具工房まで急ぐ。扉を開けるもいつもの机にアルスベルの姿は見えず、中の工房へ足を踏み入れる。
工房の扉を開くと、作業台に目的の義脚らしきものが寝かされているのが視界に入った。工房内にもアルスベルの姿はない。外出しているときは、店は施錠されているはず。
不思議に思いながらも作業台に置かれた義脚に近付く。褐色の鈍い輝きを放つ何らかの鉱石を軸に加工されたようで、叩くと重い音がする。一見完成しているように見えるその義脚を持ち上げて作業台から降ろした。
装着していた簡易義脚を外して、太腿にあてがうと魔力が義脚に流れていくのが分かった。
太腿を包むように皮膜が広がって構築を始めると、腿をがっちりと固定した。
擬似的に体の一部のように魔力が流れていて、動かす感覚を掴みやすい。
驚きながら足を動かす。
アルスベルの作った新しい義脚は先になるほど細く、足首以下はない。柔らかい地面を歩いたり、踏ん張ったりすることには不向きだ。日常生活の範囲で不自由の少ないように作られている。
本当の足とはいかなくても、膝動作の滑らかさも今までよりも段違いに良く、長さの調整も簡単に行える。
「身体に合ったようだね」
いつからそこにいたのか、工房の入口からアルスベルがこちらを見ていた。
少しのばつの悪さを感じながら頷く。
「君は…とても身体が大きくなったね。
それは成長期に備えて、ホヴァ鉱石を使ってあつらえたものだ。長く使えるだろう」
「これはもう使える?」
「勿論だ、着けて帰ってくれていいよ。
今日明日にでも呼ぶつもりだったから」
工房に入ってきたアルスベルは片手に袋を抱えていた。
「メルルーシェの体調はどうだい?」
作業台の近くに袋を置くと、作業着に袖を通しながらラミスカを見やる。
「熱を出してる」
「また体調が崩れたのか…」
アルスベルは心配そうに俯いて、レンズのついた魔具を頭に装着しようとしていた手を止める。
「これを終えたら見舞いに向かうよ」
ラミスカは工房の入口に手をかけてアルスベルを振り返ると、口を引き結んだ。
「メルルーシェを、頼む」
アルスベルが不思議そうに顔を上げたときにはラミスカは居なかった。
****
ラミスカは薬屋の前で足を止めた。
メルルーシェの様子を、顔を見たかった。
扉にかけた手を降ろして、胸の首飾りをぎゅっと握りしめた。
向かうは北の関所だ。
北門を潜る前に家があった方向を振り返った。
『お空を見上げていたのね。
美しい綺麗な色…あなたの瞳みたいね』
明けやらぬ紺碧の空を見上げ、微笑みながら呟くメルルーシェ。
『今日からひよこを飼うことにしました。名前はラミスカが決めていいわ』
(メルルーシェ、メル…ルー)
『ルーにする』
水を掬うように丸めた手の上に、メルルーシェがルーを乗せた。
夕日を浴びながら、汗ばんだ顔を拭ったメルルーシェが笑う。
『ラミスカ、これが新しい命よ』
生まれた仔馬の鳴き声を聞いて安心したように笑い合う3人を、不思議な気持ちで眺めていた。
ふたりで過ごした思い出が次々と浮かぶ。
それらを頭から振り払って門をくぐった。
身体の力を試すように走った。脚部に魔力を集中させ脚力を上げ、息を整えるために身体を巡らせる。そうして魔力を思い通りに動かせるように何度も繰り返した。
北に向かって走り続けた。たまに通っていく馬車の御者が怪訝な顔でラミスカを見る。車輪の跡を辿りながら進んでいると、モハナの町が見えてきた。
北の関所はモハナの北西にあるはずだった。
モハナには寄らずに関所を目指す。
第6師団の師団長、ハーラージス・ゾエフに会うために。
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