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5章 合縁奇縁

食事と集約

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食事の席に着いた3人は料理が運ばれてくるのを待ちながら、今日本の館で得られた宵の国についての情報をまとめていた。

禊ぎを終えて宵の国に迎え入れられると永遠の安らぎが待っている。
どの本もそんな趣旨の常套句で始まっており、宵の国に向かうまでの話が主で、宵の国内における人間の話は記述されていなかった。

宵の国は人が必ず向かう終着点だ。色々な研究が進められていてもおかしくはない。というよりも、これほどまでに情報がないことの方が不自然だと感じるものの、“生あるときに集中するように”と神が望んでおり、人間もそれに従うべきだという考えが根強いようだった。

ラミスカと“生きて帰る”という約束を交わした手前、それを反故にすることはできない。故に宵の国から戻るための方法を考えているメルルーシェだったが、第一の目標は安穏の神テンシアを宵の国から救い出すことであり、メルルーシェが死んでそのまま宵の国に囚われようが、テンシアを救い出しさえすれば目標は達成されるのだ。

そしてそのための手順は、慈愛の神であり父であるルフェナンレーヴェからすでに示されている。

(いけない。生きて戻ることを考えるのよ、メルルーシェ。)

頭を過ぎる考えを否定して前に座る2人に目を向けると、深く考え込んでいた様子のリメイが口を開いた。

「“夢の神の力が濃い夢の世界の領域では、自分の思い通りに物事を進めるのは困難である”って記述から察するに、夢の世界を経由するのは現実的じゃないと思う」

リメイの言葉に、腕を組んだラミスカが黙り込んでいる。

夢の世界から向かえるならば一番危険性が少ない。
しかしそれが出来ないとなれば、死んだばかりの肉体を蘇生することが一番の方法だろう。

「ではやはり蘇生の線が妥当ね」

自分だけならまだしも、共に宵の国に向かうと言って聞かないラミスカの蘇生に失敗したときのことなど考えたくはない。以前から考えていたことを口に出す。

「仮死状態、という言葉を聞いたことがある?」

「仮死?」

ラミスカは知らないようだったが、リメイは迷った様子で言葉を選ぶ。

「枯れ木病に起こる魔力不足に陥っている最終段階の症状ですよね。……僕も同じことを考えていました……あれなら上手くいくかもって」


メルルーシェがラミスカに説明を始めようとした所で、ふくよかな女性が大きなトレーに乗せて運んできた料理を順々に机に移していく。

食べ盛りの兵士のために用意された、これでもかと盛り付けられた量の麺を取り分ける。掻込むように頬張る2人の青年を見て、やはり空腹だったのだろうと罪悪感を感じる。

「枯れ木病という病は貴方も聞いたことがあるでしょう?
ユン様の娘さんがかかって亡くなった病よ。体内の魔力が漏れ出て枯渇することで死に至る病なんだけど、モルフリドの花、つまり魔力を回復する術があれば治療することが可能な病なの」

ふくよかな女性が去ってから話を再開する。

「神殿が魔力回復の泉を独占しているために不治の病とされている、と言っていたな」

「ユン様の言葉を借りればそうね。
枯れ木病の最終段階は、体内の魔力が枯渇して生命力をも吸い取っていく。そうなった姿がまるで……枯れた木のように萎れていくの。生命を維持する臓器が殆ど動きを止めるわ」

「その状態でも魔力を補えれば助かるのか?」

「えぇ、そうよ。
途方もない魔力を必要とするから、一般人で枯れ木病にかかって助かった人はまずいないでしょうけど、それが可能な場所があるわ」

ラミスカが一点を見つめたまま呟いた。

「清め湯か」

「その通り」

瀕死だった赤子のラミスカがメルルーシェの魔力を奪ったその場所だ。

「枯れ木病はどうやって発病させるんだ?」

「かかる必要はないのよ。要は魔力を枯渇させて擬似的に同じ状況を作ればいいの」

普通に生きていて自分から魔力を枯渇させようとする人間などいない。メルルーシェの答えに納得した様子のラミスカだったが、割った野菜包みから流れる汁を眺めて呟いた。

「だが蘇生は死に至ってすぐ行わなければ成功率は低いんだろう?向こうで安穏の神を助ける時間を稼げるのか?」

ラミスカの問いはメルルーシェも懸念していたことだった。メルルーシェが考え込んだのを見てリメイが口を開く。

「今日得られた情報から察するに、宵の国では僕たちの世界と時間の流れが違っていると思うんだ。どれほど違っているのか詳しいことは分からないけど、あの死に戻りを経験した男の手記だって、宵の杯人を探して宵の国に足を踏み入れるまででも数日はかかってるように感じていたけれど、人間界では息を吹き返すまでのほんの僅かな間しか死んでいなかったでしょ?」

「確かにその通りね。宵の国の時間の流れについても調べなければならないわ」

(いずれにせよ神官アデラに聞くのが確実ね。
魔力の枯渇で仮死状態を作るとしても、清め湯を使えないと成立しない案だわ。)

死の神を祀る神殿で神官アデラが在殿している神殿は確か、ベルヘザード国内ではモナティ神殿と、東部のメヘリャ神殿だけだ。

ゆっくりと麺を粗食し終えてから口を開く。

「…決めた。故郷のモナティに向かいましょう。死の神の神官アデラに会いに行くの」

メルルーシェの宣言に咀嚼の動きを止める2人。

モナティ神殿に向かうという選択肢は常に頭にはあったものの、見まごうことなく成人となったラミスカを連れてモナティの神殿に帰ることには抵抗があったのだ。

けれどベルへザード兵士には仮面魔具がある。もし会えることがあればリエナータには本当のことを話そうとは思う。彼女なら力を貸してくれるだろう。もしまだ神殿にいれば、神官アデラへの口利きもしてくれるかもしれない。

「それは良い考えですが…何度も転送魔具を使うのは身体にも負担がかかります。首都神殿で尋ねてみるのは?」

心配そうにそう告げたリメイに、既に首都神殿で煙たがられた話をすると、呆れたように首を横に振って憤慨していた。

「モナティにはいつ向かう?」

「早くて明日かしら。話を聞いてまた首都の本の館に戻ってきても良いと思うし、早いに越したことはないわね」

「僕は伯父に話があるので、それだけ済ませられれば合流できます」

リメイの言葉に、契約の事を思い出す。

「そうだわ、私たちも契約の手続きを済ませてしまいましょう」

本の館で調べ物が済んだら、身動きを取りやすくするために退役の手続きを行うつもりだったのだ。

「退役すれば首都への転送が使えない可能性があるぞ」

「そっか、隊に所属していると身動きが取り辛いから退役するんだね……
それなら僕から伯父さんに話してみるよ」

疑問符を浮かべたリメイがもじもじとどこか緊張したように口を開く。

「隠していたわけじゃないんだけど、言いづらくて……。実は伯父さんは師団長なんだ。第6師団のハーラージス・ゾエフ。噂だとメルルーシェさんとは面識がありますよね」

気まずそうに頭を掻くリメイだが、メルルーシェの気まずさはその比ではない。何せ啖呵を切った上に、魔力酔いにさせて遠くへ行けと命じられているのだ。思い返せば白髪だと思っていた長い髪も、少し緑がかっていた気がする。

「あの伯父さんに一泡吹かせるなんて……。どんなやり取りをしたんですか?」

そう尋ねるリメイの目は興味で輝いている。リメイはラミスカが訓練学校に行く事になった経緯や、メルルーシェとハーラージスの確執については殆ど知らないようだった。

「一泡吹かせるなんてとんでもないわ。少し意見の食い違いがあって……揉めただけなの」

うふふ、と手を当てて誤魔化す。ラミスカも驚いた様子だったが、特に何も言うつもりはないのだろう。

「では明日は契約の手続きを終わらせて、リメイが伯父様とのお話を終えたら南のモナティへ向かいましょう」


話が落ち着いて周りを見渡すと、大きな食堂にはご飯時ということもあってたくさんの兵士が座っていた。慣れたものだが、やはり女性兵士の姿が珍しいのかちらちらと様子を伺うような視線を感じる。厳密には軍と契約を結んだ癒し魔法の使い手なのだが、同じように軍の服を身に纏っているため不思議なのだろう。

少しラミスカに対する視線も混ざってはいるものの、今はロズネル公国との戦時中であるためなのか不思議と蔑んだような視線は感じない。

「ふたりは注目の的だね」

メルルーシェがまわりを気にしているのを察したのか、パンをもしゃもしゃと食みながらリメイが小声で呟く。

「ほへ?」

思わず気の抜けた返事が口をついて出て、ラミスカがそれに小さく笑った。そんなラミスカを見てリメイは驚いたように目を瞬かせている。

「ラミスカ、君……笑ってる!」

何がそんなに珍しいのか、リメイは何故か興奮している。

「ラミスカが笑うのがそんなに珍しいの?」

「ラミスカはいつも少し口の端がすこーし上がるくらいしか笑ったことなんてないんですよ!」

ラミスカが興奮するリメイを無言で眺めている様子が面白い。

「確かにいつも無愛想だけど、ラミスカはよく笑ってるわよ?それより注目の的ってどういうこと?」

くすくすと笑いながら疑問を投げかける。

「メルルーシェさんは結構有名な癒し手だし、ラミスカは……休戦前に炎魔法を使う混血の兵士が大型魔兵器に穴を開けたって話が広がってるから注目されてるんじゃないかな」

「ほう」

全く興味などなさそうに相槌を打って麺をよそっている。

自分の悪い噂はまだしも、ラミスカの武勇伝がそんなに広がっているとは知らなかった。

「ラミスカ、君がやったの?穴を開けたって本当?」

興味津々といった様子でラミスカを問いただすリメイと、それを嫌がっているようで楽しんでいるラミスカを眺める。

明日契約の手続きが済めばラミスカはいよいよ自由の身となる。
ずっと囚われてきた彼がやっと手にする自由は、もっと開放に満ち溢れたものであってほしかった。

こんな時期じゃなければモナティへ帰るのはもっと心が弾んだのだろうか。


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