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光の湖畔編

第74話 丘から臨む湖

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「さあ行こうね」
クレールが手を差し伸べてきた。

「この界隈って、手を繋がないと危ない場所なの?」
クレールに聞くと、
「まったくここは安全だ、コニー」
マフィン片手のエタンが即答した。

「そっか。じゃあ気ままに自由に歩きたい!」

 あの日以来の外出……ぐるり見渡す。
 この世界に来た時。
 自分の目がどうにかなったのでは、となった空気の煌めき。
 よく見れば、周りの木々や下草や土塊、そして光の湖から発せられる輝きだった。

 キラキラしてるクレールやエタンの髪や瞳。
 昨日窓から眺めてた景色。

 外に出て、身体中に森と泉の空気を浴びてる今。
 私はもの凄く実感してる。

 なんだろう。
 深呼吸して、酸素をたっぷり送り込んで身体を整える、それとはまた違う。

 細胞が満たされるような。
 湧き上がる、なにかが。
 喜びで弾む。
 そんな感覚。

 多分これが魔素なんだ……
 炭酸のしゅわしゅわみたいに、身体の中でキラキラになってはぜてるんだ。

 湖の周辺は木々が生えてないので、視界が開けていて、一面が見渡せた。
 クレールの家はほんのちょっと高いとこに建っていて、1本の小道が下へと続いてる。

 手入れをしていない、自然の芝生みたいな青々とした草が生えた丘。
 背の高いぼうぼうとした薮草は、特に見当たらず。
 所々に野の花が咲き風に揺れてるけど、ほとんどが下草から突出しない系の可憐な野花だ。
 それらが緑に点々と、パステルカラーの淡い頬紅みたく色を添えている。

 湖まで徒歩で1分程度か? ほんと目と鼻の先だ。

 『ギラギラして眩しくて見てられない』
 丘から臨む湖面は、そんな目を突き刺し攻撃するたぐいの対局にある感だった。

 透き通ってるけど乳白色。
 凪いだ水鏡、ガラスでできてるみたい。

 静かな佇まいで光をたたえ、神秘の美しさを女神さまの羽衣みたく、ふうわり纏って。
 でも思わず、はは~って控えちゃうような、荘厳な趣きも漂わせてる。

 さらに驚きなのが。
 光の加減によってか、風の揺らぎか。
 その水面は、ただのキラついた乳白色にとどまらず、鮮やかな色彩がさまざまな表情をゆらゆらと見せているの。

 まるでオパールみたい……
 母さんがとりわけ好きだったウォーターオパール……

 透け感のある乳白色の内部から浮き上がるような虹色。
 丸いミクロのカラフルな球が湖底で遊んでいるみたいだ。

 私は急速に、すとんと、理解する。
 この底に「虹の方様」は居るのだと。

 死ぬ気でもがいて、やっと脱し目を開けたあの時。
 真上に立ち上っていた、色濃い虹の光。

 私が昨夜作り出した虹色魔石。

 ああ、みんな同じものだ……

 光の湖に。
 あの揺らめく淡い虹のプリズムに。
 心から、触れたいと思った。

 湖に吸い寄せられるように、明るく弾ける気持ちが私を突き動かす。
 そして、居ても立っても居られない、そんな思いで駆け出した。

「んあ?! コニー?」
「待って! 坂を走ったら危ないってば!」

 クレールの家の前から湖へと続く、緩やかな坂道をぐんぐん走り下る。
 私の後を追ってくる彼らの気配。

 あっちの世界での、ウチから角のコインパーキングぐらい、多分家が15軒ぶん程の距離。
 下の湖外周の道に出るまでもなく、男子に追いつかれた。

「コニーどうした?!」

 エタンに背中を触れられ立ち止まる。
「え? はっ、はぁ、あ、ああ。
えぇっと……どうしもしない、というか、なんとなく?
湖見てたら急にうわーって嬉しくなっちゃって。つい走り出したくなったっていうか?
なんかね、今すぐ湖に触れてみたくなったの」

「はぁ、はぁ。そっか……。何事かって驚いちゃったよ」

「ごめん、ね?」

「おう。ん……なら……早く行こうぜ!」

 エタンが一抜けで、急に走り出した。

「あ、待ってぇエタン!」
「おい!」
 私とクレールが後に続く。

 なんか30歳間近の3人だけど、青空の下駆け出して、セイシューンって感じ。
 風を受け走って、私は久方ぶりにスカッと爽快な気持ちになった。

 クレールの私道を下った先は、湖の淵に沿って左右に伸びる道に突き当たる。

 土を固めたような見た目だが、とても滑らかで土埃が立つ感じがしない。
 多分こちらの技術や素材で舗装されてるんだろう。

 ちなみにクレールの小道は、コルクみたいな風合いの、もっと明るい数色の茶系モザイクみたいな感じで、洒落ている。
 両脇にを縁取るように、角が丸みのある石がずらっと並べてあるのも、なんか可愛いらしかった。

 エタンは道を横切り、湖に少しだけ張り出すように作られた桟橋へと駆け込む。
 後に続いた私たちも追いついて、湖に向かって横に並び立った。

「気持ちいい~!」
ちょっとだけ、大きな声で湖に自然と叫んじゃった私。

「だな!!」
エタンが白い歯を見せて眩しい笑顔で応えてくれた。

「どう? 間近で見る光の湖は?」
クレールが柔らかな日差しのような笑顔で問いかけてくれた。

 前から左右から宝石のごとし麗しパワー。
 ふふ、眼福。
 私は、さっき丘の上で直感的に感じた事を、2人に話始める。
 うまく伝えることができるか分からないけど、懸命に言葉を選んで。
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