その溺愛は青ざめた月の見せる幻影のようで、

弥湖 夕來

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「ごめん、冗談だよ」
 少女の僅かに怯えた表情を察したかのように男の顔がふと緩んだ。
 
「きちんと正面玄関からいらしてくれればいいのに」
 見間違えだったのだろう。
 そう思いながらリュシエンヌは男の顔をもう一度見上げる。
 男の顔からは先ほどの不気味な表情はすっかり消え去っていた。
 というか、むしろそんな顔をしていたようには全く見えない。
「おばあ様なら大歓迎なさるわ」
「確かに、そうだろうね。
 だけど、それじゃ大騒ぎになる。
 忘れてない? 僕がそう言う立場の人間だって事」
「あ…… ごめんなさい」
 男の言葉に、子供の頃から側にいるこの優しくて美しい従兄弟が今、昔とは全く違う立場にいることを思い出す。
「それに、君と二人っきりの部屋でこんなことできないだろう」
 掴んだままの腕に力がこもると、華奢なリュシエンヌの躯は強引に男の胸の中に引き寄せられた。
 それを認識する間もなく、男の整った顔が寄せられ唇にキスが落とされた。
 癖のない髪がさらりとこぼれて頬に落ちるのがくすぐったくてリュシエンヌは笑みを浮かべる。
 僅かに緩んだ唇の隙間をこじ開けてぬるりとしたものがリュシエンヌの口腔内に滑り込んできた。
「えっ? やっ! 」
 反射的に力がこもり、抱きしめられていた男の胸を突き飛ばし距離を取る。
「ごめん、嫌だったね」
 男の顔にすまなそうな色が浮かぶ。
「ごめんなさい、そうじゃなくて…… 
 少し、びっくりして…… 」
 まださっきの感覚が生々と残る口元を男の視線から隠すように被ってリュシエンヌは呆然としたまま答える。
 子供の頃からジュリアスから挨拶の折にしてくれる、亡き父や、伯父、長兄がしてくれたような、頬や額に軽く触れるだけのキスをリュシエンヌはごく当たり前に受け入れてきた。
 何時しかその場所が唇になり、啄ばむように何度と繰り返されるようになっても、リュシエンヌにとってはごく自然のものだった。
 ただ今日のは…… 
 こんなキス今まで誰もしてくれなかったし、教えてくれなかった。
 だから何か凄くいけないことをしたような気がする。
 
「決めていたんだ。
 リュシーが十五になった大人のキスをしようって」
 言いながらジュリアスは左手の小指にはめられていた指輪をリュシエンヌに見せるようにおもむろに指から抜いた。
 距離を置いた目の前の少女に近付くと徐にその左手を取る。
「ごめん、本当はきちんと名前の入った婚姻契約の指輪を用意したかったんだけど、僕の立場だとそれ一つ手配することが難しくて、こんなものしか用意できなかったんだけど、受けてくれるかな? 」
 僅かに腰をかがめリュシエンヌの顔を覗き込むと、返事を待たずに男はリュシエンヌの薬指にそれを滑り込ませた。
「待って、お兄様。
 その、どうしてわたしなの? 」
 思ってもいなかった突然の出来事にそれ以上の言葉が出てこない。
「言っただろう? ずっと前から決めていたって。
 それともリュシーは僕の事が嫌い? 」
「だって、そんなの…… 」
 言葉に詰まる。
 確かにジュリアスは子供の時から知っているし、大好きだ。
 亡き兄と同様に思っていた。
 できるならこれからも、兄妹としてこうして時々秘密の時間を共有できたら、そう願っていたのも事実だ。
 
 ただ、婚約などとなると話は別だ。
 冷静に考えると、絶対にありえない。
 この男の妻になれるはずなどない。
 
 それはリュシエンヌが一番よくわかっていた。
 
 国王殺しという大罪を犯し、首を跳ねられた男の娘。
 それが今の自分の身分だ。
 
 父が兄弟ともども首をはねられたあと、親の罪は子の罪とばかりに世間に偏見の目で見られ、人の通わないこの辺境の地でじっと身を潜めて暮らしてきた。
 
 それに引き換えこの男は…… 
 自分の意志一つで婚姻が決められる立場の人間ではないはずだ。
 
「気にしないでいいんだよ。
 誰にも文句は言わせない」
 リュシエンヌの思いを読み取ったかのように男はさらりと言う。
 
「こんなこと、好きな相手とじゃなきゃできないからね」
 何時の間にかジュリアスは少女をを抱き寄せ、その耳もとで甘く囁いた。
 その声色にぞくりとした何かが少女の躯を伝う。
 未知だけど、嫌悪できない感覚に戸惑いながら顔をあげる男を見上げるとその目が愛おしそうに細められた。
 次いでもう一度唇をふさがれる。
「あ…… 」
 舌先が唇をなぞる感覚に驚いて反射的に開いた口に、その舌が容赦なく浸入してくる。
 なすすべもなく歯列をなぞり上顎をくすぐり舌を絡め吸い上げられていくうちに、妙な疼きが背筋や下腹部に湧きあがり少女を苛む。
 今まで感じたことのない感覚に恐怖を感じリュシエンヌは身を硬くした。
「大丈夫だよ。
 怖いことなんて何もないから安心して」
 重ねていた唇をようやく放すと、耳元で甘く囁いてそのまま耳朶を軽く噛まれる。
 かすかな刺激にまた躯が疼き、思わず吐息が漏れた。
 首筋や頬に何度となくキスされていくうちに次第に躯の力が抜けてくる。
 気がつくと腰を降ろしていたベッドに押し倒され、胸元がひんやりとした室内の空気に直に晒されていた。
 知らぬうちにドレスの襟元をはだけられ胸元があられもなく剥き出しになっている。
「やっ! 」
 当然男の視線に晒されているであろうことを察し、羞恥で頬を染めながら少女は慌ててそのまだ成長しきっていない小さな胸を覆い隠そうとした。
 大人よりも小さな胸を見られるのは殊のほか恥ずかしい。
 しかしその腕は男の両手に押さえつけられ動かすことができない。
 身をよじろうにも覆い被さる男の躯がそれを阻む。
 男の顔を真直ぐに見られなくて、リュシエンヌは顔を背けリネンのシーツに押し付ける。
 今度はそのせいで露になった項に唇が寄せられる。
 何度となくキスを繰り返しながら肌に這わされた舌が徐々に鎖骨へと下りて行く。
 裸に剥かれひんやりとした外気に晒され冷えてゆくはずの肌がじんわりと熱を持ってくる。
 額がかすかに汗ばむのを感じながらリュシエンヌは吐息を漏らした。
「やっぱりリュシエンヌは可愛いね」
 かすかな息に反応するかのようにジュリアスが笑みを浮かべる。
 熱を帯びた温かな手が剥き出しにされたリュシエンヌの胸をそっと包み込む。
 手の中に収まってしまうほどに小さなふくらみを、男は確かめるようにその感触を楽しむかのように何度となくまさぐりもみしだきながら弄ぶ。
 やがてその指先が胸の頂きを捕え軽く摘んでは放しを繰り返しほどなく口に含まれた。
 そのせいだろうか、今まで感じたことのない妙な感覚が下腹辺りに湧きあがり、背筋がぞくぞくする。
 だけど、嫌悪したいはずのその疼きが妙に心地よくて無意識に求めてしまいそうになり、リュシエンヌは躯を震わせた。
 
 嫌、こんなの知らない。
 
 今まで誰も教えてくれなかった行為が酷くいけないものに思えてリュシエンヌは混乱する。
「お兄様、も…… 止めて…… 」
 乱れた息の間からそれだけ言うのが精一杯だった。
「駄目だよ。
 まだはじめたばかりだ」
 弄られたことで尖った胸先のしこりを軽く食まれリュシエンヌの躯が反射的に引きつった。
「本当に、どうしてこんなに可愛いんだろう…… 」
 その反応に満足そうな笑みをこぼすと乱れたスカートの裾から骨ばった大きな手を差し入れてくる。
 腰骨の辺りを何度か摩られたと思ったら器用に下着の紐を解き熱を持った手が下着の中に忍び込んでくる。
 恥ずかしさと嫌悪感で、躯をかたくしながら足を閉じ合わせようとするが膝の間に割りいれられたジュリアスの膝がそれを阻む。

「お願い、お兄様、もう止めて」
 もう一度願う。
「そうだね。
 リュシエンヌがあまりにも可愛すぎて、僕も限界だ」
 息を荒くし呟くとジュリアスは一息に躯をつなげてくる。
「お兄様…… やっ…… 」
 躯の中を押し裂かれる痛みと違和感でリュシエンヌの目に涙が滲む。
 抵抗したいのに言葉にならない。
 真っ白な細い咽をのけぞらせ短い悲鳴にも似た声があがる。
「……っつ、リュシエンヌ。いい子だから力、抜いて」
 漏れでた声に男はその顔をどこか辛そうに歪めた。
 湧き上がってくる妙な感覚に翻弄されリュシエンヌの目から溜まっていた涙が零れ落ちた。
 零れ落ちた涙が舌先で優しく掬い取られる。
 頭皮と髪の間に差し込まれた指がなだめるように髪を梳いた。
 その刺激すらが甘く溶けるようにリュシエンヌの感覚を翻弄する。
「いや…… 」
 最後には涙声になりながらリュシエンヌは懇願した。
「すまない、もう少しだけ我慢していてくれ…… 」
 切ないような吐息と共に耳元で囁かれ、リシュエンヌはただそれに耐えるしかなかった。
 
 
「……どうし、て? 」
 ジュリアスの胸の中に抱きしめられたまま力なく横たわり、リュシエンヌは小さく呟いた。
 怖かった。
 今までずっと優しく穏かだったこの男の豹変振りが。
 こんなことがまたあるのなら、できることなら今すぐに逃げ出してしまいたい。
 そんな思いに苛まれる。
「言っただろう? 君が十五になるのを待っていたって」
 身耳とで囁かれる声はこれまでの男のものだ。
 何一つ変わってはいない。
「もう何年も前から、君が十五歳の誕生日を迎えて、法的に許されたら、すぐにでも迎えるつもりだった」
 胸に抱いた少女の頭を確かめるようにいとおしむように優しく撫でながらジュリアスは耳もとで囁いた。
 確かに、この国では貴族の娘の婚姻は十五以後と定められている。
 しかしリュシエンヌの誕生日はまだ半年以上も先だ。
 ましてや正式な婚姻どころか婚約さえしていない相手とこんなことになるなんて考えてもみなかった。
「ごめん、本当は君が正式に十五になるのを待つつもりだったんだけど、暫くまたここには来られそうにないから。
 うかうかしてたら誰かに攫われそうで気が気じゃなかったんだ」
 チェストの上に投げられた本を忌々しそうに眺めて男は呟く。
「伯爵様はそんなんじゃないわ。
 昔世話になったお父様に義理立てして、時折様子を見にきてくださっているだけよ。
 わたしのことなんて娘くらいにしか思っていないわ」
 言いながらもリュシエンヌの脳裏にはその男の面差しがはっきりと浮かび上がる。
 もし自分がこんなことになったと知られれば、もう二度とは逢ってもらえないような気がして胸が押しつぶされる思いだ。
 
「本当にそれだけだと思っているの? 」
 ジュリアスは皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「だって、以前ご本人がそう仰っていたもの」
「やっぱり、君は放っては置けないな」
 皮肉を含んだ男の笑みが困惑した笑みにと変わる。
 そして徐に顔を寄せるとこれまでのような触れるだけのキスをして、ジュリアスはベッドを下りた。
「君をここに残して行くのは心配だな。
 このまま君を連れ帰りたいところだけど、そうできないのが悔しいよ」
 身支度をしながら男は眉根を寄せた。
「もう時間だから行かないといけないけど、できるだけ早く準備を整えて迎えに来るから。
 それまでいい子で待っているんだよ」
 脱ぎ捨ててあった雨よけのコートを羽織ると男はもう一度リュシエンヌに唇を寄せ、窓の側に歩み寄った。
 閉ざしていた鎧戸を開け放つと、何時の間にか雨は止み雲の切れ間から明けはじめた朝陽が覗いている。
 僅かに光のこぼれる空に向かってジュリアスが指笛を吹いた。
 甲高い音が空に響き渡ると程なく雲の間から一羽の大きな鳥が羽を広げ舞い降りると、窓枠に止る。
「これを置いていくから」
「お兄様? 」
 呼び寄せられた一羽の隼にリュシエンヌは首を傾げた。
 以前話して貰ったことがある。
 よく訓練された大鳥はこの男が馬よりも大切にして可愛がっているものだ。
「何かあったら連絡して。
 飛ばせば、僕のところに戻るから」
 そう言うと、隼の止った窓を抜け、男は来た時同様に人知れず姿を消した。
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