迷い猫物語

江須 オルト

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タマの家出

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そんな日が数日続いたある日、僕は朝食を作っているとある異変に気づいた。
ご飯を作っているのにタマが来ないのだ。
まぁそれが普通なのだが寝ていても食べ物の匂いで目を覚ますあのタマが来ないのだ。少し心配になった。
たまにはそういう事もあるのかと深く考えないでいると、インターホンが鳴った。
タマかもしれないと少し期待してしまっている自分がいることに気づいて少し恥ずかしくなりながら扉を開けるとそこにはユウジさんがいた。
「おはよ。今日もお願いね」
と言いながら六百円を渡す。

「あれ?まだタマ来てないの?」
ユウジさんが驚いたように声を上げる。
「でも人なんだから寝坊くらいするでしょ?」
と僕はさっき自分に言い聞かせたことを言葉にする。
「あ…。ううん。そうだね」
朝食と間違って苦虫を噛み潰したような顔をして言う。いったい何があったのだろうか?
それからユウジさんは、僕が朝食を運ぶまで黙り込んでしまった。

ユウジさんが朝食を終えるころにやってきたタクヤさんも朝食を食べ終えてしまった。
しかし、一向にタマが来る気配がない。
「僕、ちょっと見てきます」
そう僕が申し出ると、
「いや、俺が見てくるよ」
とユウジさんが玄関に向かった。
ユウジさんも腕を組んで考え事をしている。

しばらくして帰ってきたユウジさんは暗い顔をして口を開いた。
「タマがいなくて、部屋にこれが…」
ユウジさんの手には不揃いの綺麗とは言えない、走り書きのような字で『さがさないで』と書いてあった。
それを読んだ僕は飛び跳ねるように玄関に走る。
ユウジさんが止めようとしてくれた気がしたけれど、僕はそれを振り切って走った。
玄関を出て階段をかけ降りる。
フリースペースとして使われている一階の真ん中の部屋に入った。
「…いない」
タマがいないことがわかると僕はまた走り出す。
もう誰もいなくならないで欲しい。どこにも行かないで欲しい。
僕は路地を抜けた所にある商店街に出た。
「あのっ…すいません!タマっ…見ませんでしたか?」
息が切れているのに声をだそうとして言葉が詰まりそうになる。
魚屋のおじさんは驚きながら、
「ああ。見たぞ、開店前くらいに1人で駅の方に歩いていった」
それを聞くとお礼をそこそこに商店街の南口、駅の方へ走った。
駅のホームで駅員さんを捕まえる。
「あの、すみません!猫耳みたいなくせっ毛の女の子、見ませんでしたか?」
「んー、そんな特徴的な子だったら覚えてるはずだけど…見なかったと思うよ」
という事はまだそう遠くには行っていないはずだ。
お礼を言うとまた走り出した。

駅を出て左に曲がってすぐの橋の下で猫の鳴き声が聞こえた。
なぜかそっちへ足が向く。なにか本能が囁けかけるのだ。
「タマ!」
僕はタマの背中を見つけた。
「な、んで…探さないでって書いたのに…」
「なんでいなくなったんだよ!」
僕は声を荒らげる。
「だ…だってこの子たちの家がなくなっちゃうからほかの家見つけてあげなくちゃって…」
タマが足元の猫を持ち上げて泣きそうな目で見つめてくる。
「…え?」
家出じゃなかったの?
「え?」
タマも首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「で、でも探さないでって…」
「あれは用事ででかけるから心配しないでって意味だよ?」
僕は絶句した。
「もしかしてこういう事ってよくあったの?」
「うん」
あいつらぁ!
完全にユウジさんとタクヤさんにはめられたのだ。
あんなに深刻そうな顔して芝居だったのかよ!
安心すると、僕はほっとしてその場にへたり込んでしまった。
「私を探しに来てくれたんだよね…ごめん」
「タマが謝ることじゃないよ」
あいつらには謝らせるけどね。
「どうしてそんなに必死に探してくれたの?」
タマは猫を抱えて僕の隣に座る。腕と腕が触れ合いそうなほどの距離に。
「…僕のお母さんは小学生のころに出てっちゃったんだ。それから近くにいた人が僕から離れていくのが…怖い」
「…じゃあ、私はどこにも行かない。リクトの隣にいる。」
「それってどういう…」
「ほかの誰もがリクトの周りからいなくなっても、私だけはリクトと一緒にいる。」
そう言うとタマはそっぽを向いてしまった。
僕の顔が熱いのはさっき走ったからだと信じたい。

そんなこんなでタマが帰ってきた。
もちろんその日から、ユウジさんとタクヤさんには罰として1週間夕食のメインがシシャモだけになっていたのは当然の報いである。
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