エルダーストリア-手垢まみれの魔勇譚―

秋山静夜

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第一譚:無垢純白の勇者譚

放たれた猟犬

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 当然ながら賢王との謁見に辿り着く前に王城の門前で一悶着あったが、勇者の聖剣とイリアの容姿に以前の面影があったことでなんとか通ることができた。
 ……四方を兵士に囲まれて連行されるような形ではあったが。


「して、勇者殿は何故そのような幼い姿になったのか?」

 そして賢王からの今回の核心たる質問へと戻る。
 どうして勇者イリアの姿が変わっているのか。結論から言えば魔王の封印に巻き込まれたからなのだが、これを正直に伝えるのはよろしくない。

 アミスアテナの説明ではこの封印は勇者と魔王がセットとなっており、対となる二人は一定距離以上は離れることができない。

 そのため、素直にこの事実を伝えると魔王を捕えるためにイリアの自由も束縛される可能性が高く、ましてや魔王を連れて『大境界』を越えることなど許されはしないだろう。


 それは良くない。

 それでは『彼女の生まれてきた意味』を果たせない。

 多くの人を嘆きと悲しみから救う為にイリアは生まれてきた。

 それが、国の監視下でとはいえ安穏と暮らしていくことはできない。

 たとえ魔王を封じ込めたとはいえ、全ての穢れの元凶は未だ大境界を越えた遥か奥にあるのだから。


「あの城の主は思った以上に手強く、何とか打倒いたしましたが、引き換えに呪いを受けてこのような姿となってしまいました。」

 とっさにイリアは生まれて初めて嘘をついてしまう。

(いや、あながち嘘でもないのかな。私にとってみれば、今の状態は呪いみたいなものだし。)

「ほう、流石の勇者といえども、あの城の主には苦戦したか。まあ、我が国の兵士たちではとても相手にできないような敵だ、さもありなんと言ったところだな。」
 王は納得したように頷いている。

 良かったとイリアは内心ほっとする。
 賢王とまで呼ばれる人物だ、彼女のような少女のとっさのでまかせを信じてくれるか不安だったのだ。
 

 ゴソゴソッ
 

「!?」
 突然、イリアの右の腰に付けている袋が動き出した。

(え、もしかして魔王が起きたのかもしれな……)

 ゴンッ

 イリアは深く考える前に腰の袋を殴っていた。
 あまりの早業だったためか、王前での乱行を咎める者は誰もいない。袋の中も再び静寂を取り戻している。

(…………とっさのことだったけど、さすがに今ので死んだりしていないよね?)
 心の中でイリアは大量の冷や汗をかいていた。

「さて、そこまでの代償を払った貴殿には相応の礼をせんとな。」
 賢王はおもむろに立ち上がって手を叩き、控えさせていたであろう従者に褒美の品を持ってこさせる。

「王からの謝礼となれば色々と趣向を凝らしたいものだが、これからも旅を続ける其方にはこれが一番喜ばしいだろう。色をつけておいたので、それでその呪いを解く手段も探すといい。」

 彼女の前に一際大きな袋が用意され、その中からは多くの金貨が覗いていた。

「王よ、ありがたき幸せです。」
 イリアは心からの礼を言う。褒賞の金貨よりも、今後の旅路を考慮してくれた王の心意気に感謝して。

「それにしてもまたレベル1からとは嘆かわしいな。どうだ、次のレベルまでにどれほどの経験が必要か教えてやろうか?」
 表情をほとんど変えずにそんなことを言う賢王。

「け、結構です。」
 内心で焦りながら返答する。レベルを見られるくらいなら良いかもしれないが、どこから余計な情報が洩れるかわからない。

(というかそっか、今の私レベル1なんだ。)
 その事実に、思った以上にへこんでいる彼女がいた。

「それでは賢王、この呪いを解く方法を急ぎ探したいと思いますので、これにて退席させていただきます。」
 これ以上ボロが出る前にここを離れようとイリアは退席を申し出た。

「ふむ、本来なら国を挙げての宴を開くところだが、その姿では勇者の本懐が果たせまい。呪いが解けたら再びこの国を訪れるがいい。その時こそ盛大な宴を開かせてもらおう。今後の道中の無事を祈っているぞ。」

 イリアの内心など知らず、最後まで快く偉大な賢王は勇者を送り出してくれたのだった。









 薄暗い一室。
 唯一の明かりはたった一つの開けた窓から入ってくる日差しのみである。
 誰もここが、この国の頂点に位置するものの私室だとは思わないだろう。

「あのまま行かせてしまってよろしかったのですか?」
 主の思惑を測るように、黒い鎧を纏った騎士から問いが出る。

「構わんさ、功績を挙げたものには褒賞を賜す。当然のことではないか?」
 窓際に立っていた男はそう騎士の言葉に答えた。
 男の姿は光と影のコントラストによってよく見えない。
 男はどうやら窓の外に興味があるようで、先ほどからずっと窓から見える景色を眺めている。

 この部屋の窓は城下町の全貌が見渡せる位置にあり、そこからは城を出たばかりの銀髪の少女が人混みに惑いながら王都の通りを歩いているのが見える。

「例えそれが、これから摘み取られる命だとしてもだ。」
 無感情に、機械のように、彼女のこれからの運命を告げた。

「了解いたしました。では、当初のご命令通りに。」
 恭しく頭を垂れる黒騎士。

「…………。」

 地上からは遥か遠い高みより、無垢なる花を散らせと猟犬が放たれた。


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