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第一譚:無垢純白の勇者譚
奇蹟の代償
しおりを挟む「ん、う~ん。」
気がつくと、イリアは草原のど真ん中に投げ出されていた。
まるで先ほどまでの戦いが夢であったかのように、巨大な魔王の城も、不吉な空気の気配も一切が消えてなくなっている。
(あれ? 何か、変?)
イリアはまるで世界が一回り大きくなったかのような違和感を覚えた。
「やっと目を覚ましたわね。」
ずっと手に握りしめたままであった聖剣から声が聞こえる。
「アミスアテナ、あれからどうなったの? 魔王は倒せた?」
何が起こったか分からないイリアは、聖剣アミスアテナに現状の確認を行う。
「倒したって言うのは正しくないし、倒せなかったっていうのも不正解だわね。イリア、その辺に何か転がってない?」
随分とはっきりしないことを言って、アミスアテナはイリアに周囲の探索を促す。
怪訝に思いながらも、イリアが素直に辺りを見渡してみると、すぐ近くに黒い何かが見えた。
恐る恐る近づいてみると、それは彼女の手よりも少し大きいサイズの人形のように見えた。
「……う。」
いや、よく見ると人形と思った何かは、生きていた。黒い髪に、小さな黒い翼。よくおとぎ話に出てくる妖精のようであった。
「アミスアテナ、見つけたよ。黒い妖精みたいに見えるけど、これは、何?」
イリアは首をかしげ、事情を承知しているであろうアミスアテナに心当たりを聞いてみる。
「ああ、見つかったのね。……まあ、それは魔王の残り滓っていったところかしら。簡単に説明すると、さっきの私の秘術で魔王を私のコアの中に封印することに成功したの。だけど封印できたのは、魔王の魂や核とも言える根幹部分だけ。外殻と言える肉体の部分は封印しきれなかったから、その小さな妖精?、みたいな形として残ってしまったのね。その大きさなら特に害もないでしょうし、とりあえず袋にでも入れておきなさい。」
アミスアテナはしれっと結構とんでもないことを言う。
突っ込みたいどころはたくさんあったが、イリアはひとまず言われた通りにしようと、妖精(元魔王)に手を伸ばしてふと気づく。
よく見てみるとイリアが今伸ばした手は彼女自身のイメージよりも一回りも小さく腕も短かった。
(あれ、何で? 何で?)
不安に思って改めて彼女は自分の身体を確認する。
(あ、脚が短い、鎧もブカブカ、視界も低いし、……胸が、ない!)
「アミスアテナ! どうなってるの? 胸が、胸が!」
あまりの事態に彼女は混乱してしまう。
そう例えるならば、慎ましくもコツコツと貯めていた老後の預金が、ある日突然に残高がゼロになっていたかのように。
「気にするのそこなんだ。胸は元から大してなかったでしょうが。まあ、あなたの感じた通り、身体は小さくなっているわね。見た感じだと10歳くらいかしら。」
完全に他人事だと、アミスアテナは別段大したことでもないかのように答える。
「ちょっと、少しは胸あったから。1と0との差は大きいの!」
彼女にとってはそこが一番大事だったのか、必死に訂正を入れる。
「え? え? これって元に戻らないの?」
一縷の希望を込めてイリアはアミスアテナを揺さぶる。
「ちょ、ちょっと、揺らさないでよ。私もこの封印術を使うのは初めてだから、まさか使用者の肉体にこんな変化があるなんて思いもしなかったわ。まあそれについてはおいおいと確認していきましょ。あんまりここでのんびりしてると人が集まってきちゃうわよ。何しろ城一つが突然消えたんだもの。遠目で見てもすぐにわかるでしょうし。」
イリアの欲しい答えは何一つ返さず、アミスアテナは状況分析を続けていく。
(む~、身体が小さくなったことといい、封印のことといい、隠し事が多いんじゃないかな。)
イリアはアミスアテナを後々じっくりと糾弾しようと心に決め、ひとまず、ブカブカの軽鎧と未だに気を失っている元魔王の妖精を袋に投げ込んだ。
「うっ!」
何か袋の中から悲鳴のような声が聞こえたが、イリアは気のせいということにした。
急ぎ荷物をまとめた彼女は、ひとまず落ち着いて状況を整理するためにハルジアの城下町へと向かったのだった。
城下町に辿り着いた勇者イリアはさっそく普段使っている預り所を訪ねて、邪魔になってしまった鎧などを全て預けた。
当然ながら容姿が変わっているので本人証明に時間がかかったが、最終的には預かり証と暗証番号、そして聖剣を所持していることと彼女の白銀の髪が珍しいこともあってようやく本人だと認められた。
店の親父は、
「ハハハ、若くなったっていっても勇者様は元々が童顔だから、よくよく見たらそんなに大して変わんねぇな。とくに胸とか。」
ガハハハ、と豪快に笑っていた。
(………いつか笑えなくしやろうかな、がはは。)
その後は防具屋に行って見合う装備を探したが、さすがに10歳の身体に合う防具はほとんど置いてなく、仕方がなしに子供のサイズの中では一番上等な旅装の服を購入することにした。
(結構身支度整えるだけで時間を取っちゃった。でもブカブカの恰好で城に行っても門前払いされるから仕方ないか。)
ちなみに、今の彼女が元の体の時と同じように帯剣すると身長が足りずに鞘の切っ先部分が歩くたびに地面と擦れてカカカカカカと音を立ててしまう。
「ちょっと、さっきからガタガタと揺れてしんどいんですけどー。ベルト調整し直してよ。」
さすがにアミスアテナからの苦情が入る。
「知ーらない。色々と秘密の多い人にはこれくらいが丁度いいんじゃない。他にも隠し事があるなら今の内に言っておいた方が身のためだよ。」
アミスアテナからの抗議には取り合わず、イリアはささやかな意地悪を続行する。
ちなみに元魔王の妖精はまだ気を失っており、右の腰に括りつけた袋の中に入れたままである。
「隠し事ねぇ。あ、言い忘れてたけど今のあなた、レベル1になってるわよ。」
「───────────────。」
イリアは絶句した。
「え、ちょっと、それってどういうこと? 何でいきなり私のレベルが下がってるの? それもレベル1!?」
あまりの話にイリアも気が動転してしまう。
何故今まで数多くの経験を積んできた成果が、突然なかったことになってしまったのか。
「まあ、話せば長くなるから、かいつまんで説明するわね。そろそろ王城にも報告に上がらないとマズいだろうし。」
慌てているイリアに対してアミスアテナは実に冷静に、
「まず根本的な話だけど、流石に私でも完全な状態の魔王を封印するなんてできないの。だからどうしたかっていうと、あなたと魔王の魂をリンクさせた上でイリアを極限まで弱体化したの。そうすると魔王もイリアにリンクして同じレベル1になるでしょ。その状態で聖剣の中に封じ込めたってわけ。それともう一つ大事なことだけど魔王と魂を繋げちゃったから、あなたと魔王は遠くへは離れられなくなったわ。」
次々と出てくる新事実を悪びれもせずに堂々とアミスアテナは言い切った。
「ちょっとー! 何勝手なことしてくれてるの。そもそも私のレベルをアミスアテナが好きにできる理由は説明されてないし。」
イリアは手を挙げて必死に抗議する。
「その辺のことはまた余裕があるときに話してあげるわよ。第一あの時はああしなければ助からなかったんだから、多少のことは大目に見てよ。この封印はあんな状況でもなければ使わないはずの奥の手だったの。……前もって話していなかったのは、悪いと思ってるわ。ごめんなさい。」
最後に、彼女は本当に申し訳なさそうに謝罪の言葉を付け加えていた。
イリアもそう言われてしまっては返す言葉がない。
実際に自身の力不足が招いた状況であることも間違いないのだから。
そしてアミスアテナが言うように、実際に悠長にしていられる時間もなかった。早々に王に謁見に行かなければ、一体どんな嫌疑をかけられるかわからないからだ。
こうして、多くの問題が未解決のまま、勇者イリアは聖剣をガタガタと石畳で擦らせながら急ぎ王城へと向かった。
「ちょっと、ガタガタはやめてー。」
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