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第一譚:無垢純白の勇者譚
王の深淵
しおりを挟む黒と白、二人の騎士が謁見の間の扉の前に立っている。
日は既に傾いており、そろそろ明かりが必要なほどに薄暗さが増していた。
扉の周囲には本来いるはずの警護の兵士すらおらず、扉の奥から感じる気配は不気味なほどに静かだった。
「「失礼いたします。」」
二人声を揃えて入室する。
辺りを見渡すと、謁見の間は死体だらけだった。
「帰ってきたか、我が剣たちよ。」
玉座より王の言葉が下りてくる。
「いやはや、お前たちが私の側を離れたのを好機とみて、スパイなり暗殺者なりがこぞって襲ってきて大変であった。」
日が暮れてきたが謁見の間はまだ明かりが灯されていない。故に王の表情もよく読み取ることはできないが、その顔はうっすらと笑っているように見えた。
「まったく、私の誇る黒騎士と白騎士。それがなぜ『王の双剣』と呼ばれているのか、いまだによく理解できていない輩もこれだけいるのだな。」
そう、彼らは王の双剣だ。あくまで王の外敵を滅ぼす者。決して王を守る盾ではないのだ。
この王は誰かの守護を必要とするほど弱くない。
彼らは不覚にも時折考える、我々は本当にこのお方に必要なのだろうかと。
「ん? 勘違いしてくれるなよ。お前たちが平時は私の側についているからこそ、相手はお前たちの不在を狙ってくる。そのおかげで私は彼らがいつ仕掛けてくるか、機が読みやすくなる。二人とも十分に王の守護の役目は果たしているのだ。今後とも変わらずに励めむように。」
まるで心を読んだかのように、賢王グシャは彼らの抱く不安を的確に指摘する。
「して、どうであった? 勇者と、魔王の様子は。」
魔王の存在を確認したとはまだ報告していないはずだ。
それにも関わらず、この件には魔王が絡んでいたのだと、自身の予想に確信をもって王は質問してくる。
「ご報告いたします。方法は不明ですが謎の封印により、勇者、魔王ともに弱体化していました。そこでご命令にあったように勇者の処分を試みましたが、封印は任意に解除が可能だったようであり、その後魔王と交戦し、恥ずかしながらも不覚をとってしまいました。……処罰はいかようにでもお受けいたします。」
両名とも跪き、実際に魔王と戦闘をした、アベリアが答える。
「なるほど、魔王と勇者を前にして、魔王との戦いを選んだか。アベリアよ、実にお前らしい。……よい、封印の解けた魔王が相手とあってはいかにお前といえど流石に分が悪かろう。その情報を持ち帰っただけでも十分な価値がある。ふむ、これで勇者と魔王に縁ができたのか……。」
黒騎士アベリアの報告を聞いて、少し思案にふける賢王グシャ。
しかし、そのアベリアが今回生還できたことでさえも、事前に手を打っていたのはこの王なのだ。長年に渡り王に仕えてきた彼ら王の双剣でさえ、この賢王の真意がどこにあるのか今まで理解できたことの方が少ない。王のあまりに深い思慮に理解が及ばず、恐怖すら感じてしまうほどに。
「う、ぁ。」
周囲で小さな呻き声が聞こえて二人の騎士はハッと振り返る。
薄暗いこともあり、先ほどはこの謁見の間に転がっているのは全て死体だと思っていたが、まだ息があったとは。
それぞれに近づいてみると、多少の切り傷はあるものの、どれも致命傷ではない。
ただ気を失っているだけのようだ。
「ん? ああ、そのもの達はまだ生きているぞ。後で誰か人を呼んで治療でもしてやるといい。」
さも大したことでもないかのように、王は告げる。
「まさか、また王の命を狙って襲撃に来たものたちを全て生かしておくつもりなのですか?」
白騎士カイナスが困惑したように会話に入ってくる。
そう、「また」。賢王のこの処分は、今回に限ったことではなかった。
「とくに殺す理由もないのでな。」
平然と語る賢王グシャ。
当然のことだが、本来であれば一国の王に刃を向けた者たちの末路は死罪に決まっている。
しかしこの賢王は何度刺客が襲ってきたところで、鎮圧した後はとくに彼らに何もせずに帰してしまうのだ。
「これに関しては以前にも語ったであろう。ここで殺してしまうよりも生かして返した方が得られる情報(モノ)は多いと。既に彼らと剣を交えて、どの者がどこから来たのかは大体把握している。だから無事に生きて帰った刺客が向こうでどのように扱われるのか、それを知るだけでも相手の格が解るというものだ。」
「みすみす生きて帰ってきた者を我らからの間者とみなして殺すのか、はたまた、もう一度機会を与えて暗殺に使うのか。まあ、それを恐れてハルジアに残りたがる者もたまにいるが、そのような者は貴重な人材だ、手厚く扱ってやれ。……今回の刺客は2人ばかり何度か見た顔がいたな。アスキルドとアニマカルマは同じ者を何度も使うあたり心が広いのか、それとも人材がいないのか。あっはっは。」
これである。
表情をあまり変えずに笑う姿は、どこか空恐ろしくもある。
どうやらこの王には今回ここに侵入してきた者たちの背後関係が把握できているらしい。
尋問も拷問を必要とせず、ただ戦いの所作、振る舞いを見ただけで敵のバックを看破したというのだ。その上、一度覚えた者を忘れることはないらしく、(当然敵も顔は隠しているのだが)容姿や背格好を変えたくらいでは賢王の認識を誤魔化すことはできないようである。
「何、半分はこの『眼』に頼ったものであるからな。別段威張れることではない。」
再び、騎士たちの心情を読み取ったかのように蒼い双眸を光らせて賢王は語り出す。
そう、ハルジアの王族には代々受け継がれる特性があるという。それは「認識した相手のレベルと次のレベルまでに必要な経験が分かる」というもの。
しかしそれも、相手の名前が分かるわけでもなく、レベルだって時間をおけば変化もする。あくまで補助的な情報に過ぎないはずだ。
その情報を有効に使っているということは、刺客たちを無事に返したあとに彼らが得るであろう経験を正確に予測できているということである。この賢王のあまりの超越者ぶりに、自分たちの底も見透かされてるのではと王の双剣が悩むこともしばしばだ。
だがそれでもいいと彼らは思う。
孤児であった二人が12年前にこの賢王グシャに拾われた時に、彼らはこの王に生涯を捧げて仕えると心に誓ったのだから。
「恐れながら我が王よ。今回討ち損ねてしまった勇者と魔王をいかがいたしましょうか? 王のご命令とあらば、次こそは我ら『王の双剣』が万全の準備の下で彼らの討伐に向かいますが。」
次こそは必ず奴らを越えてみせる。
そんな絶対の意思を込めて黒騎士アベリアは王に具申するが、
「ふむ、しばらくは放っておくとよい。今回、私の命令でお前たちが敵として現れたことに勇者も衝撃を受けたことだろう。人のくびきから解き放たれた勇者が今後どのように動くのかにも興味がある。魔王に関しては情報が足りないので何とも言えないが、まあそちらも一朝一夕でどうにかなる相手ではないであろうしな。それについては私の方で備えをしておくとしよう。必要とあらばお前たちにも動いてもらうことになるぞ。覚悟はしておけ。」
「「はっ」」
黒と白、二人の騎士が跪く。
薄闇に染まっていく世界、
人の感情の埒外で、怪物の動く気配がする。
賢王の深淵の底は、まだ見えない。
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