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第一譚:無垢純白の勇者譚
続・ある晴れた日
しおりを挟む「あーあ、結局この窮屈な体に逆戻りかよ。」
不平たらたらな様子で小さな黒い妖精が悪態づく。
「あら、意識が戻ったのね。その身体もコンパクトで燃費も良さそうよ。ずっとその姿でいた方が環境に優しいんじゃないかしら。」
改めて封印された魔王を茶化すように聖剣がからかっている。
「別に自分の身体にエコとかは求めてねえんだよ! 人を環境破壊兵器みたいに言うなっつーの。……あれ、あいつはどこいったんだ?」
「イリアはあの野盗たちのところよ。どこかの誰かさんが大規模に魔素を撒き散らしたもんだからあの人間たちも巻き込まれて魔素中毒にかかっちゃったのよ。あの子はお人よしだから今はその治療に行ってるところよ。」
「あ~、まあ。そのあたりは俺に原因があるかもしれんが、それにしたって自分を攫ったやつにそこまでするか? あいつらがどうなったところで自業自得ってもんだろ。」
「そこ関してだけは同意するけど。それだとあの子の気が済まないって言うんだから仕方ないでしょ。まあ好きにさせてあげなさいよ。」
そこらへんは付き合いが長いのだろう、どうやら勇者のこのような振る舞いは日常茶飯事らしい。
「で、お前は何で置いてかれてんだ?」
魔王アゼルはふと思い至った疑問を聞いてしまう。
通常なら勇者が帯刀しているはずであろう聖剣は、今は地面に突き立てられてポツンと置き去りにされていた。
「(ピキッ)、どこかの環境破壊兵器さんがこの辺一帯の土地と空気を汚染してくれたものだから、私がこうやって浄化しているのよ。お・わ・か・り・か・し・ら?」
青白い怒りのオーラが漂う。本来見えないはずの青筋までがアゼルには見えた気がした。
「お、おう。それはお勤めご苦労様。」
聖剣の剣幕に押されて、思わずねぎらいの言葉をかけてしまう。
その頃、野盗たちの所では、幼い少女が男たち一人一人に丁寧な手当てを行なっていた。もちろん、少女とは勇者イリアに他ならない。魔王を封印するにあたって、やはり彼女も幼い容姿へと変わってしまっている。
さて、手当てとは言っても文字通りイリアが手を当てているだけなのだが、魔素による人体への汚染、中毒症状に対しては勇者の手当て以上に上等なものはない。
通常であれば市販されている浄水という魔素を浄化する水が一般的に使用されているのだが、イリアによる治療はその10倍以上の効果がある。
「あの、大丈夫ですか? 苦しくはありませんか?」
心配そうにイリアは声をかける。
「嬢ちゃんのおかげで大分楽になったよ。いや、本当は嬢ちゃんじゃなくて、あんたが勇者だったんだな。まいったなあ、勇者様を攫うとは、こりゃ随分と罰当たりなことをしちまった。ま、今回のこともその天罰が落ちたってとこか。」
「む、私が勇者じゃなくたって、人攫いなんてしたらダメなんですよ!」
少しむくれた顔で大の男を幼い少女が叱りつけている。
「はは、こりゃまた一本とられたな。俺たちは今までついつい楽な道に流れてしまってたが、おかげで今回えらい目にあっちまった。……そうだな、これからはまっとうに運び屋でも始めてまた一からやり直すことにでもするかね。だからよ、どうか今日のことは許してもらえねぇかな?」
本当に今回の出来事で反省したのだろう。
野盗のリーダーである男はしおらしい態度でイリアに対して頭を下げている。
「……許すも許さないも、あなた達がこれから更生してくれるというなら私に言うことはありません。これからは悪いことをしたらダメですよ。」
「そりゃありがたい。おい!てめぇらも聞いていたな。勇者様の慈悲で俺たちはお目こぼししてもらった。これからは真っ当に運び屋として働いていくぞ。今日の勇者様への恩義も忘れて、今後も人攫い稼業を続けたいやつは今すぐ出てこい。俺がふんじばってやる。」
男は大声をあげて部下たちにも野盗から足を洗うことを宣言した。
部下たちは驚いた様子であったが、攫った少女に助けられるという情けない様をさらしてしまったのだ。これからもこんな稼業を続けたいなどという気概のある者は一人も出てこなかった。
「ふん、反対する奴もいねえみたいだな。それじゃ勇者の嬢ちゃんよ。これはお詫びってわけじゃないが、俺たちの初仕事だ。タダであんた達を好きなとこに連れていくってやるぜ。」
「え、いいんですか? それは本当に嬉しいです。え~と、それではですねぇ……」
少女は心から喜んだ様子で、次の行き先を思案し始めた。
「お、治療は終わったのか。」
「終わりました。ですが、あの人たちの不調は元々は妖精さ、……アゼルのせいなんですから目が覚めたのなら立ち会うくらいはしてくださいよ。アミスアテナも付いてきてくれないし。」
少し拗ねたような口調で抗議するイリア。
「私はさっきの戦いで疲れてたし、土地の浄化も必要でしょ。そもそも野盗たちを助ける義理もないんだから、そういったボランティアはイリア個人でやってよねー。」
「む~、アミスアテナはそういうとこ冷たいよね。ま、いいや。それじゃ今後の行き先について何だけど、アスキルドを目指そうと思うけどどうかな?」
「アスキルド? それはさっきまで売り飛ばされに向かってた国じゃねえのか? 何でわざわざそんな胡散臭い国に行くんだよ? まあ、早速これから大境界に向かうって言わないだけマシだが。」
「ん~、その説明の前に、まず私たちが今いる場所がどのあたりがアゼルには分かりますか?」
「いや、こっち側の地理は俺にはさっぱりだ。で、どの辺なんだ?」
「えーとですね、天窮山が西北西に見えて、グジンの塔が北北東に見えるから、だいたいハルモニア大陸東側、私たち人間が住んでいる領域の中央南部よりってところです。ここから行けるハルジア王国を除いた大都市で一番近いのはアスキルドなんです。ここからであれば町を二、三か所経由すれば辿り着けるはずですよ。」
「へー、なるほどな。あのバカでかい山と、アホみたいに長い塔を目安にすれば大体の現在地が分かるのか。向こうにいた頃は魔素の霧で塔なんて見えなかったからその発想はなかったな。こっちに来てからは城に籠ってそもそも移動すらしてないし。……けどまあ、近いってのは分かったけどわざわざ行くのは何か理由があるのか?」
「はい、今回のことで痛感しました。今の状況の私たちで大境界に辿りついても、きっと何度ピンチになったところで命が足りません。なのでこれから仲間を探しに行きたいと思います。」
「仲間? それってもしかすると。」
何か思い当たったようにアミスアテナが呟く。
「そう。彼らを探すの。」
「まあ、今のあなた達じゃ確かに戦力不足だし。私だって何度も今回みたいに封印を解きたくないから賛成ではあるけど、なんでアスキルド? 正直あの国はあなたの性格には合わないわよ。」
「あそこが難しい国なのは理解してるつもりだけど……。でもあの国の近くには魔法使いの隠れ里があると聞いたことがあるから、多分アスキルドに行けばあの人の情報も手に入るんじゃないかな。」
「そうねぇ。あの連中が今どこにいるのか見当もつかないし、確かに心当たりを片っ端から当たっていくしかないんだろうけど。気が重たいなぁー。」
どうやら聖剣アミスアテナはあまり気乗りしない様子である。
「ん、その勇者の仲間ってのは何人もいるのか?」
反して、アゼルの方は少し話に興味が出てきたようで、イリアの顔の近くまでフワフワと移動してきた。
「ええ、1年前までは私も含めた4人組のパーティで活動していたんです。剣士、魔法使い、賢者。みんな一流の使い手だったんですよ。」
イリアは誇らしげに、瞳をキラキラと輝かせてかつての仲間について語る。
「へー、剣士と魔法使いはともかく、賢者ってのは初めて聞くな。お前たちの間では普通の職業なのか? ん、いやでも、そもそもそんな優秀な仲間がいたのに、それがなんで今はお前だけになってんだ? 俺の城にもお前ひとりで来てたわけだし。」
何気ない疑問がふとアゼルの口から出る。
しかし、イリアにとってそれは重大なことだったのか、一瞬ピシっと凍り付いたあとで彼女はしずしずと答えだした。
「え~とですね。……まず魔法使いの人は『オレより強い奴に会いに行く』みたいなことを言って出ていっちゃいました。」
「おいおい、とんだバトルマニアだな……。」
「それから剣士の方は、『拙者は人斬り、流れるでござる』とか言って去っていきました……。」
「そんな危険人物を野に放って良かったのか!?」
「最後に賢者の人は、うーん、え~と、何だっけなぁ。んんんんんっ。…………まあ、よく思い出せないってことはきっとどうでもいい人だったんですよ。」
「……最後の奴だけやけに辛辣なんだな。」
「ま、どんな連中かは実際会ってみれば分かるでしょ。確かにアスキルドほど大きい国なら色んな情報も手に入るでしょうしね。イリアがそれで構わないのなら、今の方針でいいんじゃない。」
脱線していた話をアミスアテナが元に戻す。
「うん、それじゃあ今後の方針を確認します。
1、まずは昔の私の仲間を探します。
2、そのために、まずは近くの大国アスキルドに向かいます。
3、仲間が集まったら、晴れて大境界を目指します。
これでいいですか?」
イリアは今の幼い姿に相応の、元気で溌溂とした声で全員に確認をとってきた。
「最後の大境界を目指すってのがなかったらもっと良いんだがな。ま、このしょうもない封印はいずれ自力で解いてやるにしても、しばらくの間はお前らに付き合ってやるよ。」
お前がこれからも無垢で綺麗なままでいられるのかも見ものだしな。と小さな声で付け足す。
「はい、それでは全員の了解を得ましたので、早速出発です。アミスアテナも土地の浄化はもう終わってるよね。日が昇っているうちに近くの町まで辿り着かないとおじさんたちが大変だから。それじゃアゼル、あの人たちに声をかけてきますね。」
そういってイリアは聖剣をさっと引き抜き、小さくなった身体で元気よく駆け出していく。
ふと、置いて行かれてしまった魔王アゼルは、空を仰いで今日一日を振り返った。
「まったく、10年間の引きこもり生活から無理やり引きずり出されたと思ったら、随分なゴタゴタに巻き込まれちまったな。挙句に身体は小さくなるし、首輪もいつの間にか付けられてるし、あーあ、やだねぇ。」
愚痴をこぼしながらも、彼の口元は少し笑っていた。
彼女の最終目標を考えると、正直今からでも逃げ出したい気持ちで一杯なのだが、幸いなことに今は自身の肩に圧し掛かる重責を不思議と感じない。
今はただ、久しぶりの外の空気を楽しむとしよう。
見上げた空には雲一つなく。
「ああ、今日はなんて日だ。」
爽やかな、一陣の風が吹き抜けていった。
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