エルダーストリア-手垢まみれの魔勇譚―

秋山静夜

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第三譚:憎悪爆散の魔人譚

VS魔人

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 イリアたちが駆けつけた時には、すでにホーグロンの市場は騒然としていた。

「ちっ、このクソガキがぁー。」

「囲め、囲め。今日こそはこいつを血祭りにあげてやる。」

「おい、あまり近づき過ぎるなよ、反撃してくる。コイツは距離を置きながらゆっくりと消耗させるんだ。」


 大勢の男たちが剣や槍やを持ちながら大きな輪を作って囲んでいる。
 おそらくはその中央にこの騒ぎの元凶である魔人がいるのだろう。


「おいおいイリア、頼まれた魔人やらはもう囲まれてるみたいだぞ。これじゃ俺らの出番はないんじゃないか? ……それにあの連中、酒場にいた奴らだろ。」


「本当です。確かにギルドで会った人たちですね。あの人たちが魔人退治のクエストを受けてたなんて。……でもクロムさんの依頼は魔人を殺さずに取り押さえることです。あの人たちでは命を奪ってしまうかもしれないし、私たちが行かないと。」


「相変わらず真面目なやつ。ま、いいさ。さっさと片付けようぜ。まずは邪魔な賞金稼ぎどもを眠らせるか。」

 アゼルは両手を前方に伸ばして集中する。

「ブラックカーテン!」
 アゼルの言葉と同時に輪になっている男たちの頭上に黒く透き通った巨大な布のようなものが形成されて彼らを包み込む。


「う、何だこれは、ッツ」
 布はしばらくすると消え去るが、包まれた男たちは次々と昏倒していく。


「アゼル、今のは?」

「人間が気絶する程度の魔素を散布しただけだ。まあ命に別条はないはずだ。」


 そして男たちが次々と倒れることで、彼らに囲まれていた人物の存在が露わになる。

 輪の中から現れたのは、黒い闇が身体から滲み出している……まだ年若い青年だった。

 彼の髪は淡い灰色に染まり、左目は髪に隠れている。そしてもう片方は美しい翠の瞳をしていた。
 その出で立ちは、黒い拘束衣を強引に引き裂いたような格好で、右手には黒と白の陰陽が入り交じったような長剣を、左手には漆黒に染め上げられた厳つい拳銃が握り締められている。

 さらに、右腕は白い包帯が指先まで巻き付けられ、左手には黒い穴空きグローブを嵌めていた。


「……何というか、随分とインパクトの強い格好だな。」

「そうですか? でも、全体的に黒色が多いあたり、アゼルと似てるかもですね。」

「はぁ!? ふざけんな。俺はあんなに装飾過多じゃねえよ。」

「うーん、魔素の放出を感じますし、やっぱり魔族でしょうか?」

「聞けよ! ったく。あ~、むしろ俺には人間のようにしか見えないが。」

 アゼルとイリアが暴れる男の正体について意見を交わしたその時、


「おい、今この男たちを倒したのはお前らか?」
 理性に欠けた目でイリアたちの目的である男は聞いてくる。

「ええ、そうです。そしてどうかお願いですから暴れずに大人しくしてもらえませんか?」
 イリアは魔人と正面から向き合い、そして頭を下げた。


「オレは魔人ルシア、博士はどこだ? 魔王はどこだ?」
 しかし魔人と名乗る青年はイリアの言葉に応えることはなく、意図のわからない質問をしてくる。


「イリア、無駄みたいだぞ。どうやら話し合いで解決できる相手じゃなさそうだ。力づくで取り押さえた方が早い。」

「アゼル、だけど魔王って、」


「!? お前、魔王を知っているのか? どこだ? 教えろ? 教えろ!!!」
 魔王という単語に反応して魔人は襲い掛かってきた。

「来るぞ!!」

 迫る魔人はイリアたちに対して飛び掛かり右手に持った剣を振りかざす。

 すかさずアゼルは眼前に魔素で構成された盾を展開して迫りくる剣を迎える。
 
 レベル1へと弱体化しているとはいえ、アゼルはこの肉体の扱い方には徐々に慣れていた。
 今のアゼルでは一度に少量の魔素しか生成することができないが、それを無作為に展開するのではなく、丁寧に編み込んだ盾を構成することにより通常の武器を上回る強度を引き出すことを可能としていた。

 ギィィン!

 男の剣がアゼルの魔盾に食い止められ、男は一瞬空中で静止する。

「この程度かよ。イリア、今だ。」

 大振りが完全に防がれた隙をついて攻めるようにイリアに促したその時、

「ふざけるな、この程度。引き裂け魔聖剣!」

 アゼルの盾に止められていた剣が男の叫びとともに輝きを帯びて、アゼルを魔盾ごと切り飛ばした。

「アゼル!!」
 飛ばされたアゼルをイリアがとっさに受け止める。
 盾で威力は軽減されアゼルの傷は浅いが、魔人の一撃はアゼルの小さな身体を確かに袈裟切りにしていた。

「カハッ!? なんだと。俺に傷をつけるとは、アレは聖剣か?」

 いかにアゼルが弱体化しているとはいえ、通常の武器では魔族に傷をつけることは難しい。

 しかし、男の持つ黒と白の入り混じった謎の剣が聖剣だとはとてもアゼルには思えなかった。

「は、聖剣だと、笑わせるな。オレの魔聖剣オルタグラムをその辺のなまくらと一緒にするな!」


「魔聖剣? 何だそれは。結局魔剣なのか聖剣なのかどっちだよ。」
 悪態をつきながらも、その間に少しずつアゼルの傷は癒えていく。

「聖剣と魔剣、どちらの性質も持つということでしょうか? でもそんなモノありえるとは思いません。」

 聖剣と魔剣は相反するまったく別の存在だ。
 魔剣とは一部の上級魔族が自身の魂を投影して顕現させるものであり、言うなれば魔素の結晶体である。

 対して聖剣はその魔素を特異的に切り裂く武器であり、この二つが同一に存在するなどありえない。


「そういう中途半端なのはどっちつかずって言うんだよ。」


「うるさい、ウルサイ! オレの邪魔をするなら……消えてしまえ!!」

 続いて魔人ルシアはイリアごとアゼルを斬りつけようとする。


「ごめんなさい、アゼル」
 イリアは手にしていたアゼルを後方に投げて逃がし、

「白勇技(ヴァージニティ・アーツ)」
 男へと徒手空拳で向かいあった。

「おい、イリア! さすがに素手じゃマズイ……」

「ホーリーフィスト!」
 アゼルの言葉が届く間もなく、イリアは光輝を纏った左手で魔人の剣を受け止め、同様に光輝く右拳で男の腹部を打ち抜いた。

「グッ」
 イリアの一撃が響いたのか、男は数メートル後方へと飛ばされて腹を押さえる。


「何だよ、お前。格闘戦もできるんじゃねえか。」


「そりゃ子供の頃から戦い全般の修行をしてましたから。」


「だったら何でエミルとの戦いでそれを出さなかったんだ?」


「エミルさんの格闘技術と私のそれとは天と地ほどの差がありますから。対魔族戦なら私にアドバンテージがありますけど、エミルさんに格闘戦で挑むなんて村の力自慢が王都の武術会チャンピオンに挑戦するようなものですよ。」
 イリアは苦笑いを浮かべている。

「……そりゃ悪いこと言ったな。」


「それに、魔聖剣っていうのもあながち嘘ではないようです。あの剣は純粋な魔剣でないせいか……完全には防ぎきりませんでした。」

 そう言うイリアの左手からは数条の血液が流れ落ちていた。
 魔人の剣を受け止めた時にできたものだろう。

 久々に戦いにおいて血を流したことにイリアが気を取られていると、

 殴り飛ばされた魔人は腹部を押さえながらも、左手の拳銃をイリアたちへと向けた。

「何だ、お前たちは? クソッ、オレを嘗めるなよ。咆哮しろ、ブラックスミス!!」
 

「ちっ、何か来るぞ! イリア!!」

 ダンッダンッダンッダンッ!

 重く、世界を抉るような音が幾重にも鳴り響く。

 男の発砲は黒い煙を巻き上げながらイリアたちへと暴威を撒き散らしていった。


 やがて、その煙が晴れ上がって残っていたのは、無惨な肉塊となったイリアとアゼル…………ではなく、封印が解かれて本来の姿になった勇者と魔王だった。


「ちょっとアゼル。いきなりキスなんてしてくるからビックリしました。心の準備があるから先に言って下さいよ。」

「バカやろ、キスとか言うな。あの姿での唇の接触とかノーカンだろ。そもそも何か言う暇なんてなかっただろが。」
 
 咄嗟のことによる偶然か、アゼルはイリアを背中で庇うような格好となっていた。

「あ、アゼル、私を庇ってくれてたんですね。ありがとうございます。」

「別に庇ったわけじゃねえよ、たまたまだ。イテテ、俺がこの姿になってもダメージあるとか、飛び道具にしては随分と優秀だな。初めて見るが、何かを弾にして飛ばしてるのか?」

 アゼルのマントからバラバラと魔人に撃ち込まれた弾が落ちていく。


「何だ? 何ダ? 何ナンダお前タチは!」

 狂気と平静が混ざり合った口調で、魔人は自身の前髪を掻き上げる。
 すると今まで隠れていた左目、美しく青い瞳があらわになる。

 その瞳はイリアとアゼルから何か情報を読み取るように蠢動していた。

「女は────勇者? レベル99だと! チッ、バケモノが!!」


「え? 今何でレベルが分かったんでしょう? それにバケモノって失礼な。」

「さあな、あの眼の力なんだろうさ。あとお前が俺たちにとって怪物なのは間違ってないからな。」


「アゼルも失礼です! でも勇者ってことも言い当てましたし、……ということは、」

 魔人は続けてアゼルにも視線を向ける。

「お前もレベル99だと!? それに、魔、魔王!? 魔王、魔王、キサマが、オマエが魔王かー!!!」
 激しい怒りとともに、強大な殺気を魔人ルシアはアゼルに放った。


「何だこいつは、うるさい。」
 来るならば迎え撃つと、アゼルは魔剣シグムントを顕現させる。

「死ネ! 魔王!!」
 読み合いなど無用と、渾身の力で魔人は魔聖剣をアゼルに振りかぶる。

「愚か者、お前が死ね。 ────っと。殺すのはマズイんだったか、な!」
 アゼルも魔人と同時に命を刈り取る軌道で魔剣を繰り出していたが、咄嗟に狙いを変えて魔人の剣そのものを迎え撃った。

 両者の剣が、相手に打ち勝たんとぶつかり合う。

「オオオオォォォォ!!」
 アゼルの魔剣に負けまいと、魔人は鬼気迫る咆哮とともに自身の魔聖剣へと力を込め、

 ガキン!


 敗者の剣はいとも容易く砕け折れた。


「ふん、多少イロモノではあったが、こんなものか。」
 呆れたような、落胆したようなアゼルの声。

 そも、魔王の魔剣が一介の魔人の剣に劣るはずがない。
 ぶつかり合えば一方的に砕け散るのが自明の理。

 アゼルは返す刀で魔人の意識を刈り取ろうする。


 自身の写し見とも言える剣を破壊された魔人の瞳は、


 未だ死んではいなかった。


「まだ、だっ!」
 アゼルの気が狂いそうなほどに濃密な魔素の瘴気に触れながら、魔人は折れた剣を振る。

 アゼルは嘆息し、

(めんどくさいガキだ。折れた剣の間合いの外に一歩引いて、空振りしたところで意識を刈るか。)
 
 相手の斬撃に合わせて一歩分の距離をとった。


 魔人の一撃をアゼルが完璧に読み躱したその瞬間、 

 
 プシュゥ


 アゼルの胸から鮮血が零れ出した。
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