エルダーストリア-手垢まみれの魔勇譚―

秋山静夜

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第三譚:憎悪爆散の魔人譚

浮遊城

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 黒を基調とした応接間にて、二人の人物が机を挟んで向き合って座っている。

 一人は白い肌に、燃えるような赤い瞳の高位魔族の衣服を纏った美しい女性。
 そしてもう一人は蒼白い髪に切れ長の目をした同じく高位魔族の若い男だった。

「よくぞこの浮遊城ジークロンドにまでお越し下さいました。大魔王様の直臣セスナ・アルビオン卿。それで今回の突然の訪問、わたくしどもに何かご用がおありで?」

 目上の者に対する敬意は保ちながら、しかして腹に一物を抱えているような怪しさをもって男は挨拶をする。


「連絡も入れずに訪れてすまない。しかし事前に伝えてしまえば聞けない話もあるかと思ってな、現魔王軍指揮官筆頭ルシュグル・グーテンターク。」

 対するセスナ・アルビオンは毅然とした態度と、瞳の中に確かな怒りを滲ませてこの場に臨んでいた。


「おやおやそれは恐ろしいですな。それで聞きたいこととは?」


「今回私は魔王アゼル・ヴァーミリオン様の捜索の任を受けている身だ。そして魔王様は人間領の奥、ハルジアという国に10年の間、魔城を構えていたと情報を手に入れた。…………今は既にもぬけの殻だったがな。」


「はい、それは存じております。そもそもその情報を報告したのも我々ですから。」


「ふん、私が動き出したと聞いて慌ててな。…………聞きたいのはここから先だ。2年前、貴様たちので魔王軍が人間領に攻め込んだ時、そのハルジアにまで辿り着いたはずだが、その時点で魔王様発見の報告がなかったのは何故だ?」


「────ああ、なるほど。つまりアルビオン卿はわたくしどもが魔王様を発見しながら、魔族領アグニカルカに連れ戻さなかったとお考えなのですね。」
 合点がいったと、わざとらしいリアクションをするルシュグル。


「…………そうだ。貴様たちの行動には看過できない点が多すぎる。私が10年前にアゼル、魔王様の探索に出た時、貴様たちは民衆を先導して軍部を乗っ取った。」


「おやおや人聞きの悪い。あれは魔族の民の総意だったのですよ。薄汚い人間どもを駆逐し、我らが安寧に暮らせる千年帝国を作る。私どもは彼らのそんな夢を、ほんの少し後押ししたに過ぎません。」


「何を身勝手な! そもそも我らは────」

 セスナ・アルビオンの言葉を遮るようにルシュグルは続ける。

「まあまあ、そんな大願も勇者などという害悪によって潰えてしまいましたが。我ら四天王の筆頭であったコールタール・オーシャンブルー卿は勇者に討たれ、次席のトリアエス・トリアス卿までもが惨殺されてしまいました。今や四天王も二人を残すばかり、これではゴミどもを掃除するなど、とてもとても。」
 
 心底残念そうに、ルシュグルと呼ばれた男はやれやれといった仕草をする。


「何をふざけたことを、お前たちの馬鹿げた行動の為にどれだけの同胞が犠牲になったかを忘れるな。それに、裏で全ての糸を引いているのはルシュグル貴様であろう。」


「おやおや、そのような悪い噂がどこから流れたのか。まったくもっての濡れ衣であります。これはどうにかして身の潔白を証明しなければなりませんな。」
 言葉とは裏腹に落ち着いた様子で机の上に用意されていたカップを手に取り紅茶を飲む。

 セスナも内心苛立ちながらも、冷静な態度を示そうと同様に紅茶を口にする。


「……さて、どうしたものか。これはまだしばらく秘密にしておくつもりだったのですが、仕方ないですね。、入ってきていただけますか?」
 ルシュグルは扉の向こうへと声をかける。

「!?」

 セスナはルシュグルの言葉に驚き扉の方へ目を向けると、

 ガチャ

 扉の奥からアグニカルカの王、魔王アゼル・ヴァーミリオンが現れた。


「アゼル! お前、どうしてここに!?」
 突然の魔王の登場に、セスナは明らかに動揺していた。

 しかし、対する魔王は何も喋ろうとはしなかった。

「先ほどアルビオン卿が言われたではないですか。ハルジアに侵攻しておきながら魔王様を発見できていないのはおかしいと。そうなのです、実は我々は魔王様を既に保護していたのですよ。」
 すらすらと、一切の淀みもなくルシュグルは語る。


「貴様、それならば何故報告をしない!?」
 セスナが抱いたのは当然の疑問だ。

 それに対してルシュグルは心苦しそうにして、

「報告できなかったのはそれなりの事情があるのです。まず、何故魔王様が行方を眩ましたとお思いで? あなたにすら秘密でアグニカルカを出ていくなど尋常なことではありません。」


「くっ、それは……」
 ルシュグルの問いにセスナは言葉を詰まらせる。


「魔王様はですね、─────そう、単身で人間世界を支配しようとされていたのです。」
 一瞬の間をおいて、思いついたかのようにルシュグルは魔王の出奔の動機を説明した。


「なんだと?」
 怪訝な顔でセスナはルシュグルの言葉を受けとめる。


「我々アグニカルカの民が傷つき倒れるのを憂いた魔王様は、たった御一人で人間領へと攻め込まれたのです。しかし、卑劣な人間の罠に陥ってしまい…………。 我らの到着がもう少し早ければ魔王様が精神に深い傷を負われることはなかったでしょうに。今では言葉を話すこともできない状態。このまま民の前に晒すわけにもいかず、しばしの間ここで療養してもらっていたのですよ。」
 そのルシュグルの確信に満ちた語りが、かえって白々しさを強くする。


 セスナの胸に積もる違和感の数々。
 そも、彼女の知るアゼルという男はそのような人物であったか?

 改めて目の前に現れたアゼルの姿をよく見分する。

 確かにの魔王に間違いない。

 顔かたち、衣服にいたるまでまったくの本物である。

 そう、腰に差してある魔剣すらも────

「貴様、何者だ!?」


「これはこれはアルビオン卿、ご乱心されましたかな? どこからどうみても魔王アゼル様ではありませんか。」


「愚か者! その魔剣はシグムントではない。貴様正体を現せ!」
 セスナは自らの魔剣を引き抜いて、魔王、いや魔王を装う何ものかに剣を向けた。


「アララ、思ったより早くバレちゃった。まあ、この魔剣だけは見た目を変えられない制約だから仕方ないか。」
 まるで幻惑が解けるかのように魔王アゼルだった者が女性の姿へと変わる。


「貴様、四天王のカッサンドーラ・アンブレラか。おのれ、お前たち謀ったな!」
 セスナは憤りとともに自らの力を解放する。
 魔王に迫る、いや場合によっては魔王すら越えると言われるその力が暴威を奮う直前、


「四方より固定せよ、グーテンベルグ。」
 セスナに先んじて、ルシュグルの魔剣が発動していた。

 セスナの周囲をルシュグルの魔剣から伸びる魔素骨子が取り巻き、その空間ごと固定する。

「クッ、舐めるなよひよっこども。この程度で私を押さえられると……」


「いえいえ抑えられますよ。どうです? 思ったように力が入らないのでは?」

 ルシュグルの言葉通り、セスナがいくら力を入れたところで、望む出力が引き出せない。

「?? 何故だ。ルシュグル貴様、何をした!?」
 怒りに満ちた瞳でセスナはルシュグルを睨みつける。

「まあまあ大したことはとくに何も。ですがまあ、人間というものは下らない生き物ですが、彼らが生み出す道具はなかなかに面白い。我々魔族では『毒』という発想も出てこなかったですからね。」


「毒だと? く、あの飲み物か。だがあれは貴様も飲んで、」


「いやいや、具体的な解説をさせないで下さいよ。あなたのカップにだけ毒を塗るとか、私は先に解毒薬を飲んでおくとか色々とやり用はあるのですから。まあ、貴女にも効くように毒を調合するために何人かの部下が犠牲になってしまいましたが。」
 必要な犠牲でした、とルシュグルは悲しげに


「ルシュグル! 貴様!」
 セスナは怒りにまかせて渾身の力を振り絞ろうとするが、肝心の体内の魔素の流れが毒で乱されて力が出ない。


「まあまあ、慌てずに。ああそれと初めの質問に改めてお答えしましょう。ハルジア侵攻の際、斥候に出していた兵が見つけていたのですよ、アゼル様の魔城を。その兵も運が悪い。そんなもの見つけなければ不幸にもすることもなかったでしょうに。おかげで魔王様に気付かれないように、随分と大回りしてハルジアを攻めることになりました。」


「────!」
 もうセスナは言葉を絞り出すことも困難になっていた。


「虐めるのもそれくらいにしなよ。それでルシュグル。セスナ様を捕まえてどうすんの? こんなこと大魔王様に知れたらマズいことになるよ。ま、私はあの魔法使いに復讐できるならそれでいいけど。」
 魔王に化けていた女性、カッサンドーラ・アンブレラと呼ばれていた女はセスナの目の前で手を振り振りしながらルシュグルに聞く。


「いえいえ、200年もの間、我らに関心を示さなかった者を心配してもしょうがないでしょう。何せ我ら二人では力が不足しているのは明らかなのですから。これからセスナ様にはぜひとも我々に協力していただきましょう。我らの悲願、の成就に向けて。」


 浮遊城ジークロンド。
 勇者たちが追い返した大境界の先にて、再び殺戮の狼煙が上がろうとしていた。
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