孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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一章 独りの名も無き少女

7.孤独の魔女と偽りの魔女

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暖かな陽光降り注ぐ星惑いの森の端…珍しく エリスを連れず、レグルスが一人黄昏る
季節は移り変わり流転し、一周した…厳しい冬を越えた恵みの季節、星惑いの森が 花が最も美しく彩る季節…

「………あと1ヶ月で、ちょうど一年か…」

星惑いの端の端…エリスが乗っていたとされる馬車が落ちてきた場所で一人、虚空を眺める

私の足の下には エリスのご主人様と呼ばれた男が埋まっている、どんな男だったか どんな風にエリスを扱っていたか、この一年でなんとなく理解していたが、唯一理解出来ないことがあった

この男は 何をしにこんな辺境へとやってきたのか、態々人目を避ける為に 命の危機さえ有るアニクス山の山道を通ってまで、どこへ行くつもりだったんだ… エリスを何処へ連れて行くつもりだったんだ、この一年何度考え何度問うたことか…



「…聞こえているかも 興味があるかも知らんが、言っておく エリスは大きくなった、心身共にな、多くを学び 多くを得た…もうお前の手元に収まる存在じゃなくなったろう、いや 元から…、誰かの掌に収まっているような子じゃなかったんだろうな…きっと 私の掌も 直ぐに抜け出す」

この男にエリスを想う心があったとは思えないが、それでも報告しておく 一応だがこの子の保護者だった男だし

出来れば エリスの実母にも報告してやりたかったんだが、墓が何処にあるのかも分からなければ 名前さえわからないんだ、せめてエリスが何処から来たのか それさえ分かればヒントも…

「エリスは…大人になったら故郷へ帰りたいと…言うだろうか」

なんて、まだ分からないな…

まだあの子も甘え盛り、なんのかんの強がりはするも 私に強く懐いているのも、きっと今までの寂しさを埋める為だろう し、一人にすると泣くのもそこに起因するのだと想う、だから あの子が一人で生きて行くなんて想像出来ない

特に夜なんて凄い、寝る時はもう私と一緒じゃないと寝なくなった…可愛いには可愛いが、本当に一人前の大人になれるのか不安になってくる

「んぅー、先のことを気にしても仕方ない 否が応でも時間は過ぎる…、この悩みも いずれ時間が解決するだろう」

それよりも、20年後よりも先に1ヶ月後のことを考えよう…1ヶ月後、エリスがうちに来て一周年だ、何か祝い事をしてやらねばな

その日ばかりは修行は1日やめにして、弁当でも作って何処か遠くでも行ってみるか、エリスに色んな世界を見せてやるんだ、花畑や海や…出来ればもっと大きな街とか

私はあまり人目につくところを歩けないから 行き先は限定されるが、それでもここに閉じこもっているより100倍いいはず、綺麗な景色を眺めながら お弁当を食べながら …これからのこと これまでの事をじっくり話そう

「ふふふ、エリスは 初めての物を見ると直ぐに目を輝かせてはしゃぐからなぁ、その日はきっと 忙しくなるぞ」

……私が未来を想像して笑う日が来ようとは


「レグルスししょー!、見てください見てください!」

「ん?、どうしたエリス」

ふと、背後から響くエリスの声に釣られて振り返る、やはりエリスの記憶力の良さは本物で  この星惑いの森の構造を完璧に暗記してしまったらしく、プロの冒険者でさえ迷うこの森を もう自分の庭のように歩けるようになっている

「見てください!魔力球 …自由に出せるようになりした!」

そう言いながら手から浮かせる白い光、拳大の光を放ったかと思えば 次の瞬間には十倍程の大きさに膨らんでみたり指先程の小ささに縮めてみたり、まるで曲芸のようにフワフワと動かしながら大きさを自在に変えている

体を鍛えるのは 正直あまり進んでいないが、この魔力制御の修行の進み具合は魔女である私から見てもすごい進歩の仕方をしている


一度覚えた事は絶対忘れない、このエリスの才能は 魔術の素養に直結していると言っていい、何せ 一度コツを掴んだら絶対に離さないんだ 

人間 普通一つの事を覚えたら以前取得した事は多かれ少なかれ忘れるものだ 、私だってそうだった、だから忘れないよう復習を繰り返し 体に叩き込む これには結構な時間がいるが、エリスにはそれが必要ない

一度覚えれば完璧な状態で次のステップへ、前の基礎が出来ているから次の進歩も早い といった具合に一足跳びにいろいろな事を覚えている


「いい具合だ、その調子で励んで行け…次はもっとスムーズに、手早く そして溜めをなくしてそのくらい出来るようになれ」

「…あの、魔術はまだ 教えてくれないんですか?」

またそれか、どうやら 変に読み書き算術を手早くマスターできた為 遅々として展開しない魔術修行に最近焦ってるみたいなんだよなぁ、エリスは順調に修行を進めているがそれでも早い 今使えば急激な魔力消費に体がついていけん

逸る気持ちは分かる、だがここまで慢心してはいけない 、ここまで着実に進めてきたんだから これからも引き続き堅実に行くべきだろう、慌てれば今までの苦労がパァだ

「まだダメだ、まだ魔力の扱いに慣れて 手足同然、いや手足以上に魔力を扱えるようになってからだよ」

「本当ですか…?、実はエリスには魔術の才能がなくて 永遠にこの修行だけ繰り返すんじゃないですか?」

む、これは…慢心ではなく自信喪失していたのか、なるほど 弟子の心の機微に気づけないとは、私も師としてまだまだだな


「エリス?、いつぞやも言ったがこの世に永遠なんてないよ 、魔術の修行をする日だって 直ぐに取りかかれる、だから、師を信じなさい」

「ししょーを…はい!エリス!ししょーの事は心の底から信じています!、愛弟子なので!」

最近思うのだが、エリスの私へのなつき度がハンパない気がしてきた…、私が言うならどんな嫌なことでもするぞ、以前はこれを自主性がないから私に依存している と思っていたのだが、ちょっと違うな…これは単純に私への好感度と憧憬が振り切れているだけのなのだと気がついてきた

まぁ、嫌われるよりかはいいけど…なんだか最近その憧憬が危険な方向に進んでる気がしてならないんだよなぁ…


「さ、家に戻って修行の続きだ 」

「はい!、あ!そうだ!ししょー!魔力コントロールのお手本 見せてください、ししょーの魔力コントロール見た事ないので」

「別にいいが、目で追い切れると思うなよ、事 魔力制御の技術に関して私は魔女最強だしな」

エリスと手を繋ぎながら家に戻る、いつもの家へ…いつものように






そう、私はこの時永遠などないと そう言った、ああそうだ 永遠なんてない 絶対なんてない、それは私だって嫌という程痛感してきた…

最近だってエリスと出会い永遠にも紛う 八千年の怠惰から、今のような慌ただしい生活に変わったように、どんな物もいつか終わり新たな物へと変わっていく 世界はそうやって回っている

それはつまり エリスと一緒に、この森で …平穏な暮らし続けるというこの生活にも 、いつか終わりが来る事を意味している事

そして、その終わりは いつだって唐突に訪れる事 それを…嫌という程痛感してきたはずなのに…、私はその終わりの予感に気づけないでいた



…………………………………………………


始まりの日は 唐突に訪れた、全ての そう…きっとこれが全ての始まりだったのかもしれない



その日はちょうど エリスを連れてエドヴィンの館にポーションを売りに来ていたんだ、2~3週間後に迫った 一年の記念日には豪勢なご馳走を食べさせてあげようと、今からお金を稼ぐつもりだったんだよ

「今日もすまないな エドヴィン」

「いえいえ、賢人様から頂けるポーションは本当に出来が良く、駐屯する医師も治癒術師もいない我が村では本当に重宝させていただいています、何せ一滴かけるだけでも大体の怪我は治ってしまうので」

実はな エドヴィンにポーションを売った後私も調べたんだ 、今市場に出回っている普通のポーションとやらを…

愕然としたよ、ありゃほぼ水だ…ポーションとは魔力で薬草の効果を何倍にも高め使う物、なのにあれじゃあ薬草と殆ど変わらんだろうに、聞けば治癒魔術師が修行代わりに作ることが大半らしく 態々ポーション作りを極める者は少ないらしい

ま…そりゃそうか、沢山薬草やら道具やら用意してよいしょよいしょと作るより、治癒魔術なら詠唱1発でポーション以上の効果を発揮できる、理にかなっているか

まぁ、あくまでそれは 治癒魔術師がその場にいる場合に限るがな、今のこの村のように駐屯する医者がいない場合、ポーションという配置薬は実に役に立つ

「それは良かった…、あれは傷には効くが病には効かない 、風邪だけは引かないようにみんなに言っておいてくれ」

「ええはい、この後は比較的気候も安定していますが、皆には冬の間は体を冷やさないように言ってあります」


「というか!相変わらず濃いポーションですね、どうやって作ってるんです?これ、なんかヤバイ薬草使ってるとか…、あ 賢人様!エリスちゃん!これ紅茶ですよ 好きに飲んじゃってください」

「紅茶…綺麗な色です、コーヒーとは違うのですか?」

相変わらずクレアは煩いが、でも最近は疑いの目そのものは向けなくなってきた…まぁ一年も一緒にいれば慣れるか、最近はエリスとも親しそうだし 姉妹のように遊んでいるよ


「ではこれが今日のポーション分の代金です」

「ん、確かに…」


「た 大変だーっ、領主様ーっ!」

「ぴゃっ!?」

客室での取引は恙無く終わり、今日も銀貨を受け取り 適当な世間話をして立ち去ろうとした瞬間 領主館の前へ一人の男…いや あれはムルク村の村民だ…それが顔面蒼白でわめき散らしながら走りこんできたんだ

男の声に驚いて我が愛弟子がびっくりして紅茶をこぼしちゃったじゃないか、ハンカチハンカチ…

「た 大変だ!大変だよ!領主様!」

「な 何事!?どうしたんだいいきなり大きな声を出して!エリスちゃんがビックリしてしまうじゃないか!」

「そーです!やかましーです!、ここは領主館…領主を敬う品位ってもんが欠けてんじゃないですか!」

「いや一番うるさいのはクレアくんだよ、それより大変って 何があったんだい?」

扉を開け応対するのはエドヴィンとクレア、一応 私も客室から紅茶を啜りながら様子を伺う…大変だ と言われるからには大変な状況なのだろう、事と次第によっては私が出て解決せねばなるまい

息を切らし汗を洪水のように流した顔面蒼白の男は 慌てたように信じられないものを見たかのように、唇を震わせ語り始める

「じ…実は いきなり盗賊が現れて!村で暴れ出したんだよ!」

「え ゙っ!?盗賊って まま マジですか!領主様!どうします!」

盗賊 そのワードで場が凍りつく、普通盗賊とは街道に張って行商人を襲うもの 態々村に押しかけて襲いかかってくる事はない、が それも絶対にないと言い切れるわけではない

例えば 飢えに飢えて二進も三進もいかなくなった人間というものは怖いもので、多少の被害など関係なく村を焼きにかかってくるそうだ、実際そういう悲劇は現代においても少しばかり耳にする

今回のこれもその類か?いやにしても不自然だ、違和感がありすぎる…以前のアニクス山での一件といい、なんでまた こんな数ヶ月単位で続け様に暴漢悪漢が押し寄せてくるんだ、ここ数百年はムルク村に盗賊の話なんてて一切持ち上がらなかったのに

「盗賊だって!?しかも村で暴れてる!?…な なんて事だ、急いで馬を走らせて最寄りの街に行って助けを呼んで来るんだ」

「いやいい、私が出るよ…こういう時のための魔術師だ、それに たまにはこうやってしっかり働かないとね?、いつまでも世話になりっぱなしでは悪いという物」

だが考えている暇などない、村が 目の前で人が 襲われているならば助けない手はない、余り私の力を周りに見せつけたくないが…まぁ盗賊程度なら魔術を使うまでもなかろう、素手でいける 素手で

そう思い立ち客室から優雅に紅茶を啜りながら名乗りをあげる、村人を安心させるように 落ち着き払う、 …よし 久し振りに弟子にかっこいいところを見せてやらないとな 

軽く叩きのめしてこようじゃないか…!



「いや、それが現れた盗賊はみんな孤独の魔女レグルス様が退治してくださって…」

「ブフッ…!?」

「ししょーっ!?」

いや私まだ何も倒してないが!?、さしもの私も紅茶を飲むだけで与り知らぬ所で暴れている人間など退治しようがない

だが目の前の男が嘘や冗談を言うためだけに、ここまで大汗かいて領主館まで走ってきたとは思えん、きっと本当に魔女レグルスが現れ村の危機を救ったのだろう、態々辺境の村まで赴いて盗賊退治とは 随分優しい人物なのだろうな、魔女レグルスと言うお方は

いや、偽物だよ だって魔女レグルスここにいるもん、いやここにいる人間には皆内緒にしてあるからその反応は仕方ないと思うが、ってエリス あからさまに怪しむような顔はやめなさい

「ま…魔女レグルス様が来たんですかッ!?この村に!?」

「あ ああ、俺たちもさ!最初は疑ったんだけど、目の前ですんげぇー派手な魔術使って次々盗賊倒して回ってて…こりゃあ本物かもしんねぇ!」

キラッキラと目を輝かせるクレアに身振り手振りで語る男の仕草を見るに、それはもう派手な魔術を使ったのだろう その魔女レグルスと言う人物は…、というかクレア動揺しすぎじゃないか?、目の端に涙まで浮かべて 今にも泣きそうだ

いつもなら『そんな怪しい魔術師村に入れないでください!塩撒いて!』とか言いそうなものだが…

「れ レグルスさまぁぁぁぁぁっ!魔女レグルス様ぁぁぁぁぁぁぁ!」

「なっ!?クレアくん!?」


突如、涙ながらに声を上げ転がるように村へと走るクレア、びっくりした 思わず返事しそうになった…

なんであの子あんなに必死になって魔術レグルスの所へ、もしかして 珍獣とか観に行くようなノリなのだろうか、まぁ確かに8000年も行方不明だった偏屈な女だ どんなツラしてるか観てやりたいと思うのは普通の感性だと思うよ私は、


「…ししょー?、どういうことですか?ししょー二人に増えたんですか?」
 
いや流石に私も分裂とかそういうことはできない、だが事実 村の方に一つ魔力を感じる 誰かが魔術を行使しているらしい それもこの荒れ具合を見るに相当激しく魔術ぶっ放しているな、透視や遠視を用いればここからでも見えないことはないが…走っていたクレアが心配だ

「エリス、その魔女レグルス様とやら…観に行こうか?」

「エリスいいです」

「いいからいいから、行くぞ」

ぐぇーっと珍しく顔をしかめるエリスを引っ張り上げ背中に負ぶりクレアを追いかける、クレアが走っていった方向と魔力の発信源は一致する、向かうは村の中央入り口付近…

忙しそうに準備をするエドヴィンを置いて一足先に向かう、エドヴィンはこれでも領主 盗賊が出たならやらなければならない仕事は山とある故、連れて行くことは出来ない


嫌がるエリスを連れ、村の中心へ駆ける、人目があるから魔術は使えないが…この程度の距離ならダッシュで余裕だと、風邪を追い抜き走る



……………………………………………………



私が村の中央付近に来る頃には、騒ぎを聞きつけた人間達がワラワラと集まり人だかりが出来ていた、野次馬根性とは凄いもので 例え盗賊が出ていようと御構い無しらしい…まぁ、嫌がる弟子を引き連れて野次馬に来た私が言えることではないが

「クレアは、もう奥から…すまん通してくれ」

人の海を掻き分け道を譲らぬものは若干強引に押し退け進む、おや?人混みの奥から荒々しい怒声が聞こえる、まだ盗賊退治は終わってないのか?時間かかりすぎだろ

そう思いながら人混みを掻き分けた先に広がっていたのは…

死屍累々、傷つきうめき声をあげる数十人近い盗賊達を打ちのめし、その中央で不敵に笑い魔力を隆起させ佇む一人の女魔術師が…あれが魔女…?




「クククク…、愚劣な賊どもよ 、その程度で八人の魔女の一角たる 孤独の魔女レグルス立ち向かい刃を向けるなど笑止」

風にたなびく黒の長髪と 血のように真紅の目、そして仰々しいローブと伝説で書かれている通りの大魔杖を携えた、誰もが思い描く魔女と同じ姿をした其れが くつくつと嘲笑っていた

た…確かに、魔女レグルスそっくりだ…、私に じゃない絵画に書かれている方にだ、絵画を描いている画家は勿論私の事など知らない 文献に残っている魔女レグルスの容姿を聞き集め、想像した上で描いているため 実はちょくちょく私と違う部分が多いんだ

その点、目の前の彼女は絵画の中の魔女レグルスがそのまま飛び出て来たかのような立ち姿だ、レグルス感で言えば私よりレグルスらしいと言えるだろう

「あれが魔女レグルス?」

「似てません…全然、ししょーの方がカッコいいです」

口に出すなエリス、角が立つ…

しかしそれにしても足元に転がっている盗賊達、結構な数だ ふらっと数人迷い込んだというより明確な敵意を持って攻めてきた人数と言えるだろう

全員彼女が倒したのだろうか、だとしたら魔女云々関係なしに結構な実力なんじゃないのか?少なくとも雑魚にこの人数は倒せんだろ

「くそっー!、あの魔女レグルスがこんな辺境の村に いるなんてよぉーっ!」

「ふん、不運であったな 我が前で悪は等しく無力である、この魔女レグルスの前ではない!フハハハハ!」

なんだふははって、それに盗賊の物言いといいなんだか演劇を見ているようだが、あまり強力な魔術師そして派手な戦闘用魔術に慣れ親しんでいない村人達から見れば、そりゃあもうとんでもない物に見えているんだろうが…

何せこの人数相手の大立ち回りだったんだ、そりゃあ圧倒されるだろう、みんな興奮した様子で目が釘付けになっている


「さてぇ?、これに懲りたならばもう二度と我が前 この村に立ち寄らぬことだな!、では我が極大魔術を受け 消えよ!愚図どもめ!『ゲイルオンスロート』!」

「ひぃっ!?」

む、詠唱…それも使用魔力と詠唱時間を大幅に短縮しより実戦向きとなった所謂『現代魔術』の詠唱だ、力を持ったその言霊と共に、身の丈にも迫る巨大な杖を天高く掲げる偽レグルス

大自然が 彼女の呼びかけに応え、突如として颶風が吹き荒ぶ …明確な意志と敵愾心を持って、渦巻き形を成しあっという間に巨大な竜巻が大地を舐めるように現れる

正しく天災とでも呼ぶべき大竜巻は、魔女が軽く指を振るうと共に形を変え唸りを上げ、盗賊達へと襲いかかる

「あ あれが魔術!すげぇ!」

「魔女様が使う魔術なんだ そりゃあ凄いに決まってるよ!」

「あれだけいた盗賊たちが 吹き飛ばされていく…」


「ほう、風属性の…派手な魔術だ」

「はわわ、飛ばされる…」

ド派手な魔術だ、杖を振るい一言唱えただけで 自然の猛威の権化とも言える巨大な竜巻を引き起こし足元の盗賊を次々と郊外へとぽいぽい吹き飛ばしていく…、これだけ離れているのに村人の中にも危うく吹き飛ばされそうになる者もいる程の突風

おっと エリスも危うく吹っ飛ぶところだった、危ない危ない…

しかし、うーん 派手は派手だがいい魔術とは言えんな…その程度の人数を飛ばすならここまでの竜巻など出さずとも可能だし、何よりこの竜巻を出したせいで彼女の体内の魔力がぐちゃぐちゃに荒れて乱れている、かなり無理して出したのだろう…非効率極まる、故に見て呉れだけの派手な魔術とも言える

まぁ、私が同じ魔術を使ったら もっと凄い とかは言わん、だって凄いどころか地形が変わるだろうし 危ないし、一流はもっとスマートにコンパクトにやる



「フハハハハ!吹き飛べ吹き飛べ!、我に逆らった報いだ!フハハハハ!」

「おおぉぉぉ!すげぇ風だ!流石…これが、これが!孤独の魔女様の力!」

「人が枯葉のように…!」

「さっきの風の魔術も凄かったし、その前の炎の魔術も水の魔術も…やっぱり本物の魔女様だ!」

だがそのド派手な魔術は、村人達の心を掴んだようで 倒れた盗賊を全て余さず追い払ったその手腕に皆拍手と喝采と賞賛を飛ばす、きっとこの風以外にも物凄いパフォーマンスをしたのだろう 

この一連の魔術ショーは、村人達に 『本物の魔女レグルスである』と印象付けるには十分だったようだ

「ふん…賞賛は要らぬ、当然のことをしたまで、我は魔女故な?民草を守護するのは 当たり前のことよ」

あれだけ騒がしかった風は 杖の一振りで立ち消えるが、…拍手喝采は鳴り止まない 、まるで英雄だ…いや 実際英雄なのだろう、あの人数の賊に襲われればこの辺境の村程度 あっという間に蹂躙されただろうからな

その点で言えば、私も 彼女には礼を述べなければならないだろう

「ししょーの方が凄いです…凄いです」

エリスだけは違うようだ、唇を尖らせ 私の事を引っ張っている 、いやいや凄い凄くないの話ではないだろうに

「安心するのは早いぞ民草よ、あれなる盗賊は何も偶然この村に立ち寄ったわけではないようだ、どうやら盗賊達は この近辺に拠点を構えるため、この村を狙っているようでな…さっき打ち倒した賊以外にもまだまだ控えがいるとみても良いだろう」

「そ そんな、まだあれ以上も…」

「でも、うちの村には騎士もいないし…騎士団に助けを呼ぼうにも、騎士団が来るにはきっと物凄い時間がかかるだろうし…」

魔女の言葉に揺さぶられ、皆 物の見事に慄いているな…いや、悪いがこれは普通の事だ

この文明圏 この魔女大国において『魔女の言うことは絶対である』というのは、常識として染み付いているんだ、魔女が言ったなら それは正しい 、疑う余地はない、例えば友愛の魔女が『明日世界が滅びますよ』と言えば 少なくともアジメクは大騒ぎになる

皆 彼女を魔女と信じてしまっているが故に 、彼女の言うこともまた信じてしまうのだろう




「故にいくつか問いたいが…この村を守護出来る 戦士なり魔術師なりはいるだろうか?」

「それなら、惑いの賢人様がいるな…」

「聞けば最近どっかでおんなじように盗賊を倒したって聞いたけど」

「え?あの人戦えたの?」

「でも一応魔術師らしいし…あ!、賢人様!」


「え?あいや…」

「あれが?…ほう?」

ああ、賢人様だぁ その村人の一声で一斉に彼らの顔が、こちらを向く…当然 偽レグルスの視線もこちらに、睨め付けるような嘲笑するような視線が突き刺さる

やべ、…傍観者ら野次馬として見る分には楽しい騒ぎだったが、いざ自分が当事者になるとなると話は別 面倒この上ない

「ふふふ、ししょー…偽物やっちゃってください」

やらん 、ここでいきなりあの偽レグルスに殴りかかれってか?どんな狂人だ私は

というかそうこうしている間に偽レグルスがこちらに近づいてくる、クレアだけ連れ戻して 関わらず帰りたかったんだが、…今からそそくさと帰って収まるような事態ではなさそうだ、無視してくれないかな

というか肝心のクレア、どこにもいないんだが!?


「ふむふむほうほう、…お前が? この村を?守護する魔術師とな?、ふぅむ見窄らしい風態ではあるが、一端の魔術を扱うか?」

「…………」

ああくそ、やっぱりこちらに絡んできた…こう言う面倒な事に出来る限り首はツッコミたくないんだがなぁ、別に私の名を使っているからと このニセモノめ!と暴き立てるつもりはない、寧ろこの手の偽物程度 世の中にはワンサカ居る

ある国ではよく当たる占い師をやってるレグルスが ある国では如何わしい宝石を売ってるレグルスが、どこぞにはレグルス様がお認めになった霊験あらたかな霊水なんてものもあり、この世の怪しい商業には全て私の名前が使われている

…こいつも同じだ、手前の名前一つ明かせないから私の名前を使ってるんだろう、だがまだ何の悪事も働いていない者をこの手で打ち据える事など出来ない

「…いえ、かの誉れ高き孤独の魔女様から見れば我が魔術など木っ端も同然、先程 賊を打ち倒した魔術を見せられては、私も まだまだ修練が足りぬと 実感させられます、流石魔女様です」

「ししょー!?」

私が恭しく頭を下げれば、ギョッとした顔で私を見るエリスの頭をそっと押さえ同じく下げさせる、なんだ 私がこの偽物を叩いて伸す所を期待でもしていたか?、別にそこまで過敏になることでもなし 放っておいて良いのなら放っておけば良いさ

「クフフ、何 そう謙る事も在るまい、我が魔女の御業の前では全てが児戯に等しい、天地を闢く我が魔力…貴様も 至高の領域まで至れる様努努 精進を続ける事だな…、まぁ その可能性は絶無であろうが 目指す分には構わぬからな」

魔女レグルスには 天地を闢く程の魔力はないと思うが…まぁいい、この手の奴は持ち上げておけばいいから扱いが楽だ…それより気になるのは、こいつが何をしに来たか だ…悪事を働こうと言うのなら 裏でこっそり痛い目を見てもらうが

「…して、聞けば近頃 ここで現れた山賊を…貴様が打ち果たしたとは 誠か?、相手は一人二人でもなかっただろうに 、聞くが貴様一人で事を果たしたか?」

「いえ 私はただ山賊を見つけただけ 、山賊討伐は…そのぉ そう近くを偶々通りがかった傭兵団の方にお願いして、退治して頂いたのです」

「そうか、…いやまぁ そうだな、単一の魔術師の手には余ろうか」

絵に描いたような苦しい嘘だが 信じてもらえた様だな、私が一人で全員ブッ倒しました と言えば変なことになりそうだし隠しておいた方が良いだろう

「まぁよい、だか、この近辺に現れた山賊団の始末 此処な魔術師だけでは些か厳しい物もあろう、そこでどうだろうか 宿を一つ貸し与えてくれれば暫しの間、我がこの村の守護を引き受けるが?、当然 民々より金品などは取らぬ」

「おおそりゃいい 賢人様も常に村にいるわけじゃねぇし、何より魔女様の加護があれば安泰だな」

「そうね、ウチの子も小さいし 魔女様がこの地を守って頂けるのなら安心かしら」


先程の大立ち回りもあってか、村人達からの評価もいい様で、用心棒を買って出ると言っても止めるものなどいない、…てっきり用心棒代としてたんまり貰おうって腹かと思ったが違うのか、と言うことはこの村で何かしようってわけじゃないのかもな

もしかしたら 案外魔女を名乗ってチヤホヤされたいだけの可愛い奴なのかもしれんし

「フハハハ、よかろう 暫しの間だがこの村の守護を引き受けよう、但し我がここにいる事は皇都の騎士達に口外してはならんぞ?、行方不明で通している身…居場所がバレれば面倒故な?、あと捕らえた盗賊の始末は我が責任を持って…………」

「ほら、エリス…行こうか」

「ししょー…」

私に興味を失いあれこれと喋り始めた偽レグルスを尻目に、不承不承 と頬を膨らませているエリスの手を引きとにかくその場から離れる、これ以上 あの偽レグルスに関わられても面倒だ、が エリスはやはり何か言いたい様で 距離を取ったのを確認すると口を開く

「あの…ししょー?いいんですか」

「何がかな?」

「あの偽物、ししょーの名前 勝手に使ってます、きっと悪い奴ですよ …ししょーの名前使って悪いことするに決まってます」

「お前な…、そう言う偏見や決め付けで人を見ると損をする、別に あの人だって名前使う以外は悪いことしてないじゃないか」

「ししょーは悔しくないんですか!怒らないんですか!?」

「うん、あんまり…別に彼女が私の名前を使って何をしようが、特には何も思わん」

まぁエリスの言い分も 分からんでもない 、弟子の立場からすると師の名を偽り偉ぶる者を見過ごせないだろう、だがそう言う奴に一々目くじら立てて激怒していては何千年も身が持たないんだ…、そりゃ昔は腹も立ったりはしたが なんかもう最近は本当にどうでも良くなってきた…長く生きすぎたのかも知れないな

それにな、私が彼奴に手を下さないのには訳がある…


『魔女偽証罪』と言う名の罪がある…少なくとも七つの魔女大国には、魔女の名を偽り活動する事を禁ずる物だ、魔女の名は良くも悪くも影響力があるからな 偽る物は数多くいた…特に行方不明である魔女レグルスの偽物は別段多かった

何せ行方不明なんだから『実は私が魔女レグルスで、身分を隠して活動してました、其れ大魔術~』ってアピールすりゃ 田舎者は大体信じるからやりやすい事この上ないだろう

ただ、それに対して『紛らわしい!』と激怒したのが争乱の魔女、国内の私の偽物を悉く殺し尽くした上で、他の魔女大国に提起し定められ 七つの魔女大国に敷かれた法…

時には殺人以上に重い罰が科されるそれを、裁くのは私ではなく国だ…つまり 裁定を下すの領主エドヴィンの一存に委ねられている、彼奴が認めると言えば認められ 認めぬと言えば即刻国に突き出されるだろう


だから先ずはクレアを連れてエドウィンに話をしにいく必要がある

村を救ったとは言え やはり法を侵しているわけだしね

……………………………………


「あんなの魔女レグルス様じゃありません!!!」

「まぁまぁクレアくん、落ち着いて」

領主館に出向くと既に一足先に戻っていた、激怒するクレアとそれを嗜めるエドヴィンの二人が広間に言い争っており…まぁなんとなく何を話し合っているのかは分かる

「ほ ほらクレアくん、黒い髪と紅い目 魔女レグルス様の特徴にも合致するらしいし、すごい魔術使っていうじゃ無いか、あの人は本物なんじゃないのかな」

「そんなこと言ったら賢人様だって黒髪紅目じゃないですか!そんな特徴を持った人世の中にゴロゴロいます!、…それになんか 合点がいかないんですよ!なんというか 伝説に描かれる姿 そのまま過ぎるというか…、伝聞を元に絵画は描かれてるはず 、なのに見た目が絵画のまんまって おかしくないですか」

私とエリスそっちのけ議論を始めるクレア…、なるほど

エドウィンは既に他の村人から魔女の噂を耳にしているようだ、大方 魔女を迎えるための準備をした方がいいだ事のなんだことのと …、既に彼も偽レグルスを出迎える支度を進めているんだろう、まぁ魔女抜きにしても村を救ってくれた上に凄腕の術師である事に変わりはないわけだしな

エドヴィンの立場としては、村を救ってくれた人間を無下に出来ない気持ちはあるのだろう


ただ、クレアは其れに納得していない様子、偽物偽物と手足をバタバタ駄々っ子のように喚いている、ああ 先に帰っていたのは一目見て偽物と区切りをつけて帰っていたからか

まぁ、本物偽物議論は今すべ気じゃ無い、今は あの魔術師をどう扱うか、そして其れを決めるのはクレアではなく領主エドウィンだ

「おい エドヴィン…あれが偽物にせよ本物にせよ、ある程度の判断は必要だろう…お前はどう見る」

「一応…、村を救ってくださったのは事実ですし、あの魔女と名乗る方を無碍にも出来ません…もし、近く大量の盗賊が潜んでいるなら、なおさら…」

「だーかーらー!、あれは魔女レグルス様じゃありませんってば!証拠とか確証はありませんけど!」

「エリスもクレアさんと同じ意見です!あれは偽物です!悪者です!」

「いい加減にしろ!エリス!クレアも!、今はエドヴィンに意見を尋ねているんだ!お前達にではない!」

エリスとクレアの偽物大合唱に一喝を加える、エリスは…まさか私に怒鳴られるとは思っていなかったのか、唖然として動かなくなる…、クレアもだ いやクレアはちょっと納得してなさそうだが、一応引き下がってくれた

村の外に盗賊がたむろしているというのなら、それは私が倒せばいい 故に盗賊達は はっきり言えば脅威ではない、問題はあの偽の魔女をどうするかだ

「……情けない話ではありますが、村のみんなは既に魔女レグルスを出迎えるという話の流れで進めております、実際 村を救ったのは彼女です 怪しいという理由一つで追い出すことは出来ないでしょう」

「まぁそうだな、だが領主は この土地の長はお前だ…いかに情けなかろうが、決定権はお前にあり 、村人達にその決定権はない…決めるのは エドヴィンお前だ」

「そうですね…」

既に、あの戦いを見て 村人達の一団の中にが勝手に彼女を祭り上げようとする一派があると聞く、魔女 とはそれ程までに絶対の存在、この国 いやこの世界においては生ける神も同然だ

魔女を受け入れる風潮が このムルク村に満ちるのは時間の問題だろう、既に領主である彼の一存全てで事が決まる段階ではないのかもしれない

「一応皇都に馬は走らせています、皇都には魔女レグルスを探す為の組織 『魔女捜索騎士団』なる騎士団があると聞きます、私には無理でも皇都のその捜索騎士の言う事ならば村人も信じるかもしれません、つまり」

皇都の騎士達に真実を詳らかにしてもらおう、ということか まぁ妥当な判断だ、ここまで村人が熱狂してしまっている以上、第三者を交えない限り解決はしないだろうからな

その判断は分かる、賢明と呼べるだろう…騎士が到着するのには時間はかかるがな

「なら騎士が来るまで、あの魔女を泳がせておくとするか、村を守るなりもてなされるなり好きにさせる…そこであの魔女が悪事を働くようなら、その時点で私が対応する そうすれば村人も文句はないだろう」


「ししょーが、村の外の盗賊も偽物も全部まとめて倒せば解決するじゃないですか、今のしかかってる問題全て」

む、エリスが口を挟んでくる…まぁ それもありだろう、出来ないこともない だがな、あの偽レグルスは上手いんだ やり口が、力で排除されないよう只管村人の信頼を勝ち取る方向で行動している

もし私とエドヴィンが 『怪しいから』という理論だけで排除に働けば間違いなく村が割れる、『魔女かもしれない』『村を救った』『村の外の対応出来る武力を持つ』この三つがある限り、我々は偽レグルスを追い出せない

「力があるから万事上手く行くわけではない、あの魔女レグルスは村に迎えられた…そんな彼女を力で追い出せば、今度村人に力で追い出されるのは我々になる…いいかエリス、力で無理に理屈を捻じ曲げた反動は 同じ分量の力で返ってくるのが道理だ…、理屈を動かすことができるのは同じ理屈だけだ」

「納得いきません…」

「納得出来なくとも飲み込め、ともかくこの件は私とエドヴィンの間で話はついた…クレア、お前も余計な敵愾心は振りまくなよ…少なくとも奴は村人を味方につけている、変に敵対すれば 村の中で孤立するぞ」

「別に構いませんよ、村人だろうが盗賊だろうが偽物だろうが向かってくるなら叩きのめして分からせてやります、小賢しい道理なんて力の前じゃ無意味だって、これ以上魔女レグルス様を汚すようなら…」

なんだ、クレア…妙に冷たい目をしている、私に向けられる不信の目ではなく 殺意のようなものさえ見て取れる程に冷徹な目だ、

魔女レグルス様を汚すなら か…、エリスもそうだが この子達は私の為に怒ってくれているんだ、ありがたいことに変わりはないのだが 今は慎重に動くべきだ、下手を打てば本当に私はこの村を出入り出来なくなるかもしれない

いや私はいい、領主であるエドヴィンがあの魔女と村人と敵対した場合逃げ場がない、…ないとは思うが敵対した結果 …、エドヴィンに不幸が訪れるようなことがあったら、私は平静を保てる自信がない

「くれぐれも、慎重に動けよ クレア エドヴィン、あの魔女レグルスが何を考えているか分からない以上、油断はしてはいけない」

「ありがとうございます、いや 僕が貴族として 領主としてもう少し威厳があれば済む話なのですが、普段から遊んで過ごしていたツケですかね」

「あぁ~、面倒なことになりましたね…何も考えずお給仕してたかったです」


申し訳なさそうに笑うエドヴィンと不貞腐れるクレアを置き領主館を去れば、ここからでも伝わる喧騒を感じる、村ど真ん中で祭りでもしてるのか



「いや、あれは…もてなされてるな」

遠視の魔眼を用いて村の中心を見る、どうやら村人たちの一部が魔女を持て成しているようだ、どこから持ってきたのか酒や果実や…この村では高価なものばかりでもてなされている、 まぁ この国のトップである友愛の魔女と同格の存在が訪問しているのだから これくらいではむしろ地味なくらいだ

偽物だが…

「え?ししょー、どこ見てるんですか?」

「ん?、ああ遠視の魔眼術でちょっとな、いわゆる遠くを見通す魔術だ 詠唱もいらんし、便利だぞ」

「凄いです!エリスも使いたいです」

「まだ早い…ん?」

ふと、魔女レグルスが 持て成している村人に語りかけているのが見える…、遠視の魔眼術は遠くを見ることは出来るが 音はまでは拾えん、だが声だけは別 唇の動きさえ読めば…

『おい…おいそこの、この村には材木を扱う者はおるか?』

『材木ですか?、いや確か木こりはいましたが…なんですか魔女様、家でもこの村に建てるんですか?、そん時は声をかけてください?豪勢なの建てますから』

『くくく、いやいい だがいずれ頼むかもしれんな、盛大に建材が必要になりそうなのでな…』

なんの話だあれ、全然中身のない話だったな…いやもしかするとあの魔女、本格的にこの村に居着いて甘い汁を吸い続けるつもりなのだろうか、だがそれは私も咎められない だって私もこの村におんぶに抱っこだし

『あとだが、あの賢人様 と言うものは何処に居を構えておるか知っているものはいるか?』

『……そう言えば、何処に住んでるか 知ってる人間は誰もいないですね、一週間に1~2度村に降りてくる以外あの人を見たことなかったな』

『そうか…まぁよい、いずれ彼奴にも『御礼』をせねばならぬしな…その時捕まえるとしよう、それより杯が空いておるぞ 酒はまだか?』

私に用でもあるのか、いや そうだな もしこの村に居つこうとしているなら、既に村の守護を担当している私の存在は邪魔極まりないか…恐らく私を排除しにくるだろう

まぁ…私に襲いかかってきた奴まで許してやる義理はない、私に喧嘩を売った時点でもう理屈理論抜きで叩き潰す、私が彼女を見逃しているのは 結局の所私に害が及ばないからなのだから

『おおおっ!?な なんだ…今とてつもない魔力を感じたような…まるでさっきの魔力は…いや気のせいか、うん』

『大丈夫ですか魔女様!?』

おっと、いけない 魔力が少し溢れてしまったか

さて、晩御飯の材料買って帰るか…、今日は何にしようかな 気分的には魚だな、魚はいい

素焼きにして切り身を浮かべるだけで味が出る…話してたら食べたくなってきたな

「エリス、今日のご飯は 魚の鍋にしよう」

「こ この状況で ですかししょー、ううん 嬉しいです!ししょー!」

どんちゃん騒ぎに背を向け、その正反対へと歩みを進める、あの魔女か。欲している其れは、私にとっては不要なもの、いくらでもくれてやる

…………………………………


それから偽レグルスが村の信頼を勝ち得てその地位を盤石の物とするのに、そう時間はかからなかった、大体一週間くらいか

どうやら、近くに盗賊団が潜んでいる と言う情報は本当らしく、アレから盗賊が村を襲おうとする頻度は劇的に増えた、が その全てを偽レグルスがうち払ってくれたおかげで、盗賊による村の被害はかなり少なく済んでいる

だが、その分偽レグルスの勢力圏は広くなる一方だ

一度目の襲撃を払った時には彼女に食料が捧げられ 二度目の襲撃を払った時には宴が開かれ 三度目の襲撃を払った時には既に彼女の事を偽物と疑うものは殆ど居なくなっていた

一応エドヴィンも中立の立場をとってはいるが 村人ほぼ全員の信頼を勝ち得ている偽レグルスの対応には困り果てているような印象を受ける

まぁ、クレアだけは断固として認めぬ という姿勢を貫き続けていた、頑なな奴だ…、お陰で村人からよく思われてなさそうで私は少々心配している

そして面白くなさそうな顔をしているのは村の外にもう一人、エリスだ…今に噛みつくんじゃないかって勢いで敵視している、村でチヤホヤされている偽レグルスを見るたび 肝が冷えている




「ししょー!、このままでいいんですか!早くアイツやっつけちゃってください!」

「待て待て、何もしてない人間をやっつけて何になる」

家でもこんな有様だ…、あまりの怒りに修行にも身が入っていない、このままで良いか悪いかで言えばどうでもいい と答える他ない、別に村に貢献しているうちはどこでどんな風に扱われても構わん

「エリス?、私もあのレグルスを見張ってはいたが、何 他の人間にチヤホヤされて喜んでるだけで可愛いもんじゃないか」

「ししょー、でも あの偽物が来てから ししょーの方に回ってくるお金とか食べ物とか…少なくなってるじゃないですか」

それは…うむ、それはまぁそうだ ムルク村だって裕福じゃない、穀潰し二人を養えるほどの余裕もない、当然 日夜盗賊退治獣退治に励み身を粉にしている偽レグルスの方が、偶にふらっと現れる私よりも報酬の取り分がいいのは当たり前だろう

今までは村人の好意で捧げられていた本や豆といった類は偽物の方へ回る事になった

それにお金も…、エドヴィン曰く 偽レグルスが治癒魔術を扱えるから私のポーションの需要が下がっているとも言っていた

それでもエドヴィンはポーションを買ってくれると言っていたが、余る一方の薬を押し付けるわけにはいかんから、私からお願いして買う量を抑えてもらったのだ…まぁおかげで収入は減ってしまったわけだが

一応、収入が少なくなっても、私が森で木ノ実や沢で魚を取ってきているから 食うものには困っていない

だがこれでなんとかなっているのは実りの季節春だからだ…冬も近くなれば森では何も取れなくなる、故に我々は少し貧しい生活をしなければならなくなるだろう、エリスにはそう言った事を気にせず修行に望んで貰いたいから…生活に関しては冬までに妙案を考えておく必要があるな…

「だがまぁ、食べ物もお金もなんとかなる というか私がする、だからお前は変な事を気にせず修行に励みなさい」

「…………」

お…おお?、珍しくエリスが私の言う事に返事をしない 、うーん あの偽レグルスという存在、思ったよりも我が弟子の成長を阻んでいるようだ…

だけどなぁエリス、世の中儘ならぬ事などもっと沢山ある、力があるからそいつをやっつけて全部解決 とはいかないんだよ、今のうちに割り切れ というのは些か酷かなぁ



結局あれから偽物が私に何か仕掛けてくる様子はなかった、村で会ってもナメくさった態度でジロジロ見たあとイヒイヒと気色悪く笑うだけで…不気味だ




…………………………………………

ししょーは優しすぎる

本に孤独の魔女の悪口が書いてあっても 笑って流す、ししょーの事を怪しいと言う人がいても気にしない気にしないと平気で流す、偽物が ししょーの名前を使ってししょーが貰うはずだった物を奪っていっても お前は気にするなと…流す

エリスは我慢出来ない、ししょーの優しさに漬け込んで ししょーを傷つける全てが許せない、特にあの偽物 ちっとも似てない癖にししょーの名前を名乗って ししょーの事を馬鹿にして…



許せない許せない、でも同時に思う 『今なんじゃないか』と…

エリスが今日この日まで修行を頑張ってきたのは、ししょーに恩を返し ししょーの為になる魔術師になりたいからだ、エリスは ししょーに拾って貰ったあの日から凄く強くなった

魔力も扱えるようになったし体だって頑丈になった、魔術だって 実は覚えてる…ししょーがエリスの前で使った火雷招を 詠唱も含めて全部記憶してある、ししょーはまだって言うけど 使うだけならきっと今にでも使えるだろう


エリスが、追い返すんだ あの偽物を…ししょーがやらないなら エリスがやるんだ、そして 今こそししょーに恩返しをするんだ
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