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男を虜にする薬毒5
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クッチャクッチャと咀嚼する音がしていた。
ずるずると啜るような音も合間に聞こえる。
すでに留美子は頭蓋骨まで喰い荒らされて、残っているのは頭皮がついたままで引き剥がされている髪の毛の部分だけだった。
今、食べられているのは婚約者の穂乃香だ。
血の気の失せた真白い顔で、うつろな目をしている。
まだ意識はあり、唇が小刻みに何か呟いている。
三枝は穂乃香の内臓をクッチャクッチャと食い荒らしている。
その様をすぐ側で見下ろしているのはサクラとガンキだった。
「喰ってますぜ」
「そうね。おかしわねえ。薬毒が効き過ぎたかしらねえ」
サクラは眉をひそめて不愉快そうな顔で留美子を見下ろしている。
「この人間、持って帰れば何かの役に立つと思う?」
と問うサクラにガンキが首をかしげた。
「どう……ですかねぇ。俺はそういうのはさっぱりでね」
「そうね、まだ帰るつもりもないし、放っておこうか」
踵を返したサクラにガンキが、
「あのう、お嬢さん……これ喰っちまってもいいですかね?」
と遠慮がちに聞いた。
「え? 喰いたいの? いいけど、早くしてよね」
ガンキは嬉しそうに舌舐めずりをした。
「マジスか? 久しぶりっす、人間を喰らうのは」
そう言いながらガンキが口を開いた。
大きな大きな口で、そしてガンキの身体も巨大化し、マンションの天井に頭がつくほどの大きな身体に変化していた。
黒い肌に光る目、そして長い爪と口から見えたにゅうっと出た牙。
ガンキは吐瀉物塗れの三枝の身体をひょいと手のひらで持ち上げ、あーんと開いた大きな口に放り込もうとした。
その瞬間に、何かがさっと飛んで来て、ガンキの鼻先をかすめた。
「いてえ!」
驚いたガンキは三枝の身体を手放し、三枝はどさっと床に落ちた。
「ギャーッ」
と威嚇するような怒った猫の鳴き声とともに黒猫ドゥがくるっと一回転してから優雅に床に降り立った。
「お前、ドゥね」
とサクラが言った。
「お久しぶりっすね、サクラ様」
ドゥはぺろっと赤い舌で口の周りをなめ回してからそう答えた。
「一体、何の真似?」
と怒気を含んだサクラの言葉にドゥはニャーオとだけ鳴いた。
「何の真似はこっちのセリフよ」
空間が割れてそこからセーラー服姿のハナが顔を出した。
「ハナ」
サクラの声がさらにトーンを下げる。
ハナは吐瀉物だらけの三枝と腹を食い破られて死亡している穂乃香を見渡した。
頭皮がついたままの留美子の髪の毛をスニーカーで蹴り飛ばしておいてから、
「あんた、お嬢様だからって何でも許されるもんじゃないからね」
とハナが言った。
「何よ」
サクラは持ち前の傲慢さでハナを睨みつけた。
「同じ縄張りで薬毒の商売をしないっつう、掟、知らないわけないだろ? 客が被ってこんな事にならないように禁じてんのよ。あんたの客もこの男に媚薬を喰わせたね? うちが売った媚薬でこの男はもう、薬毒摂取量一杯だったんだ。余計なものを喰わせるから人喰いになっちまったじゃないか」
サクラの燃えるような赤い瞳で睨みつけられてもハナは動じなかった。
同じような強い意志で同じような強烈な視線をサクラに返した。
「遊んでないでさっさと帰るんだね」
とハナが言うのをサクラは腕組みをして聞いていたが、
「ガンキ、こいつも喰ってしまえばいいわ」
と顎でハナを指した。
「ええ? お嬢さん、そいつはいくら何でも」
鬼の本領を出した大きなガンキは上から二人の雌鬼を眺めていたが、サクラの言葉に仰天した。人間だろが、獣だろうが、他に悪霊、魑魅魍魎の類いだろうが何でも喰らう悪食の鬼族だが、仲間を喰らうのだけは御法度とされていた。
喧嘩でついうっかり殺してしまう事はあっても、喰らうのだけは厳禁となっていた。
もちろん、喰らってしまっても何の弊害もない。
鬼が他の妖や獣を喰らうように、鬼が鬼を喰らうのも理だ。
ただ化け物どもの棲み難いこの世の中で数が減ってきた鬼族はこれを禁忌としたのである。
「今のは聞かなかったことにしてやるよ。さっさと里に帰りな、お嬢さん」
とハナが言った。
「半鬼が生意気言うじゃない?」
サクラはふふんと鼻で笑った。
「あんたが里に帰ろうが人間界で遊ぼうがどうでもいいけど、うちらの縄張り外でやってくれる? あたしらは長生きだ。だから長い生を生きてく為に真剣に薬毒を学んで商売してんだ。半端な知識で遊び半分に薬毒売られると迷惑なんだけど。ハヤテ追っかけるのはあんたの勝手だけど、迷惑かけるなら嫌われるよ」
「何ですって!!」
ハナはつんと横を向いた。
「半鬼の雌ガキが!」
そのハナにサクラは尖った爪を突き出して襲いかかった。
ハナはサクラをひょいと避けて、さっとその腕を掴み、もう片方の腕でサクラの頬を思いきり殴りつけた。
「ハナ!! てめえ!」
サクラの警護についてきたガンキが血相を変えて太い腕でハナに掴みかかった。
鬼の本性を出してしまっているガンキの大きな腕は避けきれず、ハナの身体はガンキの手の平にぎゅうっと捕まれてしまった。
「このまま握りつぶしてやりましょうか、お嬢さん」
とガンキが得意そうに言った瞬間、
「グハッ」とガンキが体液を吐いた。
背中から腹を突き破って、腕が出ている。
衝撃に力が緩み、ハナはその隙にガンキの手の平から逃げ出した。
床に着地するなり、ハナはその姿を消した。
ずるずると啜るような音も合間に聞こえる。
すでに留美子は頭蓋骨まで喰い荒らされて、残っているのは頭皮がついたままで引き剥がされている髪の毛の部分だけだった。
今、食べられているのは婚約者の穂乃香だ。
血の気の失せた真白い顔で、うつろな目をしている。
まだ意識はあり、唇が小刻みに何か呟いている。
三枝は穂乃香の内臓をクッチャクッチャと食い荒らしている。
その様をすぐ側で見下ろしているのはサクラとガンキだった。
「喰ってますぜ」
「そうね。おかしわねえ。薬毒が効き過ぎたかしらねえ」
サクラは眉をひそめて不愉快そうな顔で留美子を見下ろしている。
「この人間、持って帰れば何かの役に立つと思う?」
と問うサクラにガンキが首をかしげた。
「どう……ですかねぇ。俺はそういうのはさっぱりでね」
「そうね、まだ帰るつもりもないし、放っておこうか」
踵を返したサクラにガンキが、
「あのう、お嬢さん……これ喰っちまってもいいですかね?」
と遠慮がちに聞いた。
「え? 喰いたいの? いいけど、早くしてよね」
ガンキは嬉しそうに舌舐めずりをした。
「マジスか? 久しぶりっす、人間を喰らうのは」
そう言いながらガンキが口を開いた。
大きな大きな口で、そしてガンキの身体も巨大化し、マンションの天井に頭がつくほどの大きな身体に変化していた。
黒い肌に光る目、そして長い爪と口から見えたにゅうっと出た牙。
ガンキは吐瀉物塗れの三枝の身体をひょいと手のひらで持ち上げ、あーんと開いた大きな口に放り込もうとした。
その瞬間に、何かがさっと飛んで来て、ガンキの鼻先をかすめた。
「いてえ!」
驚いたガンキは三枝の身体を手放し、三枝はどさっと床に落ちた。
「ギャーッ」
と威嚇するような怒った猫の鳴き声とともに黒猫ドゥがくるっと一回転してから優雅に床に降り立った。
「お前、ドゥね」
とサクラが言った。
「お久しぶりっすね、サクラ様」
ドゥはぺろっと赤い舌で口の周りをなめ回してからそう答えた。
「一体、何の真似?」
と怒気を含んだサクラの言葉にドゥはニャーオとだけ鳴いた。
「何の真似はこっちのセリフよ」
空間が割れてそこからセーラー服姿のハナが顔を出した。
「ハナ」
サクラの声がさらにトーンを下げる。
ハナは吐瀉物だらけの三枝と腹を食い破られて死亡している穂乃香を見渡した。
頭皮がついたままの留美子の髪の毛をスニーカーで蹴り飛ばしておいてから、
「あんた、お嬢様だからって何でも許されるもんじゃないからね」
とハナが言った。
「何よ」
サクラは持ち前の傲慢さでハナを睨みつけた。
「同じ縄張りで薬毒の商売をしないっつう、掟、知らないわけないだろ? 客が被ってこんな事にならないように禁じてんのよ。あんたの客もこの男に媚薬を喰わせたね? うちが売った媚薬でこの男はもう、薬毒摂取量一杯だったんだ。余計なものを喰わせるから人喰いになっちまったじゃないか」
サクラの燃えるような赤い瞳で睨みつけられてもハナは動じなかった。
同じような強い意志で同じような強烈な視線をサクラに返した。
「遊んでないでさっさと帰るんだね」
とハナが言うのをサクラは腕組みをして聞いていたが、
「ガンキ、こいつも喰ってしまえばいいわ」
と顎でハナを指した。
「ええ? お嬢さん、そいつはいくら何でも」
鬼の本領を出した大きなガンキは上から二人の雌鬼を眺めていたが、サクラの言葉に仰天した。人間だろが、獣だろうが、他に悪霊、魑魅魍魎の類いだろうが何でも喰らう悪食の鬼族だが、仲間を喰らうのだけは御法度とされていた。
喧嘩でついうっかり殺してしまう事はあっても、喰らうのだけは厳禁となっていた。
もちろん、喰らってしまっても何の弊害もない。
鬼が他の妖や獣を喰らうように、鬼が鬼を喰らうのも理だ。
ただ化け物どもの棲み難いこの世の中で数が減ってきた鬼族はこれを禁忌としたのである。
「今のは聞かなかったことにしてやるよ。さっさと里に帰りな、お嬢さん」
とハナが言った。
「半鬼が生意気言うじゃない?」
サクラはふふんと鼻で笑った。
「あんたが里に帰ろうが人間界で遊ぼうがどうでもいいけど、うちらの縄張り外でやってくれる? あたしらは長生きだ。だから長い生を生きてく為に真剣に薬毒を学んで商売してんだ。半端な知識で遊び半分に薬毒売られると迷惑なんだけど。ハヤテ追っかけるのはあんたの勝手だけど、迷惑かけるなら嫌われるよ」
「何ですって!!」
ハナはつんと横を向いた。
「半鬼の雌ガキが!」
そのハナにサクラは尖った爪を突き出して襲いかかった。
ハナはサクラをひょいと避けて、さっとその腕を掴み、もう片方の腕でサクラの頬を思いきり殴りつけた。
「ハナ!! てめえ!」
サクラの警護についてきたガンキが血相を変えて太い腕でハナに掴みかかった。
鬼の本性を出してしまっているガンキの大きな腕は避けきれず、ハナの身体はガンキの手の平にぎゅうっと捕まれてしまった。
「このまま握りつぶしてやりましょうか、お嬢さん」
とガンキが得意そうに言った瞬間、
「グハッ」とガンキが体液を吐いた。
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