ヤクドクシ

猫又

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男を虜にする薬毒6

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「だ、誰だ」
「ハナに触るんじゃねえ」
 とハヤテの声だけが後方から聞こえる。
「にゃーお」
 ドゥがハナを追って姿を消した瞬間にハヤテが姿を現した。 
「てめえ、今度ハナに手を出しやがったら、細切れにしてやるからな」
 とガンキの突き破った腹から腕を抜きながらハヤテが言った。
 ガンキは膝をついてしばらく蹲っていたが、やがて荒い息を吐きながら立ち上がった。
 ハヤテに突き破られた腹の傷はみるみるうちに治っていく。
「ハヤテ」
 とサクラが言った。
「里を抜け出したんだってな。長が大慌てで全国に散ってる仲間に密書が飛んだぞ。ガンキ、早くサクラを連れて戻れ」
 ガンキは腹をさすりながらようやく立ち上がり、ばつが悪そうな顔をした。
「戻らない」
 ハヤテははーっとため息をついて、
「薬毒師の真似事をして仲間の縄張りを荒らして、この落とし前はどうするんだ。うちの客も死んでしまったぞ」
 と言ったが、その視線でサクラの背後のガンキを見た。
「ガンキ、喰わない方がいいぞ。薬毒を過剰摂取した人間だ。我らにも害だ」
 人喰いになってしまった三枝の身体を千切って喰らおうとしていたガンキがぎょっとした顔で化け物を落とした。
「え……嘘だろ……」
「さあね」
 とハヤテが馬鹿にしたように薄ら笑いをしたので、ガンキはぎゅうっと拳を握りしめた。
 床に倒れたままの三枝はうねりながら蠢いているが、本能的に強者である鬼達には食らいつこうとしなかった。まだ残っている穂乃香の死体の方へずりずりと這って行き、またその内臓にかぶりついた。
「迷惑料で、こいつはもらうぞ」
 とハヤテが言った。
「そ、そんなでも薬毒の材料になるのか?」
 とガンキが首をひねりながらハヤテに聞いた。
「なるだろうな。薬剤師のタロウさんのところで高く買ってくれる。変わった材料を持って行けば喜ぶからな」
「へえ」
 とガンキが少しばかり感心したように返事をしたので、ハヤテはクスッと笑った。
 ハヤテは三枝の身体を持ち上げ肩に担ぐと、
「じゃあな」
 と言って、サクラとガンキに背中を向けた。
「ハヤテ!!」
 とそれまで黙っていたサクラがハヤテの背中へ声をかけた。
 ハヤテは振り向きもせずに、
「何だ?」 
 とだけ言った。
「どうしてハナを側におくの。あんな半端な奴」
 ハヤテはサクラの方へ振り返って、
「俺がハナの側にいたいだけさ」
 と言った。
 ハヤテの残した言葉にサクラは酷く傷ついた様な表情になったがそれでも気丈に、
「暮れ森のお婆が死んだわ」
 と話を変えた。
「知ってる」
「お婆が死ぬ前に言ったわ。ハナは長生きできないって。元は人間だもの。ハヤテの角で鬼に変化したっていっても限界がある。ハナは死ぬわよ。すぐに」
「そうだな、だがお前には関係ない」
 とハヤテは冷たく言った。
「ハヤテ!!」
 ハヤテはそのまま姿を消した。
 サクラは唇を噛みしめた。


 人喰いに変貌してしまった三枝を異空間に隠しておいて、ハヤテは店に戻った。
 夜のハナは老婆に変化し、動きづらい身体をもてあましているはずだった。
 老婆の姿では出かけるのも難儀で、さらに気持ちも億劫になる。人間は夜には寝る生き物だからハナもそれに習って早くに就寝する。
 空間を超えて薬毒店に戻ったハヤテはそっと室内に入ったが、台所ではハナが茶を啜っていた。
 ドゥは貰った煮干しをガリガリと囓っていた。
「まだ眠らないのか」
「お帰り、お嬢さんは素直に里へ帰ったの?」
 ハヤテはハナの向かいの椅子にどさっと腰をかけて、
「さあな」
 と言った。
「ふーん。お嬢さん、ハヤテを追いかけてきたってわけ?」
 ハナは立ち上がって、そろりと動きながらハヤテにも濃い緑茶を注いだ湯飲みを差しだした。
「さあな」
「そろそろ帰ったげたら?」
「ハナ」
「ハヤテは里で次の長になるお役目があるんだから。お嬢さんと一緒になって鬼の子を産み増やすっていうお役目が」
「次の長には他にも候補者がいるし、俺はそんな気はない」
「あたしはどうせすぐに死ぬよ。いくら心臓を入れ替えてもすぐに弱るしね」
 とハナが笑った。
「ハナ……俺が拾った命だ。俺が最後まで見届ける」
 ハナはクスッと笑ってから立ち上がった。
「酔狂だねぇ、最初にあの村で心臓を入れ替えてからもう二百年だ。角の妖力か血のせいか知らないけど、昼間は子供、夜は婆さんなんてさ、一緒にいても面白くもないだろ? あんたのお相手も出来やしない雌なんてさ」
 と言いハヤテに背を向けた。
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