ヤクドクシ

猫又

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目立ちたがりやに効く薬毒2

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「ただいま」
 夕飯の買い物を終えて、五時過ぎにハナが表の玄関から仲に入ると。
「おかえりー」
 と声がして真木と陽菜乃がカウンターの前に座っていた。
「何なの? 魔法みたいな薬はないって言ったでしょう」
 とハナが言った。
「そんな口きいていいと思ってんの?」
 と真木が言った。 
 くるりと回る椅子に座って、足を組んで横柄な態度だ。
「言っておくけどうちはお得意様なんだぞ? お前んとこの薬毒にどんだけ金払ってると思ってんの? そっちから機嫌伺いに来てもいいはずだぞ」
 真木の言葉にハヤテが首を捻って、
「ああ、お前、防衛大臣の真木の身内か」
 と言った。
「そうだ」
「道理で偉そうな態度。管轄違いよ。うちは政治家には縁がないんだ。大臣ならお抱えの薬毒師がいるだろ。そっちに言うんだね」
 とハナが言って、奧の部屋に通り抜けようと横を通った。
「待てよ!」
 とぎゅっとハナの腕を強く握った。
「触るな!」
 ハナがぱしっと真木の手をふりほどき、
「じーさんに泣きついてなんとかしてもらえばいいでしょ?」
 ときつく真木を睨んだ。
「そんなもんとっくに頼んでみたさ。激怒しちまってどうにもなんないからこんな街中の薬毒師を探したんだろ」
 と真木が言い、その態度はとても真剣に助けを求めているようにも見えない。 
「じゃあ、うちに来ないで大臣が使ってる薬毒師のとこに直接行けば?」
「そんな事したらじいさんに連絡が行って止められるに決まってるだろ。人の話聞いてた?」
 ハナの表情が一瞬で無になり、ハヤテがはーっとため息をついた。
 ハナの腕が上がって真木の顔面にのめり込む瞬間に、ハヤテの手が伸びてそれを止めた。
「あっぶねえな! 何しやがる!」
 驚いた拍子に真木は椅子から落ちてしまった。
「ハナ、時間だぞ」
 とハヤテが言い、ハナは真木をじろっと睨んでおいて奥の部屋に入ってしまった。

「ンだよ、乱暴だな」
 真木は尻をさすりながら再び椅子に座った。
「帰んな。縄張り外の人間に薬毒は売っちゃなんねえ決まりなんだ。お抱えの薬毒師がいるならそっちで買ってくれ。でないと俺達もトラブルになる。仲間内で揉めたくねえんでな」
「そんなぁ、頼むよ。もう頼りはこの業界だけなんだ。今まで魔法みたいにいろんなトラブルを収めたんだろう? 俺、マジ困ってんだ。このままだと家も追い出されるよ」
 と真木はハヤテに両手を合わせて頼み込んだ。
「例えそういう薬毒が存在したとして、金はあるのか? どこの薬毒師に頼んでも高けぇぞ」
「あ、それはさ、大丈夫、俺、金持ってるし」
 と真木が財布を出しかけたが、
「うちじゃ売れねえと言ってるだろう。帰んな」
 とハヤテが言った。
「そこをなんとかさぁ」
 ハヤテはふうと息をつき、
「ドゥ、呼んでやれ」
 と言った。
 ドゥはハヤテの膝の上から起き上がり、優雅に前後に伸びをしてから、
「ニャーーーーーーーーーーーーーーーーーーオーーーーーーーーー」
 と甲高く鳴いた。
 やがてカウンターのすぐ横の何もない空間が歪んだ。
 何もない透明の空間が歪み始め、渦を巻いたような形が大きくなってからそこへ、
「何だ、呼んだか?」
 とぶしゃっとつぶれたような不細工な犬が小さな顔だけをちょこんと出した。
「おう、ドゥ」
 耳と鼻の先が黒く、目がギョロリとした小さな犬がハヤテとドゥを見た。
「骸、すまんな、真木大臣の孫らしいんだが、お前のとこの管轄だろう?」
 骸と呼ばれた小さな犬はその場をぐるりと見渡してから真木を見た。
「確かに見た事あるな。だが今こっちは客を取れねえんだ」
「どうかしたのか?」
「壱の旦那は里に戻ってる。いつの帰りになるかは分からねえ。それでこっちからも連絡しようと思ってたとこだ。しばらくうちの客もハヤテの旦那に扱ってもらえって言われてるんだ」
 真っ黒なつぶらな瞳で骸はハヤテにそう言った。
「マジか、面倒くせぇ」
 とハヤテがぶつぶつと文句を言った。
「まあ、そう言わずに頼むよ、旦那」
 と言ってから骸の顔は空間から一旦引っ込んで消えたがすぐにまた顔を出し、今度はその渦の空間から全身で這い出してきた。
「おいおい」
「壱の旦那がいない間はこっちで世話になるぜ。へっへっへ」
 と言って小さな犬はどすんとカウンターの上に降り立った。
「ハナちゃんはよぅ?」
 くんくんとそこいらの匂いを嗅ぎながら骸が言った。
「奥にいるぞ」
「そうかよ、じゃ挨拶に行ってくらぁ」
 と勝手知ったるとばかりに骸はトコトコトコとカウンターの上を歩き、そして奥の廊下の方へぴょんと走り抜けて行ってしまった。
 ぽかんと骸を眺めていた真木だが、はっと我に返り、
「じゃあ、ここで何とかしてもらえるって事でオッケー?」
 と身を乗り出して嬉しそうにハヤテに言った。
「しょうがねえな……」
 と言ってからハヤテは引き出しの中から、薄緑色の薬包を一包み取り出した。
「これこれこれだよ!」
「三十万円だ。これを飲めばお前は誰の記憶の中にも残らない。誰も彼もがお前の存在を忘れる。どうする? 条件が一つだけあるがな」
「条件?」
「その薬包を飲む前に、今すぐここでこれを飲むんだ」
 ハヤテは別の薬包を一包み取り出した。
「これを?」
「そうだ、これを飲んだら望みの薬毒を売ってやるよ」
「マジで? 飲む飲む!」
 真木は簡単にそれを承諾し、リュックに挿してあったペットボトルの水ですぐに薬包を飲んだ。
「さあ、飲んだぜ! これで次にこれを飲めばいいんだな?」
「ああ、お前がやらかした悪事は忘れられてなかったことになるだろうな」
 真木は学生鞄の中から封筒を取り出して中の札を数えだした。
 きっちり三十枚数えてカウンターに置くと、代わりに薬包を手に取った。
「さすがだな。値切りもせずにたいした度胸だ」
 ハヤテはその札束を引き寄せて金庫にしまうと、
「だがよく考えて飲むんだな。まだ若いんだし、いくらでもやりようはあるだろう」
 と言った。
「駄目駄目、俺は将来じじいの跡を継いで政治家になるんだ。汚点は消しとかなきゃ」
 と真木が言った。 
「汚点ねえ」
 とハヤテが笑った。
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