ヤクドクシ

猫又

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目立ちたがりやに効く薬毒5

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 ガラッと木の扉を開けて中を覗くと以前に買った覚えのある店主が座っていたので、真木はほっとした。
 玄関の音でハヤテは扉に視線をやった。
 だが何も言わず、また新聞に視線を落とした。
「ちょっと……あんた、俺が見えてるんだろう!? みんなだって、俺が見えてるのに、どうして無視すんだよ!!」
 と真木はカウンターに乗り込むほどの勢いでハヤテに詰め寄った。 
「薬毒師! 何とか言えよ! じいちゃんは……家族はどこに行っちまったんだよ!」
 ハヤテはため息を一つしてから真木の方へ視線を戻した。

「お前のじいさんは亡くなったよ。政治家も辞職して、失意の元に死んだ」
「え……嘘だ。どうしてだよ?」
「お前のじいさんも親兄弟も、口を酸っぱくしてお前に警告していた。だが、お前はそれを耳に入れなかった。それだけだ。悪事が過ぎたな」
「……」
「お前のしでかした事は、じいさんの政治家生命も、父親の世間的信用も、兄弟の進学費用も、姉の縁談もすべてぶち壊した。さぞかし満足だろう?」
 とハヤテは冷たく言った。
「嘘だ。だって……あんた、あの薬毒を飲んだら何もなかった事になるって……」
「言ってない。お前の存在がすべての人間の記憶から消える、と言ったんだ。SNSに拡散された記憶を消したかったんだろう? あの時すぐに薬包を飲んでいればそれは叶った。あの悪事一つなら薬包の効き目も薄く、あの記事だけが忘れられるはずだった。だがお前は悪事を重ねすぎた。お前の悪事を全て消去する薬毒はお前の中で濃くなり、最大限の効き目を発揮する為に、お前の存在自体を消した。皆がお前に気がついているが、お前は道ばたの石ころくらいの存在にまで消えたんだ。目には入っているが、誰もお前を気にしないのさ」
「嘘だ! じゃ、じゃあ、俺はこの先……? そ、そうだ、親父やお袋はどこに?」
「両親と姉は一緒にいる。お前のしでかした事件の賠償金を払う為に、家財を売り払っても足りない金を細々と返している。父親は慣れない力仕事、母親と姉は風俗で。弟はお前を見習ってヤクザの使いっ走りだ。そのうちに鉄砲玉にされて死ぬだろうな。あのままなら揃って国会議員になって国を動かしていただろう兄弟がな」

 ハヤテの言葉にずるずると真木の身体が崩れ落ちた。
 床に座り込み溢れてくる後悔と涙が心を崩壊した。
 
「お前の事をこの先、誰も咎めない。お前は好きなだけ好きな事をやればいい。まあ、物を売ってもらえないし、話をしてくれる相手もいないが。腹が減ったら適当に万引きでもして暮らせばいいさ。どこかの家に紛れ込んでも追い出される事もないし。ただ怪我や病気には気をつけるんだな。病院に行っても診てもらえないからな」
 ハヤテの追い打ちに床に座りこんだ真木は泣きながら爪で床を搔いた。
「だからって自棄になってこれ以上悪事を重ねるなよ。今はまだ人の視界には入ってるから、そのうちに気づいてくれる人間もいるかもしれないが、これ以上やると誰の目にも入らない透明人間になっちまうからな」
 
 真木は泣いた。
 後悔で頭がおかしくなってしまうかと思いながら泣いた。
 だが泣いてもどうにもならない。
 すでに真木への罰は下されたのだ。
  この先、一生、真木は一人ぼっちなのだ。
 薬毒店を出て、泣きながらふらふらと歩いた。
 ハヤテに教えられた住所に行くと痩せ細った両親が言葉を交わすでもなく暮らしていた。
 父は朝早くから仕事に出かける。ついて行くと建設現場の力仕事だった。
 自分の息子のような歳若い男に乱暴な言葉で怒鳴りつけられてた。父親は謝り、頭を下げながら慣れない力仕事をしていた。
 母親と姉は夕方出かけて行く。母親も姉もそれぞれ違う風俗店だった。
 中までは入り込む勇気がなく外でじっと待っていると真夜中に仕事を終えて疲れた顔で出てくる。二人はホストクラブや飲み屋で憂さを晴らす事もあるし、スーパーで半額の弁当を買ってから家に帰る時もあった。共通しているのは悲しげな疲れた顔。
 弟はヤクザの事務所で使いっ走りだった。兄貴分に殴られ蹴られいじめられ、何人もの男に身体までも貪られていた。
 真木よりもよほど頭がよく優しかった弟の顔は人相が変わってしまっていた。
 全てを憎むような顔だ。
 それも全て真木のせいだ。 
 死んでしまおうか、とも思った。
 飛び降りるか、首を吊るか、電車に飛び込むか?
 どうせ誰の目にも入らないなら、死んだって同じ事だ、と真木は思った。

 だが結局は何も出来なかった。
 高層ビルの屋上に上っても、線路際に立っても、首つり用のロープを用意しても。
 恐怖だけで実行は出来なかった。
 それに真木は自分だけ死んで楽になって、家族はこのままだと思うとそれも許されないような気がした。
 真木は廃屋になった家に戻ってじっとしていた。
 泣いて、泣いて、泣いて、食事をする事も忘れてただただ後悔に泣いた。
 心の中で祖父や親兄弟に謝った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 真木は真っ暗な部屋の床の上に土下座をして謝った。
 そのうちに意識が薄れてきて、倒れて気を失った。
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