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ネグレクトに効く薬毒
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「おかーさん、おかーさん」
と言うか細い声にそれを遮るイライラとした声が被さる。
びくっと身体を震わせて子供は黙り込んだ。
「うるさいっ!」
母親は小さい子供に怒鳴った。
子供は母親に手を繋いでもらおうと小さな手を母親の方へ伸ばしたが、母親はそれを迷惑そうに振り払った。
「どうした? ハナちゃん?」
ニャーオとハナの少し前を歩いていた黒猫ドゥがハナの方へ振り返った。
「ううん、何でもない」
ハナの視線は泣いている子供に注がれている。
「あの子がどうかしたのか?」
ドゥは泣きながら母親の後をついて歩く子供を見た。
「どうしてあんな小さな子を泣かせて平気なんだろうね。人間ってさ」
「うーん、ずっと泣いてるわけでもないだろう? ガキってもんは腹が減っても眠くなってもこの世の終わりみたいに泣くもんさ。それに真面目に付き合ってたら、母親の方がもたないさ」
「そうなの?」
「そうさ、さ、早く帰ろうぜ、腹が減ったよ。もうすぐ姿が変わる時間にもなるぜ」
夕暮れでハナは買い物袋を下げていた。
ドゥと夕飯の買い物をしてきた所だ。
「うん」
ハナは遠ざかっていく親子をじっと見送った。
「うるせえガキだな」
と男が言ったので、小早川流歌は焦った。
「ご、ごめんね。信ちゃん」
ぐずぐずと泣いている我が子の顔をタオルで拭いて、流歌はそのまま口を塞いだ。
「泣くなっつってんだろ!」
小声で子供の耳元で怒ったように言うと、息子の獅音はぐっと唇を噛みしめて泣きやんだ。
獅音は四歳、流歌が十七で産んだ子供だった。
中絶時期を過ぎて親に見つかるまで流歌自身も自分が妊娠した事を知らなかった。
父親は誰なのか流歌も分からない。性に奔放な生活をしていたからだ。
嫌々ながらも子供を産みしばらくは親元にいたが、働けだのきちんとした生活をしろだの言われることに嫌気がさして獅音を連れて飛び出した。
流歌は今となっては獅音を置いてくるべきだったと悔やんでいた。
獅音のせいで彼氏が長続きしないからだ。
子供がいると告げた時点でお終いになるので、最近では子供の存在も隠してあった。
だが流歌が惹かれる男は流歌自身にタイプが似ており、依存心が強く、働くのが嫌いでなるべく楽して生きたいのが信条だった為にいつも金がなく、すぐに流歌のアパートに転がり込んでくるのだった。
そこで初めて子供がいる事を知り逃げ出す男もいるが、うるせえうるせえと嫌いながらも居座る男も多かった。
息子の獅音の事を疎ましいと思いながらも、これまではそれなりに育ててきた流歌だが、最近は心の底から獅音がいなければもっと人生が楽しいのに、と思う。
流歌はまだ二十一歳だ。
大学生をやっている友達もいるし、働いてる子もいる。
それでも皆が家賃や子供の世話で頭を悩ます事もなく、習い事したり海外へ旅行へ出かけたりと楽しそうだった。
自分以外の全ての人間が楽しそうだった。
最近知り合った柳瀬信二はフリーターでコンビニやガソリンスタンドでバイトを始めては長くて一ヶ月、酷い時には初日で嫌になってやめてきた事もある。
家賃も光熱費も食費も全てが流歌の稼ぎだった。
その上、小遣いまで与えている。
どうしてこんな、と思う事もあるが、男が出て行ってしまった後、子供と二人で取り残された時の惨めな気持ちに比べれば家にいてくれるだけで気持ちが救われるのだった。
「ここにいるんだよ? 迎えに来るまでだよ? ふらふらどこかに行くんじゃないよ!」
流歌は獅音を近くの粗大ゴミ捨て場に連れてきた。
これから信二とカラオケに行くからだ。
壁の薄いアパートに置いておくと獅音が泣いて近所に子供一人で留守番をさせているのがばれるし、公園や人目につく場所はすぐに誰かに保護されてしまう。
夜間の保育所に預けるような金はないし、預かってくれるような友人もいない。
考えたのが粗大ゴミ捨て場だ。
夜は誰もいないし、不法投棄の人間がゴミを捨てにきたとしても、子供一人ならばゴミの隙間にでも隠れていれば見つからない。
ベッドやマット、布団も捨ててあるし、それを被っていれば寒くもないだろう。
流歌にしては最高のアイデア! だと思っていた。
「誰か来たら隠れるンだよ? 見つかったらママにもう会えなくなるからね?」
子供に対して何という酷い脅しだろうか。
ママに会えなくなるというのは子供には酷く残酷な宣告だ。
獅音は不安げな顔で流歌を見上げてから、コクンとうなずいた。
流歌は獅音を残してるんるんと粗大ゴミ捨て場を去って行った。
残された獅音は唇を噛みしめて母親の背中を見送った。
と言うか細い声にそれを遮るイライラとした声が被さる。
びくっと身体を震わせて子供は黙り込んだ。
「うるさいっ!」
母親は小さい子供に怒鳴った。
子供は母親に手を繋いでもらおうと小さな手を母親の方へ伸ばしたが、母親はそれを迷惑そうに振り払った。
「どうした? ハナちゃん?」
ニャーオとハナの少し前を歩いていた黒猫ドゥがハナの方へ振り返った。
「ううん、何でもない」
ハナの視線は泣いている子供に注がれている。
「あの子がどうかしたのか?」
ドゥは泣きながら母親の後をついて歩く子供を見た。
「どうしてあんな小さな子を泣かせて平気なんだろうね。人間ってさ」
「うーん、ずっと泣いてるわけでもないだろう? ガキってもんは腹が減っても眠くなってもこの世の終わりみたいに泣くもんさ。それに真面目に付き合ってたら、母親の方がもたないさ」
「そうなの?」
「そうさ、さ、早く帰ろうぜ、腹が減ったよ。もうすぐ姿が変わる時間にもなるぜ」
夕暮れでハナは買い物袋を下げていた。
ドゥと夕飯の買い物をしてきた所だ。
「うん」
ハナは遠ざかっていく親子をじっと見送った。
「うるせえガキだな」
と男が言ったので、小早川流歌は焦った。
「ご、ごめんね。信ちゃん」
ぐずぐずと泣いている我が子の顔をタオルで拭いて、流歌はそのまま口を塞いだ。
「泣くなっつってんだろ!」
小声で子供の耳元で怒ったように言うと、息子の獅音はぐっと唇を噛みしめて泣きやんだ。
獅音は四歳、流歌が十七で産んだ子供だった。
中絶時期を過ぎて親に見つかるまで流歌自身も自分が妊娠した事を知らなかった。
父親は誰なのか流歌も分からない。性に奔放な生活をしていたからだ。
嫌々ながらも子供を産みしばらくは親元にいたが、働けだのきちんとした生活をしろだの言われることに嫌気がさして獅音を連れて飛び出した。
流歌は今となっては獅音を置いてくるべきだったと悔やんでいた。
獅音のせいで彼氏が長続きしないからだ。
子供がいると告げた時点でお終いになるので、最近では子供の存在も隠してあった。
だが流歌が惹かれる男は流歌自身にタイプが似ており、依存心が強く、働くのが嫌いでなるべく楽して生きたいのが信条だった為にいつも金がなく、すぐに流歌のアパートに転がり込んでくるのだった。
そこで初めて子供がいる事を知り逃げ出す男もいるが、うるせえうるせえと嫌いながらも居座る男も多かった。
息子の獅音の事を疎ましいと思いながらも、これまではそれなりに育ててきた流歌だが、最近は心の底から獅音がいなければもっと人生が楽しいのに、と思う。
流歌はまだ二十一歳だ。
大学生をやっている友達もいるし、働いてる子もいる。
それでも皆が家賃や子供の世話で頭を悩ます事もなく、習い事したり海外へ旅行へ出かけたりと楽しそうだった。
自分以外の全ての人間が楽しそうだった。
最近知り合った柳瀬信二はフリーターでコンビニやガソリンスタンドでバイトを始めては長くて一ヶ月、酷い時には初日で嫌になってやめてきた事もある。
家賃も光熱費も食費も全てが流歌の稼ぎだった。
その上、小遣いまで与えている。
どうしてこんな、と思う事もあるが、男が出て行ってしまった後、子供と二人で取り残された時の惨めな気持ちに比べれば家にいてくれるだけで気持ちが救われるのだった。
「ここにいるんだよ? 迎えに来るまでだよ? ふらふらどこかに行くんじゃないよ!」
流歌は獅音を近くの粗大ゴミ捨て場に連れてきた。
これから信二とカラオケに行くからだ。
壁の薄いアパートに置いておくと獅音が泣いて近所に子供一人で留守番をさせているのがばれるし、公園や人目につく場所はすぐに誰かに保護されてしまう。
夜間の保育所に預けるような金はないし、預かってくれるような友人もいない。
考えたのが粗大ゴミ捨て場だ。
夜は誰もいないし、不法投棄の人間がゴミを捨てにきたとしても、子供一人ならばゴミの隙間にでも隠れていれば見つからない。
ベッドやマット、布団も捨ててあるし、それを被っていれば寒くもないだろう。
流歌にしては最高のアイデア! だと思っていた。
「誰か来たら隠れるンだよ? 見つかったらママにもう会えなくなるからね?」
子供に対して何という酷い脅しだろうか。
ママに会えなくなるというのは子供には酷く残酷な宣告だ。
獅音は不安げな顔で流歌を見上げてから、コクンとうなずいた。
流歌は獅音を残してるんるんと粗大ゴミ捨て場を去って行った。
残された獅音は唇を噛みしめて母親の背中を見送った。
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