ヤクドクシ

猫又

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鬼喰いバクテリアを殺す鬼

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 鬼の里は静かな山間にあった。
 日本全国のあちらこちらに一族毎に里があり、数百名ほどの鬼達が隠れ住む。
 人間界にいる時は人に化け、マンションに住み、車に乗り、コンピューターを使い、見事なまでに人に紛れ込んでいる。
 だが里に戻れば藁葺きの小屋に住み、炭を起こし、獣を捕り、囲炉裏を囲んで煮炊きをする、自然と共に暮らす方が鬼達には合っていた。中には岩をくり抜いただけの、原始的な暮らしをする者もいた。

「よせ……止めろ……ハヤテ」
 ガンキはずりずりと地面を這っている。
 両足は立たず、ただ腕力だけで迫ってくる暴力から逃げようとしていた。
「ハヤテ! 頼むから!」
 山間の岩の砦、働きもしないガンキがただ寝て喰って暮らすだけの岩屋だった。
  ガンキの腹は緑色の蠢く塊に取り憑かれていた。
 その塊はガンキの腹の中を蝕み、肉、骨、やがて身体中に広がり、毛の一筋も残さずに喰らってしまうだろう。
「無駄だ。鬼喰いのバクテリアに喰われて生きのびた鬼はいない。お前の心臓が無傷なうちに俺に寄越せ」
 ハヤテの声は冷たく岩屋の中に響いた。
「嫌だ……助けてくれよ……ハヤテ……」
「無駄だ。俺の助言を無視し、薬毒摂取限度を超えて人喰いになった者を喰ったな? 我らには反作用すると言ったはずだ。体内に発生した鬼喰いバクテリアに喰われてお前は消滅する」
「そんな……知らなかったんだ……」
「そうだろうな、喰うか寝るか雌を襲うか、お前の鬼生はその三つしかなかったな。皆と同じように真面目に薬毒に学べばこんな事にはならなかった。お前の心臓は有効に使ってやる。俺に寄越せ」
 泣きながら這いずり逃げるガンキの背中をハヤテの鋭い爪先が貫く。
「ぐわあああああ!」
「……」
 ハヤテは引き抜いたガンキの心臓を見て、ちっと舌打ちをした。
 鬼喰いバクテリアはすでに心臓にまで達していた。
「くそ!」
 ハヤテはまだ脈打つ心臓をガンキの上にぽいっと投げ捨てた。
「ガンキ、お前、最近、雌鬼と交尾したか?」
「へっへっへ」
「誰を襲ったんだ?」
「へ、教えてやるもんか。そいつには俺から鬼喰いが移ってるだろうさ。あの雌は人気者で綺麗だからな、どの雄も狙ってる。そ、そのうち、里中の雄が鬼喰いに汚染されて……絶滅すりゃあいい……へっへっへ」 
 
 ハヤテが二本の長い爪先をカツンと合わせた瞬間、ぼうっと爪先に火が灯った。
 それをぽいっとガンキの心臓の上に投げ捨てる。
「ぎゃあああああああああああああ」
 怒りの業火はガンキの身体と共に鬼喰いバクテリアを浄化する。 
 ハヤテはガンキが焼かれ苦しむ様をしばらく眺めていたが、大きくため息をついてその焼けただれた物体に背を向けた。


「ハヤテさん、ガンキの心臓は?」
 小屋に戻ったハヤテに壱が声をかけたが、ハヤテは首を振った。
「駄目だったんですか」
「それどころじゃないぞ、あいつ、交尾してやがった」
「ええ! 誰と」
「どの雄も狙ってる綺麗で人気者の雌らしい」
 ハヤテの言葉に壱ははっとなって腕組をした。
「それって……サクラ?」
 ハヤテは肩をすくめて、
「だろうな」
 と言った。
「じゃあ、サクラにも鬼喰いが?」
「可能性はある。すぐに止めないとこの里は全滅するぞ」
 ハヤテの言葉に壱は血相を変えて小屋を飛び出した。


「本当か?」
 里長が愛娘に言った。
 サクラは顔色無くして、きっと父鬼を睨みつけた。
「ガンキが鬼喰いに?」
「そうだ、もうハヤテが始末した。お前がガンキと交尾したのは本当か? どうなんだ!」
 里長の声はごおおおおおという咆吼に変わり、里を揺らした。

「あたしにも鬼喰いが?」
「それはまだ分からん、自覚症状はないのか? それに、お前はガンキ以外と交尾はしてなのか? したなら正直に言え。お前から他の雄に感染したやもしれん。お前達を隔離せねば、どんどん広がる。鬼喰いは里を滅ぼす!」
 サクラの身体がゆらっと揺れた。
「サクラ!」
「ムドウと……」
「ムドウ? 他には?」
 サクラは首を振った。
「ムドウだけなのだな? よし、ムドウを探せ、もしムドウが他に交尾した雌がいるならその雌鬼も探すんだ!」
 里長の言葉が飛んで、数名の鬼がその場を離れた。

 ハヤテはじっとサクラを見ていた。
 サクラはハヤテを見てふふっふっふと笑った。
「里長の娘のお前が何故、ガンキと交尾した? お前は次期里長の番いになるという役目があるはずだ」
とハヤテが言った。
 サクラはキツい目でハヤテを見た。
「それは誰の事よ! あたしはずっと思ってたわ。ハヤテが次期里長で、あたしはその番いになるって。ハヤテの子を産むのはあたしだって! あたしだけじゃない、みんなそう言ってた。でもあんたはあの人間の子に夢中で、だから……ガンキとムドウがあの子を殺してやるって言うから」
「ムドウはハナを殺しに行ったのか!?」
 ハヤテがサクラの胸元を掴んだ。
「そうよ……うふふふ。どうして? どうしてそんなに血相変えてるの? あたしは里で一番綺麗で強い雌よ? 定期的に心臓を入れ替えなきゃならない人間の子より、よほどに綺麗で優秀だわ?」
 そう言って笑ったすぐ後に、サクラはぐはっと黄緑色の体液を吐いた。
 内臓まで鬼喰いバクテリアが侵入している兆しだった。    
「サクラ」                                                           

「どうしてあたしはハヤテの側にいちゃいけないの? どうしてハナなの? あの子のどこがいいの? ねえ、それでもいいのよ。ハヤテがハナを好いててもいい。あたしも側に置いてくれたらいいの。そうでしょ? だって長は何人でも妾を側におくものよ。そうやって強い鬼の子を残していくんじゃない。ハナは鬼の子を産めないわ。でもあたしなら何人でも産める」

 サクラは現在の里長の一番大切にされている愛娘で、生まれた時から美しき気高い雌鬼だった。成長するにつれ誰もがその美しさに触れ伏し、彼女の足先に口吻をしたいと願ったものだった。叶わない願いはなく、全てが彼女の手の中にあるとサクラ自身がそう信じていた。

 ハヤテがハナと名付けた人間の赤ん坊を拾ってくるまでは。

「壱、俺はハナの所へ戻る。後は頼む」
 そう言うと、ハヤテはしゅっとその姿を消した。
 残されたサクラはうつろな目からぼろぼろと大粒の涙を流した。
「サクラ、馬鹿な事をしたな」
 と壱が言った。
「壱……お願いがあるの」
 サクラの赤い瞳が壱を見た。 
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