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鬼喰いバクテリアを殺す鬼3
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「大丈夫か、ハナ」
とハヤテが言い、ハナの身体を抱き起こした。
死んではいないが、鼓動もほぼ聞こえない状態だ。
「ハヤテさん、早く新しい心臓に入れ替えないと!」
とドゥが言った。
「心臓……」
ハヤテの視線がゆっくりと部屋の中を見渡し、止まった先はモネだった。
「え……まさか……ハヤテさん」
モネが後ずさりする。
ハヤテがその気なればとてもモネでは敵わない。
まだムドウを相手にしたほうが助かる見込みがあるほどだ。
「嘘、だよね?」
「……」
「嘘、嘘、壱ーーーー!」
「ハヤテさん!」
とそこへ飛び込んで来たのは壱だった。
「これを使って!! 雌鬼の心臓だ!」
部屋に飛び込んでくるなり、壱はまだ暖かい新鮮な心臓をハヤテの前に差し出した。
「これは? 誰の心臓だ?」
「これは……サクラの心臓だ」
「サクラの!!?」
「サクラも鬼食いに感染していたが心臓は無事だった」
「そうか、恩にきるぞ、壱!」
ハヤテは壱からドクンドクンと脈打っている心臓を受け取った。
ハナの着衣をはだけて、左胸に爪を差し入れ、もうほとんど動かない心臓を掴み出した。
代わりに新しい心臓をぽっかりと開いた箇所へ滑り込ませる。
するすると器官が伸びて新しい心臓にまとわりついた。
ドクン!と心臓が大きく打って、ハナの体内で新しい循環が始まった。
トクントクンと正しい刻みの鼓動が始まり、みるみるハナの顔色に赤味がさしてくる。
「ハヤテさん、もう角はいいの?」
とドゥが言った。
「ああ、人間の心臓なら角で強化してやらなければならないが、雌鬼の心臓なら大丈夫だろう。これでハナも正真正銘、完全なる雌鬼だ」
「よかったなぁ、ハナちゃん」
グスっと骸が鼻を鳴らした。
全ての精力を使い果たして今にも黄泉国へ行こうとしていたハナは呼び戻された。
新しい雌鬼の心臓は急速にハナの身体を修復していく。
弱った内臓も、皮膚も、骨もが細やかに素早く新しい若い雌鬼へと成長させていく。
皆が見守る中でハナは目を開いた。
目の前にハヤテの優しい笑顔が見えた瞬間、ハナの新しい心臓がドクン!と鳴った。
「ハヤテ?」
「よかった、間に合った」
「あたし……どうしたの?」
今、自分がハヤテの腕の中にいてハヤテと見知った者達が自分を見下ろしている事に気がつき、ハナは慌てて身体を起こした。
「動くな。今にも死にそうだったんだぞ」
ハヤテの腕がきつくハナを抱き締め、ハナは顔を赤らめた。
「だ、大丈夫」
ハヤテがハナの身体を抱き上げて、
「この部屋はもう駄目だな。まだしばらくハナは横になっていた方がいい」
と言った。
「大丈夫だよ。歩けるし」
「駄目だ!!」
ハヤテはハナを別の部屋に移し、布団に寝かせた。
「大丈夫か? 苦しくないか? 心臓は新しく強くなったが、身体がまだついていけないだろうから、しばらくは安静にしてるんだ。精のつく物を喰って」
「うん、ありがとう」
毛布から少しだけ目を出し、ハナは素直に肯いた。
「これからハナも順調に成長していくだろう」
とハヤテが言った。
「順調って?」
「中途半端な鬼の血の力で子供と老婆、極端な姿で過ごしてきただろう。それが終わる。純粋な雌鬼の心臓を入れたからな」
「雌鬼?」
「ああ、そうだ。これからは綺麗な雌鬼に成長するだろう。楽しみだ」
と言うハヤテの優しい笑顔にハナはまた顔を赤らめた。
赤らめてからそうなった自分に首をかしげる。
何百年もハヤテと過ごしてきたが、こんなふうに恥ずかしいような気持ちになった事なはなかった。ハヤテはハナの親であり兄であった。人間の親に捨てられ、庇護を求める行くあてのない小さい子供がすがった逞しい腕だった。
「何か喰う物を作ってやる。それまで少し眠ればいい」
「うん、ありがと」
ハナが素直に目を閉じたのでハヤテはそっと部屋を出て行った。
トクントクンと心臓の鼓動をハナは自分の全身で感じていた。
自分でも分かるほど、強い鼓動だ。
自信溢れ、何者にも侵害されない強い心臓。
これが純正の雌鬼の心臓。
心臓の強さがハナの心にも脳内にも流れ込んでくる。
だがハナはそれをおかしいと感じていた。
心臓がハナに及ぼす影響は強さや自信だけではなかった。
強く強く求める力。
想い。
望み。
脳内に現れるハヤテの笑顔。
ハヤテの笑顔を求める気持ち。
ないとは言えない。
ハナの中にハヤテを求める気持ちは確かにある。
ずっと育てて、ずっと守ってきた。
死にかけの赤子を背負って旅をし、大事に守ってきたのはハヤテだった。
ハナはハヤテの事が好きだ。
捨てられたらどうしていいか分からない。
一人になるのは嫌だ。
いじめられてのけ者にされてきたハナにはハヤテしかいなかった。
里長の愛娘と番いになるのが宿命で里の決まりだ聞かされた時は嫌で不安で一人泣いた。
愛娘のサクラと番いになればハヤテは自分を捨てるだろう、そう思うと寂しくて不安でどうしようもなかった。
だが今のハナの胸の内は不安よりももっと暖かい。
ハヤテがいなくなった時の不安を考えるよりも、ハヤテの笑顔を今見るだけで嬉しい、という不思議な気持ち。
「なんだろ……なんか胸がドキドキすんだけど。はあ~~」
ハナは大きなため息をついて、そのまま深い眠りに落ちていった。
とハヤテが言い、ハナの身体を抱き起こした。
死んではいないが、鼓動もほぼ聞こえない状態だ。
「ハヤテさん、早く新しい心臓に入れ替えないと!」
とドゥが言った。
「心臓……」
ハヤテの視線がゆっくりと部屋の中を見渡し、止まった先はモネだった。
「え……まさか……ハヤテさん」
モネが後ずさりする。
ハヤテがその気なればとてもモネでは敵わない。
まだムドウを相手にしたほうが助かる見込みがあるほどだ。
「嘘、だよね?」
「……」
「嘘、嘘、壱ーーーー!」
「ハヤテさん!」
とそこへ飛び込んで来たのは壱だった。
「これを使って!! 雌鬼の心臓だ!」
部屋に飛び込んでくるなり、壱はまだ暖かい新鮮な心臓をハヤテの前に差し出した。
「これは? 誰の心臓だ?」
「これは……サクラの心臓だ」
「サクラの!!?」
「サクラも鬼食いに感染していたが心臓は無事だった」
「そうか、恩にきるぞ、壱!」
ハヤテは壱からドクンドクンと脈打っている心臓を受け取った。
ハナの着衣をはだけて、左胸に爪を差し入れ、もうほとんど動かない心臓を掴み出した。
代わりに新しい心臓をぽっかりと開いた箇所へ滑り込ませる。
するすると器官が伸びて新しい心臓にまとわりついた。
ドクン!と心臓が大きく打って、ハナの体内で新しい循環が始まった。
トクントクンと正しい刻みの鼓動が始まり、みるみるハナの顔色に赤味がさしてくる。
「ハヤテさん、もう角はいいの?」
とドゥが言った。
「ああ、人間の心臓なら角で強化してやらなければならないが、雌鬼の心臓なら大丈夫だろう。これでハナも正真正銘、完全なる雌鬼だ」
「よかったなぁ、ハナちゃん」
グスっと骸が鼻を鳴らした。
全ての精力を使い果たして今にも黄泉国へ行こうとしていたハナは呼び戻された。
新しい雌鬼の心臓は急速にハナの身体を修復していく。
弱った内臓も、皮膚も、骨もが細やかに素早く新しい若い雌鬼へと成長させていく。
皆が見守る中でハナは目を開いた。
目の前にハヤテの優しい笑顔が見えた瞬間、ハナの新しい心臓がドクン!と鳴った。
「ハヤテ?」
「よかった、間に合った」
「あたし……どうしたの?」
今、自分がハヤテの腕の中にいてハヤテと見知った者達が自分を見下ろしている事に気がつき、ハナは慌てて身体を起こした。
「動くな。今にも死にそうだったんだぞ」
ハヤテの腕がきつくハナを抱き締め、ハナは顔を赤らめた。
「だ、大丈夫」
ハヤテがハナの身体を抱き上げて、
「この部屋はもう駄目だな。まだしばらくハナは横になっていた方がいい」
と言った。
「大丈夫だよ。歩けるし」
「駄目だ!!」
ハヤテはハナを別の部屋に移し、布団に寝かせた。
「大丈夫か? 苦しくないか? 心臓は新しく強くなったが、身体がまだついていけないだろうから、しばらくは安静にしてるんだ。精のつく物を喰って」
「うん、ありがとう」
毛布から少しだけ目を出し、ハナは素直に肯いた。
「これからハナも順調に成長していくだろう」
とハヤテが言った。
「順調って?」
「中途半端な鬼の血の力で子供と老婆、極端な姿で過ごしてきただろう。それが終わる。純粋な雌鬼の心臓を入れたからな」
「雌鬼?」
「ああ、そうだ。これからは綺麗な雌鬼に成長するだろう。楽しみだ」
と言うハヤテの優しい笑顔にハナはまた顔を赤らめた。
赤らめてからそうなった自分に首をかしげる。
何百年もハヤテと過ごしてきたが、こんなふうに恥ずかしいような気持ちになった事なはなかった。ハヤテはハナの親であり兄であった。人間の親に捨てられ、庇護を求める行くあてのない小さい子供がすがった逞しい腕だった。
「何か喰う物を作ってやる。それまで少し眠ればいい」
「うん、ありがと」
ハナが素直に目を閉じたのでハヤテはそっと部屋を出て行った。
トクントクンと心臓の鼓動をハナは自分の全身で感じていた。
自分でも分かるほど、強い鼓動だ。
自信溢れ、何者にも侵害されない強い心臓。
これが純正の雌鬼の心臓。
心臓の強さがハナの心にも脳内にも流れ込んでくる。
だがハナはそれをおかしいと感じていた。
心臓がハナに及ぼす影響は強さや自信だけではなかった。
強く強く求める力。
想い。
望み。
脳内に現れるハヤテの笑顔。
ハヤテの笑顔を求める気持ち。
ないとは言えない。
ハナの中にハヤテを求める気持ちは確かにある。
ずっと育てて、ずっと守ってきた。
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ハナはハヤテの事が好きだ。
捨てられたらどうしていいか分からない。
一人になるのは嫌だ。
いじめられてのけ者にされてきたハナにはハヤテしかいなかった。
里長の愛娘と番いになるのが宿命で里の決まりだ聞かされた時は嫌で不安で一人泣いた。
愛娘のサクラと番いになればハヤテは自分を捨てるだろう、そう思うと寂しくて不安でどうしようもなかった。
だが今のハナの胸の内は不安よりももっと暖かい。
ハヤテがいなくなった時の不安を考えるよりも、ハヤテの笑顔を今見るだけで嬉しい、という不思議な気持ち。
「なんだろ……なんか胸がドキドキすんだけど。はあ~~」
ハナは大きなため息をついて、そのまま深い眠りに落ちていった。
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