ヤクドクシ

猫又

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鬼喰いバクテリアを殺す鬼4

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 夢を見ているんだな、でも夢から覚めそうな気もする、という意識があったが、ハナはそのまま目を閉じたままでいた。
 するとある情景が目の前に現れた。
 前をハヤテが歩いていて、「ハヤテ」と呼ぶと振り返った。
「何だ?」
 ハヤテは少し難しい顔をして振り返った。
「何でもないけど、何してるの? どこかへ行くの?」
「タロウさんに教えてもらった薬毒の材料を取りに行く」
「そうなんだ。ついて行ってもいい?」
「駄目だ。人間界に行くからな」
「いいでしょ。邪魔なんかしないから」
 腕にじゃれつくように飛びついたがハヤテはあっさりとそれを交わし、
「危険だから駄目だ。遊びに行くんじゃないんだぞ。お前は里を出る事を許されていないだろ、サクラ」
 と言った。

 ドクン!とハナの心臓が打った。

 唇を尖らせハヤテを見送り指折り数えて帰ってくるのを待っていたが、帰ってきたハヤテは人間の幼子を背負っていた。
「何それ?」
「拾った。人間の子供」
「へえ、美味そう!!」
 と手を伸ばそうとしてハヤテがその手を厳しく叩いた。
「触るな!! この子は喰わない。俺が育てるんだ」
 とハヤテが笑った。
「え……人間の子を育てるって、ああ、もっと太らせてから喰うんだ。確かに、まだ小さいもんね」
「喰わないっつってるだろ」
 とハヤテは背を向けて行ってしまった。   
 それからハヤテはずっとその子と一緒にいた。
 雌鬼の乳を貰って飲ませたり、粥を炊いたり、獣の肉を焼いてほぐして食べさせたりしていた。
「そんな人間の子なんてすぐに死ぬわよ!! 寿命が違うんだから!」
 と何度も言ったがハヤテは聞く耳を持たなかった。
 ハナと名付けた人間の子はどこへいくも何をするもハヤテにまとわりついていた。
 大人達は物珍しそうにハヤテとハナを見るだけだった。
 里に迷惑を被らなければ、ハヤテが人間の子を育てようがどうでもよい。
 若鬼の中でもハヤテは強く剛毅な鬼だったので次期里長の候補だった。
 そしてその番いには現里長の娘である自分が選ばれるはず。
 けれどハヤテは自分には見向きもしなかった。
 里中の若鬼から慕われる美しい雌鬼の自分に振り向きもしなかった。
 だからいじめた。
 仲間を募ってハヤテのいない間にハナをいじめた。
 人間のくせに、角もない、牙もないくせに。
 弱くて泣き虫なハナのくせに。
 ハヤテの側にいるなど許さない。
 そのうちにハナは泣き暮らししゃべらなくなり、物が喉を通らないほどに衰弱していった。
 弱い、弱すぎる。
 脆弱な人間にハヤテが早く愛想を尽かして興味が無くなればいいと思った。 
 そうすればハヤテは自分を番いに迎えるはずだ、と信じていた。                     それなのにハヤテは里を出て行ってしまった。
 薬毒師として独立するという名目で、ハヤテは出て行った。
 自分に何も言わず、何の約束もせず。
 ハナだけを連れて。
 悔しい、何故、ハナを。
 何故、自分は置いていかれた。
 悲しい、幼い頃からハヤテだけを見てきたのに。
 ハナを殺してやりたい。
 八つに裂いて喰ってしまえば、さぞかしこの胸のつかえも取れるだろう。
 殺してやる!

 ドクン!とハナの心臓が激しく打った。

「苦し……」
 ぱっとハナは目を開いた。
 胸の鼓動は激しく打っている。
 はあぁと大きく息をしてからハナは身体を起こした。
「夢? でもこれは……」
 ハナは左胸を押さえた。
 新しい心臓を入れてハナはまた生き返った。
 何者かの強い心臓と入れ替えたのだろうとハナは思った。
 ハナの身体は以前よりもはるかに楽で、そして沸き上がる妖力を感じる。             ハヤテは雌鬼の心臓だと言った。
 だがこの心臓は自分を殺しに来たのだ、と思った。 
 ハヤテを慕う雌鬼がハヤテの側にいる自分を許せず。
 この殺意の主はきっとあの雌鬼だ。
 心臓一つになってもハヤテを想う気持ちを断ち切れないのだ、サクラは、とハナが思った瞬間に、ドクン!と心臓が鳴った。
「やっぱり……サクラ、ぐうっ」
 心臓がぎゅうっと痛くなってハナは胸を押さえた。
 そして感じるのは部屋中に集う、敵意。
 ザワザワ……と気配がする。
 サクラの呼びつけにより駆けつけたサクラの眷属。 
 それも単数ではなく、複数、更に腹に子を抱いている雌も多数見える。
 それは天井から畳、壁、障子までびっしりと集まった大型の茶色い毒蜘蛛達。
 ハナの寝ている布団の上までびっしりと詰めかけ、部屋中を茶色に染める。
 一匹が小型犬ほどの大きさがあり、毒を餌にして育った毒蜘蛛。
 人間など一噛みで死、たった一匹で大型猛獣を骨まで喰らい尽くす。
 狡猾で最強、美しく残忍な雌鬼サクラの自慢の眷属達。
 例え相手が鬼族でもサクラが命じれば、すぐさまその毒牙でハナに襲いかかるだろう。
 毒に耐性がある鬼でもこれだけの数に襲われれば毒の効果よりも生きながら喰われ命を落とす。
「さすがに次の母鬼になるだけはあるね、サクラお嬢さん、これだけの毒蜘蛛を眷属にするなんて。それで? あたしを殺しに? まあ、確かに、あれだけ嫌ってたあたしの心臓になるなんて冗談じゃないって感じよね」 
 また心臓がドクンっとなった。
「あんたは綺麗で強くて人気者で。あたしみたいな弱い人間じゃなくて。あたしは次に生まれ変われるなら鬼の子になりたいって思ってたよ。鬼に、正真正銘、お嬢さんみたいな強い鬼になりたいって思ってた」
 ハナの身体が緊張した。数匹の毒蜘蛛がさささっと動いてハナのすぐ側に寄ってきたからだ。蜘蛛達は一瞬でハナに襲いかかる距離にいた。
 ハナはタイミングを計りながらしゃべり続けた。
「ハヤテは優しい鬼だよ、死にかけの人間の子を拾ってくれてね」
 と言ってハナが笑った。
 ぎゅうううっと締め付ける心臓。
「くっ」
 ハナは左胸を押さえた。
 その瞬間、布団についた右手の先に触れたものがあり、ハナはそれをさっと掴んだ。
 卵のうを抱えたのが見て取れる雌蜘蛛だった。
 上から掴み、ひっくり返してみると白い綿のような卵のうの中に無数に動く黒い子蜘蛛たちが見えた。ハナはそれを蜘蛛達の方へ突き出して、
「あんた達が飛びかかってくれば、びっくりして握り潰しちゃうかも」 
 と言った。ハナの手の中の雌蜘蛛はいやだいやだという風に長い足をくねらせた。
 絨毯のようにびっちりと隙間なく集まった茶色い集団がどよっとざわめいた。
 仲間を返してくれと、いう風に二、三匹の蜘蛛がハナの側に駆け寄り、ぺこぺこと頭を下げた。
「サクラお嬢さん、あたしはまだ死なない。ハヤテに恩を返すまではね。あたしみたいな人間の子供を拾って二百五十年も育ててくれたんだ。今、あんたの嫉妬で簡単に殺されるわけにはいかない」
 ハナは手に持っていた雌蜘蛛を放り投げ、彼らを酷く睨みつけながら、
「下がれ!! お前達!!」
 と言った。  
 その瞬間に、蜘蛛達がいっせいに姿を消した。
「ガンキやムドウとつるんで鬼喰いにやられたのはあんたの落ち度さ。その上、あたしを道連れにしてそれで満足なの? 甘やかされた馬鹿な娘で里長も気の毒に。つっ……」
 心臓が今にも押しつぶされそうでハナはとても苦しかった。
 サクラは自らの自爆でハナを道連れにしようとしている。
「……何が鬼の幸せかなんて分からないけど、あたしはこれからはハヤテが幸せだとか楽しいとか思える事をするんだ」
 トクン、と心臓が小さく鳴った。
「なんだろうね、あの鬼、変な鬼。人間の子なんて放っておけばよかったのに。ちっちゃい時はいつ喰われるんだろうって、そればかり思ってたんだけどさぁ」
 と言ってハナが笑った。
「あたしはハヤテに恩返しする、お嬢さんはハヤテの側にいられる。子鬼を産むだけのお役目なんてぶっちぎって人間界で好きな事ができる。ハヤテはあたしが死なずにほっとする。どう? 人間界じゃこういうの、ウインウインの関係って言うんだよ」
 ハナの心臓は沈黙した。
「それに……あんたが自分で心臓を潰しても、ハヤテは今度は自分の心臓をあたしにくれるよ。きっと。それで生き残るのはあたしだけなんて嫌だ」
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