空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

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三章 破滅と誕生の象徴たる塔

ただ一目散に

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 ……と大見え切ったものの、三十分後。
 ペース配分もろくに考えず突っ走って八分目まで来た。階段トレーニングは上がるより下がる方がつらいと言われているが、淡々とした動作の連続はそれだけで時折自分がどこにいるのか分からなくなるような感覚を誘う。肉体的疲労感も相俟って、さすがに第一歩目の意気込みはすっかりしぼんでいた。
「……はぁっ、はぁっ。……っ、はぁっ」
 汗が滝のように滴り落ちる。額や脇に滲む程度だった二十分前は爽やかなもので、今では二人とも全身から汗を滴らせ、もう拭うのさえ諦めている始末だ。
 息を整えながらワモルが振り返る。
「少し歩くか」
「……おけー」
 それにしてもただ上へ上がるだけならこれほど疲弊はしなかっただろう。原因は二つあった。
 一つは上へ行けば行くほど空気の層が薄くなることだ。一呼吸で吸引できる酸素量が徐々に減っていくことを無視して駆け上がり続ければ、必然的に息は荒くなる。
 もう一つ。これは承知の上で無視していたことだが、無論、敵との遭遇だ。走るという一定動作を無理矢理止めて敵を倒すのは、想像以上に体力を奪う。倒したら倒したでまた走り出すわけだが、そういったことが十回以上あると何より集中力が途切れてしまうのだ。
 暑さや疲労で意識が飛びそうだが、ペース配分した方が良かったのではという後悔はない。
 一刻も早く最上階に着いて状況を知りたい。ユリエナは無事なのか、〝太陽の儀式〟はどうなったのか……。
「あとどれくらいで着く?」
「もう少しだ。歩いても二十分はかからない」
「なあ今更だけど、俺達が黄昏塔に入っても大丈夫なのか?」 
「原則は神子と候補者以外立ち入り禁止だ。けどそれも儀式を行う上で魔法力を遠ざけるためにすることだからな。入ることは出来る。それに、元々俺達は黄昏塔に入る許可をもらってるしな。心配しなくても大丈夫だ」
「そ、そんな許可までもらってたのか?」
「黄昏塔に入れなくて、どうやってユリエナに会うんだよ」
 言われてみればその通りだ。リンファ達の根回しは本当に恐れ入る。
「……そういや、リンファ達は?」
 上のことに気を取られていたから、下に置いてきたリンファ達の存在を忘れていた。ジンレイ達に比べて体力のない彼女達もこの階段を上がって来ているのだとしたら、今どの辺にいるのだろう。職業柄からして一般人より体力はあるはずだが、それでも三人が追いつくには時間がかかるかもしれない。
「あいつ等なら多分、」
 酸素の不足した頭で漠然とそんなことを考えていたからだろうか。ワモルの言葉が、最初理解できなかった。
「下を片付けたらケトルで上がってくるんじゃないか?」
「……へ?」
 彼がそう言った矢先、下の方からピィィィ――という高い鳴き声が響いた。
 外から聞こえてくるその鳴き声は清々しいくらいの高速で近付き、上方へ遠ざかっていった。最大音量だった時、狭い通気口に空色以外の何かが映り込んだ気がしたのだが、もはや疑うまでもない。
「追い抜かれたみたいだな」
 半ば放心状態のジンレイに、通気口から三秒遅れで突風が吹きつけた。
 人の肩にちょこんと乗っている、アズミの小鳥。あれの正体は、式魔でも有数の巨大禽獣である。その体長は優に人の十倍強。故にアズミ達三人を背に乗せて飛ぶことなど造作もない。ましてやそこにジンレイとワモルが加わったところで何も支障はない。
 つまりは、わざわざ太陽神殿の内部からバカみたいに長い階段を上がる必要なんてなかったのだ。それも汗だくになって駆け上がる必要なんて。
「は、はは……」
 ジンレイが今度こそ本気で「俺、何やってるんだろう」と途方に暮れ始めた。そんな傷心の彼を他所に、下りてくる残兵とまた鉢合わせる。
「なんだこのガキ共は!」
 剣先を向けてきた敵兵を前に、ジンレイは不運の重なりを嘆いて溜息を一つ。
「なるほど。……そりゃあ画期的なことで!」
 言い切ると同時に屈めた上半身に重心を移して身体を傾け、一瞬で相手の懐に滑り込む。その動きの自然さに敵兵は警戒心が働かず、ジンレイの剣を真っ向から受けて倒れた。
「伏せろ!」
 後ろからワモルの声。
 ジンレイは一切躊躇せず捨て身で身を屈めた。
 倒した敵兵の後ろに潜んでいたもう一人が奇襲とばかりに前に踏み込むが、ちょうどジンレイの頭があったところで敵兵の剣とワモルの槍がぶつかり合った。
「よっ――らあっ!」
 頭上で武器が交差するのもお構いなしにジンレイは敵兵を蹴り上げた。敵は避けられることを予想していなかったのか、下からの蹴りをくらってあっけなく剣を手放した。
「ワモル!」
「破っ!」
 研ぎ澄まされたワモルの一撃が敵の右肩を射抜いて、見事に無効化する。
「油断してるから一発で決められるとはいえ、さすがにきつくなってきたな」
 攻撃のキレは三十分以上走り続けた後でも決して陰りを見せない。彼の底知れない体力と精神力に、ここまで付き合ってきたジンレイすらぞくりとする。
「俺はとっくにきついよ」
 階段で器用に身体を回転させ、立ち直すジンレイ。止むを得ず手放してしまった愛用の剣を拾って、再び駆け出した。
「行こう! あんな走ったのに『遅かったわね』とか言われたらマジで泣く」
「……だな。もうひとっ走り行くか」
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