空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

文字の大きさ
59 / 86
六章 時が過ぎても変わらないもの

来てくれた

しおりを挟む
 潮のように近付いたり遠退いたりする意識の中で、硬く冷たい物が指先に触れた感じがした。それが床石だと理解した途端一気に思考が回転し、ユリエナは身体を跳ね起こした。
「あっ……!」
 身体が鉛のように重い。一息に起こした身体が数秒遅れて悲鳴を上げた。貧血にも似た気だるさと疲労感。それに軽度の頭痛もあり、気を張っていなければもう一度倒れてしまいそうだ。
「これが、アズミの言ってた魔法力増幅期……?」
 急激な魔法力増加に伴って激しい疲労感や脱力感に襲われ、ひどい場合は気を失うこともあると、出立前に聞かされていた。この症状がそれだとしたら――。
「じゃあ……太陽はもう、なくなったの……?」
 小さな窓から覗く空は、気絶する前と変わった様子はない。しかしユリエナにはそれが、百年の闇を誘う深い深い漆黒の天蓋に思えた。一刻も早くここから出なければと、ユリエナはとっさに走り出した。
「――あっ!」
 数歩も行かないうちに、繋がれた鎖が突っ張った。勢いもそのままに足を掬われ、派手に横転する。両手が縛られているせいで顔面から倒れ込んだ。
「……っ!」
 額の左側が紅く滲む。唇を強く噛んで痛みに堪え、部屋の出口を見上げた。
 あと二十歩とない距離だ。足の鎖を引いて繋がれている鉄球を動かそうとしてみるが、手の皮が擦り剥けるまで力を込めてもやはり非力なユリエナではびくともしない。鉄球を引き摺ることがかなわないならこの鎖を断つ他ないのだが、部屋には刃物どころか家具の一つも見当たらない。
 ――どうすればいいの……?
 焦燥感が身体をはしった。タイムリミットは刻々と迫っている。自力で脱出することがかなわないなら助けを期待して待つしかないのか。しかし助けが来る保証などどこにもないのに、何もせず待つことは許されない。刻限を過ぎることは百年の闇の到来を意味し、グリームランドの存続をも揺るがす事態に繋がるのだから。
 心臓が高鳴る。呼吸がままならなくなり、頭が真っ白になりそうだ。
「――――?」
 不意に、何かがぶつかり合ったような甲高い音が耳に飛び込んできた。
 音量も間隔もまちまちに幾度となく響いている。懸命に耳を澄ましてみると、硬い物同士が擦れ合うような音も聞こえてきた。
 ――誰かが戦ってる……?
 それはそう、まさに剣と剣が打ち合った時の、緊迫した金属音だった。
「――――家の復興が狙いか?」
 ユリエナは目を見開く。所々しか聞き取れないが、その声は先刻ガリルフと名乗った男のそれだった。それならもう一人は、グリームランドの者なのか。〝太陽の神子〟を救出に来たフォルセス国軍兵か、あるいはお父様が直接遣わせた騎士か。
「――勝手に決めつけんな」
 ――――、え。
「名誉とか功績とか、そういうもんのためじゃない」
 見開いた瞳が熱くなっていく。早合点だと、頭が囁いていたけれど……。
「俺がユリエナを助けたいと思うのは、理屈じゃないんだ」
 聞き間違えるはずがなかった。――他でもない、彼の声を。
 視界がぐっと歪み、温かい雫が頬を伝う。
 ――どうして……。
 信じられなかった。もう二度と聞けないと思っていた彼の声が、もう二度と見られないと思っていた彼の姿が、この壁の向こうにあるなんて。
 ――来てくれたんだ……。
 そして彼は言葉を続けた。
「俺は、――ユリエナが好きだから」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

卒業パーティーのその後は

あんど もあ
ファンタジー
乙女ゲームの世界で、ヒロインのサンディに転生してくる人たちをいじめて幸せなエンディングへと導いてきた悪役令嬢のアルテミス。  だが、今回転生してきたサンディには匙を投げた。わがままで身勝手で享楽的、そんな人に私にいじめられる資格は無い。   そんなアルテミスだが、卒業パーティで断罪シーンがやってきて…。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...