空の歌(スカイ・ソング)

碧桜 詞帆

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六章 時が過ぎても変わらないもの

走れ

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 不意の大きな揺れに、ユリエナが身体を傾けた。すかさずジンレイは一歩戻って、彼女の身体を支える。
「大丈夫か?」
「う、うん。ありがと」
 ただでさえ今のユリエナは羽根が重く足元が頼りないというのに、こう足場が不安定では歩くのもつらいだろう。しかしあまり悠長にしていられる状況でもない。
「やばいな。早くみんなと合流しないと……」
「みんな? みんなって……」
 ユリエナの瞳に小さな光が宿る。その様子を見て、ジンレイは白い歯を見せて微笑んだ。
「ああ。みんなで来た。キルヤとリンファと、アズミとワモルの五人で」
 ユリエナの顔がぱっと明るくなる。かと思うと、すぐに瞳を潤ませた。
「……そっか。ほんとに、……ほんとにみんな来てくれたんだね」
 学修院を卒業してからは、それぞれの生活があり会う機会が少なくなって、六人が顔を揃えることもなく八年目が過ぎようとしていた。そして〝太陽の神子〟に選定された時、ユリエナはみんなとの永遠の別れを覚悟しただろう。
 それなのに、――会いに来てくれた。危険を冒してまで助けに来てくれた。
 仲間を一番大切に想っている彼女にとって、こんなに嬉しいことはないのだろう。
「みんなユリエナを待ってる。早く顔見せてやれ」
「うんっ!」
 ジンレイに再び手を引かれ、ユリエナは心なしか軽くなった足取りで歩き出した。
 手前に見えた角を曲がればキルヤと別れた階段だ。そこでまず彼と合流出来るだろう。
 曲がると、彼は階段の前でこちらを向いて座っていた。二人に気が付いたキルヤは満面の笑みを浮かべる。
「や、ジンレイ。ばっちり勝ってきたんスね」
「キルヤこそ……、本当にやったんだな」
 彼の背後に見える大きな魔法トラップは以前一度だけ見せてもらったことがある。聞いた話ではチロルが本気を出してやっと壊せるレベルの強度だとか。中には道化士が一人大人しく座っていた。
「ういっス。オイラやる時はやるっスよ」
 身体の節々に付いた小物傷や服の破損が目立つ。彼が無事で心底安堵したが、それ以上に彼が晴れやかな表情をしていることにもジンレイは嬉しくなった。
 言葉にこそ出さないが、胸の内で彼の勝利を祝う。
「どうしたのキルヤ、傷だらけだよ……?」
「へへ。男の勲章っス」
「ほんと男前になったよ、おまえ」
「惚れてもいいっスよ」
 といつまでも再会を喜んではいられない。三人はトラップの脇を抜けて階段を下っていく。
「あ、小魔だ」
 途中でユリエナが床の隅に溜まっている黒い玉に気付いて指をさした。人と光がない場所に集まる彼らが、その条件を大いに満たす古城にいるのは自然なこと。
 最初はそう思った。しかし――。
 階段を降りきる寸前で足が止まる。そこには床という床を埋め尽くしてなお溢れ返る数の小魔が発生していた。全員言葉が出ない。
「……こ、これは、いくら何でもおかしいんじゃないか」
「そ、そっスね。なんかまずい感じがするっス」
 八階がこんな状態なら一階や外は一体どんな惨状になっているのか。まさか中級悪魔の大群でも来てるのでは、などとジンレイが考えていると、人の気配に気付いた小魔達が足元に集まってきた。
「きゃっ!」
「やばい! ユリエナ!」
 小魔に攻撃力はない。しかしこの量が纏わりついてきたら流石に平常心ではいられない。
 飲み込まれる――そう思った瞬間。
「目瞑りなさい!」
 凛とした女声がどこからか響いた。全員反射的に目を閉じる。すると三人の間に出現した光魔法が周辺の小魔を一斉に払い飛ばした。
「危なかったわね」
「リンファあ!」
 彼女を見つけるとユリエナは駆け出して彼女の胸に飛び込んだ。額に怪我はしているものの、元気そうなユリエナの様子にリンファも顔を綻ばせた。
 ジンレイがそばへ行くと、リンファが察したように目線を向ける。
「サンキュ、リンファ」
「やっと吹っ切れた?」
「ああ。開き直ることにした」
「そ」
 お互いそれ以上何か言うこともなく。これ以上言葉にする必要もなく。
 また小魔が集まってくる前に四人は早々に階段を離れ、広間に入る。
 オブジェクトとして並べられた柱の殆どが倒され、ここもまた反応に困る場景が広がっていた。行きと帰りでこれだけ景色が変わるといっそ清々しい。
「随分見晴らし良くなったな」
「狭苦しいのは嫌いなのよ」
「床は狭苦しくなったけどな」
「何ならあんたもそこに吊してあげるけど?」
「や、勘弁してください」
 目線を上にやると柱に貼り付けられている反逆魔術士がこちらに気付いて舌打ちした。目深に被るフードから相変わらず表情は見えないが、こんな姿を見られたらばつが悪いだろう。ジンレイも苦笑するしかない。
「また集まってきたっスよ!」
 後ろを振り返ってキルヤが叫ぶ。塔階段へと続く通路は小魔で敷き詰められ、雪崩のように広間へ押し寄せてきていた。明らかにさっきより数が増している。
「キリがないわね。逃げるわよ」
 四人は向かいの大扉へ走る。すると、今まで死んだように静かにしていた反逆魔術士が慌て出した。これだけの数の小魔を目撃すれば当然の反応だろう。
「おいおいおい。この状況で俺を放置していくのか!? ちょいと酷すぎやしないか!?」
「まだ反省中でしょ」
「反省しながら窒息死するわ! おい、ちょ――マジかよ!?」
 リンファの「構わなくていいから」という言葉に従って、他三人も走り去っていく。彼の貼り付けられている柱に小魔の群れが押し寄せてきた。蟻や蜘蛛のように重力に逆らってざざざっと登ってくる。
 飲み込まれたら窒息しかねない。とさすがに焦る反逆魔術士の足先に容赦なく小魔が迫った。
 触れるか否かの瞬間、彼の背中に密着している魔法陣が反応した。半球状に展開された電撃が小魔を弾き飛ばし、相次いでやってくる小魔も悉く追い払っていく。
「……条件下自動発動オプション付きかよ」
 つくづく敵わない女だ。内側からその様子を眺めながら、反逆魔術士は安堵のような諦観のような複雑な溜息を吐いた。
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