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第四章 母の故国に暮らす

茶会は賑々しく騒がしく

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「はい、キリアン様」

 言葉と共に、ずいとクッキーがキリアンの唇へ近付けられる。その距離は、あとわずかで口の中へ入りそうなほどに近い。

「……いや。自分で食べられるんだが」
「あら。勝者へのご褒美なのですから、ご自分から食べるのではなく、きちんと食べさせてもらうべきではありませんこと?」
「は? いや、ちょっと待てテレシア。何を言っている?」
「いいえ。待ちませんし、私は当然のことを言ったまでですわ。さあ、キリアン様! 口をお開けくださいな」

 狼狽えるキリアンに対し、テレシアは実に楽しそうな笑みを浮かべて迫る。こうなった時のテレシアが決して言うことを聞かないことは、皆が知っていることだ。
 突如始まったテレシアの無茶振りに周囲の視線が一斉にキリアンへと注がれ、それがますますキリアンを狼狽させる。けれど、テレシアはそんなことには一切お構いなしで、今にも無理矢理その口の中へとクッキーを放り込みそうな勢いだ。
 果たしてキリアンはどうするのだろうと、皆が期待を込めて注目する中、先に動いたのはキリアンでもテレシアでもなく、面白いことに便乗しない筈のないアレクシアだった。

「おや、いいねぇ。よし、ミリアム。私にもクッキーを一枚おくれ」

 そう言って目の前に現れたアレクシアの顔に、突然当事者にされた私は盛大に狼狽えた。

「えっ? あの、えっと」

 他人事だからこそ呑気に傍観できていたのに、まさかこちらに飛び火してくるとは。
 今度はこちらかと私にも面白がる視線が集まって、テレシアとアレクシア、二つの笑顔がそれぞれに迫る。助けを求めてぐるりと首を巡らせるけれど、当然誰も助けてくれない。
 これは観念してアレクシアに食べさせるべきなのか――そう覚悟して私の手がクッキーを摘まみ上げた時、別の方向からアレクシアへとクッキーを持った手が伸びた。

「それはないんじゃないかな、ヴィア。こう言う時はまず、伴侶の私が君に食べさせるべきだろう?」

 手の主は、言うまでもなくサロモンだ。まさかサロモンが乗って来るとは思わなかったのか、アレクシアは一瞬驚いたように目を瞠り、けれど次の瞬間には嬉しそうに真っ直ぐサロモンへ向かって口を開けた。そこにはキリアンにあった躊躇は一切なく、清々しいほどに潔い行動だった。
 わずかな動きでアレクシアの口の中にクッキーが収まり、軽い咀嚼音が響く。喉が上下してすっかり嚥下するまでをうっかり凝視して、何故か全員がアレクシアの反応を待つと言う奇妙な間が流れた。

「……たまには誰かに食べさせてもらうってのも、悪くないねぇ」

 わずかな静けさの中、満足気な表情でアレクシアがそう宣う。けれど、その目元はわずかに赤みが差して見え、そのことに目敏く気付いたラッセが目を丸くした。

「わぁ。母さんが珍しく照れてる」
「おや、それは貴重だ。もう一枚食べるかい、ヴィア?」

 ほら、あーん。などと悪乗りをするサロモンへ、すかさずアレクシアの指が伸びて額を弾き、たちまちその場が賑わいを取り戻す。

「馬鹿言ってんじゃないよ、ラッセ! サルゥも調子に乗るんじゃない!」
「おっと……。では、次の一勝でまた食べさせてあげるとしようかな」
「ふんっ! 次はミリアムから貰うさ!」
「えぇっ?」

 再びの飛び火に私が驚く後ろでは、アレクシア達のやり取りに触発されて、どうしても食べさせたいテレシアと、どうしても食べさせられたくないキリアンの攻防が再開されていた。

「さあ、キリアン様も続きましょう!」
「公衆の面前でそんな恥ずかしいことができるか!」
「あら。アレックス様にできてキリアン様にできないことはありませんわ。それに、この間だって私がお菓子を食べさせて差し上げたではありませんか」
「あれは、お前が急に口に突っ込んで来たんだろうが。不可抗力だ! しかも、執務室でのことだろう! 今とは状況が違う!」
「いいえ、同じですわ。あの時だって、私とキリアン様の二人きりだったわけではありませんもの」

 普段の丁寧な言葉遣いを忘れて必死に抵抗するキリアンだけれど、どう見てもテレシアの優勢で、キリアンの負けは濃厚だ。キリアンが観念してクッキーを食べさせられるのも、時間の問題に見える。
 そう考えているのは私だけではないようで、最も間近で二人のやり取りを眺めるエイナーが、この場にいる皆の心をさらりと代弁した。

「大人しく食べさせてもらえばいいのに、兄上」
「馬鹿なことを言うな、エイナー。とにかく――」

 エイナーが呟いた直後、キリアンの必死の抵抗の声が不自然に途切れ、さくりとクッキーを噛む音が――噛んでしまった音が――無情にも続いた。たちまちキリアンが沈黙し、テレシアの笑顔が一層の輝きを放つ。
 二人の攻防の決着は、いつまでも抵抗するキリアンの口が空いた隙に、テレシアが問答無用でクッキーを突っ込むと言う形で付いたのだ。
 無理矢理口の中へ入れられてしまった為に半分に割れたクッキーを仕方なく咀嚼し、テレシアが持つ残り半分も観念したように口の中へと迎え入れつつ、みるみる内に顔を赤くさせて行くキリアンの様子に、誰からともなく小さな笑い声が漏れる。
 私も仲のいい二人の飾らないやり取りに相好を崩して、摘まんだままだったクッキーを手元へと引き寄せた。せっかく取ったけれど、この一枚は次のアレクシアの一勝まで取っておくことになりそうだ。
 そう、思ったのだけれど。

「ねえ、ミリアム。ついでだし、そのクッキーを僕に食べさせてよ」

 さり気なく、けれど期待に満ちたラッセの笑顔が、私の手の動きを止めさせた。
 私が瞬く先で、ラッセは私が手に摘まむクッキーを指差し、次いでラッセ自身の口元を指差して、わずかに身を乗り出す。

「ね? いいでしょ?」

 これもまた、妹にやってもらいたい夢なのだと言わんばかりのラッセからのおねだりは、すぐに手が出る親子のやり取り同様、私にとっては慣れた日常の光景となりつつある。だからアレクシアには心中で詫び、私はラッセの願いを叶えるべく、クッキーを彼の口元へと持って行った。
 けれど――それは何故か、ラッセの口には入らなかった。
 ラッセが口を開いてクッキーを迎え入れる寸前、私達の頭上に影が差し、ラッセの頭が私の目の前から消えたのだ。

「――え?」

 驚きに瞬いた私の手から、弾みでクッキーが落ちる。けれど、それはあわやのところで横合いから現れた別の口にぱくりと食い付かれ、二度目の驚きが私を襲った。

「ひゃっ!」

 慌てて身を引く私の前で、突如現れた口は慌てるでもなくクッキーを咀嚼し、そのまま満足そうに飲み込んでしまう。
 そこまでを呆然と見つめて、遠ざかる口と去る影、勢いよく跳ね上がったラッセの頭に、私もようやく我に返って犯人を見上げた。

「――もうっ! 兄さん酷い!」
「どこが酷いんだ。これは俺の当然の権利だろうが」
「だからって、僕の頭を押さえ付けてまで、横からクッキーを掻っ攫うことないよね!?」

 悪びれなくラッセの言葉に反論したのは、ラッセが口にした通り兄のレナートだ。オーレンとイーリスの対戦が始まってから、こちらへ移動してきたのだろう。まだ少し汗の気配を漂わせたレナートが、美味かったと笑って私の頭を軽く撫でる。

「権利を行使したきゃ、お前も誰かとやって一勝すればいいだろ」
「んな無茶な!」

 理不尽だと叫ぶラッセを無視して私へと笑いかける、そのあまりにも普段と変わらない筈のレナートの態度は、何故だか不思議なくらいに私の体温を上昇させて、その顔を見ていられずに私は慌てて顔を俯かせた。
 少し前、レナートと目が合った時の比ではないくらい顔に熱が集まるのがはっきり分かって、言葉も出ない。
 それに……それに、である。先ほど横からクッキーを取られた瞬間、指先に触れた気がしたのだ。
 ほんの少しかさついた、それでいて柔らかい――レナートの、唇が。

(ひゃぁあああああ――っ!!)

 思い出した瞬間、あまりの恥ずかしさに脳が沸騰して思考が破裂する。
 心中でだけもんどりうって恥ずかしさを喚き散らし、私は椅子の上で縮こまった。酸っぱいものを食べた時のように顔にぎゅっと力が入り、顔と言わず体中が発火してしまうのではないかと思うくらいに熱くなる。心臓もこれまでにないくらいに煩く鳴って、今にもレナート達に気付かれてしまいそうだ。

(ひぇえええええ……っ! 嘘でしょっ!?)

 レナートの態度が全くもって変わらないところを見るに、私の気の所為と言う可能性は十二分にあると思うのだ。むしろそうであってほしい。けれど悲しいかな、それを完全に気の所為と言うには指先に残った感覚が明瞭すぎて、実のところ可能性なんてものは全くなく、私の一縷の望みは粉微塵に砕かれている。
 つまりは、確実に私の指に触れたのだ。気の所為でも何でもなく。レナートの唇が。

(あああああっ、もうっ! もうっ! もうっ! もうぅううううう――っ!!)

 頭を抱えたいほどの出来事に、私は再び心中でごろごろとのた打ち回る。
 一瞬のことだった上、クッキーを頬張ったレナートの方は、きっと気付いていない。そうでなければ、変わらない態度でいられる筈がない。それとも、気付いていても、レナートにとっては気にするほどのことではなかったのだろうか。
 そうだとしたら、それはそれで私一人が殊更今の出来事を意識してしまっているようで、猛烈に恥ずかしい。
 これが大人と子供の差、大人の余裕だとでも言うのだろうか。私の方が確実に生きた年月は長い筈なのにこんなことで動揺するなんて、何と悔しいことだろう。

「うぅぅ……」

 できる限り身を縮めて、私は小さく唸った。
 幸い、レナートはラッセの抗議の声に付き合って、二人共私の様子にまでは気付いていない。エイナーも席を立って以降、その視線の先にいるのはキリアンとテレシアだ。残りの大人組にいたっては、始まったオーレンとイーリスの試合へ集中して、こちらへ注意を払っていない。
 つまり、真っ赤に茹っているだろう私の顔を指摘する者は、誰もいない。
 ならば、今の内に少しでも早く平常心を取り戻すべし!

 私は起こってしまったことを考えることを止め、オーレンとイーリスの試合へと目を向けた。今はとにかく、気を紛らわせる別の何かに集中したい。
 私の行動は、その一心でのことだった。けれど、警備兵団の中でも指折りの実力者であるオーレンが、祈願祭の、負ければそこで終わりの真剣勝負でもないこの場で、イーリス一人にばかり集中している筈もなく。
 私が修練場へと顔を向けた途端、いつからこちらの賑わいを気にしていたのか、オーレンとしっかり目が合ってしまった。
 果たして、オーレンに私はどんな顔をして見えたのだろう。
 大きく目を瞠ったかと思ったら、イーリスの剣を膂力で思い切り押し返し、オーレンの今日一番の大声が修練場へと響き渡った。

「お前らなぁっ!! どいつもこいつも、人が真面目にやり合ってるってぇのに目の前で堂々といちゃついてんじゃねぇよっ!! 何が『あーん』だ、見せつけやがってっ!! 羨ましいだろうが、こん畜生ぉおおおおお――っ!! 俺だって……俺だってなぁ……っ!」
「う、る……っ、さいのよ! 馬鹿オーレンっ!!」

 剣を持つ手でこちらをびしっと指したオーレンの、修練場に轟き渡る独り身男の嘆きは、けれど最後まで続くことはなかった。
 完全に背を向けていたオーレンの体を、イーリスが苛立ちも露わに場外へ向かって蹴り飛ばしたのだ。
 突然のことに受け身を取ることもできないオーレンは見事に顔面から地面に倒れ、

「――勝負あり!」

 無慈悲な審判の一声が試合の勝敗を確定させて、オーレンの嘆きが今一度修練場にこだました。

「そんなの、ありかよぉおおおおお――っ!!」

 この結末に観客が一斉に沸いたのは、言うまでもない。

 *

 その後も修練場では次々に試合が行われ、勝敗が決まる度に歓声が沸き、そこかしこで笑い声も絶えず聞こえる、楽しく賑やかな時間が続いた。
 先の出来事を切っ掛けに、褒美の菓子を「食べさせてもらう」ことを目的に勝とうとする者も増え、ただ観戦して楽しんでいればよかった筈の私達は、勝敗が決まる度に、その殆どでまるで餌付けでもするかのように、誰かしらが勝者の口へと菓子を運んだ。
 お陰で、初めの内こそレナートの一件が頭に過って挙動不審に陥っていた私も、回数をこなしていく内にすっかり慣れて、おしまいの方ではこの時間を楽しめるようになっていたのは、よかったと言ってもいいのだろう。
 もっとも、アレクシアの一声で私の指名は女性のみに限定されたことも、慣れた理由の一つだったのだろうとは思うのだけれど。

 ちなみに、私の指名制限に最も衝撃を受けて肩を落としていたのは、オーレンである。
 その落ち込みようがあんまり可哀想だからと、何度かライサがオーレンへ菓子をあげていたけれど、その程度でオーレンの気持ちが上向くことはなく。菓子は食べたい、けれどオーレンに食べさせてくれる相手が私ではないことに始終不満げだったことは、度々周囲の笑いを誘っていた。
 そうして全ての対戦が一通り終わり私の作った菓子もなくなると、修練場はなし崩し的に、フェルディーン家の私兵も参加するただの訓練の場へと変貌した。それは空が茜色に染まり、遠く時計塔の鐘の音が響くまで続けられ、長かった午後の茶会第二部はようやく終わりを迎えたのだった。

 私がその鐘の音を微かに耳にしたのは、自室。試合の終了と共にテレシアと一足先に修練場を引き揚げて、お喋りに興じていた時のことである。
 やがて、綺麗だった運動着をすっかり汚し、流れる汗を拭い、程よい疲労を感じさせながらも、身振り手振りを交えて楽しそうに言葉を交わし合いながら屋敷へ向かって歩いて来るレナート達の姿が窓の向こうに見えたところで、私はこのあとに予定されている晩餐のことへと思いを巡らせた。

 開封の儀、だなんて大仰な言い方で贈り物を開封する時間が設けられた辺りから、今日の茶会が私の知っている常識的な茶会でないことは理解していたので、茶会の締めに晩餐と言われても、最早驚きはない。むしろ、だからこその「鹿を狩っておこう」なのだと納得さえしたそれは、果たしてどんなに賑わうことだろうか。
 十二分に体を動かした人が大半の席ともなれば、きっと供される料理の量そのものも多いだろうし、その品数も豊富に違いない。一体、どれだけの数の料理がテーブルに並ぶことか。
 想像しただけで、空腹を覚え始めた胃が鳴き出しそうだ。
 そんなことを考えつつテレシアと他愛無い話をしながら過ごす私の元へ、使用人から晩餐の支度が整ったとの知らせが来たのは、それからしばらくしてのこと。

「鹿料理なのですってね」
「はい。鹿以外にも、猪や兎、雉なんかも狩ったそうなので、どんな料理が出て来るか楽しみです」
「ふふ。想像したら、お腹が空いてきちゃったわ」
「私も、もうお腹ぺこぺこです」

 そんな会話をしながら晩餐の会場となっている広間へと階段を下りたところで、私は玄関ホールに人の気配があることに気付いた。
 今日のフェルディーン家に、それもこんな時刻に来客などないだろうと勝手に思っていた私は思わず足を止め、つられて足を止めたテレシアが、その人物に気付いて目を丸くする。
 次いで、端的にその人物を表す言葉を口にした。

「まあ! お父様!」
「やぁ、テレシア。久し振りだねぇ」

 テレシアの声に気付いた顔がこちらを向いて、ほわりと微笑む。
 胡桃色の髪に豊かな口髭、榛色の瞳。柔らかな笑顔はテレシアによく似ており、少しばかりふくよかな体型も相まって、私にはとても穏やかで優しげな人物に見えた。

「いつ王都へ? お手紙にはそんなこと一言も……それに、フェルディーンのお屋敷へいらっしゃるだなんて! 知っていたら、もっとちゃんと準備もしてきたのに!」
「まぁまぁ、落ち着いてテレシア。お連れのお嬢さんがお困りだよ?」

 父親の一言に、すっかり私を置いて駆け寄っていたことに気付いたテレシアが、はっとして私へと顔を向ける。

「あら嫌だ、私ったら! ごめんなさいね、ミリアム」

 そう言いながら、テレシアは踵を返して私の手を引き、父親の前へと連れ出した。

「紹介するわね。こちら、私の父のアーダム・オルソンよ」

 テレシアの紹介を受けたアーダムが軽く会釈し、テレシアが続いて私のことをアーダムに紹介するのに合わせて、私も膝を折って返す。
 互いの簡単な自己紹介が終わったところで、折よく、廊下の奥から広間へ向かう集団が現れた。浴場で汗を流し身支度を整えた、茶会の招待客の面々だ。
 一気に人口が増えた玄関ホールの中で、真っ先にこちらに気付いたのはやはりレナートで。次に気付いたキリアンが、私でもテレシアでもなく、アーダムを目にしてあからさまに驚き引き攣った顔を見せた。

「オ……オルソン卿……。何故、あなたがこちらへ……?」
「これはキリアン殿下、お久し振りにございます。実は私も、本日の晩餐に招待をいただいておりまして。殿下とようやく『商談』の続きができると伺ったものですから、楽しみにしていたのですよ」
「しょ……っ!? はぁっ!? おい、まさか!」

 慌ててレナートに顔を向けたキリアンだけれど、レナートは素知らぬ振りで顔を背ける。

「おまっ、知って……!?」

 慌てたキリアンの視線から逃れるように、イーリスまでもがあらぬ方向へとそっと視線を投げるのを見て、これは何か謀られたらしいと私も含めて全員が察する。

「あ……んの、クソ親父っ! ここまで計算尽くかっ!!」

 私がこれまでに見たことのない荒れっぷりを見せるキリアンに驚いたところに、追い打ちを掛けるようにこの屋敷の主人が姿を現し、キリアンへと笑顔でとどめを刺した。

「アーダム、よく来てくれたね。『商談』の用意ならできているよ。キリアン殿下もテレシア嬢も、どうぞご一緒に」
「な……っ! ちょっ! 待て! 俺……いや、私は――」

 本人を差し置いて進んで行く事態に、荒れていたキリアンは何故か次第に赤面し、口数も減って狼狽え始める。その様子は普段の王子然としたものからは程遠く、突然のことにだたただ戸惑う一人の男性だった。
 平静を装っているようでいて、こちらも急に気恥しそうに頬を染めてしまったテレシアにそっと腕を取られ、家令に促されるまま、ぎこちない足取りで広間とは別の部屋へと案内されていく背中を見送って、私は歩み寄って来たエイナーへ疑問の視線を投げかけた。

「キリアン様とテレシアさん……どうかなさったんでしょうか?」

 この状況に特段驚いた様子のないエイナーは何か知っているのだろうとの思いでじっと見つめれば、エイナーはふふ、と笑って私の耳元に顔を近付けた。
 そして囁かれた端的な一言は、今日の茶会で最も私を驚かせるものだった。

「……テレシアはね、僕の義姉上になるんだ」
「――っ!!」

 あまりに驚きすぎて、言葉もなくひたすら大きく目を見開くばかりの私に、エイナーはまだ内緒だよ、と小さく付け加える。

「でも……僕のこともあったんだろうけど、自分が愛し子だからって慎重すぎる兄上に、とうとう父上の方が待ちきれなくなっちゃったみたいだね」

 その言葉だけで、クルードの愛し子としてのキリアンの立場、この場でのキリアンの反応やアーダム達の会話、これまでのキリアンのエイナーに対する態度、テレシアとの仲のいい様子、様々なことが一本に繋がって、私はあまりのことに、当事者でもないのに胸を打たれ、顔に熱が昇るのが分かった。
 昼間、勝った褒美にとテレシアがキリアンに菓子を食べさせる光景に、それを指してオーレンがいちゃつくなと叫んだことまでもが思い出されて、ああそう言うことかと納得もする。
 流れで、テレシアが執務室でキリアンに菓子を食べさせたと言っていたことまで思い出し、うっかり変な想像が頭の中に形成されかけて慌てたことは、誰にも明かせない私だけの秘密だ。

 その後の晩餐では、料理人が腕に縒りを掛けた、私の想像よりも素晴らしい様々な料理がこれでもかと出された。けれど、残念ながら衝撃的な事実の余韻と別室の二人の様子ばかりが気になって、食べたものの味をろくに覚えていない私だった。
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