怪談

馬骨

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実話系怪談

『夏の日の出来事』 提供:広川マヒロ(仮名)

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 小学生の頃、こんな事があった。

 真夏のうだるような日差しの午後。
 学校からの帰り道を一人、家へと歩いていると、スーツを着た男性とすれ違った。

 汗だくで大柄なその男は、滝のように流れる額の汗をそのままに、手元の手帳を見ながら忙しく歩き去っていった。ふと、男が過ぎていった前方に目をやると。

 緑色でチェック柄のハンカチが落ちていた。

 瞬時に、あの男の人のものだ。と理解した私は、落ちていたハンカチを鷲掴みにした。ぐっしょり湿ったハンカチを手に、男の方へ駆け寄る。

 ノシノシと肩を揺らしながら歩く男の足を後ろからつつくと、男は直ぐにふりかえった。
 緊張して言葉が詰まる私を怪訝そうに見ていた男は、右手に握られていたハンカチを見ると、ハッとした顔をした。

「ありがとう、お嬢ちゃん。」

 そう言って男はニッコリと微笑み、肩からかけたバッグの中をガサゴソ探り出した。
 はい、どうぞと中から出てきたのは、大柄な男に似合わぬ、可愛らしいキャンディだった。

 私が恐る恐るキャンディに手を伸ばし、蛍光ピンクの包み紙を剥がそうとしたその時だった。
 金切り声と共に、ものすごい力で体が後ろに引っ張られた。

『うちの子に何をしてるんですか?!』

 男はその声に、しどろもどろになって弁明する。
 しばらくして、ようやく誤解が解けた男はペコペコしながら私の方を見向きもせず足早に去っていった。

「さぁ、〇〇ちゃん。早くお家に帰りましょうね。」
 にっこりと笑いながら、穏やかに差し伸ばされた手を握ることなく、私はその場から全速力で逃げた。

 まだ十歳にも満たない子供ではあったが、それでも懸命に走った。

 後ろから、『夕食までには帰ってきなさいよー!』と大きな声がしたが、振り返ることなく突っ走った。

 声の主は、見たこともない女だった。

 なぜ、私の母を騙ったのか。
 なぜ、私の名前を知っていたのか。
 なぜ、私のことを追いかけなかったのか。

 六年余りが経った今でも、未だにこれらの謎は解けていない。

 が、あのギラギラとした日差しの中、汗一つかいていなかった笑顔と妙に耳に残る声は、夏の日差しと蝉が私の目の前を夏色に染める毎年、脳裏に現れては色濃く焼き付いた恐怖を鮮明に蘇らせる。
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