怪談

馬骨

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実話系怪談

『夜勤バイト』 提供:NK’s(ペンネーム)

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 自分がアルバイトで勤めていたコンビニの先輩が、たまたま霊感を持っていた人だった。

 そういう類の話が好きな俺は、客足の途絶える合間、豊富でリアルな体験談にいちいち心躍らせていた訳だが。

 そんな先輩の体験談の中でも、とりわけ怖かったものがこれだ。

 先輩が初めて夜勤を任された時の話。

 その店の夜勤は、夜中の9時から朝方の5時までの勤務で間に1時間の休憩があり、慣れているものか相当夜型の人間でなければ、かなりキツいものである。

 若かった彼は、時間をもてあましていたことと、割り増しがプラスされた賃金が貰えることもあってか、引き受けてしまったようだった。

 初日の夜。
 蒸し暑い夏の夜で、蝉の声が煩わしかったと聞く。

 9時辺りから10時を越え、11時とポツポツ客足は途絶えていく。
 夜型との自負があった先輩も、11時後半を過ぎると、さすがに瞼が重くなってきた。

 そして12時を回った頃、自動ドアが開いた。

 入ってきたのは小柄で日焼けした、作業着と青い手袋を着用している60代後半くらいの男性だった。

 彼は先輩を見るなり、「見ない顔だね」と話しかけてきた。
 「今日から入ったんす、柿並って言います。」

 先輩が気だるげに挨拶をかわすと、男性は
 「そうかい、俺はフクシマってんだ」
 と、笑みを浮かべつつ言った。

 聞けば、フクシマさんはこのコンビニの近くで建てられているビルの作業員のようで、12時を回るといつもこのコンビニに来ているらしい。

 来店すると言っても、立ち読みだの雑談だの、トイレだの、一向に商品を買わず、店の売上には1ミリも貢献してくれる気配がなかったが、ほぼ同じ時間帯に、同じ作業着で来るフクシマさんの存在は、先輩にとっては眠気覚ましのいいコミュニケーションであった。

 気さくなフクシマさんの性格が手伝ったのか、1週間ほど経つと2人は、顔を合わせると互いに10分ほど話し合う仲となっていた。

 そうして一ヶ月が過ぎた頃、いつものように夜勤が始まる九時前に店に着き、バックルームで準備をしていると、

 「柿並くん、ちょっといいかな」

 不意に、店舗用のパソコンを弄っていた店長に呼び止められた。

 「なんすか?」
 「うん、対した用じゃないんだけどね」
 なんだかまごついたような様子を見せる店長に、先輩は薄ら笑いを浮かべて聞いた。

 「えっ、なんですか?」
 「いや、柿並くんさ。ちゃんと、寝れてる?」
 「はい?いや寝れてますけど」
 「そっか。なんか体調が悪いとか、ない?」

 あまりにも気を遣われるので、先輩が踏み込んで聞いてみると、

 「いや最近柿並くん、会うたびにやつれてる気がするんだよね」
 「え、まじですか」
 「うんまじまじ、鏡見てみなよ」

 そう言われて鏡を見た先輩は、目の前にいるものが少し前の自分とは比べ物にならないほど、劣化しているというのが一目でわかった。

 目の下にはドス黒いクマがあるし、肌には血色がなく青白い。頬は痩けて、唇は乾燥した皮が連なっていた。

 「どうする、今日のところは休む?」
 「……あ、いや大丈夫ッス。慣れてないだけです。」
 「そっか、そうならいいんだけどね…」
 店長が大きく溜息をつき、パソコンに向き直った。

 「あの…まだなにか?」
 「うん。今ね、防犯カメラの1ヶ月分の映像チェックしてたんだけどさ…」

 パソコンをのぞき込むと、そこには先輩が1人で夜勤に勤しむ映像が早送りで映し出されていた。

 「なんすか、僕なんかやらかしました?」
 「いいから、ちょっと見ててよ」
 そう言った店長の横顔は、心做しか青ざめていた。

 段々と客足が途絶えていき、やがて滅多に客の入らない11時後半になると、パソコンには、先輩は1人でレジに突っ立っているだけの映像が1分ほど流れる。

 ふと、ひとりでに自動ドアが開いた。
 その方を向いた先輩は、何やら嬉しそうにレジ越しに話し込んでいる。

 店長の横顔が、先程から少し青ざめている理由がわかった。
 自分でも、顔からすっと血の気が引き、にわかに鳥肌が立っていくのがわかった。

 「柿並くんさ。これ、誰と話してるの?」

 監視カメラの映像には、先輩以外誰もいない店内に、一人で楽しそうに喋っている、先輩が映し出されていた。

 その日の夜、先輩は結局夜勤に入ることになった。
 本当は休みたかったが、店長の手前、お化けが怖いなどというのはいくらなんでも恥ずかしかったし、彼が本当に幽霊なのか、自分の目で確かめたかったという。

 引き継ぎの際、誰にも気づかれぬよう、店先に盛り塩を置いた。
 果たして効果のある代物かどうかは分からないが、何もしないよりはマシだろうと考えての事だった。

 そうして刻々と、12時まで時間が過ぎていった。

 客足が途絶える頃になると、先輩はもういてもたってもいられなくなっていた。

 今日も来る。明日も来る、その次の日も、その次の日も、その次の日も。
 フクシマさんは来る。
 その事を考えるだけで、先輩はその場にうずくまりたい気分になった。

 その当時、先輩は幽霊が怖いとかお化けが苦手とか言うわけではなかったらしい。
 そう言った類のものは、昔からある程度見たことがあるし、自分に敵意を向けてくるものはいなかったから。

 ただ、フクシマさんに会うようになって、それから自分でも知らず知らずのうちに、身体が弱っていることを自覚して初めて、フクシマさんは自分を連れて行きたがっていると感じたそうだ。

 生まれて初めて、この世のものでは無いものに向けられた悪意が、この上なく恐ろしいものに見えたという。

 やがて時計の針は1本の線となって、真上を指した。

 12時のアナウンスが鳴り、店内を流行りのJPOPのサビが流れた。それもやがて途絶えたところで、先輩はあることに気付いた。


 店内から見える外の景色が一面真っ黒なのである。


 普通、いくら真夜中とはいえ、店の明かりで数メートルほど前は見渡せるが、その日に限っては。

 まるで店の窓全体を黒色のクレヨンで塗りつぶしてしまったかのように、真っ黒だった。

 外の異様な景色に目が離せないでいると、いきなり、


 バン!


 鋭く鈍い音が、自動ドアの辺りから響いた。


 みると、一面の漆黒のドアにぽつんと、青い手袋が浮かんでいた。


 フクシマさんだ。
 そう、直感した。


 続いて、その青い手袋のすぐ左にバンと先程より大きな音を立てて、青い手袋が叩きつけられた。

 ベリベリと嫌な音を立てて、片方の手袋が外れ、大きな音を立てて再度叩きつけられた。

 段々と、そのサイクルは間隔を短くして、やがては、バンバンバンバンと自動ドアに手を叩きつける音が鳴り止まぬようになっていた。

 その場にへたりこんでしまった先輩は、ガクガクと脅えながら耳を塞ぎ、必死に目をつぶった。


 "どっかいけどっかいけどっかいけどっかいけ!"


 どれぐらいそうしていただろうか。

 「─​──の、あのー!大丈夫ですか!」
 「…え…?」

 恐る恐る目を開けると、レジのすぐ向こう側にはスーツを着たサラリーマンが立っていて、心配そうにこちらを覗いていた。

 「あ、あ、すいません」
 「大丈夫ですか?救急車呼びます?」
 「あの、ほんと大丈夫です。えっと、商品はこちらで以上ですか?」

 そう言いながら先輩は、未だ震えている手を必死に押えて、レジに置かれた弁当と、エナジードリンク、ビールを次々スキャンした。

 「あ、じゃあコロッケももらおうかな。まだあります?」
 「はい、4点で1235円になります。」

 サラリーマンを見送るドアの向こうは、いつもと変わらず暗がりに照らされた駐車場と、その奥の道路が見えた。

 思わず、大きくため息をついた。
 終わったと、感じた。
 これで諦めて次からは来ないだろうと、何となくそうも思っていた。

 サラリーマンが店を後にしてしばらく後、ファーストフードの棚が先程のコロッケを取って、空っぽになっていることに気づいた。

 一応揚げておくかと、フライヤーのある裏方へと足を運んだその時だった。
 ふと、カリカリカリと、ネズミの歩くような音が聞こえた。

 カリ、カリカリカリ、カリカリ。

 不規則に小さくなり続けるその音は、フライヤーのある裏方からしていた。
 念の為、殺虫剤を片手に裏方へ入った。

 音の源は、フライヤーのすぐ上にある、換気扇からしていた。

 三枚の羽から、何かが伸びている。

 引っ掻き回している。壁を。

 それをはっきりと視認した先輩の体は、間もなくピクリとも動かなくなった。

 止まった扇の隙間から、青い手袋が狂ったように手を動かしていた。

 カリカリという音は、それが換気扇とその周囲の壁を引っ掻き回す音だった。

 立ちすくんで声も出ずにいる先輩に気付いたのか、青い手袋はすっと引っ込んだ。
 代わりに、隙間からふたつの白い目が換気扇越しに先輩の姿を捉えた。

 「おい、入れろよ…柿並…」

 そこで、先輩の記憶はプツリと途絶えた。
 次に目を覚ましたのは、2時半頃だった。
 1時にする連絡がいつまでたっても来ないことを不思議に思った店長が、裏方の入口で倒れている先輩を発見したとの事だった。

 しばらくして落ち着いた先輩に店長が、心配そうな顔で聞いた。
 「柿並くん、あれ何?あの入口の小皿」
 「あぁ、あれは、その…」
 「真っ黒な灰みたいなの積んであったんだけど…」

 先輩は何も言えなかったそうだ。

 それから先輩は直ぐにそのコンビニをやめて、今のコンビニでアルバイトを始めたらしい。

 「何にしても、夜勤はもうコリゴリだね」

 最後に先輩は、そう言って笑った。
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