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旅路
あの懐中時計②
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「えっと、その前に、本当にごめんなさい!勝手に時計を見てしましました」
「時計?ああ、これか。構わない。珍しい細工が施されているからな。気になったんだろう?」
そう言ってベッドサイドに置いてある時計を取る。
細工が珍しいかなんて僕のペラペラな目では分からなかったけど、確かに美しかった。
でも今言いたいのはそこじゃなくて。
「それで、その・・・中を」
「中・・・これか?」
ぱかっと開いた蓋の内側には、やはり変わらずあの人がいる。
「はい。とても綺麗で・・・」
とても綺麗で、そこから先の言葉が出てこない。
その人は恋人ですか?
婚約者ですか?
そう問いかけたら、必ずイエスかノーのどちらかが返ってくる。心の準備はできていたはずなのに、答えを予想しては不安に駆られてしまう。
「そう言われると私も誇らしい」
覚悟の決まっていない耳に次々と言葉が流れ込む。
ジルさんが口を開くのが、とてもゆっくりと目に映る。
「父も喜ぶだろう。いつか会わせたい。その時は直接言ってやってくれ」
・・・・・。
「ん?」
「この写真は私の父だ。精霊の方のな」
チチ?ちち?
「お父、さん・・・」
「そうだ。私の父の、ジルルドオクタイ・エーリアル・アッザだ。アキオも精霊に興味があるように見えたのでな。いつか紹介しようと思っていた」
精霊に興味?そりゃめちゃくちゃありますけれど。
「お父様の写真を、時計に?」
もう、写真が若々し過ぎることとか、ジルさんの方が年上に見えることとかは大して気にならないけど、親の単体写真を私物に貼るなんてとても仲が良いのかな。
「元々この懐中時計は、人間の方の父、ブランディスの持ち物だったのを私が譲り受けたのだ」
「ということは、人間の方のお父様が、精霊の方のお父様の写真を時計に貼って持っていたと」
「そういう事だ」
「それをジルさんが貰ったと」
「そういう事だ」
なんだ。
なんだ・・・恋人でも、婚約者でも無かったんだ。
今まで自分の心を曇らせていたものが一気に取っ払われ、爽やかに晴れ渡るような感覚が湧き起こる。
振り絞った勇気は、真実というご褒美を与えてくれた。その真実は僕にとって安心できるものだった。
まあ、これでジルさんに恋人がいないと決まったわけではないんだけど、自分の中で一歩踏み出せたことが嬉しかったし、何より、これほど大きな安心感を感じたという事がジルさんへの気持ちの何よりの証明になった気がして幸せだった。
「お父様同士、仲が良いのですね」
水を得た魚のように質問を繰り出すと、ジルさんは少し遠い目をして
「ブランディスは、とにかくアッザのことを愛している。見ていられないほどにな」
と答えた。
愛情の強烈なお父様・・・どんな方だろう。
と、ここでまたひとつ気になることが。
「ご両親のこと、名前で呼ばれるのですか?」
「そうだ。アキオにとっては不思議か?」
「そういう、友達みたいな親子もいるにはいると聞いたことがありますが・・・あ、そうか、僕の世界では『お父さん』と『お母さん』で呼び分けできるけど、両方が父親か母親ならどっちを呼んだかわからなくなってしまいますよね」
そういえばペカンの町で会ったアルタン君も、「ロレンソ父ちゃん」って呼んでたっけ。
「なるほど・・・。小さな違いだが、こうやってアキオの世界の文化を知るのは楽しいな」
「僕も、楽しいです!」
ジルさんが柔らかな笑みでこちらを見るから、思わずドキッと肩が跳ねてしまう。
「王都に着いたら、アキオの時計も買わねばな」
「そんな、僕のはいいですよ」
「なぜだ?身に付けておくと非常に便利だぞ」
「もうたくさんしてもらっているのに、これ以上何かを貰うなんて・・・」
ただでさえ食事代やら宿代やらでお世話になっているのに洋服も買ってもらって、さらに時計も買ってもらうなんてとんだ金食い虫だ。
僕の言葉にジルさんは少しばかり頭を悩ませ、こう言った。
「アキオ、君の国に『年祝い』をする風習はあるか?」
「時計?ああ、これか。構わない。珍しい細工が施されているからな。気になったんだろう?」
そう言ってベッドサイドに置いてある時計を取る。
細工が珍しいかなんて僕のペラペラな目では分からなかったけど、確かに美しかった。
でも今言いたいのはそこじゃなくて。
「それで、その・・・中を」
「中・・・これか?」
ぱかっと開いた蓋の内側には、やはり変わらずあの人がいる。
「はい。とても綺麗で・・・」
とても綺麗で、そこから先の言葉が出てこない。
その人は恋人ですか?
婚約者ですか?
そう問いかけたら、必ずイエスかノーのどちらかが返ってくる。心の準備はできていたはずなのに、答えを予想しては不安に駆られてしまう。
「そう言われると私も誇らしい」
覚悟の決まっていない耳に次々と言葉が流れ込む。
ジルさんが口を開くのが、とてもゆっくりと目に映る。
「父も喜ぶだろう。いつか会わせたい。その時は直接言ってやってくれ」
・・・・・。
「ん?」
「この写真は私の父だ。精霊の方のな」
チチ?ちち?
「お父、さん・・・」
「そうだ。私の父の、ジルルドオクタイ・エーリアル・アッザだ。アキオも精霊に興味があるように見えたのでな。いつか紹介しようと思っていた」
精霊に興味?そりゃめちゃくちゃありますけれど。
「お父様の写真を、時計に?」
もう、写真が若々し過ぎることとか、ジルさんの方が年上に見えることとかは大して気にならないけど、親の単体写真を私物に貼るなんてとても仲が良いのかな。
「元々この懐中時計は、人間の方の父、ブランディスの持ち物だったのを私が譲り受けたのだ」
「ということは、人間の方のお父様が、精霊の方のお父様の写真を時計に貼って持っていたと」
「そういう事だ」
「それをジルさんが貰ったと」
「そういう事だ」
なんだ。
なんだ・・・恋人でも、婚約者でも無かったんだ。
今まで自分の心を曇らせていたものが一気に取っ払われ、爽やかに晴れ渡るような感覚が湧き起こる。
振り絞った勇気は、真実というご褒美を与えてくれた。その真実は僕にとって安心できるものだった。
まあ、これでジルさんに恋人がいないと決まったわけではないんだけど、自分の中で一歩踏み出せたことが嬉しかったし、何より、これほど大きな安心感を感じたという事がジルさんへの気持ちの何よりの証明になった気がして幸せだった。
「お父様同士、仲が良いのですね」
水を得た魚のように質問を繰り出すと、ジルさんは少し遠い目をして
「ブランディスは、とにかくアッザのことを愛している。見ていられないほどにな」
と答えた。
愛情の強烈なお父様・・・どんな方だろう。
と、ここでまたひとつ気になることが。
「ご両親のこと、名前で呼ばれるのですか?」
「そうだ。アキオにとっては不思議か?」
「そういう、友達みたいな親子もいるにはいると聞いたことがありますが・・・あ、そうか、僕の世界では『お父さん』と『お母さん』で呼び分けできるけど、両方が父親か母親ならどっちを呼んだかわからなくなってしまいますよね」
そういえばペカンの町で会ったアルタン君も、「ロレンソ父ちゃん」って呼んでたっけ。
「なるほど・・・。小さな違いだが、こうやってアキオの世界の文化を知るのは楽しいな」
「僕も、楽しいです!」
ジルさんが柔らかな笑みでこちらを見るから、思わずドキッと肩が跳ねてしまう。
「王都に着いたら、アキオの時計も買わねばな」
「そんな、僕のはいいですよ」
「なぜだ?身に付けておくと非常に便利だぞ」
「もうたくさんしてもらっているのに、これ以上何かを貰うなんて・・・」
ただでさえ食事代やら宿代やらでお世話になっているのに洋服も買ってもらって、さらに時計も買ってもらうなんてとんだ金食い虫だ。
僕の言葉にジルさんは少しばかり頭を悩ませ、こう言った。
「アキオ、君の国に『年祝い』をする風習はあるか?」
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