帰還

Tro

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#17 魔法少女の涙

第5.2話 引き合う人生、または蜘蛛の巣

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帰路についたその先は自宅か、はたまた別の世界か。そんな心配は無用とひたすら道なりに進んでは、夜という闇に溶け込んで参ります。その行く手に何やらピカピカと光るものが。それも遠くではなく、ごく近く、もっと身近で急を知らせる警告灯がそれとなーく給油を催促していました。これに、胸を締め付けられるような痛みを覚えた美津子です。それはきっと病、金欠病という大病を患っていたからでしょう。そこで微かな希望と救いを求めて走行可能距離を算出。すると自宅までギリギリか——いいえ、どう計算しても足りないような気がします。ええ、ここは敢えて、そんな気がするだけ、と受け入れ難い現実を回避したいようです。ですが無慈悲で厳格な現実は容赦してくれないでしょう。

そんな時、誘惑するかのようにガソリンスタンドが見えて参りました。思わず、店頭の明かりに吸い寄せられる虫のごとく車のハンドルをクルクルっと回した美津子です。ですがそこでブレーキ。ちょっと待て、あれは……人力スタンドではないか、と。その、美津子が心の中で叫んだ「人力」とはセルフではないガソリンスタンドのこと。つまり店員がわざわざガソリンを入れてくれる代わりに、その分セルフ=無人よりもお高く付くというものです。まさしく家計が火の車状態とあっては僅かでも節約したいところ、ですが、おそらくきっと多分、ここで素通りするとこの先スタンドは無かったはず、それで家まで無事に帰るかというと不安一杯ドキドキが止まらない、もしかしたら車を押して? それとも歩いて帰る? でも、ちょっと家まで遠いかも、と悩みまくるのでした。——あっ、悩んでいるうちに自然とガソリンスタンドに入ってしまった美津子です。でも大丈夫、秘策があるようです。

給油機の横に車を止め、次いでエンジン止めた美津子は辺りを伺います。何故なら店員らしき姿がどこにも見当たらなかったからです。「なんだ、セルフだったのね」と安堵したようですが、次の瞬間、

「いらっしゃいませぇぇぇ、満タンですかぁぁぁ」

と、女性の声が後ろの方から聞こえ、ギョッとしたようです。美津子の乗る高級車は大きいので死角が一杯、更に、かろうじてハンドルの上に顔が出るほど、豪華でフワフワ、大きめのシートにちょこんと座っているだけなので気が付かなかったとしても無理はないでしょう。ですが真相はセルフという期待が打ち砕かれたショックの方が大きかった、といったところでしょうか。それでも気を取り直して、

「いいえ、3千円分だけお願いします」と、秘策を繰り出します。ですが本当は、というか見栄を張って「満タンで」と威勢良く言いたかったようです。それに車だけ高級でガソリン代をケチる人と見られるのが恥ずかしかったので目がスイスイと泳ぐ——その目が止まった瞬間、

「あっ! あっあっあっ」

と変な声を上げてしまいました。それは店員の姿がアレだったからでしょう。どこかで何かの大会か、それとも集会か、とにかく、フリフリ・キラキラの衣装をまとったコスプレ少女が給油機の前に立っていたからです。その少女を見た瞬間、何か途轍とてつもない不安と不運を呪った美津子です。思わずアクセルを床まで踏んでこの場から去りたい(逃げたい)衝動を震える足でなんとか堪えています。

しかしそこで、フッと疑問と興味が湧いてきたようです。それは職業柄からくる本能のようなものかもしれません。コスプレ少女はまだ高校生くらいでしょうか、小柄なので中学生という可能性もありますが、そんな彼女の姿はいくら人通が少ないとはいえ、私なら恥ずかしくてそんな格好は出来ない、と思いつつ他人の趣向にとやかく言うのは野暮というもの。ですから疑問として、果たしてこの子はここの店員なのか、そうであれば店長から、もしかしたら強制されているのかも、それとも単にこの子の趣味なのか、という興味が湧いて——きたものの、それを尋ねたい気持ちは別の要因で無くなってしまったようです。それは、「関わったら、なんかマズイ」という直感が美津子を正気に戻したようです。

「満タンですね、蓋を開けてください」

コスプレ少女店員に言われてハッとの美津子です。なんであれここは普通にやり過ごすのが吉、と思い、

「すみません、3千円分だけで」と訂正すると、

「なんで?」

と返ってきました。まさか理由を聞かれるとは思っていなかった美津子は「お金が……」と言ったところで、なんで正直に言わなくちゃならないのよ、と憤慨しそうになりながらも、「節約しているから」と変な言い訳が口から出てしまい、ちょっと後悔したようです。それに、

「大丈夫です。満タン入ります、蓋を開けてください」

と一歩も引かないコスプレ少女店員です。一体、何が大丈夫なのか分からないものの、ここで押し問答をしても相手がまだ子供ではこちらが不利、ここは大人の対応をしておこうと再度、

「ごめんね、3千円分だけでいいのよ」と言うと、今度は少しムッとしたような表情で、

「平気です。満タンですね、蓋、開けて」

と、引かないどころか全く話を聞こうとしないコスプレ少女店員です。一体、何が平気なのか、大丈夫とか平気とか、それはあんたのことでしょう、私は全然大丈夫でも平気でもないんだから、と言いたいところを飲み込み、それならそれで、さっさと入れてここから離れた方が良さそう、と考えた直した美津子です。

「じゃあ、いいわ、満タンで」

「はーい、満タン、魔力入りまーす」

「うん?」

何かを聞き間違えたと思った美津子です。ですが、それよりもまだ油種を言ってなかったので慌てて「レギューラーでね、レギューラーよ」と2回繰り返しました。本当はレギューラーより若干高いハイオク仕様の車なのですがレギューラーでも十分エンジンは回ります仕様、のはず、ここは少しでも出費を抑えたいところです。ところが、

「大丈夫です。魔力、全力で入りまーす」

にこやかに答えるコスプレ少女店員です。これは聞き間違いではないと確信した美津子は、「魔力? 何言ってるの。見た目も変だけど、言ってることも変じゃない。ここはガツーンと言わねば、ガツーンと」と思い、口を開きかけたました。しかしそれを本能? のようなものが、直感というべきでしょうか、それを口にしたら何かヤバイ感じがする、深く関わってはダメという「君子危きに近寄らず」警報が美津子を制したようです。

「はいはい、なんでもいいわ。……魔力……ねえぇ」

諦めの境地に達した美津子、もうなんでもいいや——と開眼した瞬間、その魔力とやらがもし軽油だったら車が壊れちゃうかも、と慌てふためき——いやいや、いくらなんでもそれくらい分かってるわよね、一応スタンドだし、そこで働いている訳だし、まさかそんなぁぁぁ——いやいや、相手はコスプレ少女店員だよ? それで平気とでも? それで常識があるともでも思ってんの? コスプレだよ、ここ、どこだと思ってるの? 普通じゃないよ? 普通じゃないよね、それとも——要確認の事案発生です。

「ねえねえ、ちょっと、それ、軽油じゃないわよね、それ、ダメだから。……ねっ、ダメだからね、絶対、普通のやつよね、普通の……」

と早口の美津子に、ニコニコだったコスプレ少女店員の顔が急に曇り、

「なんで?」

と返してきました。これに困った美津子です。なんで、「なんで」と言うのか、まるでガチャンとレールが切り替わったかのように会話の流れが堤防を乗り越え、どこまでも自由気ままに押し流される気分に襲われた美津子、降参です。仕方なく小声で

「なんでもない、いいの、続けて続けて」という気力しかなかったようです。

◇◇
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