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【クシェル】覚悟を決める
しおりを挟む昨晩コハクから手紙を貰った。
だから今日は朝からその事で頭がいっぱいで仕事が進まずーールークが怖い。
正確には昨日の昼にはルークから報告を受けていたからその時からなんだがーー
普段は何か異常があった場合を除き、コハクが風呂に入っている間にルークから一日の報告を受けているのだが、一昨晩のコハクが何処かソワソワしていていつもと様子が変わっていたため、次の日その原因が分かり次第報告するように言っておいた。
すると、その日の昼にルークから早速原因が分かったと報告を受けた。
まさか、授業の一環で俺たちに手紙を書いてくれていたとは……あの学者もたまにはいい仕事をする。
手紙には、自分の話を信じてくれてそばに置いてくれて、何の力も持たない自分に親切にしてくれてありがとう。そんな優しい俺が大好きで、ここで暮らす毎日がとても幸せで、俺に感謝している。だから自分も俺のために何かしたい。役に立ちたい。
という事が丁寧な字で書かれていた。
ーー俺はこんなこと思ってもらえるようなやつじゃない。むしろ感謝を伝えるべきは俺の方だ
こんな自分のことを何も語ろうとしない奴なんかを信じて、そばに居てくれて、俺の身勝手な我儘も受け入れて毎日笑顔を向けてくれるコハク。今でも信じられないくらい幸せなのに、コハクは更に「俺のために何かしたい。役に立ちたい」と言う。
どこまで優しく、心の綺麗な子なのだろう
幸せすぎて怖い。この幸せが離れていくのが、この幸せを手放すのが怖い。怖くてますます本当の自分を知られるのが怖くなる。
俺はコハクに何が返せるだろう。
この幸せを手元に置いておくためにはどうすれば良い?
「クシェル様?」
「こ、コハク⁈」
声のした方を向くとすぐ横にコハクの顔があり、思わず仰け反ってしまった。
ーー今俺は変な顔をしていなかっただろうか、完全に自分の世界に入っていたから、顔も緩みきっていたのではないか?
「ど、どうした?」
「大丈夫ですか?何か思い病んでいるようでしたけど…」
「だ、大丈夫だ!」
ーー良かった、顔は緩みきってなかったようだ
コハクがこの部屋にいるという事はいつの間にか昼食の時間になっていたのだろう。
部屋の左端に設置してあるテーブルを見ると、すでに料理が並べられていた。
俺が切り分けた肉をフォークで口元まで運ぶと、コハクの小さな口が何のためらいもなく開かれ、赤く小さな舌が俺の与えるものを待っている。
俺は口いっぱいに頬張り、一生懸命に咀嚼しているコハクが好きで、フォークやスプーンで与えるものはわざと少し大きめにしている。
そしてパンや果物など手で与えるものはコハクの唇に指が触れないかと、わざと小さめにしている。また、その時赤くなるコハクも可愛い!
食後のティータイム。一日一回は必ず甘煮果実のケーキを出すようにしている。
今までで一番美味しそうに食べていたものだ。今日も美味しそうにニコニコと食べている。
ーー可愛い俺の天使
午前中の仕事がたまりこのままでは夕食までに終わりそうにない!それはつまりコハクとの時間が減る、という事だ。
この後死ぬ気で仕事した。
「ただいま」
「おかえりなさい、ジーク様」
どうにか、ジークが帰ってくるまでに今日の分の仕事を片付けることが出来た。
「土産だ」
「あ、ありがとうございます!」
ジークが今日もコハクにお土産を買ってきた。
コハクは装飾物より食べ物の方が喜ぶ。特に甘いものを好むようだ。
今日のお土産はこの辺では有名な店のお菓子の詰め合わせだ。
コハクは目を輝かせている。
ーー俺も早くコハクにプレゼントをしたい!
しかし、妥協はしたくない、完全なものを作るには半月ほどかかる。
あれがあれば、生活に支障がなくなる。絶対にコハクは喜んでくれるはずだ!
今からコハクの反応が楽しみだ。
コハクは夕食後早速ジークから貰った菓子を食べていた。
「ん~美味しい」
「気に入ったようで良かった」
「はい、美味しいです!ありがとうございます」
コハクは目を輝かせて次の菓子を開ける。
ーー羨ましい、俺も早くコハクの喜ぶ顔が見たい
ルークに頼んで買って来てもらうこともできるが、やはり自分で手に入れた物を渡したい。
コハクが風呂に入っている間、いつも俺たちは寝室でルークから報告を受けている。報告を終えるとルークは部屋を出ていく。そして、その後は二人で談笑しつつコハクを待つのだが……今日は
「クシェル少しいいか」
ルークが出ていったのを確認するとジークが防音魔法をかけた。
ジークの重いトーンの声と防音魔法により、自然と緊張感が漂う。
「な、何かあったのか?」
「先代にコハクを合わせる件だが」
実はコハクがここに来た時から定期的に親父にコハクのことを報告している。
人間しかも異世界人をここに置いているのだ、王家には報告せざるを得ないだろう。それに、親父は勇者と対峙した経験もあるし、何かと相談したりしている。
そして、報告を受けた親父はコハクに合わせろとしつこいく言ってくる。
それを何かと理由を付けて断っていたのだがーー
「とうとうあちらから出向くとでも言って来たか?」
そうなるとさすがにコハクを親父に合わせないわけにはいかない。
「いや、違うーーコハクを先代に合わせても大丈夫じゃないか?と」
ジークは一呼吸おいて、意を決したように俺の目を見て、言った。
「っは⁈」
「コハクなら先代を見てもお前のことを変わらず好きなままでいてくれると思う」
確かにコハクなら歴代一美しいと言われる親父に会っても、俺のことを「醜い」と思わないかもしれない。
身勝手な独占欲をぶつけても受け入れてくれたコハクなら、変わらず「大好き」だと言ってくれるかもしれない。
「しかし、親父の方が綺麗だと言われたら…」
俺は親父に殺意を向けてしまうかもしれない。
「一番好きな色だと言ってくれたんだろ?」
「しかしーー」
髪の色のことは聞いていない。
身体つきだって俺の方が小さく薄い…。
「それに、あの日が近い、流石にその日になると隠し通すのはーー」
言いにくそうに言葉を濁すジーク。
分かっている。その日が来てしまったら、きっとバレてしまうだろう。
ーー俺が他者を犠牲にしないと生きられない、化け物だという事が
「そうだがーー」
もし受け入れてくれたとしても、コハクは優しいから、俺の事を「可哀想」だと哀れに思ってしまうだろう。
両親やジークでさえたまにそれを俺に向ける。
本人に悪意がないのは分かるが、それを向けられると、自分が惨めでどうしようも無い存在だと思い知らされる。
コハクにそんな目で見られたくない
「大丈夫だ」
そう言うとジークは昨日コハクから貰った手紙数枚のうちから一枚だけ取り出し、俺に読むように差し出して来た。
『クシェル様に関わる事で相談があります。クシェル様は時々何かに怯えたような苦しみを押さえているような事があります。理由を話してくれないのはわたしに心配させないためだと分かります。わたしはクシェル様にはいつも笑顔でいて欲しいです。そのためにわたしに何か出来ることはありませんか?クシェル様に直接聞くのは躊躇われるため、ジーク様に相談します。余所の者が出てくるなと言われるなら言葉に従います。しかし、少しでも力になれる事はないか、わたしにも何か出来る事があるか、助言をもらえるとわたしは幸せです』
そこには、俺の助けになりたいというコハクの覚悟が書かれていた。それは昨日の手紙のように綺麗にまとまった文章ではなく少し拙く、自分の力だけで書かれたものだと分かる。それがまた、覚悟の大きさを表しているかのようで読み終わると同時にまた大粒の涙が溢れた。
俺に直接ではなくジークに伝えたのもコハクなりの優しさだろう。
俺はコハクに救われてばかりだーー
「お風呂上がりました…っ!クシェル様どうして泣いているんですか⁈何かあったんですか?」
風呂から上がったコハクに泣いている姿を見られてしまった。
コハクは俺のもとまで駆け寄ると、俺の頰に手を当て俺の顔を覗き込む。
ーー好き
俺は今までの感情が一気に込み上げてきて、無意識にコハクを抱きしめていた。
「えっ⁈いきなっ、な、ど」
ーー好き、好きだコハク
好きという気持ちが次々と溢れてくる。
コハクに感じる感情は初めてのものばかりで、この気持ちの正体が何なのかわからなかった。
救いにすがってるだけ?小さく可愛い存在を愛でているだけ?天使を崇拝してるだけ? ーー違う
俺はコハクが好きなんだ、愛しいんだ。
愛しい人だから俺だけのものにしたい、全てが欲しくなる、俺だけを見て欲しい、愛して欲しい!
「コハクありがとう」
「え?あ、こちらこそ?」
コハクの速い鼓動が伝わってくる。
幸せだ、何かが満たされていく。
その後しばらく抱きしめていると、ジークに言われてコハクが風呂上がりであった事を思い出し慌てて髪を乾かしてやった。
濡れたままでは人間は身体を壊してしまう。
そして、俺たちも風呂に入り今日も三人でベッドへ入る。
「本当に大丈夫ですか?」
「あぁ。手紙を読み返して感極まっただけだ」
次の日の朝コハクが隣の部屋に行ってから早速親父に連絡を入れる。
返事は「いつでも良いぞ、むしろ明日でも良い、いや、明日来い!」とのことだった。
相当コハクに会いたかったらしい。一気に合わせたくなくなってきた。
ーー自分の親父ながらに、気持ち悪い。
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