勇者でも渡り人でもないけど異世界でロリコン魔族に溺愛されてます

サイカ

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手紙

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「やっと終わったー!」

 午後は談笑する気分にもなれず淡々と翻訳書作りに勤しんだ。そのおかげかいつもより辞書の翻訳が捗り、翻訳を始めて約一週間、ついに今日終わりを迎えた。
 わたしがしたことといえばイダル先生が音読してくれたことを書き込んでいっただけで、全然大変な事はなかったんだけど、翻訳書を作り終えたという達成感があった。

「お疲れさん。これでやっと本格的に語学の勉強が始められるな」
「……そう、でしたね」

 そうだった。これ(翻訳書を作ること)がゴールじゃなかった。これでやっと教材を手に入れたに過ぎない。ここからが本当の始まりなんだ!



 その後、辞書を見つつ単語の書き取りや文章の読解を行った。そして授業終わりに早速課題が出された。その課題とは、クシェル様とジーク様に手紙を書くというものだった。

「え⁈いきなり手紙ってハードル高くないですか?」
「辞書を見ながらで良いし、一晩で仕上げろとは言わない。分からないところがあれば明日俺に聞いてくれて全然構わないし、まぁ習うより慣れろって事だな」
「わ、分かりました。頑張ります!」


 レターセットは明日持ってきてくれるとの事だったので、今日はいつも使っている勉強用のノートに下書きする事にした。

 しかし、翌朝。

「……すみません」
「お二人に伝えたいことがまとまら…思いつかなかったのか?」

 そのノートを見てイダル先生は首を傾げる。
 何故なら勉強机の上に開かれたノートには昨日の授業のメモ以降何も書かれていなかったからだ。
 伝えたいこと等の殴り書きすらない。

「いや、そういうわけではないのですが…」

 伝えたい事はいっぱいあるし、書きたいことも何となく纏まってはいる。
 でもーー

「一人になれる時間がなかなかなくてですね…その」
「…あー、成る程分かった」

 やっぱりせっかく手紙を書くのなら、内緒で書いて二人に驚いてほしい。そのためには内容は勿論、手紙を書いているということ自体勘づかれないようにしなくてはいけない!
 だから、下書きも二人がいない時にしないといけない!なのに、なのにわたしが一人になれるのはお風呂かトイレの時だけだった。
 そんなところでノートを開けるわけもなく。

 察しのいいイダル先生は数秒遠い目をした。

「すまない。まさかそこまでとは思わず…」

 その日の授業は全て手紙を書く時間に当ててもらえた。
 わたしはまず日本語で文章を書いて、その後辞書(翻訳書)でこちらの文字に直すという方法で、ノートに手紙の下書きを行った。と言っても、文法はまだチンプンカンプンだから単語を変換していっただけなんだけど。

 そして、取り敢えず完成した文章をイダル先生に見てもらった。

「こ、これは……」

 何故か頭を抱え耳を赤くするイダル先生。

「ど、どこか変なところがありましたか⁈も、もしかして失礼な言い回しとか」
「いや、随分と直球な言葉選びだなと思ってな。内容に問題は、ない。多少の文法の間違いはあるが」

 その後、イダル先生に文の添削をしてもらいどうにか授業の時間内に清書まで終わらせることができた。

「書けたか?」
「はい!どうにか」

 イダル先生が持って来てくれた封筒の中からクシェル様用とジーク様用の二つを選びそれぞれに宛てた手紙を閉じる。

 手紙は夕食後部屋に戻って落ち着いてから渡そうと思う。

「よ、喜んでくれるかな?」

 い、今から緊張して来た。
 手紙は二人への日頃の感謝を綴った。それを改めて文章におこすのは少し恥ずかしかったけど、わたしはいつも二人からもらってばっかりで何も返せてない。こんな事で何かを返せるとは思わないけど、ほんの少しでもわたしの気持ちが伝われば、二人が喜んでくれれば、嬉しい。

「喜ぶだけで済めば良いが……」

 この時のイダル先生のため息混じりの独り言は、手紙を二人に見つからないように勉強用のノートに挟んでいたわたしの耳には届いてなかった。

「シイナ、健闘を祈る!」
「え?は、はい」

 だから何でイダル先生がそんな教え子を戦地に送り出すような険しい顔をしていたのか分からなかった。


「今日は何を習ったんだ?」

 いつもは夕食後のデザートタイム中に今日一日何があったのか話すのだが、今日はいつものジーク様のその問いに答えることができなかった。
 何故なら今日はずっと二人への手紙を書いていたからだ。
 どう答えたらいいのか困っていると、クシェル様が「その話は部屋でも出来るだろう」と助け舟を出してくれた。

 もしかして、知ってた?わたしが二人に手紙を書いていた事…

 と思ったけど、イダル先生もわたしが二人には内緒で渡したいと思ってる事理解してくれてたし、二人の前では手紙を書く素振りすらしてないから気付かれるはずは、ない。
 それに、その時クシェル様は一瞬メイドさん達がいる後ろの方に視線をやってたから多分、わたしが何も返答できずにいるのはメイドさん達を気にしての事だと思ってくれたのかもしれない。うん、多分そうだ。

 そして早々におやつタイムを終えると、いつもより早く部屋に戻り、お風呂まで済ませてベッドに入った。

 そして改めてジーク様に今日一日の事を問われた。

「えと、実は今日はお二人に手紙を書いてました」

 わたしはそう答えながら風呂から上がりにこっそりポケットに忍ばせておいた二通の手紙を取り出した。

「手紙?」
「ありがとうコハクーー!!」

 渡すや否やクシェル様に抱きつかれた。
 それはまるでわたしが今からすることが分かっていたかのような反応の速さだった。

 あれ?やっぱり知ってた⁈何故?

「もう文が書けるようになったのか。凄いな」
「いえ、全然です。調べながら書いたのでおかしな所や読みにくいところがあるかもですが、読んでくれたら嬉しいです」
「ありがとう早速読ませてもらうな」
「はい!」

 そういうとジーク様は手紙の封を開けた。 それを見て思い出したかのようにクシェル様も封を開け、二人が手紙を読み始めた。

 部屋は静まりかえり、カサリと紙が擦れる音だけが響く。

 わたしは緊張で二人の顔を見れなかった。

 手紙には二人への感謝や想いを書いた。イダル先生に見てもらいながら書いたから間違い(正しく伝わらないこと)はないとは思うけど、わたしの想いが二人にとって煩わしいものである可能性もある。
 拾って助けてくれた事や優しくしてくれた事を感謝していると言われても、こっちはそのつもりはなかったとか思われるかもしれないし、年の離れた子供に貴方の役に立てるようになりたいと言われても、迷惑でしかないかもしれない。でも、伝えたかったのだ。ありがとうって、二人に何か返したい役に立ちたいって。
 こんなわたしにも何か出来る事はあるって思うから。

 数分の沈黙がまるで数時間のように思える。

「っ俺も、俺もコハクのことが大好きだぞー!!」
「グッぇ」

 先に読み終えたクシェル様に再び抱きしめられた。クシェル様はわたしが苦しそうな声を出すと、直ぐに抱擁の力を緩めてくれた。

「ありがとうコハク」
「こちらこそ。喜んで頂けて嬉しいです」

 クシェル様の瞳には涙が溜まっていた。でも、それが嬉しさから来るものだと知りわたしも自然と笑みが溢れた。

「クゥッ、俺の天使が天使以上に天使だった!!」

 今度は何故か両手で顔を覆い何かを堪えるように天を仰ぐクシェル様。

「だ、大丈夫ですか!」
「あれはそのままで大丈夫だ」
「ジーク様⁈でも」
「それよりこれは本気、か?」

 ジーク様は神妙な面持ちでわたしを見る。

 その表情から察するに、ジーク様の言った「これ」とは最後の方に書いたクシェル様に関することを指していると考えられた。

「はい本気です。勿論無理にとは言いません」
「どうした?」

 急にわたし達が真剣な表情で話し始めた事に、普段と違う雰囲気を感じ取ったクシェル様が自分の世界から帰って来た。

「……いや、大丈夫だ」

 ジーク様は俯き、大丈夫だと答える。しかしその声は震え、目には今にも溢れそうなほど涙が溜まっていた。

「っいや!大丈夫じゃないだろ!!」
「ジーク様……!」

 名前を呼ぶと俯いていたジーク様は瞬きを一つして、目線をわたしに戻す。その時、溜まっていた涙がついに一筋の雫となりジーク様の頬を伝った。
 思わずジーク様の頬に触れると、その上にジーク様の手が重ねられる。

「ありがとう。コハクは優しいな」

 そう言ってジーク様は何処か悲しげに微笑んだ。

 自分以外の誰かのために涙を流しこんな表情が出来るジーク様の方が、ずっとずっと優しくてとても素敵な人だと思う。

「そんな事ないですわたしなんて」

 それに比べわたしなんて、自分の事ばかりで、自分から歩み寄ることも出来ない。優しくしてもらって初めて何かを返したいと思うような受動的な人間で、二人みたいに迷わず誰かに手を差し伸べるなんて事出来ない。
 
 だからわたしはーー

「コハク!!」
「っは、はい!」

 クシェル様に名前を呼ばれ、振り向くとクシェル様はプクーと頬を膨らませむくれていた。

「さっきからジークばかり見つめすぎじゃないか?」
「え⁈」
「クシェル、それは流石に心が狭過ぎないか?」
「う、うるさい!俺を除け者にして二人だけで話をするなって言っているんだ!」
「つまり、寂しかったのかすまんすまん」
「はぁあ⁈違っ!ちょ、撫でるな馬鹿!お前最近キャラ違い過ぎだろ!」
「……クシェルには言われたくない」
「はぁ?」
「無自覚か……」

 いつもの微笑ましい二人のやり取りだ。一瞬シリアスな雰囲気になりかけて焦ったけど、いつの間にか普段の二人に戻っているようで、ジーク様もいつもの冷静な表情でクシェル様に払われた手を摩っていた。

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