勇者でも渡り人でもないけど異世界でロリコン魔族に溺愛されてます

サイカ

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もうすぐこの世界に来て四ヶ月

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「実はおやつも作って来てるんです」

 昼食後は湖の辺りを散歩したり、追いかけっこをして遊び、湖に足をつけて涼んだりと思う存分自然を満喫した。
 そして、良い感じに小腹が空いて来た頃を見計らって声をかける。そう、つまりは3時のおやつ!アフタヌーンティーである。ちょっと遊ぶのに夢中になり過ぎて、空が赤くなり始めているけど、湖に沈む夕陽を見ながらのティータイムもなかなか良いものだと思う。

「本当か⁈コハクの手作りおやつは今日が初めてだな!楽しみだ」

 おやつと聞いて目を輝かせるジークお兄ちゃん。

 ーー可愛い

「これまた、見たことない菓子だな」
「これはシフォンケーキといって、卵白を泡立てて作るケーキなんですよ」

 丸のまま持って来たケーキをサアニャが切り分けてみんなに配ってくれているのだが、クシェル様はその独特の形を見て驚き、目を瞬く。

 驚くのも無理はない。何故ならこの世界のケーキといえばあの蜜煮果実のパウンドケーキやパンケーキなど卵を泡立てないものしかなく、他のお菓子もフィナンシェやクッキー、タルトなどはあってもメレンゲを使ったお菓子は見たことがない。
 そのせいか、泡立て器はあっても自動で回転してくれるハンドミキサー(のような魔道具)は無かった。

 これじゃ綺麗なシフォンケーキが作れないーーいや、待てよ、魔道具が無いなら、魔法でどうにかすればいいんじゃない?

 それに気づいたわたしは風魔法で小さな渦を作り卵白を泡立ててみた。するとなんという事でしょうあんなに大変だったメレンゲ作りがものの数分でなんの疲れもなく簡単に出来てしまったではありませんか!

 ーー魔法最高!


 授業を再開した次の日に早速『力の制御方法』というよりは魔法の使い方を実践込みでさらに詳しく教えてもらった。

 まず魔法を扱うには起こしたい現象の具体的なイメージが必要となり、それが明確であればあるほど魔法の精度、威力が上がる。
 逆に現象の原理も知らず無理に再現しようとしたら膨大な魔力を消費するハメになり、最悪魔法が暴走する恐れもある。

 あの日の黒いモヤもわたしが無理な魔法を使おうとした影響だろう、とのこと。
 しかし、人の顔を歪めるなんてどんな原理で起きたんだろう?魔法は火水風雷光の五つの属性で完結する現象しか起こせないはずだ。わたしの場合、クシェル様から貰った魔石に込められた火水風雷の属性しか使えない。

 もしかして電気?確か筋肉は電気信号で動かしてて、それを遮断……いや、筋組織そのものを破壊したのかな?


 ーーーーま、そんなこんなで魔法が使えるようになったわたしはそれを早速、おやつ作りに使ったというわけだ。

 魔法で泡立てたメレンゲは過去一の出来で、シフォンケーキもしっとりふわっふわに出来上がった。

「ジャムをつけても美味しいんですけど、まず最初は是非そのままでお願いします!」


 二人ともその軽い食感を気に入ってくれて、甘いものがそこまで得意でないクシェル様は何も付けないプレーンの状態が好きだったみたいで「これは紅茶に合うな」と言ってとても喜んでくれた。甘いものが好きなジークお兄ちゃんは勿論、ジャムをたっぷり付けていた。



「ここは……」

 アフタヌーンティーも成功に終わり、片付けが終わるとずくに馬に乗り湖を後にした。
 もう城に帰るのかな?と思ったら、クシェル様は何故か城とは逆方向(さらに北側)に馬を走らせた。

 そして、到着したその場所はーーわたしがこの世界で初めて目にしたあの丘だった。

「コハクはここで保護したとジークに聞いた。それにコハクは自然、特に空が好きだろ?だからあの日コハクはこの星空に見入っていたんじゃないかと思ったんだ」
「え?もしかして……」
「本当はずっとこの星空を見たかったんじゃないか?」
「…………はい」

 ーー嬉しい

 その願いをわたしは誰にも話した事はなかった。でも、クシェル様はそれに気づいてくれた。わたしがここで保護されたと聞いたから、わたしが空を見るのが好きだと知っているから、わたしがこの星空を好きで恋しく思っているのではないかと気づいてくれた。わたしのことを分かってくれた。それがとても嬉しい。

「あの、少し歩いても良いですか?」
「勿論」

 そう言うとクシェル様はわたしを馬から降ろし、手を繋いだ。そして、そのまま丘の中央、わたしがあの日目を覚ました場所へと向かう。

「……綺麗」

 上を見上げると二つの月はそれぞれ違う欠け方で、満月でない為かあの日より多くの星々がキラキラと輝いていた。

「ここはアンファングの丘と呼ばれ、全ての始まりの地と言われている」
「始まり……」
「コハクがここで保護されたのにも何か意味があるのかもしれないな」

 そう呟くクシェル様の横顔はどこか悲しげで心なしか繋いだ手に力が込められた気がした。

「…………」

 わたしはその呟きに何て答えるべきなのか、その意味とはなんなのか、分からずただ空を見上げ続けることしか出来なかった。

 あの日と同じくその空には月が二つの輝いていて、ここが地球でないのだと思い知らされる。しかし、それらはあの日とは違う形でわたしの頭上に輝いていて、時間の経過を物語る。

 もうすぐこの世界に来て四ヶ月か……

 もし今シェーンハイト様にあの質問をされたらわたしはなんと答えるだろうか。

『元の世界に帰りたいと思うかい?』

「わたしは……「コハク!」

 一人考えに耽っていると、いきなり強い力で左腕を引かれ後ろを向かされる。その力は、掴まれた腕と左肩が痛みを覚えるほどだ。
 それに驚き目を見開くと目の前には何故か今にも泣きそうな顔でわたしを見るジークお兄ちゃんがいた。

「じ、ジークお兄ちゃん?」
「あ、す、すまない」

 すぐに腕を握る力は緩められる。しかし、その手は離される事はなかった。

「…………ジークお兄ちゃんお願いがあるんですけど、良いですか?」
「な、なんだ?」

 一度緩められたはずの手に再び力が込められる。それはまるでわたしを離さないと言ってくれているかのようだ。かと言って振り解けないほどの強さではない。そんな所にジークお兄ちゃんの優しさを感じる。きっとわたしが本気で嫌がればすぐにでもその手を離してしまうのだろう。そんなわたしに甘い、優しいお兄ちゃんが好きだ。

「手を握ってくれませんか?」
「手、を?」
「はい。前みたいにまた三人で手を繋いで歩きたいんです。ここなら良いですよね?」

 クシェル様と婚約したことを宣言したあの日から、いや、正確には三人で大泣きしたあの日から、ジークお兄ちゃんは変わった。

 まず最初に違和感を感じたのは、廊下を歩く時今までは三人で手を繋いで歩いていたのに、ジークお兄ちゃんだけ手を繋がなくなった。そして、あまりジークお兄ちゃんの方から話しかけてくれなくなった。頭を撫でてくれなくなった。夕食を食べさせてくれなくなった。そして何より、寝ている時にわたしの方を見てくれなくなった。ずっと背中を向けて、わたしとの間に一定の距離を置く。

 周りからの目を意識してのことなんだろうけど、婚約者がいる女性と親密にするのは良くないことだと、本来なら同じベッドで寝ることもあってはならないことだと分かってはいる。がーー理解は出来ても納得は出来ない。

「いや、しかし……」

 ジークお兄ちゃんはチラリとクシェル様を見る。

「お前は固く考えすぎなんだ。コハクがそれを望み俺がそれを許している、なんの問題もないじゃないか。むしろコハクを悲しませている方が問題だ!」
「っ……しかし、俺は」
「わたしはっ、クシェル様とお兄ちゃん、二人と手を繋いで歩きたいんです!どうしてもダメですか?」

 これはお兄ちゃんを困らせてしまう、自分勝手なお願いだと分かっている。でも、これがわたしの本心だ。もう周りの目を気にして、他人からの評価や好感を気にして自分を誤魔化したくはない。

「ダメ、じゃない。ダメなはずがない!」

 ジークお兄ちゃんはそっと躊躇いがちにわたしの手を握り、わたしがそれを握り返すといつものように強く握り返してくれた。それが嬉しくてわたしもその力を強める。

「ありがとうございます」




『元の世界に帰りたいと思うかい?』

 ーー正直分からない

 未だにその問いに明確な答えが出せない自分に嫌気がさす。
 元の世界に帰りたくないわけがない。でも、だからと言って、この世界で得たもの全てを投げ捨てれるかと言われたら、それも出来ない。欲深くて身勝手なわたしらしい答えだ。自分で自分に呆れる。

 しかし、今はこの手を離したくはない。だって、二人はこの世界でやっと見つけたわたしのーー希望だから。

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