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結婚は出来ません

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「結局そうなるんですね」
「まぁそう、なっちゃうよね。ハハ」


 クシェル様に想いを伝えた直後わたしは気を失ってしまったらしく、気が付いたら自分の部屋のベッドに寝かされていた。
 わたしが目を開けると手を握ってくれていたクシェル様は椅子から立ち上がり何度も謝罪を繰り返した。その後ろに立っていたジークお兄ちゃんとサアニャにもクシェル様を止める事が出来なかったことについて、何度も謝られた。

 どうやら、今回の監禁の件はクシェル様が暴走してしまっただけで、ジークお兄ちゃんやサアニャ達はわたしを助けようとしてくれてたらしい。
 しかし、クシェル様の部屋にはクシェル様が許可した者しか入れないし、その扉もかなり頑丈な作りらしく、無理に壊そうとしたら中にいるわたしにまで被害が出そうで、出来なかったらしい。
 そこで、その魔法を解いてもらおうとシェーンハイト様に連絡を取ろうとしたが、運悪くその時は何かの調べ物?事実確認?とかで城に二人の姿は無くーー

 結果、監禁3日目にしてひどく慌てた様子のクシェル様が部屋から飛び出して来て、監禁生活は終了した。

「笑い事じゃないですよ。自分以外の人と親しくしたとかいう理不尽な理由で監禁され、連日倒れるまで血を吸われ続け、挙句の果てにはベッドに押さえ付けられて骨にひびまで入れられたんですよ!そんな人を許すどころか愛おしく思うなんて……私には理解出来ません」

 そう実はクシェル様に掴まれていた腕の骨にはひびが入っていたらしい!

 体重をかけられた時のあのミシリとした軋むような痛みがそれだったようだ。うむ、確かにアレは尋常ではない痛さだった。しかし、まさかひびが入っていたとは……。

 でもその痛みも起きた時には綺麗さっぱり無くなり、首や頭も何処も痛くなくなっていた。流石異世界!魔法凄い!と改めて思う今日この頃だった。
 しかし、倦怠感は魔法では治せないのか、目を覚まして2日目の今日もベッドから出れそうにない。

「た、確かに改めて言葉にすると……酷いね。でも、思っちゃったんだよ、好きだなぁ愛しいなぁって……この子を助けたい、わたしがこの子の安心できる場所でありたいって」
「この子……」
「あ、いや、決してクシェル様のことを下に見てるとかじゃないよ!ただ、な、泣いてたら放って置けないというか、守りたくなるというか?不安になるとつい感情的になっちゃうところとか、不器用なところが可愛いなって、思って……うわぁ、言葉にしたら益々偉そうなこと言ってる気が」
「大丈夫です。言いたい事は分かります。要するに、シイナ様は魔王様に母性本能をくすぐられたという事ですね」
「ぼ、母性⁈」
「そうか、母性かぁ……これは敵わないわけだ」

 大きいため息を吐き頭を抱えるサアニャ。
 凄い落ち込みようだ。

「……か、敵わないって?も、もしかしてサアニャもクシェル様のことが!」
「違います!むしろ嫌いです!」
「嫌い⁈」
「前も言いましたが私は自分の感情を押し付けてくるような、わがままで束縛の強い男は嫌いです!」

 思いっきり眉間に皺を寄せそう吐き捨てるサアニャ。その過剰とも取れる毛嫌いぶりは過去に何かあったのではと疑いたくなるレベルだ。

「えと、じゃあ逆にサアニャはどんな人が好きなの?束縛が無理なら、色々干渉して来ない人とか?」
「好きな人のことを一番に思える人です!」

 そ、即答ーー

「一番に……だからこそ感情的になっちゃうんじゃ」
「いいえ、本当に相手を想うなら自分の感情を押し殺してでも相手の幸せを想って行動すべきです!感情的になるのは、相手より自分のことを優先している証拠です!一番ではありません」
「おぅ、反論できない」

 しかし、相手の幸せを想って?最近何処かで聞いたようなーー

『あの方は自分のわがままでシイナ様の行動を制限したりしません!常にシイナ様の幸せを想って行動してます』

 確かそう言ってジークお兄ちゃんのことを褒め、オススメして来たっけ……ッハ!もしかして

「さ、サアニャはジークお兄ちゃんのことが好っ」
「んなわけないでしょ!そんなのはんっ、じゃなくて……そもそも自分の好きな人を他の人に勧めたりしないでしょ普通」
「え、なんで?」

 わたしは、自分の好きな人の良さをみんなに知ってほしいと思うけどなぁ?クシェル様が優しくて可愛い良い人だって分かってほしいと思うけどなぁ?普通はそうじゃないの?

「取られるじゃないですか」
「と、取られる?」
「勧められた子もその人のことを好きになって、その人を横取りしようとしてくるかもしれないじゃないですか?そうなったら……良いんですか?好きな人が自分じゃない誰かを好きになってしまっても」
「自分じゃない、誰かを……っだ、ダメー!さっきわたしが言ったこと今すぐ忘れて!クシェル様のこと好きになっちゃダメ!取っちゃダメー!!」

 クシェル様がわたし以外の誰かに優しくして、甘えて、求めて泣く姿なんて見たくない!わたし以外の誰かの隣で幸せそうに微笑むクシェル様の姿なんか、想像もしたくない。

「いや、なりませんし取りませんよ」
「本当?でも……サアニャもクシェル様の可愛さに気付いたら」
「絶対にあり得ないので!安心して下さい」

 でももし、その誰かと居る方がクシェル様が幸せになれるというなら、わたしはこの手を……離すべきなんだろう。
 でも今は、少なくともクシェル様がわたしを愛してくれている間だけはーー

「ち、ちなみになんですけどぉ、グランツ様はどうなんですか?」
「じ、ジークお兄ちゃん⁈」
「はい。グランツ様は良いんですか?誰かに取られても。グランツ様も魔王様と同じく『大切な人』なんですよね?」
「そ、そうだけど……」

 ジークお兄ちゃんもクシェル様と同じく『大切な人』に変わりはない。
 だけど、ジークお兄ちゃんはわたしのことを妹として可愛がってくれてるだけで、そういう意味で好いてくれているわけじゃない。クシェル様と違ってお兄ちゃんはわたしに特別な想いを寄せているわけでも、求めているわけでもない。
 だから、わたしもそれを求めるべきではない。


『友達なんて思ってるのはあんただけでしょ。少しかまってやったからってすぐ友達面してウザイのよ!』
『あんたと友達になりたい奴なんて居るわけないじゃんアハハハハ』
『うわぁ泣いちゃったよキモー』
『ちょっとそっちが勝手に勘違いしたくせに泣くとか、マジ迷惑なんですけどー』


 一方的な想いは迷惑なだけだから。

「やっぱり一番は魔王様ですか?グランツ様のことは……そういう目で見れない?」

 そう問うサアニャの声は何処か悲しげで、まるでわたしにジークお兄ちゃんのことをそういう目で見てほしいかのような言い方に聞こえてしまう。

「っえ?それって」
『ッバーン!!』
「コハク結婚するぞ!!」
「っわ!だから扉は普通に、ってえ?結婚⁈」

 サアニャとの話の途中でいきなり扉が大きい音を立てて開き、その音に驚いていると、次に聞こえて来たクシェル様の「結婚するぞ」という言葉にさらに驚かされる。

「ちょっ、待ちなさいクシェル!話はまだ」
「お前はもう少し考えて行動しろ!」
「レディの寝室にノックもなしとは……俺はお前をそんな子に育てた覚えはないぞ!」

 次いで、フレイヤ様とジークお兄ちゃん、シェーンハイト様も部屋に入ってきた。

「ごめんなさいね病み上がりなのにうるさくしちゃって」
「い、いえ、大丈夫です」

 シェーンハイト様達とは昨夜ようやく連絡が取れたらしく、慌てて駆けつけてくれたお二人はわたしの無事な姿を見て涙を流してくれた。
 その日はもう夜も遅いとあって、詳しい話は翌日に持ち越しとなった。そして、今朝食事を終えるとお二人はわたしのことをサアニャに任せると、改めて本気のお説教をする為にクシェル様達を連れて行ってしまった。


 で、わたしのことを任されたサアニャは食後のお茶とお菓子を出しつつわたしの話し相手をしてくれていたというわけだ。

 みんなが帰って来たということは、『本気のお説教』とやらは無事終わったのかな?

「でも、どうしていきなり結婚なんて……?」
「あ、いや、今回俺が暴走したのは、コハクを誰かに取られると焦ったからだ。だから、その、コハクが俺との、み、未来を誓ってくれたらって、そう思って」
「誰かに……」
「にしたって結婚には色々と準備が必要なんだから今すぐは無理って言ってるでしょ!」
「それにコハクはまだ体調も万全ではないんだぞ!」
「届けを出すぐらい出来るだろう!取り敢えず今はそれだけでも」
「取り敢えずって……あんたねぇ」
「俺はコハクに聞いてるんだ!なぁ良いだろう?」

 ベッドの横にしゃがむと目を潤ませて、わたしの顔を覗き込んでくるクシェル様。

 か、可愛い

「コハクは俺を選んでくれた。コハクも俺のことを愛してくれて、俺だけを求めてくれた!そうだろう?俺はそれがこの先もずっと続くという約束が欲しいんだ」
「約束……」
「あぁそうだ。俺も約束する。神に、コハクに、この世界全てに誓う!だからコハクも誓ってほしい。この先もずっと俺と居てくれるって、ずっと俺だけを見て、俺だけのことを想って、コハクにとっての特別は俺だけだって約束してほしい。そしたら安心出来るから、な?」

 クシェル様はそう言って、わたしの両手を包み込むように握ると、期待に満ちた無邪気な笑みをわたしに向けてくれた。

 断られるなんて微塵も思ってない、わたしなら受け入れると確信している目。そんな目を向けられたら何でもいうことを聞いてあげたくなってしまう。喜ぶ顔が見たくて期待以上のものを返したくなってしまう!しかしーー

「っ……すみません。それは、出来ません」

 クシェル様のことは確かに好きで大好きで愛してる。クシェル様の望むことなら何でも叶えてあげたい。わたしが出来ることなら何でもしてあげたい……と思うけど、それだけは無理だ。それだけはもう自分の意思ではどうすることも出来ないから。

「……は?」

 クシェル様の無邪気な笑みは一瞬にして崩れ去り、期待に満ちていた目も今は絶望に満ちている。

「……あ、愛してるって言ってくれただろ?コハクも俺のこと心の底から愛してるって!そう言ってくれたのにっ、アレは嘘だったのか!」
「嘘じゃないです!愛してます!大好きです!でも!でも、結婚は出来ません。すみません」
「やっぱりクシェルのことが怖い?クシェルのせいで倒れたのも今回が初めてなわけじゃないし」
「ち、違います!クシェル様は何も悪くない!これは、わたしの問題で……」
「では、自分が異世界人で、人族であることに引け目を感じているのかい?」
「そ、それも違くて……」

 わたしの答えにクシェル様だけでなくフレイヤ様とシェーンハイト様も泣きそうな目でわたしを見る。
 当然だ、お二人はクシェル様のことをとても愛しているのだから。きっと誰よりもクシェル様の幸せを想って、願い続けて来た。それなのにわたしは今、目の前でクシェル様との未来を拒絶した。「愛してる」と言って、一度は受け入れたくせにーー

「なら……命の時間が違い過ぎるからか?」

 今まで黙りだったはずのジークお兄ちゃんがボソリと呟くように問う。その問いにわたしだけでなくここに居るみんなが息を呑んだ。



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