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【クシェル】この欲はあまりにも※
しおりを挟む俺は、いつまでもあの綺麗で無垢な瞳に俺を映していて欲しかったんだ。だからコハクには変わらずずっと、無垢で可愛い天使なままでいて欲しかった。
しかしーー
二人だけで話がしたいからとコハクがジークを部屋から連れ出した、その翌朝。コハクは寝起きとは言え、甘えた声で半裸の男に擦り寄り、自分から抱きついていた。しかも、この後布団から出て来たコハクの姿は誰がどう見てもそういう事が行われた後だとわかる、霰もない姿だった。
俺の天使が汚された。
ジークのせいで俺のコハクがっ、コハクが天使でなくなってしまった!
「お前が余計な事を聞いて来たせいだぞ!どうしてくれるんだ!」
それはこっちのセリフだ!
お前が余計な事をしたせいでコハクが穢れてしまった。どうしてくれるんだ!俺のコハクを返せ!
「コハクに邪な欲を向けているのが俺だけみたいな言い方をするな!」
「い、一緒にするな!!」
「一緒だろう!お前のそれも同じく、愛する者を強く求める行為なんだから!」
な、何故そんな目で俺を見る。嘘だ……ジークに限ってそんな感情を俺に向けるはずがない。ジークが俺を憎むなんてことあるはずがない!
俺はそのことが信じられなかった。信じたくなかった。しかしーー
「俺の唯一を奪い我が物顔で俺の邪魔をするお前が心底許せない」
それがジークの答えだった。
つまり、ジークはずっと俺のことを邪魔に思っていたのか?だから、ジークは俺の事を憎んでいるのか?お前からコハクを奪った俺のことをーー
「っ……お前は俺からコハクをうば、取り返したいのか?」
「獣人としての俺は、な。でもそれが全てではない。コハクのことは勿論、お前との関係も大切にしたいんだ。だからあまり俺を感情的にさせないでくれ、頼む。俺にお前を傷付けさせないでくれ」
嗚呼、お前はそうやってずっとーー
それに引き換え俺は、初めから自分の事ばかりで、お前にコハクとの婚約を許したのでさえ自分のためだった。
本来なら俺は、コハクに『救い』を求めるべき人間ではないのかもしれない。それこそ、お前のような人間の方が、コハクと同じく他者のために考え、行動出来るお前の方がコハクには相応しい。
しかしそれに気づいたからといって、コハクを手放すことは出来ない。誰かに譲るなんてこと出来るはずがない。俺はお前のようには出来ない。
俺はコハクの優しさが、愛が、全てが欲しい。欲しくて欲しくて欲しくてそれ以外考えられない。
あの白く細い首に牙を突き立て、コハクの赤い愛の蜜を啜り、満たされたい。コハクに愛されていることを実感したい。俺の全てを受け入れて欲しい。コハクの全てで俺を愛して欲しい。コハクは俺のものだという確かな証が欲しい。俺が一番だって思わせて欲しい。ジークにも許していないその先がーー
「ハ、ハハ……お前の言う通りかもしれないな」
風呂場の鏡に映る自分の顔は到底コハクに見せられるようなものではなかった。瞳は真紅に染まり、目は血走り、口角が上がり、そこから大きく鋭い牙が覗く。まさに飢えた獣のような面をしていた。
本当に醜く汚いのは俺自身だ。
「クシェル様飲みます、よね?」
そう言って晒されるコハクの首にはジークが付けた所有痕がいくつも残されている。それを見て、数時間前のことを思い出す。
「いや、いい……必要ない」
これ以上、汚い自分を晒したくなかった。そして、コハクにあの瞳で見てもらえなくなることが怖かった。だから、尚更自分の中のもう一つの欲を認めたくなかった。
「そんなに認めたくないか。コハクを不安にさせてまで、コハクを拒絶してまで通す意地になんの意味があるんだ?」
そんなの決まってる。
ただ俺は、俺はコハクに軽蔑されたくない。幻滅されたくない。嫌われたくないんだ。
「もういい、分かった。お前がその気なら……認めざるを得なくさせてやる」
『にげるなよ』
音もなく告げられたその言葉と、その時のジークの目に、俺は声も出せず震えることしか出来なかった。
その後目の前で見せつけられる行為。
ジークに胸を揉まれ、その先を弄られて、ジークの手によって段々と女へと変えられていくコハク。
見ていられなくて止めに入れば、ジークは「コハクの嫌がる事はしていない」と言って退け、今度はコハクの女の象徴へと手を伸ばした。
そして今度は視覚だけでなく聴覚でコハクが感じている事を突き付けられる。
「なぁクシェル、拒んでないだろ?」
そんなの見せつけられて、聞かされて、反論できるはずない。
「ハハ、目ぇ赤くなってるぞ」
もう隠しようがなかった。
「自覚出来たか?お前のそれも俺と同じだって事、認める気になったか?」
この状況で現れた瞳の変化。それを見られてしまっては、もう言い逃れはできない。
観念してコハクの目を見れば、そこには恐れていた感情は何一つ映されていなかった。それどころかコハクはいつもと変わらぬ笑みで俺を見つめていた。
俺を映すそのコハク色の瞳は変わらずどこまでも澄んでいて、優しく綺麗で美しいままだった。
気がつくと俺はコハクの女の象徴に口を付けていた。ジークの手によって、ジークの為に出された男を誘う愛の蜜。でもそんなのどうでも良かった。誰のためだとか、誰への愛だとかそんな事、考える余裕もなく俺は求めるまま本能のままに、コハクの愛の蜜を舐め啜り、その愛に酔いしれた。
その衝動と多幸感は完全に吸血時のそれだった。それに気づいた時、それは俺が完全に自分の欲を認めた瞬間だった。
「っ!す、すまないコハク俺はなんて事をっ⁈」
『ちゅ』
コハクに名前を呼ばれ、自分の過ちに気づき顔を上げれば、それを許すかのように優しいキスが与えられた。俺の欲に塗れたこの汚い口へと、天使の赦しのキスが与えられたのだ。
その事に目を丸くしていると更に驚くべき言葉がコハクから告げられる。
「もっといっぱい愛して、隠してるもの全部見せて、二人の全てを受け止めさせて、わたしにも二人を愛させて」
俺のあの醜い欲を愛と呼び、許し、隠す必要はないと、全てを受け止めたいと言ってくれた。
間違っている。無垢で綺麗なコハクに向けるにはこの欲はあまりにも汚過ぎる。本来、俺なんかがコハクに何かを求める事自体間違っているのかもしれない。しかし、俺はコハクのこの言葉に縋らずにはいられなかった。
「すまない。俺はずっとコハクにこんな汚い欲を……」
俺は醜くもコハクに縋り付き許しを乞う。
「汚くない。吸血だって、今のだって、わたしは一度も汚いと思った事はないし、汚されたなんて思ったこともありません」
そう言いながら、コハクは自分の腹に擦り付けられる俺の頭に手を乗せ、初めて俺に『愛してる』と言ってくれたあの時のように、ゆっくりと髪を解くように優しく撫でてくれた。
「わたしは何も知らない子供じゃありません。それこそ、そういう行為を愛も同意もなしに行う最低な人達が居る事も知っています。でも、二人はその人達とは違うでしょ?ちゃんとわたしを愛してくれている。愛故にわたしをそういう対象として見てくれて、求めてくれている。そうでしょ?それのどこが汚いんですか?」
「愛……しかしこれはそんな綺麗なものでは」
「愛にも色々な形があるのは知っています。独占欲とか庇護欲とか、執着心とか?でもわたしはそういうの全部引っ括めて受け止めたいって言ってるんです。二人から向けられるそれら全てが嬉しい。愛しいと言ってるんです」
「こ、コハク……」
両頬に手を添えられ、目を合わされる。
「それが本当に汚いものだろうと、後ろ暗いものだろうと関係ないんです。そこに二人の愛がわたしへの想いが込められているのなら、わたしは痛いのも苦しいのも我慢できる。二人になら何をされてもいい。二人になら全てを許すって本気で言ってるんです」
コハクの口から語られたそれらは全て嘘偽りない真実だった。
「コハクありがっ」
「あ!でも、監禁はダメですからね!」
コハクの本気の言葉が嬉しくて体を起こし、改めてコハクに抱きつこうとしたら、目の前に人差し指を出され「め!」と叱られて?しまった。
「あ、あの時は本当にすまなかった。コハクにはとても辛い思いを……」
「本当ですよ!ずっと一人でクシェル様の帰りを待つだけの生活とか寂しすぎて泣きそうだったんですから!でも泣いたらクシェル様が悲しむし……もう、あんな思いは二度とごめんです!」
ん?寂しかったから?それはつまり、寂しくさせなければ、一人にしなければ監禁してもいいということでは⁈
「いだっ⁈いだだだだ!!」
「い、いきなり何してるんですか⁈」
あ、頭が割れる!
ジークにわりと本気に近い力でこめかみを掴まれ、コハクから離される。その手はコハクに「やめて!」と何度も引っ張られても外れる事はなくーー
「な、何故だ⁈俺は何も」
「お前の考えていることぐらい分かる。それはコハクが許しても俺が許さん!」
「いや、しかし例えばお前と俺交互でぃでででぇー!」
何故だ!俺の考えが分かるということは少なからずお前もそれを望んでいるということだろう⁈互いに仕事の時間を調整して、コハクを一人にしないようにしようという話であって、何もお前からコハクを取り上げようというわけではないんだぞ!
「望んで、許されても、すべきでない事はしない。お前にもさせない」
「っ……わ、分かった。しない、しないと誓うからこの手を離してくれ」
最後に念を押すかのように、再び手に力を込められ、手を離された。
こ、怖かった。一瞬本当に殺されるかと思った。それ程の殺気だった。
「ぼ、暴力もダメです!二人が傷つけ合うのはもっとダメです!」
ジークの腕が降ろされると同時に、コハクの目からは涙が溢れ、部屋にコハクの泣き叫ぶ声が響いた。
「す、すまない。でも、クシェルがまた良からぬことを考えていたから、少し注意していただけで、争っていたわけでは」
「それでもダメです!二人が痛がるとこなんて見たくありません!」
「わ、分かった。次からは手を出さないように努める。すまなかった」
未だ止まらない涙をジークが自分の服で拭い、コハクを腕に抱いて布団を被せあやす。
そして、ジークはそのままコハクを寝かしつけると、蒸しタオルでコハクの体を綺麗にし、新しい服を着せてベッドへと寝かせた。
ーーな、慣れてるな
「風呂場借りるぞ」
「え?あ、あぁ別に構わないが……」
お前は汚れるようなことしてない、よな?
「っま、待て!まさかお前」
「コハクを守るためだ許せ」
「ゆ、許せ⁈」
いや、どうしても治らないのなら、そうするしか方法がないのは知っているがーー
「待て、もしかして昨日はコハクの部屋の……」
「コハクには言うなよ」
「い、言えるかぁあそんなこと!」
「……知ったら、言いそうな奴が一人居るんだよなぁ」
そう呟きながらジークは風呂場へと入って行った。
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