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【クシェル】奪われるよりは

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 昨日、夜遅くに勇者について調査を行っていた親父から緊急の知らせが入った。その内容は、勇者に関して新たな情報が入ったため、こちらに向かっているというものだった。

 その新たな情報を書面や従者を介してではなく、親父自ら直接伝えに来るというところに慎重さを感じる。加えて、既にこちらに向かっているというところに緊急性を感じる。

 つまりその新たな情報とやらはそれ程、慎重にかつ早急に対処すべき内容という事だ。

「凄く、嫌な予感がする」

 嫌な予感ほどよく当たるものでーー


 翌朝親父からもたらされた情報は俺に危機感と激しい焦燥感をもたらした。


「勇者がコハクの知り合い⁈」

 親父が持ってきた情報の一つが、勇者の目的だった。

 それは案の定というか、獣人族の第一王子の読み通り魔王である俺から異世界人のコハクを取り戻すことだった。

 そこまでなら、人族の奴らの口車に乗せられて、いいように使われているだけという可能性がまだ残っていたがーー

 親父曰く、勇者はコハクの事を我が物顔で語り、強い執着を見せていたらしい。そこから勇者はコハクの知り合い、それもかなり身近な者ではないかと推測出来る。
 そう考えると、助け出すのではなく、取り戻すと明言している辺りからも強い執着心が感じられる。

 そして、親父が次に明かしたのはそいつの名前だった。のだがーー


「ハルキ、だと?」

 俺はその名前を耳にした瞬間、既視感を感じると共に、かつてない程の危機感を覚えた。

 そうそれは、コハクが初めて俺に弱い部分を晒して、甘えて来てくれた時の事だ。
 過去を語っている時に出てきた人物がそんな名前だった。

『皆んなわたしのせいだって言うんです。お父さんと友達のハルちゃん以外の皆んな』

 友達のハルちゃんとハルキ、そしてアルくんとアルベルトーー同じだ。

 コハクが友達に付ける特別な呼び名とやらの法則があの白いガキの時と全く同じだったのだ。

 つまり、勇者はコハクの友達⁈

 そう考えると全て合点がいく。いってしまう!勇者がコハクに執着する理由も、コハクがこの世界に来た理由も全て。

 きっと、コハクは勇者のためにこの世界に連れてこられたのだ。それも神の力という圧倒的な力を与えられて、勇者と協力して魔王であるこの俺を殺すためにーー

「クシェル急にどうした。顔色が……いや、勇者がコハクの知人だと言われれば当然か」

 幸い、コハクの友達の呼び名を知っているのは俺だけだ。そのため『勇者はコハクの知人であろう』というところで考察が止まっている。

「そこで、もういっそコハクちゃんに全てを話して、本人から直接勇者とどういう関係なのか聞こうと思うんだが」
「はぁああ゛⁈何を言い出すんだクソ親父!余計な事をするな!そんな事をしたらコハクがっ……」

 コハクが俺の元から離れて行ってしまう。

「そうですよ!勇者のことなんて話したらコハクを困惑させるだけです!」
「しかし、勇者の正体を明らかにするためにはコハクちゃんに話を聞くのが一番だろ?それに、万が一其奴がコハクちゃんの大事な人であった場合」

 そうだった場合なんだっていうんだ。まさか、そいつの元にコハクを返すとか言い出すんじゃないだろうな!

「っんなの関係ない!たとえ勇者がコハクの友達だろうとなんだろうと勇者は敵だ!敵は殺す!それだけだ!」

 そう、俺からコハクを奪おうとする者は全て敵だ!それが勇者であろうと神であろうと。

 そして、そんな奴らは早くこの世から消し去るべきだ。コハクの目に触れる前に、耳に入る前に一刻も早く!じゃないとコハクが、俺のコハクがーー

「クシェル、流石にその考えは許容出来ないぞ」

 親父がそう言って、手のひらを俺の方に向けると、目の前に光の壁が現れた。親父が結界を張ったのだ。

「はぁあ⁈な、何のつもりだ!」
「お前はそこで少し頭を冷やしてろ」
「は?……ま、待て!やめろ!おいっ、やめ、頼むやめてくれ!」

 俺は必死に叫び、目の前の透明な壁を叩いた。

 しかし、親父はそんな俺に見向きもせず静かに、この部屋から出て行ってしまった。

「っクソ!!」

 恐らく、いや絶対コハクに勇者のことを話しに行ったんだ。そして、聞くつもりなんだコハクに「ハルキ」という名前に聞き覚えはないか?と、そいつとはどういった関係なのかとーー

「クシェルどうする?」
「どうするって、後を追って止めるに決まってるだろ!」

 俺の隣に立っていたジークも共に壁の向こうに閉じ込められてしまっている。そのため扉側にいるのは母さんだけだ。しかし、母さんはクソ親父と同じ考えなのか、俺達に手を貸そうとはしない。

「止めてどうするの?もし、勇者がコハクちゃんの大切な人だったら、あなたはどう責任を取るつもりなの?」
「そんなのは、バレなければいいだけの話だ!」
「本気でそう思ってるの⁈」
「仮にバレて、コハクを悲しませる事になったとしても……奪われるよりはずっといい」

『ガッシャーン』

「あ!待ちなさいクシェル!ジーク!」

 そして俺達は、母さんの制止も聞かず窓を破壊するとコハクがいるであろう勉強部屋へと急いだ。


「余計な事をするなと言っただろ!クソ親父!!」

 幸い、コハクとは別の話で盛り上がっていたようで、勇者の話はまだ伝えていなかった。その事に一先ず胸を撫で下ろす。

 しかし、間に合ったからと言って、俺に親父を黙らせる力は無い。ここで抵抗してもまた結界を張られるか、力で押さえつけられるのがオチだ。

 ならば、と俺は親父ではなくコハクの方に働きかける事にした。コハクの言語理解能力を奪うという方法でーー

「あぁ実は少し前に人族の国で勇者が確認されたのだが、そいつの目的っていうのが君を取り返す事らしいんだよ。それで……コハクちゃん?」

 その方法は成功し、コハクに勇者の話を聞かれずに済んだ。それどころか、それが俺の仕業であると気付いたコハクは俺の願いにまで気付いてくれて、「クシェル」と名前を呼び手を広げ、俺の願いを受け入れてくれた。

「コハクちゃん、本当にそれで良いのかい?」

 そして、クソ親父に言語共有魔法をかけ直してもらいーー

「これは君に関わる重要な話なんだよ?」

 そう問われても、コハクは何も知らないまま、俺達のそばに居ることを選んでくれた。

 コハクのその答えに、親父は数秒の沈黙の後、何かを覚悟したかのように一度静かに目を閉じーー

「そうか……分かった」

 コハクに笑いかけた。

 その後も穏やかな笑みのまま、俺達を連れて部屋を出る親父。

 しかし、会議室に戻るや否やーー

「いいかクシェル、今回はあの子の想いを無駄にしないために黙っておいてやるが、もし勇者を殺そうとしたら今度こそコハクちゃんに全てを話し、そしてコハクちゃんは俺たちの屋敷で預かるからな!」

 親父は鬼の形相で俺に指をさした。

「はあ?何勝手な事言って」
「自分のことしか考えられないような奴の所にあの子を置いておけるわけがないだろ!」
「っ……でもコハクは俺達のそばに居る事をっ!」

『コンコン』

「会議中に申し訳ございません」

 そう言って、俺と親父の会話の途中で扉を開けたのは、サアニャとかいうコハク付きのメイドだった。



「勇者を殺すのは待って下さい。お願いします!」

 そして、そのメイドは入室早々そう言って頭を下げた。メイドのその思いもよらない行動に皆が目を丸くする。

「其方がそれを望む理由はなんだ」

 そんな中一番に冷静さを取り戻し、口を開いたのは、この場で一番の年長者である親父だった。

「その人間が、シイナ様の友人である可能性があるからです」

 メイドのその答えに俺は皆んなとは別の意味で息を呑んだ。

 こいつはコハクの友達の名前どころか、勇者の名前すら知らないはずだ。なのに、どうしてその答えに辿り着いた⁈

 そして、やはりそんな中口を開いたのは親父だった。親父はメイドにそう考える根拠を問い、メイドはその答えに至った道筋を語った。


「そんなことが可能なの?」

 メイドが語ったその話に再度この場にいる全員が目を丸くし息を呑む。

「分かりません。しかし、シイナ様が渡り人でも勇者でもないとなると……そう考えるのが一番、辻褄が合うんです」

 確かにそうだ。このメイドの言う通りなら、勇者がコハクに執着している理由も、コハクが何の祝福(特殊能力)もなくこの世界に飛ばされた理由も、コハクが元の世界で人に嫌われ、友と呼べる存在が極端に少ない事の理由さえも、全て説明がついてしまう。

「しかし、まさかコハクが渡り人じゃなかったなんて……でもならどうしてコハクにはあんな力が?コハクが召喚者というのなら、あの力はおかしいだろ!」
「ジークの言う通りだ!ましてや、コハクは勇者でもないんだぞ?」

 渡り人でも勇者でもなく、神の祝福(特殊能力)を授かれなかった者が、異常なまでの神の力を与えられるなんてことあり得るのか?

「そこなんですよ!」
「あ゛?」
「私が勇者を殺すのを待って欲しいとお願いした理由です。勿論、シイナ様を悲しませないためというのが一番の理由ですが……どうにも引っかかるんですよね」
「引っかかるって、コハクちゃんの力のこと?それとも召喚のされ方のこと?」
「両方です。両方とも神の干渉無くしてはあり得ないことだと思うんです。だから、私の推測が正しかった場合、神もそれを承認し、手助けした事になるんです」
「と、なると勇者は神のお気に入りで、神すらも我々の敵である可能性が出てくるな」

 親父はメイドの答えを聞くと、手を口元に添え、眉間の皺を更に深くした。

「そこまで分かっていて、お前は何故あんなお願いをしたんだ?今すぐにでも、とは思わないのか?現に俺はお前の話を聞いた時から殺意を抑えきれずにいるんだが」

 俺のその言葉にジークも賛同するかのように首を縦に振った。

「言ったでしょ?シイナ様を悲しませないためです。勇者がシイナ様の友人であった場合、全てを知らないシイナ様は絶対に悲しみます。それにこれは完全に私の推測です。確定した答えではありません。つまり、何をするにもまだ証拠が足りません。決定的な証拠が」
「だから、待てと?」
「そうです。安心してください、私も皆様と同じ気持ちです。ですから……殺すな、とは誰も言っていないでしょ?」

 そう言って、魔王である俺と堂々と目を合わせるメイドの瞳からは、未だ見たこともないほどの闇を感じた。

 しかしその目は俺を見ているようで、見ていない。まるで頭の中に居る誰かに向けたもののようだ。

 その誰かとは勇者か召喚主か、それともーー


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