エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第五十三話『ニーチャ2』

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 ニーチャは窓枠に腕と頬を乗せ、小さな翼をパタパタ羽ばたかせている。二階の窓の外に足場は無いため、魔力を使ってそこに滞空しているようだ。
 どこから見られていたのかと身構えると、ニーチャは手を口元に置いた。親指と人差し指で輪っかを作り、ルルニアがやったように手を上下させた。

「………………最初からか」
 動作の意味は分からぬらしく、表情に淫靡さは無かった。

「そういうのは人前でしない方がいいと思うぞ」
「人前じゃないなら、いいの?」
「まぁ、うん。時と場合と相手次第ではある……な」

 言い詰まる俺を見て横のルルニアがクスッと笑った。
 ニーチャは真似っこを止め、浮いて窓枠の上に立った。

「二人、すっごく幸せそうだった。あれがドーラの言ってた美味しいの? それとも別の奴?」
 眠たげな瞳には興味関心の色がある。窓枠を越えて室内に入ってくるが、ルルニアは敵意を向けずにニーチャの来訪を許した。

「この子は前世の魂が薄いサキュバスなんですね」
「薄い?」
「性行為のやり方が分からないのでしょう。前世の魂が濃ければ最初からそういうアレの記憶がありますが、薄い場合は自力で学ばねばなりません」

 生まれつき知識があるサキュバスは簡単に獲物を捕まえられるが、知識が無いサキュバスは初めの一歩で躓く。一人も喰えていないのだろうと問われると、すぐに肯定があった。

「それって、ひと目で分かるものなのか?」
 ズボンを履きながら聞くと説明があった。

「その子、幼い身体なのに胸が凄く大きいですよね?」
「だな。人間の子どもと比較するとかなり不釣り合いな体型だ」
「あれが成人したてのサキュバスの特徴です。母乳に混じる精気を胸に蓄え、一年ほど食事を摂らずに活動できるようにします。ようは一時的な食料庫ですね」

 容姿を幼くすることで魔力の消費を抑え、供給が安定したら身体を成長させる。獲物を捕食できない期間が長いほど胸が薄くなり、サキュバスとしての力も失う。そして死ぬ。

「他にもあの体型の利点はあります。治安の悪い町の路地裏に立っているだけで、そういう趣味の方が近づいてくるんです。後は流れに任せて精気を絞れば、一人前のサキュバスの完成です」

 そういう趣味の人間は余裕が無く、細かいことは気にしない。ミスをやらかしても何とかなることが多いため、初心者サキュバスには人気の狩り方なのだとか。

「あ、ちなみにですが私はしていませんよ。友人から精気のおすそ分けを頂いていたので、試そうと思ったことすらありませんでした」

 俺が不安気にしていたからか補足があった。
 初めてはロアみたいな整った顔の雄が良いとか、筋骨隆々で腕っぷしのある雄がいいとか、サキュバスにも千差万別の趣向がある。女子会みたいな場で自分の好みを語り合うそうだ。

「……女子会と言うには殺伐し過ぎじゃないか?」
「人間も好きな雄と雌の容姿について語り合うものでしょう?」
「語りはするが、別に食べる目的ではないしな……」

 そんな俺たちの会話模様をニーチャは不思議そうに見ていた。
 ルルニアは肩をすくめ、ベッドから降りて脱線した話を戻した。

「もう一度確認します。あなたは人間を食べてないんですね」
「食べてない。美味しそうは分かるけど、それだけ」

 胸の蓄えがあるから空腹感もなく、積極的に人間を襲う気もない。本人のぼんやりな気質を見るに、誰かしらが導いてやらねば人喰いにもなれず餓死しそうだ。

「ニーチャ、二人が仲良しな理由知りたい。でも……」

 ダメなら出て行くと、とても寂し気な顔で言った。
 出来ればここにいたい、そんな切望が伝わってきた。

「この人はあげませんよ。指の一本たりとも舐めさせる気はありません」
「うん……」
「ただ自分で愛し合う相手を見つけるなら話は別かもですね」
「え」

 ポカンと聞き返すニーチャへ、ルルニアは告げた。

「私たちの傍にいると言うなら、あなたは生き方を変えねばなりません。人を喰うサキュバスではなく、人と愛し合うサキュバスになる必要があります」
「愛し合う、それどうする?」
「語り合って触れ合って、お互いを知るんです。一度ですべて吸い上げたらそこで終わり、じっくり時間を掛けて味わう方がずっと幸せでいられます」
 
 ルルニアはニーチャをこちら側へと勧誘していた。
 俺も本心では受け入れてやりたかったが、一つ大きな問題がある。俺の精気を渡さない以上、空腹に耐えられなくなるという障害が必ず立ちはだかってしまう。

「他の人間は闘気を使えるほど精気を持ってない。それにサキュバスは子宮で受けた精気の吸収を中断なんて出来ないだろ? そこはどうするんだ?」

 ニーチャを引き込むなら『絶対安心な証』が必要不可欠だった。
 ルルニアは「一応の解決策ならあります」と言い、人差し指の先端を光らせた。ツイツイと光の軌跡を虚空に走らせ、紋様を描いた。それが何か聞くと、得意げな顔でこう告げた。

「────今からこの子に私の刻印、『淫紋』を刻みます」
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