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第六十話『天使3』
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「先に言っておくけれど君たちを罰するつもりはない。そのつもりならこんな手間を掛けたりはしない。とっくの昔に対処している」
だから恐れる必要は無いと、言葉にせず示してきた。
俺はあえて肯定せず「いつからですか?」と返した。
「疑惑、という意味では最初に会った時からだよ。僕は生まれつき魔物の匂いに敏感だから、グレイゼルの傍にいる何かに気づいていた」
「それなら何故……?」
「理由は単純だよ。君らの関係に手を出さない方が良いと思ったからさ。それが将来的に数多の人々を救う未来を築くことになる、とね」
何の根拠があってそんな展望を抱いているのか問うと、ロアは答えた。
「────グレイゼルは神の使い、『天使』を知っているかい?」
天使とはかつて魔物の脅威から人類を救った超常の存在だ。遥か昔の話なのに文献が数多く残っており、広く厚い信仰がある。大陸中探してもその名を知らぬ者はいないほどだ。
「じゃあその正体が魔物というのは知っていたかな?」
は、と感情がすっぽ抜けた声が漏れた。ロアは櫓の手すりに寄り掛かり、山向こうの景色を眺めながら天使についての話を続けた。
「天使の正体は魔物だった。僕もこの事実を知らされた時は驚いたよ」
「……証拠があるんですか?」
「残念だけど今見せられる物はないかな。でも本当に天使が神の使いだと言うなら、数百年以来の魔物災害に苦しむ僕らの前に現れないのはおかしい。そうは思わないかい?」
天使は白銀の髪と純白の翼を持った少女だ。見た目はとても見麗しく、誰にも対しても優しくあった。そして神通力と呼ばれる力で魔物を打ち倒したとされている。
「信じられないのも無理はない。ではこれは純然たる事実だよ」
そう言葉を紡ぎ、ロアは事実を述べるように言った。
「人間は極一部の者を除いてろくな力を持たない。なのに魔物は魔力という超常の力を行使できる。神の使いがこの世にいないなら、それは」
「人間に与した魔物と、そう言いたいんですか? 確かに筋は通っていますが信じられません。そんな妄言で俺の妻を愚弄されても困ります」
心の奥底では天使の正体が魔物だと思い始めていた。
だが安易にそれを認めてしまってはロアの思うつぼだ。
頑な姿勢を貫く俺を一瞥し、ロアは手すりから身を離した。
「少女は愛する者との平穏を望んだ。国もそれを認め、二人の愛を邪魔しなかった。実際は少女が強すぎて手を出せなかっただけだけどね」
「………………」
「少女と男性は長い時を平和に過ごした。でも男性が死んだことにより状況が一変した。少女は死に場所を求めるように魔物と戦い続けた」
「………………」
「これが僕の知る正しい歴史だよ。実際の心中はどうあれ、少女は人間を守ってくれた。天使と称されるにふさわしい存在になったわけさ」
作り話なら大したものだ。騎士を辞めて作家になればいい。
ロアが語る天使の伝承は俺とルルニアの関係性とも似通っている。その真意を見定めようと思考を重ね、息が止まった。ロアの心中に当たりがついたのだ。
「────ようするにお前は、ルルニアを天使にする気か」
敬語で話し続けることは出来なかった。不敬だと断罪されようが、最愛の相手を利用しようとする姿勢が許せなかった。殴りたい気持ちを抑えるのが精一杯だった。
「うん、そうだよ。僕は本気で魔物が嫌いだけれど、人類の利益となるなら別だ。君たちの関係を誰かに言いふらしはしないし、支援も惜しまない」
「恩を売って縛りつけるつもりか?」
「危険を冒して失敗するぐらいなら、成功例をなぞる方が建設的さ。僕は人類の存続のためなら何でもする。ここを魔物災害の要所として築く。そのために君たちの力が必要なんだ」
一方的に話を進め、ロアは懐から短剣を取り出した。
儀礼用の豪勢な品で、柄を俺に向けて差し出してきた。
「これは信頼と友好の証だ。君らの素性が僕以外の誰かにバレることがあったとしても、それを出せばその場で断罪されることはない」
短剣に施されているのは王家の紋章だ。ようするにロアは一介の貴族ではなく、王家の血筋を持つ人間ということになる。予想せぬ事態の連続だったが、動揺は無かった。
「────必要あるか。こんな物が無くても俺は大切な家族を守ってみせる。天使だろうが王族だろうが関係ない! 誰にも俺たちの日常を壊させたりはしない!」
手に全身の闘気を集中させ、金属で出来た短剣の柄を握り曲げてやった。
尋常ならざる事態にロアは目を瞬かせ、冷や汗を浮かべながら後退した。
「……グレイゼル、君はいったい……」
「ただの薬屋でルルニアの夫だ。分かったら二度とこんなふざけた話はするな」
「……ま、待ってくれ! 話はまだ!」
幸か不幸か、今の激高で闘気のコツをより深く掴めた。足全体を覆うように闘気を集中させて櫓から跳び降り、一切の痛みなく地上へと降り立った。
「────俺たちは誰の指図も受けない。話はそれで終わりだ」
そう吐き捨て、ロアの元を去った。
だから恐れる必要は無いと、言葉にせず示してきた。
俺はあえて肯定せず「いつからですか?」と返した。
「疑惑、という意味では最初に会った時からだよ。僕は生まれつき魔物の匂いに敏感だから、グレイゼルの傍にいる何かに気づいていた」
「それなら何故……?」
「理由は単純だよ。君らの関係に手を出さない方が良いと思ったからさ。それが将来的に数多の人々を救う未来を築くことになる、とね」
何の根拠があってそんな展望を抱いているのか問うと、ロアは答えた。
「────グレイゼルは神の使い、『天使』を知っているかい?」
天使とはかつて魔物の脅威から人類を救った超常の存在だ。遥か昔の話なのに文献が数多く残っており、広く厚い信仰がある。大陸中探してもその名を知らぬ者はいないほどだ。
「じゃあその正体が魔物というのは知っていたかな?」
は、と感情がすっぽ抜けた声が漏れた。ロアは櫓の手すりに寄り掛かり、山向こうの景色を眺めながら天使についての話を続けた。
「天使の正体は魔物だった。僕もこの事実を知らされた時は驚いたよ」
「……証拠があるんですか?」
「残念だけど今見せられる物はないかな。でも本当に天使が神の使いだと言うなら、数百年以来の魔物災害に苦しむ僕らの前に現れないのはおかしい。そうは思わないかい?」
天使は白銀の髪と純白の翼を持った少女だ。見た目はとても見麗しく、誰にも対しても優しくあった。そして神通力と呼ばれる力で魔物を打ち倒したとされている。
「信じられないのも無理はない。ではこれは純然たる事実だよ」
そう言葉を紡ぎ、ロアは事実を述べるように言った。
「人間は極一部の者を除いてろくな力を持たない。なのに魔物は魔力という超常の力を行使できる。神の使いがこの世にいないなら、それは」
「人間に与した魔物と、そう言いたいんですか? 確かに筋は通っていますが信じられません。そんな妄言で俺の妻を愚弄されても困ります」
心の奥底では天使の正体が魔物だと思い始めていた。
だが安易にそれを認めてしまってはロアの思うつぼだ。
頑な姿勢を貫く俺を一瞥し、ロアは手すりから身を離した。
「少女は愛する者との平穏を望んだ。国もそれを認め、二人の愛を邪魔しなかった。実際は少女が強すぎて手を出せなかっただけだけどね」
「………………」
「少女と男性は長い時を平和に過ごした。でも男性が死んだことにより状況が一変した。少女は死に場所を求めるように魔物と戦い続けた」
「………………」
「これが僕の知る正しい歴史だよ。実際の心中はどうあれ、少女は人間を守ってくれた。天使と称されるにふさわしい存在になったわけさ」
作り話なら大したものだ。騎士を辞めて作家になればいい。
ロアが語る天使の伝承は俺とルルニアの関係性とも似通っている。その真意を見定めようと思考を重ね、息が止まった。ロアの心中に当たりがついたのだ。
「────ようするにお前は、ルルニアを天使にする気か」
敬語で話し続けることは出来なかった。不敬だと断罪されようが、最愛の相手を利用しようとする姿勢が許せなかった。殴りたい気持ちを抑えるのが精一杯だった。
「うん、そうだよ。僕は本気で魔物が嫌いだけれど、人類の利益となるなら別だ。君たちの関係を誰かに言いふらしはしないし、支援も惜しまない」
「恩を売って縛りつけるつもりか?」
「危険を冒して失敗するぐらいなら、成功例をなぞる方が建設的さ。僕は人類の存続のためなら何でもする。ここを魔物災害の要所として築く。そのために君たちの力が必要なんだ」
一方的に話を進め、ロアは懐から短剣を取り出した。
儀礼用の豪勢な品で、柄を俺に向けて差し出してきた。
「これは信頼と友好の証だ。君らの素性が僕以外の誰かにバレることがあったとしても、それを出せばその場で断罪されることはない」
短剣に施されているのは王家の紋章だ。ようするにロアは一介の貴族ではなく、王家の血筋を持つ人間ということになる。予想せぬ事態の連続だったが、動揺は無かった。
「────必要あるか。こんな物が無くても俺は大切な家族を守ってみせる。天使だろうが王族だろうが関係ない! 誰にも俺たちの日常を壊させたりはしない!」
手に全身の闘気を集中させ、金属で出来た短剣の柄を握り曲げてやった。
尋常ならざる事態にロアは目を瞬かせ、冷や汗を浮かべながら後退した。
「……グレイゼル、君はいったい……」
「ただの薬屋でルルニアの夫だ。分かったら二度とこんなふざけた話はするな」
「……ま、待ってくれ! 話はまだ!」
幸か不幸か、今の激高で闘気のコツをより深く掴めた。足全体を覆うように闘気を集中させて櫓から跳び降り、一切の痛みなく地上へと降り立った。
「────俺たちは誰の指図も受けない。話はそれで終わりだ」
そう吐き捨て、ロアの元を去った。
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