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第六十八話『雨音の下で3』
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雨は翌日の朝も降っていた。俺は納屋で薬の調合をし、ルルニアは前日に取り込んだ洗濯物を畳み、ニーチャは窓から外の景色を眺めていた。三者三様にのんびりな時間を過ごした。
お昼の前には雨の勢いが収まり、三人で山を下った。
何事もなくミーレの村に着き、一度ルルニアと別れた。
各所の村の女性陣による炊き出しは定刻通りに開始された。料理の内容はこの地域馴染みの野菜スープだが、貴族相手の食事ということもあってふんだんに肉と塩が入れられた。
村中に食欲をそそる香りが漂うが、広場に来た騎士団の面々の顔は複雑だった。その原因は調理途中の料理ではなく、俺たちのせいと言って差し支えない内容だった。
「はぁ、まさか山に入る前に片がつくとはな……」
「ガーブランド臨時教官の手柄だってよ。やっぱ凄いぜあの人」
「サキュバス殺しの異名は伊達じゃありませんね」
ドーラはガーブランドが討ち取った。という話をでっち上げることにしたらしい。山狩りは開始の瞬間に取りやめとなり、騎士たちのやる気に水を差す形になってしまった。
せっかくの料理を廃棄するのももったいないため、炊き出しは予定通り実行された。騎士団の面々は降って湧いた休暇を満喫し、広場はお祭り騒ぎのような賑わいとなった。
「────まだおかわりはありますよ! 食べたい人はこちらに来て下さい! 美味しい美味しいスープをお皿いっぱいにごちそうしますよ!」
ルルニアの呼びかけを受け、何人もの男性が大鍋へと群がった。野菜少なめと言った騎士の皿にどっちゃり野菜を盛ったりと、恐れ知らずな茶目っ気に一部の村人が恐れおののいた。
「あなた、手際良いわね。若いのに結構やるじゃない」
「ありがとうございます。お姉さまのご指導の賜物ですよ」
「お姉さまって、こっちはもう四十よ。そんな年じゃないわ」
美人な新参者とあらば疎まれそうなものだが、この地域の女性には基本誰かしらお相手がいる。年もだいぶ離れているため、邪険にされる様子はなかった。純粋に働きぶりを評価されていた。
「ミーレ、あなたも早く大事な人を見つけなければダメよ」
「お母さん、うるさい! 成人の儀はまだでしょ! 文句言うならそれからにして!」
「あの騎士様とかどうかしら。とっても筋肉質で素敵よ?」
「だ・か・ら、あたしは無い方がいいのよ! ずっと前から何度も言ってるでしょ!」
そんな母と娘のやり取りで笑いが生まれた。
仕事中のルルニアに向かって手を振ると、向こうも俺に気がついた。口元が「ニーチャ」と動いたのを確認し、どこに行ったか探すことにした。
広場から離れて歩いていると、路地から男の子の集団が飛び出してきた。近くを通った子に女の子たちの所在を聞くと、とある家が指差された。中にはニーチャ含めて三人女の子がいた。
「いい、ニーチャ? 男の子はケダモノよ。門の近くに住んでるロッゾなんてね、いっつももわたしにちょっかいかけてくるんだから」
「んー……? じゃあその子はリコレが好き?」
「ち、違うわよ! 仮にアイツがわたしを好きでも、こっちから願い下げなんだから! あんな奴、絶対好きでも何でもないからね!」
ニーチャと村の女の子が顔合わせをするのは今日が初となるが、ちゃんと仲良くやれていた。『愛し合う』関連でうっかり失言しないか心配だったが、見ている限りは大丈夫だった。
「リコちゃん、ニーちゃん、おままごとをしましょう」
「うん、する。何すればいい?」
「わたしがパパで、ニーちゃんがママをお願いします」
「こっちは何よ? 子ども役?」
「パパを取ろうとする悪い女の人はいかがでしょう」
「これ本当におままごとなの?」
俺は窓からニーチャに声を掛け、広場へと戻ろうとした。その時のことだ。
「おはよう、グレイゼル。奇遇だね」
「ロアか、今朝は手間を掛けさせたな」
珍しく単独で歩いているロアと出くわした。昨日の流れで敬語を使い忘れたので謝ると、二人の時は気安い口調で話して欲しいと逆にお願いされてしまった。
「あの夜から僕はミハエル一家に身命を捧げると誓った。むしろ敬語で話すのは僕の方さ」
「……やめてくれ。誰かに見られたらあらぬ誤解を掛けられる」
「それもそうだね。部下にも怒られそうだ」
会話をしながら歩き、対立の櫓へと向かった。今度は俺から梯子を登り、後から登ってきたロアを引き上げた。遠くの空には雲を割って差す陽光の柱があり、その下には虹があった。
「ここで会話をした時、魔物相手に鼻が利くと言ったね。実はここ最近、そういった匂いがこの地域全体で少なくなっているのに気づいたんだ」
「ルルニアが強くなったからか」
「間違いないと思う。ずっと魔物が減った理由が分からなくて、あの夜の問答で腑に落ちた。だから彼女の導きに従うと決めたんだ」
「あいつを怖いと思わないのか」
「思わないと言ったら嘘になる。でも後悔はしていないよ。王族のロアスタットでなく、騎士のロアとして忠義を尽くしていくつもりさ」
一夜を経てもロアの決断は揺らいでいなかった。俺はもう一度曇り空に浮かぶ虹を見上げ、仲直りと友好の証として手を差し伸べた。そして互いに固く握手を交わした。
「俺たちであいつを支えよう。それが望む未来に繋がる」
「もちろんだ。共に力を合わせてより良き明日を築こう」
対等な相手として、無二の友として誓いを交わし合った。
お昼の前には雨の勢いが収まり、三人で山を下った。
何事もなくミーレの村に着き、一度ルルニアと別れた。
各所の村の女性陣による炊き出しは定刻通りに開始された。料理の内容はこの地域馴染みの野菜スープだが、貴族相手の食事ということもあってふんだんに肉と塩が入れられた。
村中に食欲をそそる香りが漂うが、広場に来た騎士団の面々の顔は複雑だった。その原因は調理途中の料理ではなく、俺たちのせいと言って差し支えない内容だった。
「はぁ、まさか山に入る前に片がつくとはな……」
「ガーブランド臨時教官の手柄だってよ。やっぱ凄いぜあの人」
「サキュバス殺しの異名は伊達じゃありませんね」
ドーラはガーブランドが討ち取った。という話をでっち上げることにしたらしい。山狩りは開始の瞬間に取りやめとなり、騎士たちのやる気に水を差す形になってしまった。
せっかくの料理を廃棄するのももったいないため、炊き出しは予定通り実行された。騎士団の面々は降って湧いた休暇を満喫し、広場はお祭り騒ぎのような賑わいとなった。
「────まだおかわりはありますよ! 食べたい人はこちらに来て下さい! 美味しい美味しいスープをお皿いっぱいにごちそうしますよ!」
ルルニアの呼びかけを受け、何人もの男性が大鍋へと群がった。野菜少なめと言った騎士の皿にどっちゃり野菜を盛ったりと、恐れ知らずな茶目っ気に一部の村人が恐れおののいた。
「あなた、手際良いわね。若いのに結構やるじゃない」
「ありがとうございます。お姉さまのご指導の賜物ですよ」
「お姉さまって、こっちはもう四十よ。そんな年じゃないわ」
美人な新参者とあらば疎まれそうなものだが、この地域の女性には基本誰かしらお相手がいる。年もだいぶ離れているため、邪険にされる様子はなかった。純粋に働きぶりを評価されていた。
「ミーレ、あなたも早く大事な人を見つけなければダメよ」
「お母さん、うるさい! 成人の儀はまだでしょ! 文句言うならそれからにして!」
「あの騎士様とかどうかしら。とっても筋肉質で素敵よ?」
「だ・か・ら、あたしは無い方がいいのよ! ずっと前から何度も言ってるでしょ!」
そんな母と娘のやり取りで笑いが生まれた。
仕事中のルルニアに向かって手を振ると、向こうも俺に気がついた。口元が「ニーチャ」と動いたのを確認し、どこに行ったか探すことにした。
広場から離れて歩いていると、路地から男の子の集団が飛び出してきた。近くを通った子に女の子たちの所在を聞くと、とある家が指差された。中にはニーチャ含めて三人女の子がいた。
「いい、ニーチャ? 男の子はケダモノよ。門の近くに住んでるロッゾなんてね、いっつももわたしにちょっかいかけてくるんだから」
「んー……? じゃあその子はリコレが好き?」
「ち、違うわよ! 仮にアイツがわたしを好きでも、こっちから願い下げなんだから! あんな奴、絶対好きでも何でもないからね!」
ニーチャと村の女の子が顔合わせをするのは今日が初となるが、ちゃんと仲良くやれていた。『愛し合う』関連でうっかり失言しないか心配だったが、見ている限りは大丈夫だった。
「リコちゃん、ニーちゃん、おままごとをしましょう」
「うん、する。何すればいい?」
「わたしがパパで、ニーちゃんがママをお願いします」
「こっちは何よ? 子ども役?」
「パパを取ろうとする悪い女の人はいかがでしょう」
「これ本当におままごとなの?」
俺は窓からニーチャに声を掛け、広場へと戻ろうとした。その時のことだ。
「おはよう、グレイゼル。奇遇だね」
「ロアか、今朝は手間を掛けさせたな」
珍しく単独で歩いているロアと出くわした。昨日の流れで敬語を使い忘れたので謝ると、二人の時は気安い口調で話して欲しいと逆にお願いされてしまった。
「あの夜から僕はミハエル一家に身命を捧げると誓った。むしろ敬語で話すのは僕の方さ」
「……やめてくれ。誰かに見られたらあらぬ誤解を掛けられる」
「それもそうだね。部下にも怒られそうだ」
会話をしながら歩き、対立の櫓へと向かった。今度は俺から梯子を登り、後から登ってきたロアを引き上げた。遠くの空には雲を割って差す陽光の柱があり、その下には虹があった。
「ここで会話をした時、魔物相手に鼻が利くと言ったね。実はここ最近、そういった匂いがこの地域全体で少なくなっているのに気づいたんだ」
「ルルニアが強くなったからか」
「間違いないと思う。ずっと魔物が減った理由が分からなくて、あの夜の問答で腑に落ちた。だから彼女の導きに従うと決めたんだ」
「あいつを怖いと思わないのか」
「思わないと言ったら嘘になる。でも後悔はしていないよ。王族のロアスタットでなく、騎士のロアとして忠義を尽くしていくつもりさ」
一夜を経てもロアの決断は揺らいでいなかった。俺はもう一度曇り空に浮かぶ虹を見上げ、仲直りと友好の証として手を差し伸べた。そして互いに固く握手を交わした。
「俺たちであいつを支えよう。それが望む未来に繋がる」
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