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第七十話『ニーチャのお相手探し2』
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店先には店主のお爺さんが立っていた。仕事前の一服として水気の多い果物をもらい、店奥の居間で食べた。シャクシャクと赤い果肉を頬張り、日差しで高まった体温を下げた。
十分ほど休んだところで麦わら帽子を脱ぎ、荷物用の籠に入れた。銅鏡の前に立って髪の毛を一枚の布で覆い、両頬を手で二度打って気合を入れた。そして店内へと繰り出した。
「お爺さん、今日は何する?」
お爺さんは棚の商品の入れ替えを行っていた。空いている棚に商品を並べるように頼まれ、ニーチャは木箱の中に入っていた織物を丁寧に置いていった。
「山から来て疲れてるじゃろうに。もっと休んでてもええんじゃぞ?」
「いい、二人もがんばってる。だからがんばる」
「そうかいそうかい、そんなにやる気なら止めるのも野暮じゃの。それにしてもまったく、こんな子を捨てる親がいるなんて信じられんわい」
グレイゼルの家でニーチャを生活させるため、捨て子という設定が生まれた。ガーブランドがこの国に来る前に道で拾い、怪我の治療をしてくれたグレイゼルを頼った。というのが大雑把な流れだ。
今では戸籍の上でも正式に村の一員となっている。親についての詳細を答えられなくとも、勝手に『そういう事情』と慮ってくれる。ニーチャがうっかりしない限りは怪しまれる心配がなかった。
「次は箒で床に溜まった砂を掃き出してもらってもええかのう。店の前を人が通ったら呼び込みをして、購入の意思がありそうならワシを呼ぶんじゃ」
「うん、狙いは騎士様だよね」
「その通りじゃ。村の連中は金を持っていないし、何より商品の内容に飽きておる。騎士様なら物珍しさで一つ二つ買ってくれることが多いんじゃよ」
店先で熱心に働くニーチャの姿は往来を歩く者たちの興味関心を引く。
会計ついでに硬貨の勉強をしたりし、有意義で充実した時間を過ごした。
「むー……、おじいさんは大丈夫。何で?」
「ワシがどうかしたのか?」
「ほとんどの人、ニーチャの胸ばかり見てくる。ちゃんと目を合わせてお話したいのに、見てるのはこっちばっかり。それちょっと寂しい」
何とも答え辛い発言にお爺さんは苦心した。
そういう目で見る気がなかったとしても、男ならその巨乳に視線が釘づけになる。サキュバスの生態を鑑みれば妥当な反応だが、ニーチャにとってはなかなかの困り事だった。
「それは難しい問題じゃな。ワシが目を合わせられるのは年の功な部分が大きいし、この村は女日照りのただ中じゃからの」
「男の人、お胸大きい方が好き?」
「……傾向としては否定できぬな」
「お胸より、ちゃんと目を合わせてくれる人の方が好き。お兄さんとルルニアみたいな、そんな相手にニーチャも会いたい」
そう願うニーチャの頭をお爺さんが撫でた。
「若いうちから焦ることもなかろう。ゆっくり時間を掛けて人を知って、外面じゃなく内面を見てくれる相手を見つけるんじゃ」
「すぐに見つけるひつようがあったら?」
「そうじゃなぁ。運命の相手は得てして近しい場所にいるものと、そんな言い伝えがある。まぁ村から出ようとする若者を引き止める方便じゃから、信憑性は微妙じゃが」
運命の相手は近しい場所にいる、その言葉はニーチャの胸を打った。何か見落としがないか考えながら店内を歩き、壁際の棚にあったソレを見た。
「…………これって」
視線の先にあったのは傷入りの兜だ。ニーチャは頭頂部から生えている飾り角を見つめ、目元を覆う金属の部品に触れてみた。そこでハッとなった。
脳裏に浮かんだのは常に素顔を隠しているガーブランドだ。男性だとは認識していたが、顔が分からなかったので無意識に枠組みから外していた。
「おじさん、出会った時からニーチャ見てくれた」
兜の影に隠れてはいたが、その眼差しは温かかった。
会って話がしたいと思うが、所在が分からなかった。棚の乱れを直しながらどう探したものか悩んでいると、店内に人がきた。一人はミーレでもう一人は非番のロアだった。
「ここが村一番のご長寿お爺さんが営んでいる中古屋です。ロア様が気に入る品があるかは分かりませんが、品数は見ての通り豊富です」
「へぇ、確かにこれはなかなかの物だね。休日はよく町を散策するから、こういうところは大好きなんだ。少し見ていっていいかい?」
「も、もちろんです。何時間でもお付き合いします!」
「ありがとう。ミーレさんがいてくれて助かるよ」
ニーチャは棚の影から二人を見た。ロアの笑みの奥にある感情は読み辛いが、ミーレは分かりやすかった。話しかけられる度に赤い顔でしどろもどろになっていた。
「愛し合う空気、感じる。ミーレすごい」
「ほぉ、デートにまでこぎ着けおったか。ロア様を狙っていると村中で話題じゃったが、こんなに早く攻めるとは大したもんじゃのう」
「でも目と目で見てない。あれじゃダメ」
「まぁダメじゃのう。こんな機会二度とあるのか分からんのじゃから、もっと大体に攻めても良いと思うんじゃがなぁ……」
離れた位置で実況しているとミーレが睨んだ。
ロアはその様子に吹き出し、商品を一つ買った。
四人で世間話に興じていた時、ロアがガーブランドの名を口にした。ニーチャが所在を聞くと、グレイゼルの家がある山とは別の山の名前が出てきた。
「魔物のヌシ対峙、と言っていたよ。お昼頃には終わるとも言っていたから、そろそろ来る頃合いだと思う。戻ってきたら部下を通して教えるよ」
その言葉を受けて待つが、終業まで一報はなかった。ニーチャは中古屋を後にし、村の門の前で待った。だが一向に姿が見えず道を駆けた。果敢にガーブランド探しの旅へと出かけた。
十分ほど休んだところで麦わら帽子を脱ぎ、荷物用の籠に入れた。銅鏡の前に立って髪の毛を一枚の布で覆い、両頬を手で二度打って気合を入れた。そして店内へと繰り出した。
「お爺さん、今日は何する?」
お爺さんは棚の商品の入れ替えを行っていた。空いている棚に商品を並べるように頼まれ、ニーチャは木箱の中に入っていた織物を丁寧に置いていった。
「山から来て疲れてるじゃろうに。もっと休んでてもええんじゃぞ?」
「いい、二人もがんばってる。だからがんばる」
「そうかいそうかい、そんなにやる気なら止めるのも野暮じゃの。それにしてもまったく、こんな子を捨てる親がいるなんて信じられんわい」
グレイゼルの家でニーチャを生活させるため、捨て子という設定が生まれた。ガーブランドがこの国に来る前に道で拾い、怪我の治療をしてくれたグレイゼルを頼った。というのが大雑把な流れだ。
今では戸籍の上でも正式に村の一員となっている。親についての詳細を答えられなくとも、勝手に『そういう事情』と慮ってくれる。ニーチャがうっかりしない限りは怪しまれる心配がなかった。
「次は箒で床に溜まった砂を掃き出してもらってもええかのう。店の前を人が通ったら呼び込みをして、購入の意思がありそうならワシを呼ぶんじゃ」
「うん、狙いは騎士様だよね」
「その通りじゃ。村の連中は金を持っていないし、何より商品の内容に飽きておる。騎士様なら物珍しさで一つ二つ買ってくれることが多いんじゃよ」
店先で熱心に働くニーチャの姿は往来を歩く者たちの興味関心を引く。
会計ついでに硬貨の勉強をしたりし、有意義で充実した時間を過ごした。
「むー……、おじいさんは大丈夫。何で?」
「ワシがどうかしたのか?」
「ほとんどの人、ニーチャの胸ばかり見てくる。ちゃんと目を合わせてお話したいのに、見てるのはこっちばっかり。それちょっと寂しい」
何とも答え辛い発言にお爺さんは苦心した。
そういう目で見る気がなかったとしても、男ならその巨乳に視線が釘づけになる。サキュバスの生態を鑑みれば妥当な反応だが、ニーチャにとってはなかなかの困り事だった。
「それは難しい問題じゃな。ワシが目を合わせられるのは年の功な部分が大きいし、この村は女日照りのただ中じゃからの」
「男の人、お胸大きい方が好き?」
「……傾向としては否定できぬな」
「お胸より、ちゃんと目を合わせてくれる人の方が好き。お兄さんとルルニアみたいな、そんな相手にニーチャも会いたい」
そう願うニーチャの頭をお爺さんが撫でた。
「若いうちから焦ることもなかろう。ゆっくり時間を掛けて人を知って、外面じゃなく内面を見てくれる相手を見つけるんじゃ」
「すぐに見つけるひつようがあったら?」
「そうじゃなぁ。運命の相手は得てして近しい場所にいるものと、そんな言い伝えがある。まぁ村から出ようとする若者を引き止める方便じゃから、信憑性は微妙じゃが」
運命の相手は近しい場所にいる、その言葉はニーチャの胸を打った。何か見落としがないか考えながら店内を歩き、壁際の棚にあったソレを見た。
「…………これって」
視線の先にあったのは傷入りの兜だ。ニーチャは頭頂部から生えている飾り角を見つめ、目元を覆う金属の部品に触れてみた。そこでハッとなった。
脳裏に浮かんだのは常に素顔を隠しているガーブランドだ。男性だとは認識していたが、顔が分からなかったので無意識に枠組みから外していた。
「おじさん、出会った時からニーチャ見てくれた」
兜の影に隠れてはいたが、その眼差しは温かかった。
会って話がしたいと思うが、所在が分からなかった。棚の乱れを直しながらどう探したものか悩んでいると、店内に人がきた。一人はミーレでもう一人は非番のロアだった。
「ここが村一番のご長寿お爺さんが営んでいる中古屋です。ロア様が気に入る品があるかは分かりませんが、品数は見ての通り豊富です」
「へぇ、確かにこれはなかなかの物だね。休日はよく町を散策するから、こういうところは大好きなんだ。少し見ていっていいかい?」
「も、もちろんです。何時間でもお付き合いします!」
「ありがとう。ミーレさんがいてくれて助かるよ」
ニーチャは棚の影から二人を見た。ロアの笑みの奥にある感情は読み辛いが、ミーレは分かりやすかった。話しかけられる度に赤い顔でしどろもどろになっていた。
「愛し合う空気、感じる。ミーレすごい」
「ほぉ、デートにまでこぎ着けおったか。ロア様を狙っていると村中で話題じゃったが、こんなに早く攻めるとは大したもんじゃのう」
「でも目と目で見てない。あれじゃダメ」
「まぁダメじゃのう。こんな機会二度とあるのか分からんのじゃから、もっと大体に攻めても良いと思うんじゃがなぁ……」
離れた位置で実況しているとミーレが睨んだ。
ロアはその様子に吹き出し、商品を一つ買った。
四人で世間話に興じていた時、ロアがガーブランドの名を口にした。ニーチャが所在を聞くと、グレイゼルの家がある山とは別の山の名前が出てきた。
「魔物のヌシ対峙、と言っていたよ。お昼頃には終わるとも言っていたから、そろそろ来る頃合いだと思う。戻ってきたら部下を通して教えるよ」
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