エッチな精気が吸いたいサキュバスちゃんは皆の癒しの女神

のっぺ

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第七十二話『婚礼に向けて1』

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 よく晴れた日の朝方、俺とルルニアとニーチャは湖のほとりに来ていた。朝食の席で泳ぎの練習をしようと誘われ、断り切れずに受け入れた形だ。

 たまに村人が訪れることがあるため、全員肌着を身に着けて水に浸かった。前回の練習で浮くコツを掴めたものの、泳ぐまでは無理だった。腕と足を動かせば動かすほど身体が沈んだ。

「がっ、はぁ! ルルニア……助けっ!」
「はいはい、今助けに行きますからねー」

 溺死に怯える俺との温度差が酷かった。ルルニアは瞳の拘束術で動きを止め、水没していく両手を掴んで浅瀬の方に身体を引っ張ってくれた。

「死ぬかと思った……」
 水底に足がついて安心する。このまま岸に上がってしまいたかったが、ルルニアは両腕を広げて俺が来るのを待っていた。

「じゃあ次は一緒に手を繋いで泳ぎましょうか」
「ま、まだやるのか……?」
「次の長雨が来たら増水でしばらく泳げません。夏以外だと水が冷たくなっちゃいますし、今日のうちに行けるところまで行きましょう。ね」

 優しい声に導かれ、俺は水に戻った。
(……家族を守ると決めた決意はどこに行った。くそっ)

 男として情けないと思うが、苦手なものは苦手なのだから仕方ない。頑張れば少しだけ前に進むことはできたが、それで喜ぶことはできなかった。

「おー……、お魚さん、いっぱい」

 ニーチャは岸から離れた場所でのんびり浮いていた。水面に顔をつけて中の様子を確認し、潜って浮き上がってを繰り返している。それどころか自由に泳ぎ回る余裕すら見せていた。

「まぁうん、ルルニアもニーチャもサキュバスだからな」
「水に浮くのと魔力は何の因果関係もありませんよ」
「……言わないでくれ、現実逃避してただけだ」

 ルルニアは俺の心の準備が整うまで待ってくれた。何度か深呼吸をした後に頷き合い、両手を繋いで深い場所に戻った。次第に足が水底から浮いて怖くなるが、そこで告げられた。

「────私より水の方が大事なんて言いませんよね?」
 それは意識をこちらだけに向けろという指示だった。

 俺は溺れの恐怖をかき消すようにルルニアだけを見つめた。代わりに両手を力いっぱい握ってしまうが、ルルニアは痛がる素振りも見せず水に慣れるのを待ってくれた。

「落ち着いたようなら少しずつ足を浮かせて下さい。水面に近い場所に来たらパタパタって、急がずに足を上下に動かして下さい」
「こ、こうか……?」
「お上手です。次はその状態で水面に顔をつけて下さい。胸の中の息をプクプクと吐いてみて、苦しくなる前に顔を上げるんです」

 恐る恐る水面に顔を入れ、肺の空気を吐いた。言われた通り苦しくなったところで顔を上げ、ルルニアと目を合わせて息をした。何度目かで息継ぎのコツを掴み、水に顔を浸けられるようになった。

「それでは手を離しますよ。最初は一秒、次に三秒、二秒ずつ増やします」

 手が離れて肝が冷えるが、すぐに掴み直してくれた。最終的には十五秒も泳ぎ続けることができた。気づけば湖の中心付近まで移動しており、ここまで自力で進めたのかと驚いた。

「ふふっ、もうご自分の足で泳げるじゃないですか」
「……信じられない。これを本当に俺が……」
「よく頑張りましたね。それじゃあ今日最後の練習をしましょう。ここからまっすぐ岸に向かって泳ぎ、自分の力だけで陸地に上がってみせるんです」

 もし溺れても助けると言ってくれた。俺は覚悟を決めた。

「────分かった。隣で泳ぎ切る姿を見ててくれ」

 そう宣言すると、ルルニアは待っていましたとばかりに微笑んだ。
 息を多めに吸って目配せすると、ルルニアは俺から距離を取った。

 まずは十五秒と決め、果敢に足を動かして前に進んだ。ただ暴れるだけでは沈んでしまうため、一回の動作でなるべく多めに水を押し出すように心掛けた。

 途中から身体が沈み出し、前が見えなくなった。もう少しもう少しとあがき続けていると、手が水底を掠った。気づけば俺は岸の手前にいた。

「……俺、ちゃんとここまで来れたのか」

 夏の日差しを一身に浴びていると、ルルニアとニーチャが隣に来た。
 溺れても二人で助けてくれようとしたのだと分かり、感謝を述べた。

「どういたしましてです。でもここまで泳げたのはあなたの自身の力、恐れず逃げず頑張ったからこそです」
「ん、がんばってた。次は三人で水の中もぐる? 魚もいっぱいいるし、冷たくて気持ちいいよ。おすすめ」

 潜水はさすがに無理ではなかろうか。だが着実に水に対する恐怖心が和らいできており、後何回か泳ぎの練習をすれば行ける気がした。

「ありがとうな。本当に……」

 感謝を重ね、ルルニアを抱きしめた。ニーチャが羨ましそうな顔をするが、今日は雰囲気が違った。ただ羨ましいだけではなく、俺たちの触れ合いの機微を読み取ろうとしている気配があった。

(……何か心境の変化でもあったのか?)
 困っている様子にも見えなかったので聞きはしなかった。岸に上がって普段着に着替えていると、湖の入口から見知った人影が近づいてきた。

「やぁ、グレイゼル。ちょうどいい頃合いだったかな」

 そう声を掛けてきたのはロアだ。護衛の騎士を連れていないが、ここ最近は馴染みの光景だ。俺たちに身命を捧げると言ったあの日から、肩の力を抜いて過ごすようになってきた。

「お前の副官の一人が最近の団長は自由過ぎるって嘆いてたぞ」
「仕事はちゃんとやっているよ。だからこれは正当な報酬さ」
「王族の肩書はそのままなんだし、あんまり不審がられるなよ」

 俺は髪の水気を手で拭い、ここに来た用件を聞いた。

「実は一度グレイゼルの家に寄ったんだ。同行してもらったミーレさんに話を聞いたら、ここにいるんじゃないかって言われてね」
「……二人で来たってことは、あれか」
「ご明察だよ。数日掛けて少し遠い町に出向いたかいがあったと言うものさ。心から満足のいく品が用意できると自負しているよ」

 ロアは楽しそうに語り、俺とルルニアに恭しく礼をした。
「────グレイゼル、それにルルニア様。お二人の婚約指輪と櫛の見本を用意しました。式の段取りも含め、家でお話を進めましょう」
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