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第七十三話『婚礼に向けて2』
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俺とルルニアとニーチャ、ミーレとロアで食堂のテーブルを囲んだ。全員の視線の先、テーブルの天板の上には精巧に作られた木彫りの指輪と櫛があった。
毎日身に着ける制約があるからか、指輪は比較的落ち着いた形状の物が多かった。半面、櫛は単純な形状から捻りを加えた物、貴族や王族が使用するような豪勢な代物と種類豊富だ。
「僕からミーレさんにお願いしてね。指輪と櫛の納品作業に携わらせてもらうことにしたんだ。職人は予定通りミーレさんの伝手を使って、材料の方は僕の伝手を使うことになった」
長雨の間は中継地選別の作業が滞りがちだったため、結婚式の段取りを進めていた。進捗をロアに話したら「ぜひ関わらせてくれ」と食い気味に言われ、現在の流れとなった。
「町でミーレさんのことを知らない人はいなかった。僕も驚かされたよ」
「む、村の商品を宣伝して回ってただけですよ。褒められることは何も」
二人の仲睦まじさは単なる友人のそれとも違く見えた。
「……ロアとミーレだが、ルルニア目線でどうだ」
「……相性は良いと思います。ただ立場が問題ですかね」
「……本人たちより周囲の納得を得るのが大変か」
耳打ちで会話していると、ロアが小さな宝箱を取り出した。
並べられたのは赤や青や紫色の宝石であり、テーブルが一層煌びやかになった。
「おー……、すごい。湖の中みたいで綺麗」
ニーチャが濃い青色の宝石を手に取った。高価な品なのでミーレが慌てるが、ロアは笑って許した。その上でどれが好みか聞いてきた。
「お二人が選んだ宝石を指輪と櫛に施す手はずになっている。職人の予定は抑えたから、今日中に決めてくれれば滑り込みで式に間に合うはずだよ」
「凄いな。正直無理かと思ってた」
「君らの結婚式となれば手は抜けない。だから色々と手を回させてもらったよ。それで一応確認するけど、指輪と櫛の代金は一部すら負担しなくていいんだね」
「もちろんだ。いくら掛かろうとも俺が払う」
愛する相手への贈り物だ。俺が全額払わねば示しがつかない。貯金の大部分が消失するのは確実だが、また稼げばいい。ルルニアにどの宝石が好みか聞くと、一つ一つを手に取って眺めた。
「…………別に装飾品なんてどれも変わらないと思いますけどね」
いかにも興味無さげな発言だが、目は真剣だった。見本の指輪と櫛の表と裏を確認し、宝石を横に置いて仕上がりを想像していた。話しかけても上の空な反応しかなかった。
「当たり前でしょ。一生に一度の結婚式なんだし、迷うのが当然よ」
「ミーレさんには意中の殿方がいるのかな」
「い、いません! 村には誰も!」
相手はお前だと言ってやりたかった。
俺はルルニアが淹れてくれたお茶を飲み、自分でも組み合わせを探ってみた。ルルニアには暖色系の宝石が似合いそうだと思っていると、ニーチャが指輪を持って俺の服の裾を引いた。
「これ指にはめてる人、もうけっこんしてる?」
「大体はそうなるな。国の風習によって指輪以外の品だったりはするが……」
「おじさんもつけてた。けっこん相手、いる?」
「ガーブランドさんならしてた、だな。数年前に妻と死に別れて、それからずっとそのまま何だと思う。村にもそういう人は結構いるぞ」
大体の人は結婚指輪を見れば相手を恋愛対象から外す。亡き夫や妻に対する永遠の愛の表明と、異性にいらぬ期待を抱かせないようにする等の意味合いがある。
「むー……、それだとやっぱり……。むー……」
ニーチャはブカブカな指輪を薬指にはめ、深く考え込み始めた。
悩み唸るサキュバス二人を眺めていると、ロアが真面目な声で言った。
「君たちの結婚式が終わった後、僕は少しこの地域を離れる。中継地選別の成果の報告と、今後の進退に関わる話を国王に通さねばならないからね」
「ちゃんと戻って来れるのか?」
「必ず戻って来ると約束する。ただ色々とやることがあるから、長い場合は数ヵ月単位の時間が掛かると思う。その間に問題が起きないか心配でね」
当然と言えば当然だが、元々この地域はロアとは別の者の管理下にあった。男爵の地位を持つ貴族が領地を持っており、そこの跡取り息子が問題行動を起こしがちだった。
「注意喚起はしておくけれど、それでどこまで抑制できるかは分からない。諸々の牽制として部下を数人置いていくから、もしもの時は頼ってくれ」
「帰るのが遅いと大変なことになるかもだぞ?」
「分かっている。ルルニア様より、男爵家の者が五体満足でいられるか心配だ。逆鱗に触れたせいで邸宅が更地になっているような過ちは避けたい」
一時的にでもロアが去ると知り、ミーレが残念そうな顔をした。けれどすぐに表情を明るくしてみせ、中継地選別当日の段取りに関する話題をロアと交わし合った。
(……やっぱりミーレは強いな)
そんな感想を抱いていると、ルルニアが居ずまいを正した。
ある程度まで候補を絞ったらしく、二人で最終調整を行った。
追加で一時間掛けてこれという品を選び、ミーレとロアに託した。後は出来上がった品を待つだけ、最高の結婚式に向けて全身全霊で邁進するのみだ。
毎日身に着ける制約があるからか、指輪は比較的落ち着いた形状の物が多かった。半面、櫛は単純な形状から捻りを加えた物、貴族や王族が使用するような豪勢な代物と種類豊富だ。
「僕からミーレさんにお願いしてね。指輪と櫛の納品作業に携わらせてもらうことにしたんだ。職人は予定通りミーレさんの伝手を使って、材料の方は僕の伝手を使うことになった」
長雨の間は中継地選別の作業が滞りがちだったため、結婚式の段取りを進めていた。進捗をロアに話したら「ぜひ関わらせてくれ」と食い気味に言われ、現在の流れとなった。
「町でミーレさんのことを知らない人はいなかった。僕も驚かされたよ」
「む、村の商品を宣伝して回ってただけですよ。褒められることは何も」
二人の仲睦まじさは単なる友人のそれとも違く見えた。
「……ロアとミーレだが、ルルニア目線でどうだ」
「……相性は良いと思います。ただ立場が問題ですかね」
「……本人たちより周囲の納得を得るのが大変か」
耳打ちで会話していると、ロアが小さな宝箱を取り出した。
並べられたのは赤や青や紫色の宝石であり、テーブルが一層煌びやかになった。
「おー……、すごい。湖の中みたいで綺麗」
ニーチャが濃い青色の宝石を手に取った。高価な品なのでミーレが慌てるが、ロアは笑って許した。その上でどれが好みか聞いてきた。
「お二人が選んだ宝石を指輪と櫛に施す手はずになっている。職人の予定は抑えたから、今日中に決めてくれれば滑り込みで式に間に合うはずだよ」
「凄いな。正直無理かと思ってた」
「君らの結婚式となれば手は抜けない。だから色々と手を回させてもらったよ。それで一応確認するけど、指輪と櫛の代金は一部すら負担しなくていいんだね」
「もちろんだ。いくら掛かろうとも俺が払う」
愛する相手への贈り物だ。俺が全額払わねば示しがつかない。貯金の大部分が消失するのは確実だが、また稼げばいい。ルルニアにどの宝石が好みか聞くと、一つ一つを手に取って眺めた。
「…………別に装飾品なんてどれも変わらないと思いますけどね」
いかにも興味無さげな発言だが、目は真剣だった。見本の指輪と櫛の表と裏を確認し、宝石を横に置いて仕上がりを想像していた。話しかけても上の空な反応しかなかった。
「当たり前でしょ。一生に一度の結婚式なんだし、迷うのが当然よ」
「ミーレさんには意中の殿方がいるのかな」
「い、いません! 村には誰も!」
相手はお前だと言ってやりたかった。
俺はルルニアが淹れてくれたお茶を飲み、自分でも組み合わせを探ってみた。ルルニアには暖色系の宝石が似合いそうだと思っていると、ニーチャが指輪を持って俺の服の裾を引いた。
「これ指にはめてる人、もうけっこんしてる?」
「大体はそうなるな。国の風習によって指輪以外の品だったりはするが……」
「おじさんもつけてた。けっこん相手、いる?」
「ガーブランドさんならしてた、だな。数年前に妻と死に別れて、それからずっとそのまま何だと思う。村にもそういう人は結構いるぞ」
大体の人は結婚指輪を見れば相手を恋愛対象から外す。亡き夫や妻に対する永遠の愛の表明と、異性にいらぬ期待を抱かせないようにする等の意味合いがある。
「むー……、それだとやっぱり……。むー……」
ニーチャはブカブカな指輪を薬指にはめ、深く考え込み始めた。
悩み唸るサキュバス二人を眺めていると、ロアが真面目な声で言った。
「君たちの結婚式が終わった後、僕は少しこの地域を離れる。中継地選別の成果の報告と、今後の進退に関わる話を国王に通さねばならないからね」
「ちゃんと戻って来れるのか?」
「必ず戻って来ると約束する。ただ色々とやることがあるから、長い場合は数ヵ月単位の時間が掛かると思う。その間に問題が起きないか心配でね」
当然と言えば当然だが、元々この地域はロアとは別の者の管理下にあった。男爵の地位を持つ貴族が領地を持っており、そこの跡取り息子が問題行動を起こしがちだった。
「注意喚起はしておくけれど、それでどこまで抑制できるかは分からない。諸々の牽制として部下を数人置いていくから、もしもの時は頼ってくれ」
「帰るのが遅いと大変なことになるかもだぞ?」
「分かっている。ルルニア様より、男爵家の者が五体満足でいられるか心配だ。逆鱗に触れたせいで邸宅が更地になっているような過ちは避けたい」
一時的にでもロアが去ると知り、ミーレが残念そうな顔をした。けれどすぐに表情を明るくしてみせ、中継地選別当日の段取りに関する話題をロアと交わし合った。
(……やっぱりミーレは強いな)
そんな感想を抱いていると、ルルニアが居ずまいを正した。
ある程度まで候補を絞ったらしく、二人で最終調整を行った。
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