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第七十七話『角の手入れと恋愛相談2』
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全体の形を整えると時間が掛かるため、長さを揃えるのに重きを置いた。強く棒やすりを前に押すとルルニアが「んいっ!?」と言い、弱く引き戻すと「んんっ」と身じろぎした。
「それで……んっ、ニーチャのお話……は?」
俺は問いかけの最中にも棒やすりを前後に動かした。床に敷いた布の上に角の粉末が落ちていくのが面白く、自然と腕に力が入った。
「〝ん〝んっ!!? グレイゼル、それ強す……ぎ!?」
「あ、悪い。こんな感じか?」
「……ん、ん……あ、ふぅ、良い感じになりまし……たね」
ルルニアの反応を見ながら強弱を調整した。そうこうしているうちに心の準備が済み、ニーチャはポツポツと話を始めた。俺とルルニアは渓流での一幕を知ることになった。
「あれからずっとね。おじさんのこと、考えちゃって」
右と左の人差し指を擦り、薄く赤い頬で想いを口にした。
「……彼、確かサキュバスの妻がいたんでしたっけ?」
その問いは俺に来た。木箱の中に太めの棒やすりを戻しつつ、サキュバス殺しの話を除外して『戦鬼と美姫』の話を教えてやった。
「影のある御仁とは思っていましたが、そんな事情があったんですか。異性として関心を向けせるのは尋常じゃない労力が掛かりますね」
「もう近づかない方が、いい?」
「亡き妻への想いを邪魔するなと、ほとんどの人はそう言うでしょうね。グレイゼルも本心ではそっとしてやるべきと思うのでしょう?」
ニーチャの手前肯定し辛かったが、頷いた。目に見えてニーチャがしぼむが、ルルニアは間髪を入れずに「でもそれが本当に幸せなんでしょうか?」と付け足した。
「想い人と死に別れたら一生次の相手を見つけてはいけない、何て決まりはありません。また別の誰かと恋に落ちて幸せになる。そんな未来があってもいいのでは?」
「…………でも」
「ニーチャの目に今の彼は幸せに映りましたか?」
見えなかった、とニーチャは言った。幸せに笑うガーブランドが見てみたいと、切実な思いを語った。俺は二人の話に口を挟まず、目の細かい棒やすりを手に持った。
「胸を揉ませてしまった件はさしたる失敗でもないでしょう。それぐらいしなけ……っれば、一生女として認識されなかっ……た。ん……でしょうし」
重要なのはここからどう攻めるのか、だと告げた。
本当にガーブランドが好きか問われると、ニーチャは寝そべったまま頬をポポポと赤くした。耳の先まで赤くしてシーツで口元を覆い、上目づかいでコクリと頷いた。
「す……き。ニーチャ、おじさんのこと好き、だと思う」
俺としてもガーブランド以上に適任な相手はいないと思えた。年の差と体格差が気にはなるが、それは人間の尺度の話だ。サキュバスは精気を吸えば成長するので問題ではない。
(……まぁ、結局はガーブランド次第になるんだが)
無理強いはどちらにとっても良くない。方法を探りながらながら角をガリゴリと削ると、「ピギッギギュッ!?」と大げさな悲鳴が聞こえた。ルルニアは意識を失ってしまっていた。
「……角の形は整ったし、起こさなくてもいいか」
俺は椅子を引き、ニーチャの頭の前へと座った。
「想いが決まったなら、後はどう接するかだな」
ニーチャは嫌われるのが怖くてガーブランドに近づけない。ガーブランドはそもそも恋愛対象としてニーチャを見ていない。この溝を埋めるのは大変だ。
俺は答えを探りながらニーチャの巻角に触れた。削るべき場所がないか探していると、角の裏側にささくれのような出っ張りを見つけた。ここが良さそうだ。
「ニーチャ、俺の膝に頭を置けるのか」
「うん」
「くすぐったくなるけど我慢だぞ」
目の粗い棒やすりを構え、角の裏側に差し込んだ。ニーチャがびっくりしないように優しめに削っていき、俺は思ったままを穏やかな口調で説いた。
「今回のニーチャは進み過ぎた。だから一度戻ってみるのはどうだ」
「う……んんっ、もど……るっ?」
「強引にでもきっかけを作れたんだから、ここから健全なお付き合いを目指すんだ。例えばそうだな、お昼用にお弁当を作ってみるってのはどうだ?」
ガーブランドは臨時教官とやらでロアの元にいる。週に三回ほどミーレの村に巡回や訓練で顔を出すため、そこでお弁当を渡してみる。
「おべんとう、食べてくれる?」
「少なくても頭ごなしに断るような人じゃない」
「うー……、だったら……でも」
角の凸凹に汚れが入り込んでいたため、ブラシを使った。だが思うように取れず、金属製の針を取り出した。カリカリと先端を溝に入れると、ニーチャはシーツを強く握った。
「あ……んっ、あのね……お兄……ぃさん」
「どうした?」
「ニーチャ、お弁当……っ、がんばる、ね」
頑張れ、と言葉で背を推して針を溝から離した。
一通り作業が終わり、ベッドから離れた。棚から肌荒れに効く保湿用のクリームを取り出し、それを二人の角に塗った。最後は硬めの布巾を使い、全体的に艶が出るまで磨いた。
(……今更だが意外と楽しかったな)
汚れが溜まるまで一ヵ月は掛かるだろうか、時期が来たら俺の方から角削りをしないか誘おうと決め、眠ったままのルルニアを起こした。
「……お話はどうなりましたか?」
「ガーブランドにお弁当を作ることにしたが、どうだ?」
「良い案ですね。男性相手に胃袋を掴む策は極めて有効ですし」
早速明日の朝から試作することになった。ここ数日の不安が解消されたからか、ニーチャは明るくなった。元気に去る背中を見つつ、俺は保護者としての責務を果たすと決めた。
「それで……んっ、ニーチャのお話……は?」
俺は問いかけの最中にも棒やすりを前後に動かした。床に敷いた布の上に角の粉末が落ちていくのが面白く、自然と腕に力が入った。
「〝ん〝んっ!!? グレイゼル、それ強す……ぎ!?」
「あ、悪い。こんな感じか?」
「……ん、ん……あ、ふぅ、良い感じになりまし……たね」
ルルニアの反応を見ながら強弱を調整した。そうこうしているうちに心の準備が済み、ニーチャはポツポツと話を始めた。俺とルルニアは渓流での一幕を知ることになった。
「あれからずっとね。おじさんのこと、考えちゃって」
右と左の人差し指を擦り、薄く赤い頬で想いを口にした。
「……彼、確かサキュバスの妻がいたんでしたっけ?」
その問いは俺に来た。木箱の中に太めの棒やすりを戻しつつ、サキュバス殺しの話を除外して『戦鬼と美姫』の話を教えてやった。
「影のある御仁とは思っていましたが、そんな事情があったんですか。異性として関心を向けせるのは尋常じゃない労力が掛かりますね」
「もう近づかない方が、いい?」
「亡き妻への想いを邪魔するなと、ほとんどの人はそう言うでしょうね。グレイゼルも本心ではそっとしてやるべきと思うのでしょう?」
ニーチャの手前肯定し辛かったが、頷いた。目に見えてニーチャがしぼむが、ルルニアは間髪を入れずに「でもそれが本当に幸せなんでしょうか?」と付け足した。
「想い人と死に別れたら一生次の相手を見つけてはいけない、何て決まりはありません。また別の誰かと恋に落ちて幸せになる。そんな未来があってもいいのでは?」
「…………でも」
「ニーチャの目に今の彼は幸せに映りましたか?」
見えなかった、とニーチャは言った。幸せに笑うガーブランドが見てみたいと、切実な思いを語った。俺は二人の話に口を挟まず、目の細かい棒やすりを手に持った。
「胸を揉ませてしまった件はさしたる失敗でもないでしょう。それぐらいしなけ……っれば、一生女として認識されなかっ……た。ん……でしょうし」
重要なのはここからどう攻めるのか、だと告げた。
本当にガーブランドが好きか問われると、ニーチャは寝そべったまま頬をポポポと赤くした。耳の先まで赤くしてシーツで口元を覆い、上目づかいでコクリと頷いた。
「す……き。ニーチャ、おじさんのこと好き、だと思う」
俺としてもガーブランド以上に適任な相手はいないと思えた。年の差と体格差が気にはなるが、それは人間の尺度の話だ。サキュバスは精気を吸えば成長するので問題ではない。
(……まぁ、結局はガーブランド次第になるんだが)
無理強いはどちらにとっても良くない。方法を探りながらながら角をガリゴリと削ると、「ピギッギギュッ!?」と大げさな悲鳴が聞こえた。ルルニアは意識を失ってしまっていた。
「……角の形は整ったし、起こさなくてもいいか」
俺は椅子を引き、ニーチャの頭の前へと座った。
「想いが決まったなら、後はどう接するかだな」
ニーチャは嫌われるのが怖くてガーブランドに近づけない。ガーブランドはそもそも恋愛対象としてニーチャを見ていない。この溝を埋めるのは大変だ。
俺は答えを探りながらニーチャの巻角に触れた。削るべき場所がないか探していると、角の裏側にささくれのような出っ張りを見つけた。ここが良さそうだ。
「ニーチャ、俺の膝に頭を置けるのか」
「うん」
「くすぐったくなるけど我慢だぞ」
目の粗い棒やすりを構え、角の裏側に差し込んだ。ニーチャがびっくりしないように優しめに削っていき、俺は思ったままを穏やかな口調で説いた。
「今回のニーチャは進み過ぎた。だから一度戻ってみるのはどうだ」
「う……んんっ、もど……るっ?」
「強引にでもきっかけを作れたんだから、ここから健全なお付き合いを目指すんだ。例えばそうだな、お昼用にお弁当を作ってみるってのはどうだ?」
ガーブランドは臨時教官とやらでロアの元にいる。週に三回ほどミーレの村に巡回や訓練で顔を出すため、そこでお弁当を渡してみる。
「おべんとう、食べてくれる?」
「少なくても頭ごなしに断るような人じゃない」
「うー……、だったら……でも」
角の凸凹に汚れが入り込んでいたため、ブラシを使った。だが思うように取れず、金属製の針を取り出した。カリカリと先端を溝に入れると、ニーチャはシーツを強く握った。
「あ……んっ、あのね……お兄……ぃさん」
「どうした?」
「ニーチャ、お弁当……っ、がんばる、ね」
頑張れ、と言葉で背を推して針を溝から離した。
一通り作業が終わり、ベッドから離れた。棚から肌荒れに効く保湿用のクリームを取り出し、それを二人の角に塗った。最後は硬めの布巾を使い、全体的に艶が出るまで磨いた。
(……今更だが意外と楽しかったな)
汚れが溜まるまで一ヵ月は掛かるだろうか、時期が来たら俺の方から角削りをしないか誘おうと決め、眠ったままのルルニアを起こした。
「……お話はどうなりましたか?」
「ガーブランドにお弁当を作ることにしたが、どうだ?」
「良い案ですね。男性相手に胃袋を掴む策は極めて有効ですし」
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