79 / 170
第七十九話『落としどころ2』
しおりを挟む
最初に向かったのは家の裏手にある森だ。薬草が取れる断崖の岩地へと移動し、ガーブランドの名前を呼んだ。非番の日はここにいるという話だったので来てみたが、返事はなかった。
ロアの元を訪ねようかと思って歩き出すと甲高い笛の音が聞こえた。耳を澄ませながら音の発生源を探ってみると、断崖の一番高いところにガーブランドが立っているのを見つけた。
「……何でそんなところに?」
手元にある笛は前に渡してくれた物と似ていた。こちらから手を振って呼びかけるが、降りてくる様子はなかった。俺の存在に気づきつつも遠くの空を眺めていた。
「ニーチャについての話だって分かってるのか?」
こちらから出向かない限り話を聞いてくれなさそうだ。村に来た時に話を持ち掛ける手もあったが、やめた。この件はどうしても今日中にケリをつけたかったからだ。
俺は気合を入れて岩場を昇っていき、崖の細道へ入った。
道中で大きな薬草を見つけるが、無視して上を目指した。
「さて、ここからどうするか」
一定の高さまで来たところで道が途切れた。崖はほぼ垂直にそり立っており、迂回路はない。どう進むべきか考えていると、ガーブランドが大剣で崖の一角を差した。
そこには点々としたくぼみがあるが、あまりにも浅く小さい。指の力だけで登るのは不可能そうだったが、そんな場所を示すだろうか。そう思いながら考えを改めた。
(……ガーブランドも同じ人間だ。条件は変わらない)
鍵となるのは闘気の力だ。俺は十本の指すべてに闘気を纏わせ、くぼみを掴んだ。練習として軽く登って細道に戻り、行けると判断した後は一気に断崖を這い上がった。
「うむ、それで良い。そのままの感覚でここへ来い」
「はい!」
「安心せい。お主なら死なぬ、大怪我をするだけだ」
それは大丈夫ではないのではないか。内心で抗議しつつ崖を踏破し、ガーブランドがいる地点に到達した。強く吹きつけてきた風で落ちそうになるが、傾いた身体をガーブランドが支えてくれた。
「やるではないか。まさか本当にここまで来るとは思わなかったぞ」
「……自分でも驚いています。意外とやれるものなんですね」
「吾輩すら追い越せる才があるのだが、惜しいものよな」
俺の精気は回復し次第ルルニアの糧となる。そのせいで英雄的な力が手に入らないと言われても惜しくはなかった。それだけ今の暮らしが充実していた。
(……俺が強くなるより、ルルニアを強くした方が多くの人を守れるしな)
そんなことを思っていると、ガーブランドは不安定な崖の岩肌に座った。高さを意識すると気が遠くなりそうだっため、崖下を見ないで済む場所に座ってかねてからの疑問を投げた。
「つかぬ事をお聞きしますが、ガーブランドさんは何歳なんですか?」
「年齢? 見ての通りだと思うが?」
「すいません。一日中兜を着けておられるのでまったく分からなくて……」
魔物との大立ち回りも考慮に入れ、四十手前ぐらいを予想してみた。だが、
「────記憶が正しければ、今年で三十三になるな」
俺と八歳しか違わなかった。たまには兜を外さないのかと聞いてみるが、断られた。
「これは外せん。お主を信用していぬわけではないが」
「……戦で大きな怪我を負った、とかでしょうか?」
「まぁそんなところだ。すでに古傷となっているため、薬で治すことはできん。この傷は吾輩にとって恥じの証明となるため、軽々しく晒すことはできぬのだ」
苦笑混じりに言い、ガーブランドは立ち上がった。危うげなく岩肌を歩き、とある地点の岩陰で止まった。そこには平たい石がいくつも積まれた……リゼットの墓があった。
「……ずっとここで弔っていたんですね」
「血と戦と高いところが好きな奴だったのでな」
そう言い、ガーブランドは新しく平たい石を積んだ。
拝んでいいか尋ねると、無言の頷きがあった。転ばないように気をつけて墓前に移動し、俺とルルニアとニーチャとガーブランドの未来を応援してくれないかと祈った。
「それで、お主はどのような用件でここへ来たのだ?」
俺は足に力を入れて立ち、まずはニーチャの保護者として謝罪した。
「世話になってばかりなのに、ガーブランドさんにはとんだご迷惑を」
「吾輩は気にしておらん。むしろあの娘が傷ついてなければ良いが」
「それは大丈夫です。それとこの件を謝罪した上で頼みがありまして」
厚顔無恥と言われる覚悟でニーチャのお弁当を話をした。恋愛対象とかそういう話ではなく、数日に一回試食をしてもらえないかと頭を下げて頼み込んだ。
「それは吾輩でなくても良かろう。お主が果たせばよいではないか」
「……ルルニアから他者の弁当を食べるのは許さないと言われてしまいまして」
「中古屋とやらで働いていたな。あそこの店主に頼るのはどうだ?」
「……中古屋のお爺さんは年も年です。若い者の味付けは分からないはずです」
とっさの機転で逃げ道を塞ぎ続けた。ガーブランド自身ニーチャを疎んではいないが、リゼットに対する想いが強すぎて応じられない。そんな重い心情が伝わってきた。
「────せっかくの申し出だが、吾輩は」
辞退する。そう告げられるかと思った瞬間、突風が吹いた。崖にしがみついて耐えていると、リゼットの墓が倒れた。ガーブランドは落下していく石を見つめ、言った。
「…………それで納得するなら良かろう。好きにするがいい」
「いいんですか?」
「…………新顔の面倒ぐらい見てやれと叱られた気がしてな」
ガーブランドはため息をつき、また遠くの空を眺めた。
期せずリゼットの手を借り、弁当の試食の言質を得た。
ロアの元を訪ねようかと思って歩き出すと甲高い笛の音が聞こえた。耳を澄ませながら音の発生源を探ってみると、断崖の一番高いところにガーブランドが立っているのを見つけた。
「……何でそんなところに?」
手元にある笛は前に渡してくれた物と似ていた。こちらから手を振って呼びかけるが、降りてくる様子はなかった。俺の存在に気づきつつも遠くの空を眺めていた。
「ニーチャについての話だって分かってるのか?」
こちらから出向かない限り話を聞いてくれなさそうだ。村に来た時に話を持ち掛ける手もあったが、やめた。この件はどうしても今日中にケリをつけたかったからだ。
俺は気合を入れて岩場を昇っていき、崖の細道へ入った。
道中で大きな薬草を見つけるが、無視して上を目指した。
「さて、ここからどうするか」
一定の高さまで来たところで道が途切れた。崖はほぼ垂直にそり立っており、迂回路はない。どう進むべきか考えていると、ガーブランドが大剣で崖の一角を差した。
そこには点々としたくぼみがあるが、あまりにも浅く小さい。指の力だけで登るのは不可能そうだったが、そんな場所を示すだろうか。そう思いながら考えを改めた。
(……ガーブランドも同じ人間だ。条件は変わらない)
鍵となるのは闘気の力だ。俺は十本の指すべてに闘気を纏わせ、くぼみを掴んだ。練習として軽く登って細道に戻り、行けると判断した後は一気に断崖を這い上がった。
「うむ、それで良い。そのままの感覚でここへ来い」
「はい!」
「安心せい。お主なら死なぬ、大怪我をするだけだ」
それは大丈夫ではないのではないか。内心で抗議しつつ崖を踏破し、ガーブランドがいる地点に到達した。強く吹きつけてきた風で落ちそうになるが、傾いた身体をガーブランドが支えてくれた。
「やるではないか。まさか本当にここまで来るとは思わなかったぞ」
「……自分でも驚いています。意外とやれるものなんですね」
「吾輩すら追い越せる才があるのだが、惜しいものよな」
俺の精気は回復し次第ルルニアの糧となる。そのせいで英雄的な力が手に入らないと言われても惜しくはなかった。それだけ今の暮らしが充実していた。
(……俺が強くなるより、ルルニアを強くした方が多くの人を守れるしな)
そんなことを思っていると、ガーブランドは不安定な崖の岩肌に座った。高さを意識すると気が遠くなりそうだっため、崖下を見ないで済む場所に座ってかねてからの疑問を投げた。
「つかぬ事をお聞きしますが、ガーブランドさんは何歳なんですか?」
「年齢? 見ての通りだと思うが?」
「すいません。一日中兜を着けておられるのでまったく分からなくて……」
魔物との大立ち回りも考慮に入れ、四十手前ぐらいを予想してみた。だが、
「────記憶が正しければ、今年で三十三になるな」
俺と八歳しか違わなかった。たまには兜を外さないのかと聞いてみるが、断られた。
「これは外せん。お主を信用していぬわけではないが」
「……戦で大きな怪我を負った、とかでしょうか?」
「まぁそんなところだ。すでに古傷となっているため、薬で治すことはできん。この傷は吾輩にとって恥じの証明となるため、軽々しく晒すことはできぬのだ」
苦笑混じりに言い、ガーブランドは立ち上がった。危うげなく岩肌を歩き、とある地点の岩陰で止まった。そこには平たい石がいくつも積まれた……リゼットの墓があった。
「……ずっとここで弔っていたんですね」
「血と戦と高いところが好きな奴だったのでな」
そう言い、ガーブランドは新しく平たい石を積んだ。
拝んでいいか尋ねると、無言の頷きがあった。転ばないように気をつけて墓前に移動し、俺とルルニアとニーチャとガーブランドの未来を応援してくれないかと祈った。
「それで、お主はどのような用件でここへ来たのだ?」
俺は足に力を入れて立ち、まずはニーチャの保護者として謝罪した。
「世話になってばかりなのに、ガーブランドさんにはとんだご迷惑を」
「吾輩は気にしておらん。むしろあの娘が傷ついてなければ良いが」
「それは大丈夫です。それとこの件を謝罪した上で頼みがありまして」
厚顔無恥と言われる覚悟でニーチャのお弁当を話をした。恋愛対象とかそういう話ではなく、数日に一回試食をしてもらえないかと頭を下げて頼み込んだ。
「それは吾輩でなくても良かろう。お主が果たせばよいではないか」
「……ルルニアから他者の弁当を食べるのは許さないと言われてしまいまして」
「中古屋とやらで働いていたな。あそこの店主に頼るのはどうだ?」
「……中古屋のお爺さんは年も年です。若い者の味付けは分からないはずです」
とっさの機転で逃げ道を塞ぎ続けた。ガーブランド自身ニーチャを疎んではいないが、リゼットに対する想いが強すぎて応じられない。そんな重い心情が伝わってきた。
「────せっかくの申し出だが、吾輩は」
辞退する。そう告げられるかと思った瞬間、突風が吹いた。崖にしがみついて耐えていると、リゼットの墓が倒れた。ガーブランドは落下していく石を見つめ、言った。
「…………それで納得するなら良かろう。好きにするがいい」
「いいんですか?」
「…………新顔の面倒ぐらい見てやれと叱られた気がしてな」
ガーブランドはため息をつき、また遠くの空を眺めた。
期せずリゼットの手を借り、弁当の試食の言質を得た。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる