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第八十話『落としどころ3』
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用事を済ませて断崖から降りようとすると、ガーブランドが俺の身体を抱えた。その状態で躊躇なく崖下の細道へと跳び、着地と同時に一段下の細道へと跳んだ。それを繰り返して岩地に戻った。
森の入口に放置していた籠を回収すると、どこかへ行くのかと尋ねられた。
川上の村に薬を売りに行く予定だと言うと、ガーブランドは同行を申し出た。
「────これも良い機会だ。闘気の修行と時間短縮を並行して行おうぞ」
案内されたのは川上の村に繋がる山道だ。利用者が少ないせいで荒れており、一見した印象は獣道と大差ない。行く手を阻むように枝が伸びていたが、ガーブランドは気にせず駆け出した。
俺もすぐに後を追うが、互いの距離は広がるばかりだった。背に籠を背負ってはいるが、それを言うなら向こうも大剣を背負っている。走りの速度の優劣を決めているのは闘気の練度差だ。
「才能は俺の方が上って言われたんだ。それなら……!」
足に闘気を纏わせ、一歩ずつ加速した。速度に関しては頑張れば肉薄できそうだったが、視界全体を埋める茂みや木々が行く手を阻んだ。
下り坂の直線で距離を詰めようとすると、足以外の肉体が悲鳴を上げた。手に闘気を纏わせて転び掛けた身体を戻し、そこで気がついた。
(……足だけを丈夫にしても他の部位に負担がのしかかるだけだ。なら全身に闘気を纏わせ、その上で比重を足に偏らせればいい!)
足に頼る走り方をやめ、全身を使って前に進んだ。節々にあった痛みはほぼ消え、枝や葉が地肌に当たっても切り傷がつかなくなった。
「────ほぅ、もうそれほどの域に達したか!」
俺たちは十分足らずで森を抜け、山のふもとへと飛び出した。
かなり高い地点から跳んだが、無事に草原の上に着地できた。
「どうであったか、闘気を全力で使った感想は?」
「……動物になったような気分でした。山の中なら何に追われても振り切れそうです」
「今のお主なら楽勝であろう。ならばこれも試してみるか」
ガーブランドが差し出してきたのは傷だらけの大剣の柄だった。
気合を入れて受け取るが、切っ先を地面に落としてしまった。
再挑戦と思って柄を掴むが、軽く浮かせるのが限界だった。
「そうではない。山を走った時のように全身を使うのだ」
言われて実践すると、少しずつだが大剣が持ち上がった。横向きに振ろうとしてすっぽ抜けたが、練習を重ねれば扱えそうな感覚があった。
「闘気の最終到達点は『物体に闘気を纏わせる』だ。これをすればなまくらな大剣の斬撃に鋭さと重みが加わり、大岩を両断することが可能となる」
軽々と落ちた大剣を拾い上げ、近場にあった岩に投げた。物体の闘気纏いは数秒間持続するらしく、刃に接触した箇所が深々と切り裂かれた。
暖炉に使う薪を斧で割る時にも応用できそうな技術だ。他にそれらしき道具がないか考えた結果、脳裏に昨日使った棒やすりが浮かんできた。
「…………角削りでもっと気持ち良くさせることも可能か?」
そんなこんな考えていると、唐突に騒がしい声が聞こえた。
「だぁからっ! 規模の縮小なんて認められるわけねぇだろうが! 他の村に勝つためにはなぁ、予定通りの宿舎を建てるしかねんだよ!」
「……! …………!」
「間に合うわけねぇだとぉ!? だから気合いを入れんだろうが! 無理だ無理だ喚くだけなら、黙って結果を見守ってれりゃいいんだ!」
視線の先にあるのは目的地である川上の村だ。まだそれなりに距離があるが、苛立った男の怒号だけがはっきりと聞こえてくる。
「活きの良い若者だな。アレは?」
「この村の大工頭です。宿舎の建設途中に竜巻が発生し、数人の大工が怪我をしました。建物も被害を受けたため、選別式には間に合わないようです。ですが……」
「認められず足掻いているわけか」
「そのようですね。俺の用事は怪我をした村人たちに薬を届けることです。今から門を越えて村長と話をしていきますが、ガーブランドさんはどうされますか?」
そう聞くと、ガーブランドは「あの若者を手伝おう」と言った。村囲いを跳び越えて宿舎の前へと行き、そこからさらに二階へと跳んだ。
「うおっとぉ!? いきなり何だてめぇは!!」
「名乗るほどの者ではない。それより時間が足りないのであろう? 力仕事なら手伝えるが、協力は必要か? 十秒以内に応えよ」
「協力? んなの要るに決まってんだろうが!」
俺は宿舎の賑わいを横目に門をくぐった。村の役場の中には複数の怪我人がおり、俺の来訪に表情を和らげる。触診しながら適切な処置を行っていると、川上の村の村長が顔を出した。
「グレイゼル先生かい、今日もすまないねぇ」
川上の村の村長はお婆さんだ。年齢は六十代前半とこの地域では高めだ。案内を受けて別室へと移動し、お茶をいただきながら中継地選別に関する話をした。
「……あの様子ですと同意は得られませんでしたか」
「そうさねぇ。説得はしたんですけんど」
「……村全体での辞退の割合はどれほどのもので?」
「見立てでは七割といったところかねぇ」
大多数の村人の意思は諦めに傾いているそうだ。
「使い道のなくなった宿舎は食料の保管庫にするつもりでおるね。ちょい大き過ぎだけんども」
「……そう、ですか」
「竜巻が来なかったとしても勝ち目は薄かったねえ。地形図とはよくもまぁ考えたもんじゃて」
ほっほと力なく笑い、村長はお茶を口に含んだ。
俺もお茶を飲み、ロアとした会話を思い返した。
これから中継地ではなく国を作っていくのなら、三つの村が仲違いしている現状はよろしくない。可能ならば協力の輪を結び、一丸となってこの地域を盛り上げるべきだ。
(……少し前なら断られてただろうが、今なら)
俺はお茶をテーブルに置き、組んだ手に顔を寄せて言った。
「────村の進退についてお話がありますが、聞かれますか?」
森の入口に放置していた籠を回収すると、どこかへ行くのかと尋ねられた。
川上の村に薬を売りに行く予定だと言うと、ガーブランドは同行を申し出た。
「────これも良い機会だ。闘気の修行と時間短縮を並行して行おうぞ」
案内されたのは川上の村に繋がる山道だ。利用者が少ないせいで荒れており、一見した印象は獣道と大差ない。行く手を阻むように枝が伸びていたが、ガーブランドは気にせず駆け出した。
俺もすぐに後を追うが、互いの距離は広がるばかりだった。背に籠を背負ってはいるが、それを言うなら向こうも大剣を背負っている。走りの速度の優劣を決めているのは闘気の練度差だ。
「才能は俺の方が上って言われたんだ。それなら……!」
足に闘気を纏わせ、一歩ずつ加速した。速度に関しては頑張れば肉薄できそうだったが、視界全体を埋める茂みや木々が行く手を阻んだ。
下り坂の直線で距離を詰めようとすると、足以外の肉体が悲鳴を上げた。手に闘気を纏わせて転び掛けた身体を戻し、そこで気がついた。
(……足だけを丈夫にしても他の部位に負担がのしかかるだけだ。なら全身に闘気を纏わせ、その上で比重を足に偏らせればいい!)
足に頼る走り方をやめ、全身を使って前に進んだ。節々にあった痛みはほぼ消え、枝や葉が地肌に当たっても切り傷がつかなくなった。
「────ほぅ、もうそれほどの域に達したか!」
俺たちは十分足らずで森を抜け、山のふもとへと飛び出した。
かなり高い地点から跳んだが、無事に草原の上に着地できた。
「どうであったか、闘気を全力で使った感想は?」
「……動物になったような気分でした。山の中なら何に追われても振り切れそうです」
「今のお主なら楽勝であろう。ならばこれも試してみるか」
ガーブランドが差し出してきたのは傷だらけの大剣の柄だった。
気合を入れて受け取るが、切っ先を地面に落としてしまった。
再挑戦と思って柄を掴むが、軽く浮かせるのが限界だった。
「そうではない。山を走った時のように全身を使うのだ」
言われて実践すると、少しずつだが大剣が持ち上がった。横向きに振ろうとしてすっぽ抜けたが、練習を重ねれば扱えそうな感覚があった。
「闘気の最終到達点は『物体に闘気を纏わせる』だ。これをすればなまくらな大剣の斬撃に鋭さと重みが加わり、大岩を両断することが可能となる」
軽々と落ちた大剣を拾い上げ、近場にあった岩に投げた。物体の闘気纏いは数秒間持続するらしく、刃に接触した箇所が深々と切り裂かれた。
暖炉に使う薪を斧で割る時にも応用できそうな技術だ。他にそれらしき道具がないか考えた結果、脳裏に昨日使った棒やすりが浮かんできた。
「…………角削りでもっと気持ち良くさせることも可能か?」
そんなこんな考えていると、唐突に騒がしい声が聞こえた。
「だぁからっ! 規模の縮小なんて認められるわけねぇだろうが! 他の村に勝つためにはなぁ、予定通りの宿舎を建てるしかねんだよ!」
「……! …………!」
「間に合うわけねぇだとぉ!? だから気合いを入れんだろうが! 無理だ無理だ喚くだけなら、黙って結果を見守ってれりゃいいんだ!」
視線の先にあるのは目的地である川上の村だ。まだそれなりに距離があるが、苛立った男の怒号だけがはっきりと聞こえてくる。
「活きの良い若者だな。アレは?」
「この村の大工頭です。宿舎の建設途中に竜巻が発生し、数人の大工が怪我をしました。建物も被害を受けたため、選別式には間に合わないようです。ですが……」
「認められず足掻いているわけか」
「そのようですね。俺の用事は怪我をした村人たちに薬を届けることです。今から門を越えて村長と話をしていきますが、ガーブランドさんはどうされますか?」
そう聞くと、ガーブランドは「あの若者を手伝おう」と言った。村囲いを跳び越えて宿舎の前へと行き、そこからさらに二階へと跳んだ。
「うおっとぉ!? いきなり何だてめぇは!!」
「名乗るほどの者ではない。それより時間が足りないのであろう? 力仕事なら手伝えるが、協力は必要か? 十秒以内に応えよ」
「協力? んなの要るに決まってんだろうが!」
俺は宿舎の賑わいを横目に門をくぐった。村の役場の中には複数の怪我人がおり、俺の来訪に表情を和らげる。触診しながら適切な処置を行っていると、川上の村の村長が顔を出した。
「グレイゼル先生かい、今日もすまないねぇ」
川上の村の村長はお婆さんだ。年齢は六十代前半とこの地域では高めだ。案内を受けて別室へと移動し、お茶をいただきながら中継地選別に関する話をした。
「……あの様子ですと同意は得られませんでしたか」
「そうさねぇ。説得はしたんですけんど」
「……村全体での辞退の割合はどれほどのもので?」
「見立てでは七割といったところかねぇ」
大多数の村人の意思は諦めに傾いているそうだ。
「使い道のなくなった宿舎は食料の保管庫にするつもりでおるね。ちょい大き過ぎだけんども」
「……そう、ですか」
「竜巻が来なかったとしても勝ち目は薄かったねえ。地形図とはよくもまぁ考えたもんじゃて」
ほっほと力なく笑い、村長はお茶を口に含んだ。
俺もお茶を飲み、ロアとした会話を思い返した。
これから中継地ではなく国を作っていくのなら、三つの村が仲違いしている現状はよろしくない。可能ならば協力の輪を結び、一丸となってこの地域を盛り上げるべきだ。
(……少し前なら断られてただろうが、今なら)
俺はお茶をテーブルに置き、組んだ手に顔を寄せて言った。
「────村の進退についてお話がありますが、聞かれますか?」
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