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第八十八話『女神の国6』
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人間と魔物の戦い、戦況の天秤は常に魔物側に傾いていた。
倒しても倒しても数が減らず、草原は地獄絵図と成り果てる。むせ返るような血の匂いが充満するが、大地に人間の死体はなかった。未だ防衛線は強固に維持されていた。
「────雑魚め!! この程度で終わりかぁ!!!」
要因の一つは前線で孤軍奮闘しているガーブランドの存在だ。一定以上の強さを持つ魔物を優先して狩り、防衛線の負担を減らす立ち回りを徹底している。
しかし単騎で受け持てる範囲には限度があった。両脇から魔物が次々と抜けていき、即興の防護柵に牙や前足を掛ける。だが侵攻はそこで止まった。
「────総員、構えぇ! 突き返せぇ!!」
ロアの号令に合わせ、騎士たちが槍を柵の隙間へと放つ。
ゴブリンに狼の魔物に虫の魔物と、それらの腹を刃が穿つ。
柵を抜けた魔物は剣で処され、村への侵入を果たせず倒れた。
「いいか! 絶対ここより後ろに魔物を通すな!」
「おおぉ!!」
「女神様の降臨を信じ、騎士の誇りを貫き通せ!」
「おおぉ!!」
騎士たちの咆哮を聞き、村人もまた士気を高める。弓を持った者は柵の向こう側にいる魔物に矢を放ち、弓を持たぬ者は布に石をくるめて投げ、群れの気勢を削いだ。
戦況は一時膠着するが、それも長くは続かない。騎士が数人負傷し、防護柵が突進で破壊される。相当数の魔物を退けてきたが、群れはそれ以上に数を増やしていく。
士気の低下が目立ち始めた頃、とある村人が声を上げた。「天使様!」と叫んで見上げた夜空には、白い翼を羽ばたかせた大人の姿のニーチャがいた。
「皆、困ってる。酷いことする悪者、許せない!」
急降下で半壊した防衛線の前に降り、金色の瞳で群れを睨む。
木っ端な魔物は一様に停止し、強靭な魔物も動きを鈍らせた。
「……ガギ、ゲ、ゲヒャ……?」
与する相手が違うだろうと、サキュバスであるニーチャの不可解な行動を咎める。だがニーチャは返事をせず、味方である人間を守るために魔力を使い続けた。
「天使様、ほんとにおらたちの前に……」
「ありがたや、もうしまいかと思っだぁ」
これでようやく救われると、騎士も村人も武器を下ろす。ニーチャの力では時間稼ぎが関の山だが、そこに気づく余裕のある者はいない。だからロアは叫んだ。
「────この機を逃すな! 戦線を押し戻せぇ!!」
自ら駆け出し、遅れて騎士団も付き従う。停止した魔物を切り伏せていき、失った陣地を取り戻していく。頃合いを見てニーチャはガーブランドの元へ飛んだ。
「っ!? 新手かっ!!?」
殺気立った大剣の刃が振るわれるが、首の手前で止まった。
ニーチャはそれに頬を摺り寄せ、むぅと言って顔を離した。
「血がついてるし、ぬるい。前みたいに気持ち良くない」
「お主、何故ここに……」
「おじさん、助けるために来た。一人にさせたら死んじゃうって、ルルニアが言ってた。これが終わったらニーチャのお弁当、食べてくれる?」
緊迫感のない声を聞き、ガーブランドは深く息をついた。二人のやり取りの隙をついて魔物が飛び掛かってくるが、邪魔とばかりに切り裂かれた。
「助けに来た、というならあてにするぞ。ニーチャ」
「うん! ……あれ? ニーチャって、今呼んだ?」
「それは後でも良い。瞳の拘束術で吾輩の背後にいる魔物の動きを止めよ。そちらから攻撃が来ないと分かれば、落ち着いて剣が振るえる」
その言葉に従い、ニーチャは瞳を輝かせた。呼吸を合わせるようにガーブランドが群れへ切り込み、これまで以上の勢いで屍を山と積み上げた。
「────ふふ、ふははは! ふははははは!! 再びサキュバスの相棒を得るか、久しく感じていなかった感覚よの! リゼットぉ!!!」
子鬼に狼に豚、アリにクモにカマキリの魔物が断末魔を上げる。
小休憩としてニーチャの背中に自分の背中を預け、また駆け出す。
戦場をかき乱すガーブランドを止めようと、赤黒い体表の魔物オーガが現れた。オーガの頭には太い角が二本生えており、筋骨隆々な外見で体格差は三倍にも達する。が、
「おー……、おじさんすっごい」
ガーブランドは一閃で胴体を両断し、血しぶきを巻き上げた。
崩れた巨体に別の魔物が潰され、悲鳴が侵攻の妨げになる。
戦場全体の流れが変わるが、それは数分で元に戻った。
「なるほど、こいつが魔物災害の元凶か」
ズシンと地鳴りを響かせ、ドラゴンが闇より出でる。全長は十メートルに達し、翼の無い背には亀のような甲羅がある。体色は全体的に灰色く、四本の脚は岩石のような甲殻で覆われていた。
ドラゴンは大口を開け、拳大の石の礫を無数に発射した。狙いはガーブランドであり、着弾地点に土煙が上がる。流れ弾で十数匹の魔物が死に絶えるが、ドラゴンは我関せずと攻撃を続けた。
「……こいつはさすがの吾輩でも勝てぬな」
魔物の群れを縫うように駆け、頭上を飛ぶニーチャに問うた。
「本命の到着まで、あとどれほどの時が掛かる」
ニーチャは空高く飛び、グレイゼルの家がある山を見た。一見すると何の変哲もない風景が広がっていたが、ニーチャの目には膨大な魔力の波動が見えていた。
「────たぶんもう三十分。それでこの戦い、終わる」
倒しても倒しても数が減らず、草原は地獄絵図と成り果てる。むせ返るような血の匂いが充満するが、大地に人間の死体はなかった。未だ防衛線は強固に維持されていた。
「────雑魚め!! この程度で終わりかぁ!!!」
要因の一つは前線で孤軍奮闘しているガーブランドの存在だ。一定以上の強さを持つ魔物を優先して狩り、防衛線の負担を減らす立ち回りを徹底している。
しかし単騎で受け持てる範囲には限度があった。両脇から魔物が次々と抜けていき、即興の防護柵に牙や前足を掛ける。だが侵攻はそこで止まった。
「────総員、構えぇ! 突き返せぇ!!」
ロアの号令に合わせ、騎士たちが槍を柵の隙間へと放つ。
ゴブリンに狼の魔物に虫の魔物と、それらの腹を刃が穿つ。
柵を抜けた魔物は剣で処され、村への侵入を果たせず倒れた。
「いいか! 絶対ここより後ろに魔物を通すな!」
「おおぉ!!」
「女神様の降臨を信じ、騎士の誇りを貫き通せ!」
「おおぉ!!」
騎士たちの咆哮を聞き、村人もまた士気を高める。弓を持った者は柵の向こう側にいる魔物に矢を放ち、弓を持たぬ者は布に石をくるめて投げ、群れの気勢を削いだ。
戦況は一時膠着するが、それも長くは続かない。騎士が数人負傷し、防護柵が突進で破壊される。相当数の魔物を退けてきたが、群れはそれ以上に数を増やしていく。
士気の低下が目立ち始めた頃、とある村人が声を上げた。「天使様!」と叫んで見上げた夜空には、白い翼を羽ばたかせた大人の姿のニーチャがいた。
「皆、困ってる。酷いことする悪者、許せない!」
急降下で半壊した防衛線の前に降り、金色の瞳で群れを睨む。
木っ端な魔物は一様に停止し、強靭な魔物も動きを鈍らせた。
「……ガギ、ゲ、ゲヒャ……?」
与する相手が違うだろうと、サキュバスであるニーチャの不可解な行動を咎める。だがニーチャは返事をせず、味方である人間を守るために魔力を使い続けた。
「天使様、ほんとにおらたちの前に……」
「ありがたや、もうしまいかと思っだぁ」
これでようやく救われると、騎士も村人も武器を下ろす。ニーチャの力では時間稼ぎが関の山だが、そこに気づく余裕のある者はいない。だからロアは叫んだ。
「────この機を逃すな! 戦線を押し戻せぇ!!」
自ら駆け出し、遅れて騎士団も付き従う。停止した魔物を切り伏せていき、失った陣地を取り戻していく。頃合いを見てニーチャはガーブランドの元へ飛んだ。
「っ!? 新手かっ!!?」
殺気立った大剣の刃が振るわれるが、首の手前で止まった。
ニーチャはそれに頬を摺り寄せ、むぅと言って顔を離した。
「血がついてるし、ぬるい。前みたいに気持ち良くない」
「お主、何故ここに……」
「おじさん、助けるために来た。一人にさせたら死んじゃうって、ルルニアが言ってた。これが終わったらニーチャのお弁当、食べてくれる?」
緊迫感のない声を聞き、ガーブランドは深く息をついた。二人のやり取りの隙をついて魔物が飛び掛かってくるが、邪魔とばかりに切り裂かれた。
「助けに来た、というならあてにするぞ。ニーチャ」
「うん! ……あれ? ニーチャって、今呼んだ?」
「それは後でも良い。瞳の拘束術で吾輩の背後にいる魔物の動きを止めよ。そちらから攻撃が来ないと分かれば、落ち着いて剣が振るえる」
その言葉に従い、ニーチャは瞳を輝かせた。呼吸を合わせるようにガーブランドが群れへ切り込み、これまで以上の勢いで屍を山と積み上げた。
「────ふふ、ふははは! ふははははは!! 再びサキュバスの相棒を得るか、久しく感じていなかった感覚よの! リゼットぉ!!!」
子鬼に狼に豚、アリにクモにカマキリの魔物が断末魔を上げる。
小休憩としてニーチャの背中に自分の背中を預け、また駆け出す。
戦場をかき乱すガーブランドを止めようと、赤黒い体表の魔物オーガが現れた。オーガの頭には太い角が二本生えており、筋骨隆々な外見で体格差は三倍にも達する。が、
「おー……、おじさんすっごい」
ガーブランドは一閃で胴体を両断し、血しぶきを巻き上げた。
崩れた巨体に別の魔物が潰され、悲鳴が侵攻の妨げになる。
戦場全体の流れが変わるが、それは数分で元に戻った。
「なるほど、こいつが魔物災害の元凶か」
ズシンと地鳴りを響かせ、ドラゴンが闇より出でる。全長は十メートルに達し、翼の無い背には亀のような甲羅がある。体色は全体的に灰色く、四本の脚は岩石のような甲殻で覆われていた。
ドラゴンは大口を開け、拳大の石の礫を無数に発射した。狙いはガーブランドであり、着弾地点に土煙が上がる。流れ弾で十数匹の魔物が死に絶えるが、ドラゴンは我関せずと攻撃を続けた。
「……こいつはさすがの吾輩でも勝てぬな」
魔物の群れを縫うように駆け、頭上を飛ぶニーチャに問うた。
「本命の到着まで、あとどれほどの時が掛かる」
ニーチャは空高く飛び、グレイゼルの家がある山を見た。一見すると何の変哲もない風景が広がっていたが、ニーチャの目には膨大な魔力の波動が見えていた。
「────たぶんもう三十分。それでこの戦い、終わる」
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