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第百話『プレステス4』
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俺は反射で動き、床に落ちる直前の身体を抱き留めた。気を失ったのかと思ったが、意識はあった。プレステスの淫紋刻みは終わったため、ルルニアを自室に連れて帰った。
「具合はどうだ? 意識ははっきりしてるか?」
「ただの貧血です。そう心配されることはありません」
「それを判断するのは俺の仕事だ。まずは口を開けて中を見せてくれ。息と動悸は……悪くない。爪も……貧血の兆候はないな」
そっとベッドに寝かせ、大人しく休むように言いつけた。
「……すいません。今日はこんなのばっかりで」
「ルルニアは普段から頑張り過ぎなんだ。俺も簡単な料理なら作れるし、明日は任せてもらうぞ。早くに起きて一人で作るのはなしだからな」
申し訳なさげな顔に見送られ、ニーチャの部屋に戻った。プレステスの腕の縄を解いてやり、ベッドのシーツを外した。ついでに汚れた外着も預かって一階に下りた。
倉庫から大きめの桶を引っ張り出して湧き水を注ぎ、洗濯板を入れて布を擦った。だが刺すような冷たさが手から全身に広がり、なかなか思うようにはいかなかった。
「……前は一人でやってたんだがな。秋の湧き水の冷たさを忘れるぐらい、任せきりだったってことか。薪を割ったぐらいじゃ割に合わないな」
これでは夫失格だと反省し、何とか洗濯を終えた。
その後は手に息を吹きかけて家に戻り、湧き水を汲んだ水差しを持った。二階に上がってニーチャの部屋に顔を出し、プレステスを一晩見張っているように頼んだ。
「いいか、プレステス。ここで暮らすと決めたなら、怪しい素振りはするな。もし俺たちの期待を裏切るなら、その時は一切の容赦をしない。分かったか?」
「は、はい! もち、ろんです!」
噛みかけるが、プレステスは寸前で耐えた。
踵を返して退出しようとすると、グゥゥと音が鳴った。プレステスは自分のお腹を抑え、「ごめんなさいごめんなさい」と謝罪した。ここに来た経緯的に相当な空腹なのは間違いなかった。
「……いいか、これは今日だけだからな」
俺はプレステスの手を握り、武器の闘気纏いの要領で精気を流し込んだ。送られた側の肩はビクリと跳ね、そのまま断続的に身体を震わせた。次第にプレステスは目を惚けさせ、甘い声を発した。
「……ぁう、あぁ、温かぃですぅ。これが心待ちにしていた人間さんとの食事、愛し合うです……か? 感無量で……んん、ひひゃぁう♡」
「これで終わりだ。今後は俺以外の人間に目を向けて、プレステスなりの愛し合うを知れ」
「……はぃ、頑張りましゅ♡ こ、これを何度も味わえるなんて、人間さんは素敵です。……何だって言いつけて下さぃ。旦那さまぁ……♡」
プレステスはもう片方の手を持ち上げ、忠誠を示すように俺の手の甲に触れた。横でニーチャが物欲しそうに指を咥えていたが、精気が欲しいとは言わなかった。
おやすみを告げて自室に戻ると、ルルニアは背を起こした。
軽めの吐き気があると言われたため、薬を用意して飲ませた。
「……プレステスに精気を与えたんですね」
「すまない。食事をさせるって言った手前、放置はできなかった」
「……許しません。と言うには失態が多すぎますね。実を言うと朝から変だったんです。体調不良とは別に異変がありまして」
そう言い、ルルニアはここ数日の異様な食欲について語った。初めて人間の食べ物に食指が湧き、あまつさえ完食した。今も朝と同じ空腹感に見舞われていると教えてくれた。
「本音を言うと、酒場で働いていた時からずっと空腹でした」
「帰り道で性行為しようとしたのもそれか」
「あれはしたかっただけです。この空腹はたぶん、エッチじゃ治りませんし」
「似た症状のサキュバスはいなかったのか?」
「私は知りません。病気だったとして、人間の食べ物を食べたいと思うでしょうか?」
ルルニアは原因不明の不調に参っている様子だった。
(……サキュバスは魔物、栄養は人間の精気で事足りる。なのに食事を摂ろうとするのは何だ? 急な食欲増進に吐き気、人間の症状に照らし合わせると……ん?)
ふと脳裏をよぎった事象があった。生理について聞いてみるが、サキュバスにそんなものはないと言われた。なら酸っぱい物が食べたくないか聞くと、分からないと言われた。
(……勘違いか? いくら姿かたちが似ていても、人間とサキュバスは根本的に別の種族だ。憶測だけで物を言うことはできない。できないが……)
可能性としてはあり得る。俺は起きて待っているように言いつけ、一階に下りて食堂に入った。水を張った鍋に麦を入れ、かまどの火をくべた。
煮詰めないように注意しながら鍋を混ぜ、麦がゆを作った。美味しく作るなら一晩置くべきなのだが、今回は状況が状況なので行程を省略した。
「……これ、私のために作ったんですか?」
麦がゆに加え、細かく割いた干し肉やチーズも用意してみた。スプーンですくって息を吹きかけ、口元まで運ぶ。よほど空腹だったのか、薄味などお構いなしに食べてくれた。
「まだまだあるぞ。ほら、あーん」
「あーん……」
「美味しくはないだろうが、今は食べるべきだ。これが必要だって身体が判断したから、空腹を訴えたのかもしれないからな」
ルルニアは咀嚼しながら頷いた。食べれば食べるほど血色が良くなり、完食に至った。食器を片付けて部屋に戻ると、落ち着いた顔で眠ってくれていた。
「具合はどうだ? 意識ははっきりしてるか?」
「ただの貧血です。そう心配されることはありません」
「それを判断するのは俺の仕事だ。まずは口を開けて中を見せてくれ。息と動悸は……悪くない。爪も……貧血の兆候はないな」
そっとベッドに寝かせ、大人しく休むように言いつけた。
「……すいません。今日はこんなのばっかりで」
「ルルニアは普段から頑張り過ぎなんだ。俺も簡単な料理なら作れるし、明日は任せてもらうぞ。早くに起きて一人で作るのはなしだからな」
申し訳なさげな顔に見送られ、ニーチャの部屋に戻った。プレステスの腕の縄を解いてやり、ベッドのシーツを外した。ついでに汚れた外着も預かって一階に下りた。
倉庫から大きめの桶を引っ張り出して湧き水を注ぎ、洗濯板を入れて布を擦った。だが刺すような冷たさが手から全身に広がり、なかなか思うようにはいかなかった。
「……前は一人でやってたんだがな。秋の湧き水の冷たさを忘れるぐらい、任せきりだったってことか。薪を割ったぐらいじゃ割に合わないな」
これでは夫失格だと反省し、何とか洗濯を終えた。
その後は手に息を吹きかけて家に戻り、湧き水を汲んだ水差しを持った。二階に上がってニーチャの部屋に顔を出し、プレステスを一晩見張っているように頼んだ。
「いいか、プレステス。ここで暮らすと決めたなら、怪しい素振りはするな。もし俺たちの期待を裏切るなら、その時は一切の容赦をしない。分かったか?」
「は、はい! もち、ろんです!」
噛みかけるが、プレステスは寸前で耐えた。
踵を返して退出しようとすると、グゥゥと音が鳴った。プレステスは自分のお腹を抑え、「ごめんなさいごめんなさい」と謝罪した。ここに来た経緯的に相当な空腹なのは間違いなかった。
「……いいか、これは今日だけだからな」
俺はプレステスの手を握り、武器の闘気纏いの要領で精気を流し込んだ。送られた側の肩はビクリと跳ね、そのまま断続的に身体を震わせた。次第にプレステスは目を惚けさせ、甘い声を発した。
「……ぁう、あぁ、温かぃですぅ。これが心待ちにしていた人間さんとの食事、愛し合うです……か? 感無量で……んん、ひひゃぁう♡」
「これで終わりだ。今後は俺以外の人間に目を向けて、プレステスなりの愛し合うを知れ」
「……はぃ、頑張りましゅ♡ こ、これを何度も味わえるなんて、人間さんは素敵です。……何だって言いつけて下さぃ。旦那さまぁ……♡」
プレステスはもう片方の手を持ち上げ、忠誠を示すように俺の手の甲に触れた。横でニーチャが物欲しそうに指を咥えていたが、精気が欲しいとは言わなかった。
おやすみを告げて自室に戻ると、ルルニアは背を起こした。
軽めの吐き気があると言われたため、薬を用意して飲ませた。
「……プレステスに精気を与えたんですね」
「すまない。食事をさせるって言った手前、放置はできなかった」
「……許しません。と言うには失態が多すぎますね。実を言うと朝から変だったんです。体調不良とは別に異変がありまして」
そう言い、ルルニアはここ数日の異様な食欲について語った。初めて人間の食べ物に食指が湧き、あまつさえ完食した。今も朝と同じ空腹感に見舞われていると教えてくれた。
「本音を言うと、酒場で働いていた時からずっと空腹でした」
「帰り道で性行為しようとしたのもそれか」
「あれはしたかっただけです。この空腹はたぶん、エッチじゃ治りませんし」
「似た症状のサキュバスはいなかったのか?」
「私は知りません。病気だったとして、人間の食べ物を食べたいと思うでしょうか?」
ルルニアは原因不明の不調に参っている様子だった。
(……サキュバスは魔物、栄養は人間の精気で事足りる。なのに食事を摂ろうとするのは何だ? 急な食欲増進に吐き気、人間の症状に照らし合わせると……ん?)
ふと脳裏をよぎった事象があった。生理について聞いてみるが、サキュバスにそんなものはないと言われた。なら酸っぱい物が食べたくないか聞くと、分からないと言われた。
(……勘違いか? いくら姿かたちが似ていても、人間とサキュバスは根本的に別の種族だ。憶測だけで物を言うことはできない。できないが……)
可能性としてはあり得る。俺は起きて待っているように言いつけ、一階に下りて食堂に入った。水を張った鍋に麦を入れ、かまどの火をくべた。
煮詰めないように注意しながら鍋を混ぜ、麦がゆを作った。美味しく作るなら一晩置くべきなのだが、今回は状況が状況なので行程を省略した。
「……これ、私のために作ったんですか?」
麦がゆに加え、細かく割いた干し肉やチーズも用意してみた。スプーンですくって息を吹きかけ、口元まで運ぶ。よほど空腹だったのか、薄味などお構いなしに食べてくれた。
「まだまだあるぞ。ほら、あーん」
「あーん……」
「美味しくはないだろうが、今は食べるべきだ。これが必要だって身体が判断したから、空腹を訴えたのかもしれないからな」
ルルニアは咀嚼しながら頷いた。食べれば食べるほど血色が良くなり、完食に至った。食器を片付けて部屋に戻ると、落ち着いた顔で眠ってくれていた。
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